PH-091 大森林の尽きるところ
朝食を終えて、コーヒーを飲んでエリー達がお弁当を受け取るのを待っている。
しばらくはタバコが吸えないから、ここ吸っておこう。無くても無煙タバコを買ってあるから、ちょっと試してみよう。
「貰って来たよ。4人分を2回だから、夕食もあるんだよね。大型ポットにスープも入ってるし、コーヒーのポットも受けったから十分よね」
「ああ、だいじょうぶだ。それじゃあ、出掛けようか?」
ベンチから腰を上げると、調理場に入る扉を開ける。この奥に地下へのエレベーターがあるのだ。
エレベーターを下りると、ゲート区域に向かう。すでに斜路の手前にアルゴが待機していた。
「準備はOKね。設定は済んでるわ。アルゴに乗って準備が出来たら知らせて頂戴。パラシュートの開傘は落下後5秒で行われるわ。自動開傘しない場合は、補助パラシュートを使ってね。イオンスラスターで降下速度を落せるけど、燃料消費には注意が必要よ」
「了解です。では、行ってきます」
俺の言葉が終わらない内にエリー達はタラップでハッチの中に入って行ったぞ。
レミ姉さんに手を振って、俺もアルゴに乗り込んだ。
前席の助手席に座ってシートベルトを着けると、全員がシートベルトを着装した事を確認した。
「エリー、動力系はOKなのか?」
「燃料電池出力、イオンスラスターシステム、降下用パラシュート自動開傘システム異常なし。操縦系も異常なし。いつでも出発できるよ!」
「監視システム、無人機ともに異常ないにゃ!」
「了解。サリー、砦に連絡。時空間ゲート展開だ!」
出発前の点検は専用のプログラムを走らせることで出来るのだが、その途中経過を知らせる表示ランプが全てグリーンに点灯することは各自が確認しなければならない。項目毎の点検結果と最終点検結果がどちらもグリーンになることで2重の確認が行われるのだ。
サリーの連絡で、斜路の上に時空間ゲートが出現する。
「出発するよ!」
エリーの言葉と同時に、アルゴがゆっくりと斜路を上り始めた。後席のトランシーバーからレミ姉さんの「頑張れ!」の声が聞こえてくる。
アルゴが時空間ゲートを潜り抜けると同時に落下が始まる。
あまり気持ちの良いものではないが、数秒過ぎたところでシートに押し付けられる感触が伝わってきた。無事にパラシュートが開いたようだ。
「イオンスラスター展開……。展開完了。推力3tで降下速度毎秒3m。現状を維持します」
「了解。皆、周囲をよく見てくれ。海を探すんだ!」
「海って、大きな池の事にゃ?」
サリーが聞き返して来たけど、そういえば、今まで海を見たことがなかったな。
「そんな感じで良いよ。とにかく大きな池だぞ」
後席は小窓だからあまり期待は出来ないな。俺とエリーで見張ることになりそうだ。
アルゴがゆっくりと南を向く。下に見えるのは緑の絨毯だ。深緑だから森なんだろうけど、やはり海は見えないな。前回の降下地点より南に200km離れているし、高度も高い筈なんだが……。
「南に向かって降下してくれ。少しでも南方に向かえば後の調査が楽になる」
「了解。補助のパラシュートを開く? 降下速度が更に遅くなる筈だよ」
俺が頷くのを見て、エリーが手元のスイッチを操作した。軽くショックが伝わるが、これで降下速度が遅くなればしめたものだ。
「降下速度毎秒2mに低下。秒速10mで南に移動中!」
時速35kmってところだな。このまま降下を続ければ1時間も掛からずに地表に到着するが、その前に何とか発見したいものだ。
だが、依然として下界は深い森が見える。すでに高度は3千mを下回ってる。
「あれって、森が切れてるんだよね!」
エリーの指差す方向に、緑の色合いが明確に異なる場所がある。草原がその先に広がっているのか?
