マキナちゃんは情緒不安定
※『アキラの片思いはいつまでも』という短編の続編です。前作を読んでからこちらを読まれた方が楽しめます。
※エロシーンが含まれています。苦手な方はご注意下さい。
※12000字あり長めです
1
店内には食事をしに来た客の声で賑わっている。
少女は厨房から出てきた料理と味噌汁を大きなお盆に乗せる。
同時にご飯と漬物も用意してお盆に乗せると、注文を受けた席にせっせと運んでいる。
この一連の動作を繰り返しているのは、藤野マキナという女子高生だ。
両親で経営している定食屋の手伝いをしている。
料理を提供された客は誰もが彼女に対してにっこりとした。その理由は彼女の接客態度にあった。
マキナの明るい笑顔と挨拶、そして細やかな気配りは、多くの客に好感を与えた。
この店の客足は凄まじく、地元客のみならず、県外からくる客も少なくない。
この店を知っている者にこの店のどんな所が良いかと聞いたら、大半の人は料理と若い娘の対応がいいと答える程、この店の評判は良いのだ。
マキナはそんな店のいわゆる『看板娘』の役割を担っているのだ。
「そこのお嬢さん。お茶のおかわりを持ってきて下さるかしら?」
店内が落ち着いてきた頃、カウンターに座っている客が、ピンク色のエプロン姿のマキナに話しかけた。
若干茶色がかったショートヘアに、黒縁の眼鏡をかけた女性だった。
身長もマキナより十センチ程高い。綺麗な顔立ちと眼鏡が相俟って、非常に知的な印象を受ける。
マキナを一言で表すとしたら『可愛い』だが、彼女の場合は『格好いい』という言葉の方がしっくりくるだろう。
「はいはい、かしこまりましたよっと!」
マキナはそう言いながら、急須の中に熱いお茶を入れ始めた。
マキナは本来、客に向かって『はいはい』なんていう友達口調なんて言わない。
では何故女性に向かってその喋り方をしたのかと言うと、その女性はマキナの小学校からの幼馴染であり親友であるからだ。
彼女の名は桜井ミサ。マキナのクラスメイトだ。
学校帰りなので制服姿だが、そのスタイルと顔立ちは高校生とは思えない程美しい。
「お待たせ致しました」
「あざーっす!」
マキナがお茶の入った急須を差し出すと、今度はミサが友達口調になった。
ミサも又、マキナの店の料理を絶賛しているため、ちょくちょく足を運んでは腹を満たしているのだ。
「よしっ、もう暇になったから家に戻っていいぞ!」
マキナに指示したのは厨房で調理をしている父親だった。
マキナは、はーいと返事をした後、カウンターでお茶を飲んでいるミサに向かって左を指差して合図をした。先に家で待ってるねというサインだ。
それに対してミサも左手でオーケーサインを出した。今日はマキナの家にお邪魔をする事になっている。
2
店の真横にあるのがマキナの自宅だ。
ミサはマキナの家に行く事が習慣化しており、小学校に入学した時から今まで十年以上それが続いている。
幼い頃はちゃんと自宅に荷物を置いてからマキナの家に行き、暗くなる前に家に帰っていた。しかし高校に入ってからは寄り道感覚で立ち寄り、そのままお泊りに発展した事もあった。
更にはミサは何も言わずに押しかけた事さえある。
両親が店で働いていて居ないのをいい事に、マキナ一人だけの自宅に上がりこんだのだ。
入浴中だったマキナは不審な物音に動揺し、バスタオルも巻かずに全裸で浴室から飛び出し、不法侵入者であるミサに向かって洗面器を投げつけた。
ミサは大笑いしながら珍しく怒ったマキナに平謝りをした。
ミサにとってマキナはイジメがいがあると同時に、自宅に無断で上り込むくらいに好きなのである。
何だかんだ言ってこの二人はお互いに信頼しており、固い絆で結ばれているのだ。
マキナの自宅はごくごく普通の二階建ての住宅だった。
玄関の横のインターホンを鳴らすと、『はーい』という元気な声が返ってきた。
数秒後、扉から藤野マキナが顔を覗かせた。
「えへへー。いらっしゃーい」
「ふふっ。お前の笑顔ってほんっと癒されるよなー」
マキナの笑顔に連られそうになりながら、ミサは藤野宅にお邪魔をした。
マキナの両親は、まだ店で仕事をしているので家には居なかった。
また勝手に上がりこんでしまっているようだが、先程店で食事をした時に両親に自宅にお邪魔をすると伝えておいたので心配は無用だった。
そうでなくともマキナの両親は心が広く、自分達の娘の親友が勝手に上がり込んだくらいでは特に気にする事は無く、むしろ泊まって行けと勧誘する程だ(それはそれで危ないが……)
マキナの自室はフローリングにピンクの絨毯。窓には花柄のカーテンが吊るされている。
