PH-094 神殿の廃墟
この世界の過去で見つけた時空間ゲートは、親父が取り残された世界らしい。
出来るなら探し出してシスターに合わせてあげたいが、時空間ゲートの出口は神殿の廃墟だからな。人の寿命が200年だとしても、あの場所で出会う事は無いだろう。
「……という事で、明後日の1000時にこの世界から過去に行って、向こうで見付けたゲートを潜る。無人機が何回も往復してるから問題は無いと思うけど、準備だけは入念にな」
「もう終わってるよ。後はお弁当を受け取るだけでOKだよ」
エリーの言葉に、ネコ族の姉妹もうんうんと頷いている。どんな準備をしたのか聞くのが怖い気がするな。
「これが神殿の地図だ。周囲50kmの地図もあるんだけど、最初に見た通り、森林地帯だから目ぼしいものは無いんじゃないかな。
俺達の仕事は、神殿の調査と周辺の植物の採取になる。アルビンさんが無人機で採取した植物は、事故でトメルグさん達が飛ばされた世界の植物とほとんど同じだそうだ」
「それって、シスターの旦那様が取り残された世界って事?」
「そうだ。だが、そこにティーゲルさんがいるとは考えられない。シスター達はその世界で魔法を覚えたそうだ。だが、この地図では周辺に住居は無いからな」
無人機で更に遠距離を探索することになるだろう。半径200km位は探索できるだろうから、上手く行けばあの世界の住民達の村を見付けることもできるんじゃないかな。
「この洞窟が気になるにゃ」
「ああ、そこも探索してみよう。この神殿の中心はこの洞窟の中って感じがするからな」
リネアの言葉に答えると、サリーと小声で話し合っている。
「投光器も持って行かないとね。何種類かはあるけど……」
懐中電灯や帽子に付けるヘッドライトはヤグートⅢに積んであるんじゃないかな。それ以外にも何個か予備を持って行くって事だろう。
そんな話を終えると、俺も魔法の袋の中身を再度確認する。バレット90を持って行こう。マガジンも3つは入れておける。ショットガンは先端を切り詰めたやつだ。弾丸はたっぷり持って行ける。
魔法の袋はこういう時に便利だな。トランク3つ分が軽く入ってしまう。
食料や水は、エリーがレミ姉さんの魔法の袋を譲って貰ってるから、それに入れておけば良い。
サリーもカービン銃を手に入れたようだ。
もっとも、使用する銃弾はリネアの持つオートマチックと同じなんだが、長いバレルだから命中率は良いに違いない。
全ての銃にレーザーポインターをエリーが付けている。50m以内で使う場合が多いから、助かる装備ではあるな。
次の日はのんびりと1日を過ごす。
居住区のあった建家の屋根に上って、周辺の小さな獣を双眼鏡で眺めて時間をつぶす。バードウオッチングのような感じがすると思っていたのだが、バードウオッチングって何なんだ? 依然として俺の記憶にはわからない言葉や映像が脳裏をよぎるな。アカシックレコードのような全ての結末を知る知識では無いにしろ、誰か別の時代の知識がかなり混在しているようだ。
エリー達は、アルビンさん達と一緒に村に向かったようだが、エリーたちの事だから北門の広場で子供達と遊んでくるのだろう。
エリーも、気が付かないうちにトメルグさん夫婦に惹かれているんじゃないかな。親子なんだから、互いに惹きあう気持ちがあるのかもしれない。
俺とシスターはどうなんだろう? 親である事を俺は知っているが、シスターは知らないはずだ。それでも、トメルグさんの小屋を訊ねると、いつでも優しい目で俺を見ているような気がする。案外、俺に自分の子供の姿を重ねているのかもしれないな。
いつか、『母さん』と呼んであげたい気もする……。
「周辺に危険な獣はいないわよ!」
急に声を掛けられて後ろを振り向くと、レミ姉さんがにこにこしながら俺を見ている。
「屋根でバンター君がじっと林を眺めているから、警備員達が緊張してるわ」
「双眼鏡で小さな獣の姿を眺めていたんですが……。結構、おもしろいですよ。俺達はプラントハンターですから、興味本位で眺めるだけですが、生態学を専門にする学者ならばこの世界は夢の世界でしょうね」
レミ姉さんは俺の隣に来て、柵に両腕をついて林を眺めている。だが良く見るとその目は林の様子を見てはいないようだ。
「明日、出掛ける時にはトメルグさんに貰った刀を持って行きなさい。村での活躍は聞いてるわ。乱戦では刀に勝る得物はなくてよ。……それにしても、小さな獣がたくさんいるわね。バンター君の提言はレブナン博士と協議してみるわ」
俺の肩を軽く叩くと、レミ姉さんは警備本部のある集会場の2階に歩いて行った。
あの刀を持って行けというのは、トメルグさん達の迷い込んだ世界との関連もあるのだろう。荷物にならないから問題はないだろうが、危険性を考慮してとは違いそうだな。
何か違う意味があるのだろうが、今は分からないな。
それよりも生態学者の方が問題かもしれない。村に暮らす連中だってかなり変わった種族がいるからな。砦周囲の獣や恐竜で満足してくれれば良いのだが、墓荒らしなんてしないだろうな。ちょっと心配になってきたぞ。
