主人公力(もふ)なんてものがあるならと彼は思った
さて、ついに二月一日。門上御影エルードの地に降り立った。
もはやボールペンを見なくて良いというだけでこの上ない幸福感に包まれる御影である。
「ようこそ終焉世界エルードへ!!」
出迎えはもちろんリューイである。そして引き連れていた天使らしき皆様方による流れるようなボディチェック&荷物検査。
出入界票に指紋を登録して、まずは勇者様方へご挨拶だ。
「リンがね~『みかげはまだか!!』ってうるさくてね~」
「ベッドは先に届けたよな?」
「もう『ふかふかなのだ!! ふかふかなのだ!!』ってはしゃいじゃってはしゃいじゃって」
「……廊下に置いたんだよな?」
「『われはろうかのばんにんになる!!』って燃えてるよ」
とのことで、とりあえず一安心。
契約切れるまでに一緒に寝られたらいいなあとか思うあたりもう完全にほだされてるなあ。
「てか、なんでそんなに懐いてるかね?」
「だって君名前付けちゃったじゃん」
「は?」
「仮名だけどね。基本エルードの神霊は名前知った存在に絶対服従だぜ?」
「……は?」
え? 聞いてないんですが?
なんなのその重要なことほど後出しにしていくスタイル!?
「いや、考えれば分かるでしょ。エルードは語神制・語民制を採用してるぐらい名前に重きを置く世界だよ? 正直君が勝手に名前を付けちゃった行為は『お前は俺の眷属だ!!』発言と一緒で殺されてもおかしくないぐらいの無礼極まりない発言だからね?」
「言えよ!!」
言ってくれよマジで!!
殺されたらどうするんだよ!!
「いや、言おうとしたらリンが答えちゃったからさあ。あれはもう『私は貴方様の眷属でございます』発言と一緒だから。それだったら非はリンにあるわけで」
「…………リン、分かってなかった的な?」
「習う前に迷子になっちゃったらしいね」
……リン。ちゃんと勉強しような。
つーか、そういうレベルのイレギュラーだったんだなアレ。
俺の主人公力の発現だろうか。あるいはもふもふ愛のなせる技だろうか。
主人公力(もふ)……俺にふさわしい力かもしれない。
「まあ、幼いとはいえ三語神相当の存在が仮名をつけられたぐらいで服従したりはしないけどさ。君の蛮勇に感じるところがあったらしくて『みかげすごいのだ!!』ってリスペクトしてるよ」
「……教育の必要性を感じる」
「同感」
ちなみに御影既に作業着姿である。
リューイ曰く「君ぐらいモブっぽいと仕事着着てないと個体認識されないと思うよ」とのことで。
そりゃ相手勇者だもんなあ……。
挨拶だけで時給がでるとかいったいどれだけ濃いメンツなのか。最早ドキドキがとまらない御影である。
「では行くか」
「おう」
「お二人も行くので?」
出口には既にジャイニーブさんとイヨルさんが待機していた。
まあ、勇者じゃないこの二人がここまで存在感あるんだもんなあ……。
がたぶるが止まらないぜ!
「だってこの二人が出てこないとあいつら集まってくれないんだもん……」
「とっとといくぞ」
「ああ」
拗ねたリューイを華麗にスルーしたお二人の後を俺はあわてて追いかけた。
* * *
あいつら集まってくれない。
リューイの口からその言葉が出てきたあたりからイヤな予感がしていたのだ。
門上御影。ただ今、80名近い勇者様の前でがったぶるであった。
場所はかつて健康診断した建物とは違う、けれどよく似た建物。
その大会議室的なところで80名近い勇者様の前に立たされた。
勇者。
勇者勇者勇者。
どこを見ても勇者である。
ディーさんがいる。
カルルット氏がいる。
ジャイニーブさんの義弟とおぼしきケモ耳少年がいる。
鱗に覆われた直立したトカゲのような人がいる。
全身を鎧に包んだ騎士っぽい人がいる。
黒いローブのエルフ耳がいる。
青白い肌にとがった犬歯の血でも吸いそうな人がいる。
全身に入れ墨のような文様の入った人がいる。
かと思えばタートルネックにスラックスのフツーっぽい人がいる。
とりあえず、手足が二本ずつあることに安堵してしまうほどに様々な人がいた。
強そうな人がいる。弱そうな人もいる。
正直、御影の観察眼では何も分からなかった。
「――ソレが」
口を開いたのはエルフ耳の人だった。
女性がいないと聞いていなければ傾国の美女だと思っただろほどの美人。
「メリューを射止めたと?」
凍えるような声だった。
凍らすような眼差しだった。
話題がもふもふのことでなければ卒倒していただろう。
しかし、話題はリンのことだった。
エルフ耳さんにはものすごく気の毒なことだが――話題はもふもふのことなのだった。
「そっす」
軽く軽く。何よりも軽く返す。
何も感じていないように。何も恐れていないように。
主人公力(もふ)なんてものがあるなら――これがそうだと言わんばかりに。
……まあ、内心はがったぶるだけどね!?
視線だけで殺されそうだけどね!?
「そうにらんでやるな。リーネ殿」
「ガンソン・デルル」
「見れば分かろう。こやつは警戒するに値しないがゆえに選ばれただけじゃよ」
仲裁してくれたのは老人だった。ただし老いなど感じさせない筋骨隆々たる戦士である。歴戦の猛者の風格すら感じさせる使い込まれた鎧を着込み傍らには鈍器のような盾とハルバードが立てかけられていた。
なんかもう見るからに強そうである。
もう、鈍器ってわかりやすい暴力だよなあ。
「……魔力量はそこそこのようだが」
「あー、それを使用する機構は存在しないっぽい的な? あれはもうスポンジに水がしみこんでるようなもんぽい的な?」
そこは断定してくれないかなカルルット氏。
エルフ耳さん――リーネさん?がめっちゃにらんできてますよ?