ベッドの枕元にはマスコットキャラクターのぬいぐるみがいくつも置かれており、いかにも女の子の部屋らしい内装だった。
ミサは部屋の中央にあるテーブルの横で正座をして待っていると、扉をノックする音が聞こえた。
扉が開けられ、マキナが部屋に入ってくる。お盆の上には、スナック菓子の詰め合わせと麦茶が乗っていた。
「おおっ! いつもサンキューなマキナ!」
「いえいえ。どういたしまして」
お礼に対して返事をしたマキナは、麦茶をコップに注いでミサの手元に置いた。
一口グビと飲んだミサは早速スナック菓子の詰め合わせの大きな袋を開け、目当てのお菓子を探す。
マキナも空のコップに自分の分の麦茶を注いだ。
何だか女子会の様な雰囲気だが、ただ談笑をするためにミサが家に来た訳ではない。
マキナにはどうしてもミサに相談に乗って欲しい事があった。
それはマキナのクラスメイト、宮野アキラに対しての事だった。
3
今から約一年前、マキナが入学したと同時にアキラに出会った。
入学当初は彼とは特に面識は無かったので、マキナはアキラに対しては、『単なるクラスメイト』としてしか見ていなかった。が、それでも挨拶は笑顔で行っていた。
やがてアキラは学校生活に対する『だらけ』が見え始めた。
入学から日が経つにつれて遅刻が多くなり、成績は下がる一方だった。
授業態度も悪くなり、アキラがつまらないと感じる授業では、居眠りをして過ごすという事が習慣化していったのだった。
それだけでなく、学校内のイベントにはことごとく欠席を続け、面倒くさがって参加する事はほとんど無かった。
その無気力な態度により教師のみならず、生徒まで彼から遠ざかっていた。
クラスどころか学年内にまで、アキラの落ちこぼれっぷりが伝わっていったのである。
生徒達は彼から常に距離を置こうとし、更にはアキラを退学に追いやろうとしている教師が居るとまで噂されていた。
そんな劣等性の代名詞の様なアキラだったが、マキナに限っては彼に対する考え方は異なっていた。
確かにアキラは問題児ではあるが、実は優しい心を秘めているのではないかとマキナは心なしか感じ始めていた。
そして誰にも流されず、自由気ままに生きるアキラにむしろ憧れていったのだ。
それからは彼に対して、これまで以上に笑顔で挨拶をするようになった。
マキナ自身は実際顔立ちは非常に可愛らしいので、学年全体からの人気は高かった。
それ故に、同学年の何人もの男子から告白をされた事があった。
しかしその告白をしてきた相手というのが、誰もが無理矢理髪を染め、アクセサリーをジャラジャラ首から吊る下げている者ばかり。自分を強く、そして格好良く見せようとしているのがバレバレだったのだ。
マキナは告白してきた男子達を次々と断ってきた。人は見かけが全てとは思っていないが、あまりのアプローチのしつこさに心底うんざりしていたのだ。
しかし、アキラは違った。
チャラチャラした男子達の告白を断っているうちに、マキナはアキラに対しての憧れの気持ちがどんどん強くなっていった。
自分を無理に飾ろうとしている男子を何度も見るうちに、己を飾る事無くあるがままに生きるアキラが羨ましく思えてきた。
そして、その憧れはとうとう好意へと昇華する事となった……
4
「なるほどな。んで、そのきっかけが昨日の机運びって訳か……」
経緯を知ったミサは頷きながら、袋の中から探り当てたサラダ煎餅の袋を開けた。そして一口で美味しそうにほおばる。
マキナは返事をする代わりに、小さく縦に首を振った。
マキナは昨日の朝、先生から机とパイプ椅子を運ぶ雑用を頼まれていた。
基本的に大人からの頼み事を引き受けたら断れない彼女は、快くそれを引き受けた。
その時アキラがやってきて、マキナの仕事を手伝ってくれたのだ。
この件で彼女は、アキラは決して身勝手な人間では無いと確信した。
無愛想で無気力なところもあるけれど、それは本当の自分を表に出すのが下手なだけなのではないのか……
マキナはアキラの優しさに心を打たれてしまった。
こうしてあふれ出す気持ちを一番信頼しているミサに聞いて欲しいが為に、彼女を自宅へ呼んだのだ。
「マキナお前、夕べあまり寝てないだろ?」
突然問い詰められたマキナは、いかにも図星といわんばかりにギクッという反応をした。
「うぐっ……なぜそれを……!」
「目元にうっすらと出ているクマを見れば分かるぜ!」
マキナとミサは十年以上の付き合いとなる。
ミサにとって親友がいつもと違う表情に気づく事は決して難しい事では無いのだ!
