現実味がないと彼は思った
さて、あけて二月四日。土曜日。
門上御影第一回目の里帰りである。
ちなみにリンは昨日から「とっくんなのだ!!」といってどっか行ってしまった……。寂しい。
どうやら俺が負傷したことにだいぶ責任を感じているらしく「ごえいしっかくなのだ……」とひとしきり落ち込んだ後、特訓特訓言い出していってしまった……。
そんなに気にしなくて良いのに。
それはさておき。
里帰りの手順は決まっている。
1.午前七時に豊蘆原にいるくうから連絡が来る。
この時点で連絡が来なかった場合その場で待機である。
2.連絡が来たらその日の予定と送還地点を確認。
送還地点とは御影が送り返される地点のこと。
基本的には例のなんかの施設になる予定だったビルである。
3.送還地点をリューイに伝え送還。
……まあ、なんというか。
そこまでしなくともいいじゃないかと言うのもあるが「地震が来たらどうするんですか!!」と言われてしまうと何も言えない。
地震はないとしてもこの時期の東京で怖いのが雪である。
雪にそんな強くない都市、東京。
着いたはいいが大雪で電線切れてましたでは困るのである。
だって暖房使えなくなるし。
ほんともう、死ねる。
「本日は問題ありません。帰ってきてください。午前十一時に明治神宮にて天照様と面会のご予定がございます」
「ほーい」
それはさておき。
本日は滞りなく帰還できそうである。
問題があるとすればそれは――
「まあ、帰ってきたら怪我についてみっちりと釈明していただきますからね?」
「……ハイ」
くうさんがめっちゃお怒りな事であった。
やっぱやらかし案件だったかあ……。
やっちゃったなあ……。
しかして。
どうしてだか後悔する気になれないのだった。
手は痛いし、痛すぎて眠れなかったし、くうさんには怒られたし。
それでも。
本当に――どうしてだか。
後悔する気になれないのだった。
* * *
そんなこんなで東京に戻り、午前11時の明治神宮。
ここで天照大神様と待ち合わせである。
二月四日。つまりは冬だ。
くうより支給された就活用コートを突き刺すような寒さである。
にもかかわらず――。
「結構な人出だなあ……」
玉砂利の敷かれた参道は異常に広いので混んでる感じは一切しないがそれでも。
人種も国籍も様々な人々がスマホ片手に自撮りに明け暮れている。
え、こんな人いっぱいいるところで俺神と会うの?感が半端ねえ。
やべえな……。
なんかここに神々しい物体が出現した日には大騒ぎ間違いない。
天照様空気読んでくれるかな……。
「お待たせいたしました」
と。
そんな御影のコートの裾をくいくいと掴む手があった。
振り返る。
セーラー服の女子高生がそこにいた。
* * *
つまりは。
流石は天照様、空気読めまくりですねって事だった。
「この時期に神社にいておかしくないとなると、学生さんかと思いまして」
「左様ですか」
平々凡々過ぎるほど平々凡々な容姿である。
強いて言うなら東京では意外と珍しい黒セーラーと背中の半ばまである黒髪が特徴か。
使い込まれた学生鞄を提げてるあたり本物らし過ぎるぐらいである。
とても、偉大なる太陽神天照大神には見えない。
が、まあ。なんというか。
たかだか門上御影に加護を与える為だけに高位の分体が来る訳もなかった。
彼女もまた、末端の分体に過ぎないのだろう。
「では、参りましょうか」
「ですね」
とはいえ偉大なる太陽神にはちがいない。
門上御影にできることなど先導された道を粛々とついて行くことだけだ。
逆らうなどとんでもない。
粛々と。
粛々と。
ただ無心でついて行く。
「学業成就お守りください」
「八百円です」
そう、このように偉大なる太陽神がやおら学業成就お守りを買い始めたとしても粛々と。
思うのはただ、明治神宮意外にお守り高いなと言うことだけである。
「一応、余所の縄張りですからね。売り上げには貢献しておかないと」
「余所の縄張り」
「……明治神宮の祭神知ってます?」
「天照大神ではないのですか? ――ぎゃ!!」
右手に走る激痛。
見れば天照様――俺の怪我した右手めっちゃ掴んでおられた。
* * *
明治神宮とは明治天皇・皇后夫妻を奉った神社であるそうな。
天照様からしてみればずっと下の子孫だ。
「全く……そんなことも知らないなんて」
天照様おこである。
ぷんぷんである。
「あなたは優秀な高校を優秀な成績で卒業したと聞いていたのですが?」
「その後進学も就職もできてない時点でお察しくださいですよ」
まあ、結局。
学校の成績なぞその程度なのだ。
「ともかく、参拝を済ませますよ」
「承りました」
例え、至高の太陽神が隣に居れども。
神社に来たらまずは参拝である。
それが神というものに対する礼儀であろう。
幸いなことに、外国人も多い観光地である明治神宮。
参拝の正しい手順はそこかしこに複数言語で書いてあり、御影は滞りなく参拝を済ませることができた。
「……あのあたりに座りましょうか」
天照様が指さしたは本殿周りのベンチであった。
いかに外国の方も多い観光地といえども二月の東京。
座っている人はそこまで多くはない。
密談にはちょうどいい感じである。
「少し、色々と聞かせていただいても?」
「構いません」
「少し」なのか「色々」なのかはっきりしろよ。
そう思ったとはおくびにも出さずに御影は言った。
多分ばれてそうだなと天照様のジト目を見て思った。
「トゥールリアの方を庇って負傷したとか」
「そのつもりはなかったのですが……手が勝手に動いたというか、気がついたら掴んでいたというか」
「気がついたら、ですか」
「そうですね。……少なくとも『庇おう』とは思ってなかったと思います」
正直。
本当に一瞬の事だったのでよく分からないのだが……それでも。
誰かを庇おうだとか、守ろうだとか。
そんな高尚なことは考えてなかったのは確かである。
そんな思考から最も遠いのが門上御影という男だと――門上御影は思っている。
「……歪んでますねえ」
「歪んでますよ」
「……自覚はあるんですね」
「直す気はないですが」
「ないんですか」
「ないですよ」
枯山水を思わせる整えられた空間にまったくもって不毛な会話が落ちていく。
現実味がない、と思って御影は笑う。
現実味も何も――隣にいるのは至高の太陽神天照大神である。
その時点で現実味も何もない。
いや、天照大神が現実にいるのが現実味がないのではない。
それだけの存在がいたとして――それが門上御影の隣にいるのが現実味がないのである。
こんな――人類の底辺に。
そんな――上位の存在が。
「――そんなことはないでしょう」
「筒抜けですね」
「あなたはよく私の事をみていたじゃないですか」
「――は?」
意味が――分からなかった。
「私のことも月読のこともずっと見ていたじゃないですか」
「……え?」
「ずっとずっと夢見るように見ていましたよ?」
すっと天照様は立ち上がった。
その目は夢見るように――空を見ていた。
「それが全てでしょう――人が人である証明は」
二月の東京は今日も今日とて晴れである。
煤けたような淡い青の空――そして。
突き刺すような――白い太陽。
「あの星に確かに『私』を見たときに――人は人へとなったのですから」
逆光で笑う少女はその時確かに――「神」だった。




