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PH-096 嫌な予感


 腕に伝わる振動で目を覚ます。

 向こうの世界にある部屋の目覚まし時計はけたたましい音を立てたものだが、バングルに内蔵された目覚まし時計は、設定した時間に腕に振動を与えるものだ。この方が穏やかだと思うんだけどな……。でも、二度寝しそうな感じもするからあれはあれで良いのかも知れない。


「おはよう!」

「おはよう、もう準備出来てるよ」

 エリーが元気よく答えてくれたけど、探索の準備か朝食なのか微妙なところだな。「はいにゃ!」ってサリーがコーヒーカップを渡してくれた。一口飲んで、脳に糖分を補給する。

 リネアが皆に朝食のパンを配ってくれた。黒パンに野菜とハムが挟んである。別のカップにスープが付いていた。

 非常食よりは遥かにマシな朝食だ。短期間の調査だからこんな食材を運んで来たんだろう。


「お兄ちゃんの指示で無人機を飛ばしたんだけど、ここは大きな島ってことが分かったよ。上空3千kmまで上昇しても、東西南北に陸地がなかった」

「それで十分だ。次に来る時には飛行船を持ってくればいい。となると、この島は聖域化してるって事になりそうだな」


 周囲100km程度の島って事になるんだろう。絶海の孤島らしいぞ。それならこの神殿の荒廃や周囲に大型の獣がいないことも理解できる。

 

「なら、後は次の連中に任せれば良い。食事が終わったらトンネルに向かうぞ」

「リネアが無人機を持って行くべきだと言ってるけど?」


 エリーの言葉に、リネアに顔を向けると俺に小さく頷いた。

 あの先に何かあるとリネアなりに考え付いたのかも知れないな。

「そうだな。持って行こう。燃料はまだ持つんだろう?」

「1時間は飛べるにゃ。天井が高いから、ホールの全体像がつかめるにゃ」


 そう言う理由か。俺の考え過ぎかな。

 だが、それも大事な事だろう。俺が頷くと、嬉しそうに牽引車の方に向かって行った。


「ずっとトンネルの中に入ったままになるかもね。ナップザックに食料と水は詰めといたよ。ライトも準備出来てるからいつでも出発できる」

「なら、10分後だ。車にシートを掛けておいた方が良いぞ。昨日と違って今日は雲が多いからね」


 俺が一服を始めると、エリーとサリーが車に向かって行く。シートは車体が小さいから被せるだけなら簡単だ。2人に任せておけば良い。

 

 3人が戻ってきたところで、焚き火から腰を上げる。焚き木を小さくまとめて、ポットのお湯を掛けておく。それ程風はないが、車に燃え移ったらシャレにもならないからな。


 準備が終わったところで、岸壁に歩いて行く。エリーとリネアが先頭だ。真ん中をサリーが歩き、殿が俺になる。

 昨日使ったサーチライトはエリーが持っているから、俺は小型のLEDライトを持つ。サーチライト程集光性はないが、これでも20m以上先を照らせるから十分だ。


 前を歩くサリーが、つるつるの壁を撫でながら歩いている。

 物珍しさもあるんだろうな。たまにエリーも同じ事をしているぞ。


 エリー達が立ち止ってライトの先を眺めている。どうやらホールに出たらしいな。石の列柱と石像がエリー達を出迎えてくれたのだろう。


「どうした?」

「ここって、神殿なんだよね。何か、外の神殿よりも立派に見えるんだけど……。それに、このホールにどこにも火を焚いた跡が無いよ」

 

 何だと! 改めて周囲を眺める。

 松明の容器を撤去したと思っていたのだが、言われてみれば確かに変だ。天井も壁も煤けた場所がどこにもない。

 他の照明器具が使われたと言うのだろうか? ならばどこかにその痕跡位はある筈なのだが、そんなものは全く見当たらない。


「意外と、魔法で灯りを灯したのかもね。先に行こう!」

 エリーはそれ程疑問を持っていないようだ。リネアと一緒にホールの奥に向かって列柱の間を進んで行く。


 俺の前を行くサリーは、あちこちを撮影しながら歩いている。珍しいんだろうな。あの砂の都にも教会のような建物はあったけど、このように大規模なものでは無かったし、ましてや奥にこんな空間があるのは初めてなんだろう。

 きょろきょろと眺めてはカメラを向けているから、意外と良いものが撮れてるかも知れないぞ。


「お兄ちゃん。この階段を上がって、あのトンネルに進んでも良いんだよね!」

「ああ、だけどその先は俺達も進んでいないんだ。気を付けるんだぞ」


 俺の言葉を最後まで聞かずに頷いて階段を上り始めた。

 リネアが急いで後に続いて上っていく。俺達も急いだ方が良さそうだ。サリーに「行こう!」と声を掛けて足早に階段に向かう。


 階段は扇型に上に向かう程横幅が狭まっている。トンネルは入口に比べて幾分狭いように見えるけどそれ程気になる物でもない。

 すでに灯がだいぶ先に見えるから数十m程エリーが先行しているみたいだ。相変わらず直線のトンネルだな。


「このトンネル、前と違ってあまりつるつるしないにゃ!」

 それは俺も気が付いた。入り口のトンネルはライトを反射したんだが、このトンネルはそれ程でもない。反射はしてもごくわずかだな。手で壁面を触ると細かな円周方向に立てスジが入っている。ドリルでも使ったんだろうか? 入口のトンネルと比べて明らかに手間を省いているような感じがするな。

前を見ると、エリー達のライトがあちこちに向かって光を当てている。次のホールに出たんだろうか? このトンネルの距離も入口のトンネルと同じぐらいの距離のようだ。


「お兄ちゃん。早く、早く!」

エリーがこちらをライトで照らして叫んでいるけど、ライトは下げて欲しいな。強力なライトで一瞬目がくらんでしまったぞ。

「何だ!」

「このホール、変なんだよ!」


 駈け出したサリーの後を追って、俺も足を速める。いったい何を見付けたんだ!