「うう……ミサちゃん、私どうすればいいんだろ……」
マキナはそう呟いた後、麦茶を一口飲みため息をついた。
「私ね、宮野君が気になった時からどんな事を話そうかなってずっと考えてた。だからね、宮野君にはなるべく笑顔で挨拶をするって決めてきたの。でもそれだけではこの思いは彼には伝わらない。結局何を話せばいいのかが伝わらなかった……」
マキナはそこまで言って俯いてしまった。
ミサはマキナの言う事を黙って聞いていたが、やがてマキナの瞳を凝視した。
「いい事思いついたんだけど、聞きたい?」
「うん! 聞きたい! 聞きたい!」
興味津々な返事を聞いたミサは、いたずら心百パーセントの笑みをマキナに見せた。
「よろしい。ではわたしからいくつかの要求を致します。受け入れて頂けますね?」
「はい」
ミサは要求の内容を伝えていないのに受け入れる前提の確認をし、マキナもあっさりと承諾してしまった。
これではまるで、しもべに命令を下す女王様である。
「わたしからの要求は二つ。わたしを今夜この家に泊めなさい。そして下着一枚でわたしと寝なさい。いいですね?」
「……」
マキナとミサは高校生である。
お泊まりに関していくらマキナの両親が許可をしているとしても、彼女自身が親友の前で服を脱ぐだろうか? 女王様の命令とはいえ、教師や生徒に信頼されている彼女が、そんな羞恥心のかけらも無い行動をするなんてとても――
「仰せのままに……」
マキナはしばしの沈黙の後、目の前の女王様の『有難い』命令に従う事にした。
それから数分間の間、ちょっと悪趣味な女子高生二人組はニヤニヤが止まらなかったのである。
5
マキナの両親がまだ店から帰ってこないので、今夜の夕食はマキナが作る事になっている。
ミサと相談した結果、今夜はハンバーグを作ることに決まった。
慣れた手つきで玉ねぎと人参をみじん切りにして、ハンバーグの素とひき肉とで混ぜ合わせる。
綺麗な楕円に成形した後、フライパンで焼き始めた。
その様子をミサは関心しながら眺めている。
マキナは小学一年生のときから料理をやっているのだ。高校生になってからは、両親が店で仕事をしている日は、三人分の料理を作っているのが日課となっている。もちろん彼女も遊びたい年頃の為、料理ができない日はしっかりと断ってはいるが……
正直ミサはマキナの料理の腕の良さを羨ましがっていた。
それから二人で食事と入浴を済ませた。
バラエティ番組を見ながら談笑をしていると、仕事を終えた両親が店から帰ってきた。時計を見ると夜十時を回っていた。
ミサは今晩泊めてもらえないかと両親にお願いをすると、快く引き受けてくれた。
両親の気前の良さに改めて感銘を受けたミサであった。
そして深夜……
マキナの部屋の小さなベッドの上には、下着一枚の女子高生が二人……
ミサは何故下着姿になるのを命令したのかは分からない……
マキナも何故その命令に従ったのか分からない……
お互いに何故こんな事になったのかが理解できなかった。
現時刻は午前零時。
周囲に誰かが居る訳でも無いのに、ミサはマキナに先程思いついた『いい事』を耳打ちした。
それを聞いたマキナは布団に包まったまま悶絶しそうになったが、しばらくしてミサの『いい事』を実行する事に決めたのだ。
6
そして次の日の朝。
マキナは自宅のキッチンに居た。今日食べる昼食を自分で作っているのだ。
長方形のフライパンの上で、焼けた卵がクルクルと丸まっていく。卵焼きの完成である。
マキナは焼いた卵焼きを包丁で五つに分け、全て弁当箱に入れる。卵料理は彼女の得意分野であり大好物でもあるのだ。
そして昨日の夕食で残ったハンバーグをレンジで温め、更に野菜を鍋でゆでた。
後は弁当箱の残ったスペースにご飯を盛り、ごまと塩をふりかけたら完成である。
用意ができたところでミサが起きてきた。
寝起きなので彼女の顔は当然すっぴんなのだが、それでも十分綺麗な顔つきだった。
化粧する必要無いんじゃないのか? という顔でしばし見つめていたマキナに、ミサは挨拶をする。
「おはようマキナ。朝早くから関心だねぇ」
「ミサちゃんおはよう。夕べは眠れた?」
「ああ、おかげ様で。お前のベッドは世界一寝心地が良いと思ってるぜ」