・・・ ◇ ・・・
出発の朝。俺達が乗り込んだ小型4輪駆動車は、1輪車程の小さな牽引車を曳いて地空間ゲートの手前に待機した。
小型ではあるが、燃料電池は結構大きなものを積んであるそうだ。時速40kmで、50時間は走れるとレブナン博士が教えてくれた。
「たぶん電源車として使うことになるでしょうね。100%出力で20時間は保証するわ」
向うでの滞在は5日を予定してるから、これで十分だろう。連絡手段として、小型の標本用シリンダーをゲートに投げ入れれば、原始的ではあるが互いに連絡はできる。
「では、出発します。エリー、前進だ!」
「了解!」
レブナン博士とレミ姉さんが手を振ってくれる中、ゆっくりと俺達を乗勢田車は斜路を上って、時空間ゲートに入って行った。
水面に浮き上がるような感触は何時ものとおりだ。
ゲートを抜けて10m程進んだところで、エリーが車を停める。
俺は、直ぐにシートを飛び出して、車外に出るとショットガンを構えて周囲を眺めた。
「周囲200mに生体反応なし! やはり誰もいないみたいだよ」
「了解。リネア、急いで多機能センサーを展開してくれ。ベースキャンプはゲートの近場が良いな。エリー、場所を確保してくれ」
矢継ぎ早に指示を出して、車から少し離れてぐるりと回りを巡りながら周囲を観察する。腕のバングルは機能を減らして強度を上げている。動体検知機能は大型犬以上100m以内で警報が出るように固定設定にしてある。方向は小さな仮想スクリーンに表示すれば十分だ。
崩れた石塀に円柱の列……。苔むした様子からだいぶ年月が過ぎているようだ。風が運んだ細かなちりが堆積している場所には小鳥の足跡さえなかった。
結界という事なんだろうな。いまだにそれが生きているって事だろう。
小型車に戻ってきた時には、小型車転倒保護用のパイプを使って、小さなテントが立てられていた。
「任せて済まないな。とりあえず周囲に危険は無さそうだ」
「半径300m以内に生物がまったくいないにゃ。植物だけがあるにゃ」
「採取は後でも良いだろう。とりあえずは一休みして、神殿跡を手分けして調査するぞ」
砦から持ち込んだコーヒーをポットからシエラカップに入れて一口飲む。エリー達は紅茶のようだ。
タバコを取り出して火を点ける。
廃墟の神殿は風の音だけが聞こえて来る。虫の音や鳥のさえずりさえないのが不思議な感じだな。
一休みしたところで、エリーとサリーが神殿の画像を取り込み、俺とリネアで岩窟の先行調査を分担する。
無人機で神殿の廃墟の撮影は行っているが、より詳細で鮮明な映像データを取得するためらしい。専門家に提供するとのことだが、たぶんこの神殿の目的を知るためなんだろうな。
リネアがカービン銃を担いで帽子を被ってやってきた。帽子にはLEDライトが付いているし、大きな懐中電灯も持っている。
俺も帽子にLEDライトを付けると、小型のサーチライトを車から取り出した。
「帽子にカメラは付いてるか?」
「だいじょうぶにゃ。連続撮影出来るにゃ。それにバングルのカメラも使えるにゃ」
リネアもバングルを改造してるみたいだ。それにしても、カメラを内蔵させるのは考えたな。
岩窟は、時空間ゲートの北にそびえる岸壁にぽっかりと開いている。
広場の床から3m程の高さに十数段の階段が丸い穴に続いていた。階段の横幅は5m程あるのだが、岩窟の入り口は直径3m程の真円になっている。明らかに人工的なものだが、よくもこんなふうに丸く開けることが出来たものだ。
俺達の車から階段までは50m程の距離だ。振り返ると、エリー達が2人で相談しながら円柱の撮影を行っていた。ちゃんと撮影場所と方向を記録してるんだろうか? ちょっと心配になってきたな。
「真っ暗にゃ!」
一足先に階段を上って行ったリネアがそんな事を呟いて、奥をライトで照らしている。
そのライトの先を俺も眺めてみると、かなり奥に続いているのが分かる。
「エリー、洞窟に入ってみるぞ。外に中継器を置いておくから、通信は可能なはずだ」
「了解にゃ。何か分かったらこっちも連絡するにゃ!」
相手はサリーのようだ。トランシーバーでの連絡係はサリーにしたようだな。
バッグからタバコの箱位の中継器と、細いワイヤーが巻いてあるリールを取り出した。
リールのワイヤーを中継器の端子に接続すれば、リールの伝送器を通してトランシーバーで外部との連絡が出来る。ワイヤーは500m程巻いてあるから、初期の先行調査には十分だろう。
「入ってみるぞ。動体センサーをセットしといた方が良いな」
「もう、スイッチを入れてあるにゃ。前方200mまで何の反応も無いにゃ」
「了解。俺が先になる!」
そう言って、洞窟に足を踏み入れた。
断面が円形の洞窟ではあるが、直径が大きいから歩く分には苦にならない。
小型サーチライトで前方を照らしながら、ゆっくりと洞窟の奥に向かって歩いて行く。