 

 ホールに出ると、先ほどよりも大きな部屋なのが分かった。天井も遥かに高い。

 だがホールの中央にある物体は俺も初めて見る代物だ。

 直径500mはあろうかと思われる部屋の中央には円形の階段状の台座があり、その上部は直径30mもありそうだ。

 それだけなら、古の神を祭ったとも思われるが、あるべき神像がない。その代りに直径5m程の球体が表面を銀色の小波を浮かべていた。球体は石の台座から数cmほど浮かんでいるのだが、軽そうな感じではないな。

 それ以外には全く何も無い。周辺の壁には幾何学模様の梁が削り出されているが、装飾品とは言い難いな。


「時空間ゲート……、と見るべきだろうな。俺達の使っているゲートは2次元の鏡面のようだが、これは3次元って感じに見える。サリー、周辺の画像を撮影したら、無人機をゲートに入れてみるぞ」

「何もないから撮影は終わってるにゃ。あの模様も撮っておくにゃ」

 サリーは壁の梁を模様と考えたようだ。確かに連続してはいるが相似性はあまりない。一種の装飾と考えるべきなんだろうか?


「お兄ちゃん。この模様ってすごく細密だよ!」

 新たな発見という事か? 壁に寄ってしげしげと眺めると、確かに小さな線刻が無数に入り組んでいる。ひょっとして……。

「サリー、面倒だけどこのホールの全周を、高解像度で撮影し直してくれ。ちょっと気になるから、帰ったらレブナン博士達に調べて貰う」

「分かったにゃ。見れば見るほど不思議な模様にゃ」


サリーが壁から10m程離れて撮影を始めた。結構広いから時間が掛かりそうだぞ。その間にやってみるか……。

 いざとなったら逃げだすことも考えなくちゃならないから、サリーの仕事が終ってからのほうが良さそうだ。


「エリー、無人機の準備だ。設定は出来てるな」

「発進して10秒後に、周囲を撮影して戻って来るよ。何か心配なの?」

「ああ、向こうが気になる。俺達が知らない時空間ゲートだ。それに、たくさんの人間がこれを潜ったはずなんだが……」

 戻っては来なかった。

 その原因が自然なものなら問題ない。ゲートの先が火山だったり、海原だったらそれまでだが、あの碑文には先に還った者がいるとある。その後を大勢の人間が追ったのだ。

 還ることができない理由を確認する必要があるだろうな。


「エリー、無人機のプログラムを変更してくれ。時空間ゲート突入後、地上5mで全周囲を撮影後素早く帰還させる。向こうの世界に滞在する時間は3秒以下にしてくれ。

リネアはサリーと逆方向に周囲の壁面撮影だ。撮影が終了次第、無人機を突入させる」

 

 直ぐに2人が作業を始めた。しばらく掛かりそうだから、暇つぶしに球体の周囲をゆっくりと一回りしてみる。

 このホールにはこれ以外の物は全く置いていない。ある意味、聖域中の聖域なんだろうな。訪れる者が誰もいなくなっても、この時空間ゲートは機能し続けているようだ。

 

「お兄ちゃん、終ったよ!」

 エリーの元気な声が聞こえてきた。サリー達の壁面撮影も終了したようだ。

 いよいよ、無人機を突入させることになるな。


「念の為に、ホールの出口付近で待機する。銃も用意しといてくれ。何が起きるかわからないから」

「そんなに危険なの?」

「分からない。だけど、この時空間ゲートは俺達の科学力を超えていることは確かだ。過去に何人もこのゲートを潜ったらしいが、還る者はいなかったらしい」


 俺の言葉に吃驚したようだ。3人とも俺に注目している。

 そういえば、まだ言ってなかったか?


「あっちのホールにあった碑文が、お兄ちゃんには読めたの?」

「何故か分からないけど読めたんだ。帰ったら教えてあげるけど、今はこの状況を考えよう。かなりの人達がこれを潜り、戻ってこなかったのは確からしい」


 不満はあるようだが、エリー達が出口に向かって歩き出した。その後に俺が続く。

 問題は、何かあった時の時間稼ぎだよな。胸に着けた手榴弾を使えば、少しは何とかなるかもしれない。

 全員がホールの出口に着いたところで、エリーが無人機をバングルの仮想端末を使って操作し始める。

 銃を手にサリー達は、成り行きを見守っているようだ。俺もM29を手にその時を待った。

 人の歩く速度で無人機が時空間ゲートに突入する。同時に俺は秒を数え始めた。

 3秒後に無人機が球体から姿を現して俺達の方に進んでくるが、様子がおかしいぞ。

 ふらふらと漂うような感じで、高度も安定しない。

 やがて俺達の手前20m程の所にガシャンと音を立てて落ちてしまった。


「エリー、走れ! 大至急帰る仕度をして待っててくれ」

 3人がトンネルを駆けていく靴音が小さくなっていく。だいぶ離れたようだな。

 無人機に向かって注意深く歩くと、無人機からクリスタルを抜取る。

 時空間ゲートから目を離さずに後ろ向きにホールの出口を目指していると、ゲートの鏡面のさざなみが少しずつ大きくなった。



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