「あはは。『また』ご冗談を」
仲の良い二人は朝から会話が弾む。
ミサは壁にかけられた時計を見る。七時半だった。
「よしっ、一旦家に戻って準備してくるからちょっと待っててくれ」
ミサの自宅はマキナの自宅から歩いて五分のところにある。学校へ行く準備をしに帰るのは容易い。
「おっけー。おにぎりくらいなら作れるけどどうする?」
「あっ、いいや。今日は購買で買って食べる事にする」
ミサはマキナの両親にお礼を言ってから、自宅に戻っていった。
マキナも洗顔と歯磨きを済ませ、制服に着替えた。
洗面台の鏡の前で髪型を整える。黒髪のポニーテールだ。
化粧に関しては学校に行く時はしていない。
マキナはリビングでご飯と味噌汁を食べながら、ミサが昨日言っていた『いい事』についてずっと考えていた。
これを実行したら、確かにアキラとの距離がぐっと縮まるかもしれない。
しかし、これでもし相手が嫌悪感を抱いて二度と話してくれないとなったら……恐らくもう二度とアキラとは恋愛をする事はできない。
そしてこれは、飽くまでミサが考えた作戦をマキナが実行するに過ぎない。
自分が思いを寄せている相手だというのに、自分で考えて行動する事ができない。
そのやるせなさと、それでもアキラの事が忘れられないという二つの感情に押しつぶされそうになり、マキナはため息をついた。
一緒に朝食を食べていた両親がマキナを心配して声をかけた。
我に返ったマキナは『何でもない』とごまかし、手元にあったご飯を味噌汁で流し込み、家を出たのであった。
家の外で待っていると、準備ができたミサがやってきた。
制服は着崩しておらず、優等生っぽさを醸し出していた。
お互いに軽く挨拶をすると、ミサはマキナの目を見つめてきた。
「覚悟は、できたんだな?」
「……うん!」
マキナはミサに向かって静かに頷いた。
7
時は数時間前まで遡り、下着一枚で寝たベッドの中……
「ねぇ、ミサちゃん。いい加減教えてよー、さっき言ってた『いい事』っていうの!」
「ふふっ。どうしても聞きたいか?」
「聞きたい! 聞きたいっ!」
マキナは布団の中で駄々をこねた。
その動作には、条件を二つものんだのだから返答次第では容赦しないという意味も込められているようだった。
「分かった」
返事をしたミサは一呼吸置いて……
「簡単な事さ。宮野にわたし達が今やっている事をやればいい」
それを聞いたマキナは横になったまま凍りついた。
「……ミサちゃん、それ本気で言ってんの?」
「何言ってんだ。わたしはお前の為ならいつだって本気だぜ?」
ミサは自身満々にマキナに宣言をした。
マキナはしばらく(心が)凍り付いていたが、やがてその氷はすぐに溶け出し、顔が真っ赤になった。
そして彼女は布団の中で悶える事になる。
「そ、そんな事できる訳ないでしょ! こんな事、宮野君が好む訳がない!」
必死で否定しているマキナを見たミサは、大笑いしながら彼女をなだめようとする。
「冗談だって冗談。一緒に寝ろなんて言わねーよ!」
「じゃあどうすんの?」
「要はあいつともっと話がしたいんだろ?」
「う、うん」
するとミサはマキナに一つの提案をした。
「だったらこの店のアレを使えばいいんじゃね?」
「アレって……あっ」
アレとはマキナの店で使われている割引券の事だ。
店に来た客が会計をする際に一枚渡す事になっており、次に来た時には全品一割引となる。
「店の宣伝も兼ねて宮野に割引券を渡せば、ひょっとしたら来てくれるかも知れねぇだろ? それに、券を渡した時にマキナが店の話とか話題にできる」
マキナは少し納得したのか、表情を落ち着かせた。
「後は宮野にくっついている鈴木って男を何とかしなきゃな。お前が券を渡す直前に、わたしが鈴木を宮野から隔離させてあげる。その隙にお前は割引券を渡しに行け」
「でも店に来てくれたからってそこまで話ができるとは限らないし……」
マキナはまだ不安が拭い切れていない。
ミサはマキナの背中を後押しする。
「だからこそ家に誘うんだよ。もしかしたらだけど、泊まってくれる事だってあるかもしれん」
こうしてアキラをおびき寄せる作戦は実行に移されたのである!