しかし、早速の話題がリンのこととはね。
俺よりリンの方が重要だってか。そりゃそうだ。
戦闘能力0の皿洗いと三語神相当の眷属。
どっちが重要かって言えば後者だろう。
それはそれで良い。
門上御影など存在しない方が良いレベルのモブだ。
いてもいなくても良いどころじゃない。
自然淘汰の結果として存在を抹消されるレベルのゴミである。
うん。そこまで卑下したいわけでもないんだが――こう流石に各世界のエースとやらの前に引きずり出されるとどうしても。
「初手から不躾ですまんのう。儂はガンソン・デルル。龍滅世界ギアで龍殺しをやっていたしがない老人じゃ」
「はあ……こちらこそ不躾ですみません」
龍殺しのどこにしがない要素があるんだよ!!
そうツッコミたくなるのをぐっとこらえて頭を下げる。
とりあえず下手に。なにはなくとも下手に。いっそ卑屈なぐらいでもいいと思う。
「仕切り直しというわけではないが――名前を教えてもらってもかまわぬか?」
「あ、はい。狭小世界豊蘆原からきました。住所不定無職の門上御影です。戦闘能力皆無・特殊能力皆無です」
きっちり90度頭を下げる。
これだけはくうと練習してきたのである。
45度のほうが美しいが示せる敬意は示せるだけ示したほうがいいだろうという判断である。
「ふうむ…………儂は戦闘能力皆無の言葉に嘘偽りはないと思うが、異議のあるものは?」
異議なしの声があちこちで上がる。
特殊能力もないのだが……ただ、こればっかりは世界によってブレがあるのだろう。
こういう世界間の常識の違いみたいなものには触れないのがベストとくうさんが言っていた。
「……デロニカだ。異議はないが魔法防御について検証したい。魔法をかけてみてもいいだろうか? 多分、俺の魔法が一番視覚的にわかりやすいはずだ」
そういったのは入れ墨の人だった。
おそらく元は白いんだろう肌が真っ黒な線によって塗りつぶされている。
それほどの密度の入れ墨である。
「良いかな? 御影君」
「攻撃魔法と痛いのは勘弁してください」
リューイが聞くので90度のお辞儀でソッコーで答えた。
いくら魔法防御が高いと言っても万が一があるし、もし効かないんだとしても気分良くない。
あと痛いのはやだ。痛いんだもん。
「ならば、転移――右に一メートルほど転移させる魔法でどうだろうか?」
「まあ、それなら……」
「で、その後、左に一メートル転移を五十回ほど繰り返そう」
「何その反復横飛び!?」
痛くはない。痛くはないけどさ!?
目ぐるぐるだよ!?
「じゃ、それで行こうか」
「リューイ裏切ったな!?」
「では――」
デロニカさんはすっと右手を伸ばした。
もそりと入れ墨が動く――動く?
そういう魔法なのか?
と思った次の瞬間――入れ墨が俺に向かって飛んできた!!
「うわわわわわわわわわわ!!」
切手ほどの大きさの黒い固まりが次から次へと飛んでくる。
ぴしぴしぴしぴし当たりまくりである。地味に痛い。
俺に当たった黒い固まりがかしゃかしゃと降り積もっていく。
「痛い、痛いっすよ!!」
「……百発撃って全て打刻不能か」
「さすがの魔法防御力と言ったところじゃのう」
「というかデロニカ君、君なんでそんなゴミみたいな魔法百個も用意してあるの……?」
残念ながら俺の地味な痛みに対する配慮は皆無であった。
まあ、そこまで痛いわけじゃないしね。いいんだけどね。
「戻れ」
デロニカさんの号令で黒い固まりは次々に体に戻っていく。
どうやら、あの黒いのを飛ばして着弾すると魔法が発動するとかそんな感じらしい。
「俺の魔法――ここでは刻印魔術と呼ばれているがな。この刻印を対象に打刻して魔法を発動させる訳なんだが――打刻すらできない。見事なレジスト能力だ」
「地味に痛かったっす……」
「それはすまなかった。まさか打刻すらできないとは思わなかったのだ……」
若干しょんぼりなデロニカ氏。
まあ、不測の事態ならしょうがないか。
「今のところ、ガレディーテ君の取り替えっこだけが発動を確認できてるよ」
「……ほう」
「リーネ君、対抗意識燃やすのはいいとしても攻撃魔法を使うのは禁止だよ。君の燃焼魔法はマジで洒落になってないからね!?」
むしろリーネさんがいまだ凍らせるような目をしてくるのの方が問題かもしれなかった。
御影の乏しい感受性でも分かる。この人は別格に強い。
なにより御影のことを路傍の石とすらみていない。
しかし、その時――殺気を感じた。
リーネさんよりも色濃く明確な――殺意。
「なにを――」
少女の声だと思った。
高く澄んだソプラノ。
だがエルードに女性はいない。
「なにを迷うことがある」
視線を向ければ――一対の狐耳。
「こんな弱者がエルードに必要であるものか」
ジャイニーブさんの義弟が殺気のこもった目で俺を見ていた。
「議論を待つまでもない。このゴミは――俺が処分する!」
ああ、義弟さんの狐耳もふもふ……。
高速で迫り来る一対の曲刀を見ながら――門上御影はそう思った。