「エリー、あの草原に向かってくれ。このままだと森の中に降下することになりそうだ」
「了解!」
今回の調査の目的は海を見つけることだ。場合によっては大河でも良いのだが、少しでも見付けやすい場所を探さねばならない。
「この世界に海ってないのかしら?」
「あるさ。かなり離れてるようだけどね」
高度は2千mを切った。森を抜けた場所からは広大な草原が広がっている。潅木の林があちこちに点在しており、大型の草食恐竜が群れを作っているのが見受けられる。
まるでゾウみたいだな。それでもゾウより10倍は大きいのだろうけど、上空から見る限りそんな感じに見える。
草原はなだらかな丘の連なりだ。森が草原に変わるのか、その逆なのかは分からないけどね。
「大きな岩山があるよ!」
「そうだな。降下地点と岩山の位置、それに森と草原のデータは取ってあるな?」
「画像データで記録してるにゃ。簡易地図が出来るにゃ」
後席からリネアが答えてくれた。
変化の少ない場所程、地図が必要だ。その辺りの教育はきちんとなされてるようで助かるな。
「地上まで1千m。残り500秒だよ」
「可能な限り、南に向かってくれ。この状態ならどこでも良さそうだ」
それでも、恐竜の群れの真ん中はイヤだけど、それ位は言わずとも分かってるだろう。
やがて、前のめりになるような衝撃を伴なって、アルゴは地表に降り立った。
「着地点を地図上にマーキング。無人機を1機先行で発進させる。高度1千mを南に向かって飛ばしてくれ。
パラシュートの索を切り離して、アルゴを南に向けて前進。多機能センサーを伸ばして周辺を監視」
「「了解」」
すぐにやることは色々あるな。後席で無人機の画像と周辺の生物反応を確認してもらい、俺達前席はアルゴの操縦と前方監視に集中する。
エリーが左右のスクリューの角度を狭めたから、3m程の高さで周囲を眺められる。周囲がなだらかな平原だから数km先は見通せるだろう。
仮想スクリーンを2つ展開して、多機能センサーの情報と、無人機の画像を表示しているが、今のところは何も変化が無いな。
アルゴが時速30km程で進んでいるから、丸1日進んでも海を見付けられない場合は、他の方向を探すことになりそうだ。ひょっとして、南北に連なる大陸の真ん中って事もありえるからな。
3時間程南に進んだところで、昼食を取る。
お弁当を食べている間に、無人機が自動帰還モードで帰ってきた。
前方150kmまで行ってきたのだが、やはり海は発見できなかったようだ。
「このまま南を目指すの?」
「ああ、今回は海を目指して南に進む。明日の1000時まで進んで発見できなかった時は、西に向かってみる。
西に24時間進んで、やはり海が見つからなければ、北に進んで草原と森の境界を調査する」
次に来るときはヤグートⅢを使えば良い。比較的安全に時空間ゲートを抜けられる区域を明確にすれば、そこを足掛かりに広範囲の調査が可能になるはずだ。
昼食を終えてお茶を飲んでいる間に、無人機を1機発進させて南に向かわせる。
平原で高度1千mだから数十km先に海があれば十分に発見できるだろう。信号伝送距離が長ければ、無人機を遥か彼方まで飛ばせるのだが、生憎と200km以下の範囲で使うしかないのが問題ではあるな。
次はヤグートⅢの小型飛行船を使いたいものだ。
30分程休んだところで、アルゴは再び南を目指す。
周囲はどこまでも続く草原だ。小型の草食性の獣がいるらしいのだが、目で確かめることが出来ない。草むらに隠れるような小さなネズミのような生物かも知れないな。
多機能センサーには、そんな生物が草原に群れていることを示している。となれば、それを狩る中型の獣や恐竜がいるのだろうが、まだその姿を見ることはできなかった。
「もうすぐ日暮れだけど、このまま進むんだよね」
「ああ、そうだ。早めにライトは点けた方が良いぞ。サリー、夜は多機能センサーが頼りだ。200mに中型生物の大きさでアラームを設定しといてくれ」
「分かったにゃ!」
元気な声が後ろから聞こえてきた。まだ、緊張感は続いているな。散漫になる前に、休ませてあげよう。
「夕暮れが終わったら、暗視モードに変更するにゃ」
「そうだな。無人機の偵察は任せるよ」
たまに大きな岩が見えると、その座標を記録してるからリネアの方も結構忙しそうだ。
どちらかと言うと、俺が一番暇なんじゃないかな?
夕食の後は俺が操縦してやろう。
0時を過ぎるころには、起きているのが俺とリネアの2人になった。エリーとサリーは後席でシートを倒して寝ているようだ。ずっと運転していたから疲れたんだろうな。
操縦している俺の隣で、リネアが2つの仮想スクリーンを眺めている。依然といて海は見えない。3回目の先行偵察から無人機が帰還の途中だ。戻り次第、待機している無人機を発進させるつもりだが、確かに退屈だな。
「リネア、コーヒーが残ってたら、蓋つきのカップに入れてくれないかな」
「分かったにゃ。夕方飲んだけど、まだたくさん残ってたにゃ」
そう言って、後ろ座席の方に身をよじって、コーヒーをカップに注いでいる。
はいにゃ! と言って渡してくれたカップには太めのストローが付いている。結構揺れるから、蓋が付いてないとこぼれるからな。もう1つ、蓋付カップにコーヒーを入れて自分の席の隣にあるホルダーに納めている。少し冷めてから飲むんだろうか? やはり、ネコ族って感じだな。
そんな2人だけの時が流れて、東の空が明るくなってきた時だ。
「南が白く輝いてるにゃ!」
リネアの声に、助手席の前に映し出された仮想スクリーンを横目で眺めてる。
海だ。ようやく海を見付けたぞ。
「距離はどれ位だ?」
「200kmは離れているにゃ」
「今日の昼食前って感じだな。その前に少しは休めるだろう。太陽が出たら、エリー達を起こせば良い」
まだ2時間程は休ませられる。最初から海辺を調査する必要はないはずだ。俺達が休んでいる間に渚周辺を広範囲に無人機で調査できるし、草原と渚の境界でも変わった植物を採取できるだろう。
ようやく見つけたんだからな。次の調査で必要となる機材についても考える必要があるだろうし、他のプラントハンターが調査するとしても十分な情報を与える必要がある。