マキナは学校に行く前にこっそりと店に入り、割引券を一枚回収する事に成功した。
それを鞄の中に忍ばせ、ミサと共に登校するのであった。
8
マキナとミサが教室に入ると、教室内の女子達から挨拶をされた。
マキナ達に挨拶をしない女子は一人も居ない。
男子も半数が彼女達に挨拶を交わし、中には『我らがヒロイン達のお出ましだ!』とはしゃぐ生徒まで居た。
教室内に彼女達が現れただけでちょっとした騒ぎが起きるのは、それだけクラスからの人気が高いからであろう。
マキナはクラスの生徒達に笑顔で挨拶した後、教室の後ろの方を見やった。
そこにはマキナが気になっている男子、宮野アキラとその悪友、鈴木リョウが居た。
二人で何やら談笑をしている。
「おはよう宮野君、鈴木君!」
マキナは二人に笑顔で挨拶をした。
挨拶をされたアキラは嬉しかったのか、照れ臭そうに返事をする。
「おはよう。藤野さん、桜井さん」
「おはようっす! 本日もお二人とも麗しくってよ?」
リョウに至っては相変わらずの返事である。
マキナはそれに対しては笑顔で返し、ミサは苦笑いで返した。
「おはよう二人とも。今日は二人にちょっと用があるの」
ミサの言葉を聞いたアキラとリョウは、『えっ?』と声をそろえた。
しばらく不思議そうな顔をしていたので、ミサは二人を教室から出るように促した。
「二人ともちょっとこっちに来てくれない?」
「あ、ああ」
「マ、マジすか?」
アキラとリョウは女子二人の後を追って教室を出た。
リョウは歩きながらミサに質問をする。
「さ、桜井どうしたんだ? オレ達に説教すんのか? やるなら女王様姿で手足を拘束してオレの体を鞭で思いっきり――」
「うるせえ! 少しは黙ってろドM野朗!」
アキラの突っ込みが廊下に響いた。
やがて四人は、廊下の突き当たりにある階段の踊り場にたどり着いた。
階段は上下それぞれ屋上と二階に繋がっている。
「じゃあ鈴木。ちょっとこっちに来てくれる?」
ミサは屋上へ通じる階段を指差した。
ミサがリョウに手招きをすると、彼は『お、おお!』と返事をして屋上へと登っていった。
リョウをアキラから一旦離したのには理由があった。
アキラ一人で店に来て欲しいので、リョウに割引券を渡すところを見られたくなかった。もしリョウが見ていたとしたら、興味津々にアキラについて行ってしまうだろう。
そうなるとマキナはアキラと二人っきりになる事はできない。
だからといって、何の用も無いのにリョウを連れたのでは当然怪しまれる。
だから割引券の譲渡に気づかれない為に、ミサはリョウへのフェイクを考えておいた。
そのフェイクが、『今度二人で会わないか?』という事だった。
ミサはリョウに対しては特に好意は持っていないが、マキナの為なら背に腹は代えられない。
仮にリョウを呼び出しておいて、雑談だけで済ますのもどうかと思い、こういったぶっ飛んだ頼み事をふりかけておいたのだ。
屋上は出入り自由とはいえ、始業前なので誰も居なかった。
ミサの頼みにリョウは目をキラキラさせてそれを承諾した。
ミサが後付けした『この事は誰にも言うな』の警告にも、彼はあっさりと返事を返したのであった。
9
一方でマキナ達は階段を降り、二階の踊り場にやって来た。
「ええっと、どうかしたの、藤野さん?」
アキラは少し焦りつつマキナに質問をした。
マキナには何となくアキラの心臓が激しく鼓動しているように見えた。
「えっと、あのね……大した事じゃないんだけど……」
そう言ったマキナはスカートのポケットから、マキナの店の割引券を取り出した。
「ほ、ほら、私の店料理屋じゃん! だから宮野君に味見してもらいたいなあっていうか……」
「は、はあ……」
アキラは何とも間の抜けた返事をするが、マキナは話を続けた。
