え、そんな物騒なモンなの?と彼は思った
ちょっと複雑な話
ろうさい【労災】
[名]
(1)労働者が業務の過程で被る負傷・疾病・死亡などの災害。労働災害。
(2)労働者の業務上の事由または通勤による負傷・疾病・死亡について必要な給付を行う保険。労災保険。
◇「労働者災害補償保険」の略。
* * *
「君に労災が降りることになったから」
その一言を聞いたとき、まさしく門上御影はフリーズした。
正直理解が追いつかなかった。
労災。
職場で怪我をしたというだけでお金がもらえるすばらしい制度。
そんなもの、門上御影の人生に一瞬だってかかわり合いのないものだと思っていたのに。
「……っていやいやちょっとまて!! そんなの契約書に書いてなかっただろう!!」
そう。
労災なんてすばらしい制度が契約書に書いてあったのならさすがに御影だって気づく。
これでも契約書は読み込んだのだ。
そんな記述はなかったと断言できる。
「そりゃあ、まあねえ。怪我してなんぼの職場だからね」
「俺っちだって結構怪我してるじゃん」
「………………………俺は何をさせられるんだ?」
その状況で門上御影だけに労災がおりる理由が善意だと思うほど門上御影は耄碌してない。
何か、そう確実に裏があるのだ。
「この場合、問題なのは御影君がルーイック君をかばって負傷した事になってる事だね。すべての勇者は勇者でないすべての人を守る義務がある。出身世界に関係なく」
「高貴なるものの義務ってか」
「つーか、そうじゃないと安心して働けないじゃん」
そうか、そういうことになってるわけか。
俺からしたらもう体が勝手に動いたレベルのことだったんだが。
……っておい。
それ、ルーイックさんの立場滅茶苦茶悪くないか……?
非戦闘員を戦場に連れてったあげくかばわれて非戦闘員が負傷。
しかもそいつは別の世界からの召喚者と来てる。
豊蘆原世界から来てるのは御影一人だ。
それは形式的には門上御影が豊蘆原世界の代表であることを示している。
危険な戦場に連れていったあげく負傷させたとなればそれは。
豊蘆原世界としても黙っている訳には行かないのではないだろうか……?
「ま、まず一つがそういうことだね。トゥールリア的に何もしない訳にはいかないってこと」
「一つは」
オウム返しに御影は言う。
つまりはもっと裏の事情があるということだ。
「そう。御影君が豊蘆原の出身じゃなくてルーイック君がトゥールリア出身じゃなければ御影君に手切れ金渡しておしまいなんだけどね……そうじゃないから困ったなって話さ」
「あーそういうことじゃん……」
カルルットさん早くもげんなりである。
さて、一体何があるというのか。
すでに御影戦慄する準備OKである。
「まあ、あれだよ。いくら御影君だってクリスマスぐらいは祝うよねって話だよねえ……」
そんな感じで。
若干の肩すかしを食らわせたリューイが語ったは労災の名に恥じぬ複雑怪奇な話であった。
* * *
そもそも基本的に。
一つの世界に神というのは一柱ないしは一体系であるらしい。
というか。
今回召喚された豊葦原以外のすべての世界がそうである、らしい。
リューイ曰く、神というのは強欲なもの。
自分の世界に余所者がいるというのは耐え難いのだそうで。
とりあえず体系の違う二柱以上のの神が出会えばレッツ・バトルロワイヤルだとか。
そういうわけで。
豊蘆原のように海を越えれば違う宗教圏というのはかなり珍しい。
もっといえば。
一人の人間が初詣してクリスマスして除夜の鐘ついてってのは頭おかしいレベルだそうな。
まあ、よく言われる話である。
何でも拝むけど強いていうなら無宗教的な。
日本人独自の精神性である。
もうちょっと文化的に近ければラマダンだってやっていただろう。
「その結果として門上御影の所属がわかりにくくなってるわけだね。無論、他の神が何かいってきたとしてもそんなものただの言いがかりに過ぎないんだけど……」
「神力ジャンキーのトゥールリアならこれ幸いと乗っかってもおかしくないじゃん」
「言い方には気をつけようね……」
神力。
リューイ曰く、この召喚の間のみ伝わる用語なのだそうだ。
奇跡のリソースの定義や呼称は各世界さまざま。
そこで便宜的にエルードで用意しなければいけない魔法的リソースを「魔力」、出身世界から持ち込まれたリソースを「神力」と呼び分けているのだそうだ。
「信仰とか加護とか神の力って奴は世界の垣根なんて飛び越えちゃうからね」
「マジか」
「マジじゃん」
で、まあ。
今回召喚されたなかで最も神力に富む世界。
それが信仰世界トゥールリアなのだそうだ。
その溢れかえり方や掃いて捨てるほど。
最早世界の存続さえ危ういとかなんとか。
実際、トゥールリアの神々は神力を捨てる機会を血眼になって探しているらしい。
「……ああ、それで」
「そんなトゥールリアだからねえ……言いがかりつけられたのを幸いに日本列島を壊滅させないとも限らない訳で」
「はた迷惑だな!?」
「同感じゃん」
最早余所で神力を使える機会さえあればどうだっていいトゥールリア。
そして所属のはっきりしない門上御影。
その最悪の出会いを回避するためには門上御影の所属をはっきりさせる事が不可欠。
「だからね? 君は天照様直々に加護をもらってこないといけないわけだよ」
「つながりが分かんねえぞおい」
「加護を受けるってのはその神の所有物になるって事じゃん」
「……マジで?」
え、そんな物騒なモンなの?
いやでも、ただで力が手に入るとか確かに都合良すぎだ……。
……うん、いわれてみればそれぐらいの落とし穴はあってしかるべきか。
「というか、基本的に一世界一体系だからねえ……人間なんて生まれたときから所有物っていうか」
「黒いな!! 神様黒いな!!」
「んー……? ……ああ、豊蘆原は世界内世界だからそうは行かない的な?」
「そういう話だよね……」
つまりは。
いかに門上御影が豊蘆原生まれ豊蘆原育ちだとしても。
天照様が勝手に加護を与えてしまう事はできない、らしい。
加護を与える行為が所有権の主張である以上、そして豊蘆原の住むほとんどの人がクリスマスして初詣して除夜の鐘を突く以上、それは一歩間違えば他の神の所有物を荒らしたと見なされても仕方ない。
今回、門上御影に加護を与えられるのは、邪神という共通の敵に対する特例措置なのだ。
それも門上御影が皿洗いである間だけという期間限定措置である。
よって。
「御影君が皿洗いやめちゃうと加護があげられないわけだね」
「加護がもらえないと俺の所属があやふやになって」
「日本沈没ルート的な?」
……めんどくせえ!!
労災もらうのってこんなにめんどくせえのか。
そりゃ、俺が働けないわけだよ!!
「とはいえさすがに一日一万円はあげられないからね? 治療費はこっちで出すけど」
「……いかほど?」
「一応一日五千円で調整中かな」
「OK!! 非常にOK!!」
まあ、なにはさておき。
お金がもらえるなら文句はない御影だった。




