マジで聞いてないんですがと彼は思った
いかな住所不定無職とは言え高等学校まで出ている以上パッチテストぐらいは受けたことはある。
とはいえ、ここまで本格的なのは初めてだった。
「腕が脱脂綿で埋まってしまった……」
「これでも少ないぐらいだしー?」
採血終了後のパッチテスト。
腕の内側の白いところに二十個近い脱脂綿が乗せられた状態でじっとすること十分。
ようやっとパッチテスト終了である。
「……特に異常はなさげじゃん?」
「特に変色は見られないね。問題ないかな」
「構成魔術的にも問題ないじゃん」
「うん、じゃあ、まあ――本日のメインディッシュと行きますか」
にまあと二人が俺を見て笑った。
あれ? なんか寒気がするよ?
うにゅん。がし。
「って、ぎゃあああああああ!!」
と、思ったのも束の間。
俺は壁から生まれた腕によって別の部屋に引っ張り込まれた。
* * *
「――とまあ、これが君に提供される食事の一例なわけだ」
「有害なものでは無いはずだ的な?」
「……」
目の前に並んでいるのは――
堅そうなパン。
酸っぱそうな果物。
筋張った肉。
の三点。
見るからにまずそうである。
「というわけで実食といこうか。率直な感想を述べてくれ。ダメだったらなんか考えるから」
「いや、それは良いんだけど……」
そう。
門上御影とて二年もの間住所不定無職していた男。
飯がまずい程度でどうこう言う気はない。
ないが。
カルルット氏の前に置かれた実においしそうなクラブサンドイッチはなんであろうか?
見るからにふかふかのパンにみずみずしい野菜やハムがぎっしり詰まったこれは――これこそが格差という奴なのだろうか?
「にゃはは! 勇者じゃない奴は大変じゃん?」
「……これが勇者補正って奴か」
いや、別に食えるんだけどさ。
パンはもそもそだし、果物は酸っぱくて水気がないし、肉は噛み切るのに苦労するけど、まあ別に食べられる味だ。
ただ隣を見るに付けてもの悲しいだけだ。
「まあ、勇者補正って言うか……これが君を呼んだ一因な訳だね」
「というと?」
「こういう事じゃん」
そういってカルルット氏が手をかざすと――ぽん!
どこからともなくクラブサンドイッチが現れた。
「え? え? え?」
「これが統合領域エネルギー変換工学エネルギー物質化分野流動変換って奴じゃん」
「要はあれだね。魔力から物質を作る技術。特に食品の製造は生命創造に最も近く、ほとんど神の権能に近い。実用段階で使えるのは僕が召還したなかじゃカルルット氏だけだね」
「は~……」
つまり住所不定無職的に垂涎のスキルをカルルット氏は持っているらしい。素直に羨んでおこう。
「で、俺の召還となんの関係が?」
「人である以上基本的に食事は必須だ。だけどエルードは豊かな世界じゃない。大量の食事は用意できない。そうでなくても異世界の食事が体になじむか分からない。食物製造スキルはね、ある意味戦闘能力以上に大切なのさ」
「……でも、それはカルルット氏だけしか出来ないんじゃ?」
「そう、だからそれを可能にするためにそれぞれの世界の神が勇者に与えた神具――それが『皿』、君が洗うものだ」
「はひゃ!?」
超ビックリである。
え? え? え?
皿ってそんな大層なモンなんですか!?
マジで聞いてないんですが!! マジで聞いてないんですが!!
大事なことなんで二回言ったんですが!!
「食物製造は神の権能に近い。食べ物ってのは生き物の死骸そのものだからね。生命創造の廉価版なのさ。神としては人間なんかに渡したくないんだ。いや、邪神なんか出てこなければ絶対に渡したりしなかった力だ。だから、みんな『皿』だけは絶対に何があっても命に代えても返却するように言われている」
「俺っちは未来神ウェイバー様より直々に期間限定で許可をいただいてるじゃん」
「カルルット氏はウェイバー派の重鎮だからね」
「やっべ、マジウケる。変わり者なだけじゃん」
……なるほど。
つまりは皿は皿でも無限に食べ物が出てくる特別な皿、ということか。
で、神様はそれを人間に渡したくない。
……それは何となく分かる。
生命創造の廉価版というか、そういうものがあるのなら――生命は無限に増殖できる。
生命種の個体数にふたをするものがあるとするならそれは第一には食物の不足だろう。
それを人類が克服してしまう……神ならざる身でもそれは人類には早すぎると確信できる。
だから、絶対に、事が終わった暁には神に返却しなければいけない。
だから変な魔法をかけられるなんて冗談じゃなくて、そのためだけの皿洗いが召還されたと。
「って、いやいやいや」
「なんだい?」
「何でそんなものゴミ屋敷におきっぱにしてるんだ? おかしいだろう」
「ああ、それか。……ああ、ちょうどいい。どうせ試さなきゃならないんだ。会いに行こう」
「誰に?」
「階層世界デトフォートの勇者ガレディーテ――逃走と窃盗のプロフェッショナルにしてデトフォートで最も有名な義賊、怪盗ガレディーテ」
そういったのはカルルット氏だった。
「会うといいじゃん。あれはその価値があるじゃん」
薄らと笑うその目に敬意のようなものが宿っていたのは見間違いだったのだろうか?
なにはともあれ――門上御影、怪盗ガレディーテに面会である。