「それに、宮野君とは今まであんまり話した事無かったから、お店に来たついでに私の家で色々と話をしたいなあっていうか……」
それを聞いたアキラは、目を見開いて反応した。
その反応に気づいたマキナは、ひょっとして不快に感じたのかな? と思い……
「えっと……ひょっとして嫌だった?」
問いを受けたアキラは両手を前に出して否定した。
「と、とんでもない! えっ? マジで行っていいの!?」
「う、うん」
「おおっ! ありがとう。どうせ暇だし、今日とか行っていいの?」
「えっ? 今日来てくれるの?」
「ああ! 藤野さんの店行ったことが無くってさ。けど美味しいって噂は何度も聞いた事があったから前々から行ってみたいって思ってたんだよなあ!」
「あ、ありがとう宮野君……」
二人の会話はゴムボールの如く弾みまくっていた。
両者とも満面の笑みで会話をしている。
アキラのこれだけ嬉しそうな表情は見た事が無いと感じたマキナは更に嬉しくなった。
「いやあ俺もさ、藤野さんと一回しっかりと話をしてみたかったんだよ!」
「ほ、本当に?」
「ああ、藤野さんは人気者だし、優しいし、可愛いし……」
「そ、そこまでじゃ無いよぉ、宮野君だっていいところあるじゃん!」
マキナは赤面しながらも、楽しそうに話している。
しかし話しているうちに、マキナは『はっ!』と何かに気づいたように我に返った。
「宮野君。ちょっとお願いがあるんだけど……」
マキナはアキラの顔を見た。
「この事はしばらくの間は誰にも言わないでもらえないかな?」
「えっ? ああ大丈夫。誰にも言わねぇよ、こんな大事な事。だから桜井さんは俺達を二人にしたんだろ?」
アキラの発言を聞いてマキナは目を丸くした。
彼は既にマキナやミサに誰にも聞かれて欲しく無い話があると察していたのだ。
「……うん。手荒な事してごめん」
「気にして無いって。わざわざ謝る事無いよ?」
アキラの優しい言葉を聞いたマキナは、ほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとう。後ね、連絡先を教えてくれないかな?」
「おおっ。お安いご用だよー」
二人は携帯を取り出した。そして赤外線通信でお互いの電話番号とメールアドレスを交換した。
「ええっと、店の場所とか教えた方がいいかな?」
「あっ、いいよ。場所だけは知ってるから」
「そう、分かった」
携帯の時刻を見たら始業三分前だった。
四人は楽しく雑談をしながら教室に戻ったのであった。
マキナとミサは授業中、アキラとリョウの顔を交互に窺っていた。
それぞれ何も無い場所を見ながら、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
何故この二人がニヤニヤしているのかを知っているのは、マキナとミサだけだ。
ミサはこっそりとマキナにグーサインをした。
それを返す形でマキナはウインクをしたのだった。
10
そして放課後。マキナはミサと共に校門を出た。
今日はこの後、アキラが家にやって来る。そう思うと胸の高鳴りが止まらない。
この鼓動は誰にも止めることはできないであろう。
「まっ、下着姿で寝るってのは過ぎたジョークって事で流してくれればいいけど……」
突然ミサが公共の場でとんでも無い事を口にした。
マキナは『えっ!?』と驚き硬直したが、その後はぷんすかと怒った。
「んもう! また私をからかって!」
「あはは、ごめんごめん!」
ミサは怒ったマキナの様子を心の中で『可愛いー!』と思いつつ、顔をニヤつかせる。
そしてマキナにアドバイスをする。
「マキナがあいつを好きだって事は否定はしない。大事なのは今お前が思っている事を正直に相手に伝える事じゃないのか?」
「……」
マキナはミサの目を見て静かに聞いている。
「いきなり告白しろなんて言っても難しいかも知れんが、あいつを褒めちぎる事なんていくらでもできるだろ?」
「褒めるって事は、宮野君の良いところを挙げるって事?」
「そうだ。マキナが思っている宮野の良いところを正直に話すんだ。お前は人の良いところを見つけるのは得意だろ?」
「……」
マキナは黙り込んでしまった。二人の間に沈黙が広がる。
聞こえるのは春の風の音と、下校する生徒達の喧騒のみ……
マキナはアキラと話すらできずに終わるんじゃないのか? という不安が胸をよぎったミサだったが……
突然マキナは目をパッチリと開け、ミサに決意を表明した。
「分かった。ミサちゃん、協力してくれてありがとう。ミサちゃんの今の言葉で目が覚めたよ。私、今日宮野君に告白します!」
それを聞いたミサは一瞬驚き固まったが、やがて嬉しそうにマキナの肩をポンと叩いた。
「お、おお! マキナついにやるのか!?」
「うん! 何事も先手必勝! でしょ?」
「し、しかしいきなり告白なんてマキナにとって負担じゃないのか?」
「確かに不安だけど、今やらなきゃこの後もずっとできないと思うの……」
そしてマキナは、今自分が思っている『一番』正直な気持ちを口にした。
「だって私、宮野君が大好きだもん! 起きた時も、授業中も、ご飯の時も、店の手伝いしてる時も、寝る時も、宮野君の事が頭から離れなくなっちゃったの! 大好きで大好きで仕方が無い! 告白する理由なんてそれで十分!」
いつも冷静なミサでさえ、この時ばかりはあんぐりと口を開けていた。
「ふ、ふっきれたな……マキナ」
「えへへ。私頑張ってみるよ!」
マキナは勘違いをしていたのだ。
自分が気になっている相手に対して、どのように接するかとか、何を話せばいいのかとか、難しい事ばかり考えていた。
しかしミサが言った『自分の正直な気持ちを伝える』という言葉でスイッチが入った。
こんなに簡単な事に何故今まで気づかなかったのだろうと不思議に思ったマキナだったが、先程までの緊張が一気にほぐれ、落ち着きを取り戻した。
しかし、胸は依然として激しい鼓動を打っていたのだった。
とその時、マキナの携帯が振動した。画面を見ると、一件のメールが届いていた。
マキナとミサは互いに顔を見合わせ、静かに頷いた。
そしてどきどきしながら画面をタッチすると、アキラからメールが届いていた。
『これから一時間後くらいに店にお邪魔するけど大丈夫かな?』
「ついに勝負の時が来たな」
「うん。結果……後で連絡するね」
「よしっ。何も恐れず行って来い!」
ミサはマキナの背中をポンと叩き、気合を注入した。
それに対しマキナは『ありがとう』とミサにお礼を言い、店にまで足を走らせた。
マキナは信号待ちで足を止まらせ、アキラに返信のメールを打った。
『大丈夫だよ! わざわざ面倒をかけさせてごめん! 私も店の手伝いをしてるからもてなすよ。お待ちしております!』
メールを返信したマキナは信号が青になると、店に向かう足を更に加速させた。
『今日は、大好きな人と会える』
そう思えば思う程、満面の笑みをせずにはいられないのであった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
前作の続きを今度は女の子目線で書いてみました。
その結果、アキラ君の話よりも長くなってしまいました。
ストレスフルな長さになってしまい、大変失礼致しました。
そして男の子への恋愛なのに、途中で変な方向に走ってしまいました。
不愉快に思われた方々(特に女性の方々)、すみませんでした。
男性が女性を描写するのは中々難しいのです……
それでも僕が書く作品を読んで下さる方々、本当にありがとうございます!
今後とも精進を致しますので、これからも何卒宜しくお願いします!
では失礼します……