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PH-090 それぞれの目的地


「目を覚ました貴方達は果たしてあの両親の子供なのかしら? すでに神経ネットワークは崩れ始めていたわ。貴方達は5歳程だったけど、両親の記憶をどれだけ持っているかしら?」


 5、6歳なら当然、両親の記憶は持っているはずだ。だが、俺達にはその記憶がない。それどころか、俺の記憶は精々2年程度だ。


「ハイブリッドと言いましたね。それが、ディストリビュート計画の1つなのですか?」

「目的ではないけれど、その為の手段ではあるわね。人の頭脳をそのまま使いたかったけど、人道に反するわ。かといって、人の頭脳を凌ぐほどの電脳は出来ていないのよ。

 脳死判定を受けた人間の脳が壊死を起こさない内にニューロン結合をナノマシンに代替するアイデアは私の博士論文で評価を受けたわ。でも……」


 非人道的と非難されたんだろうな。だが、その内容は誰もが納得できるものだった問いうことだろう。マッドのラベルが背中に張られて学内で疎んじられたに違いない。

 それを、ギルドが見出したということなんだろうか?

 膨大なデータを、系統立てて分類する為の取り組みであるディストリビュート計画が、レブナン博士を必要としたということか。

 だが、それなら俺を使った実験で、それなりの成果を得たはずだ。その後も俺達の周囲にレブナン博士がいる理由は、その先の計画があるって事になるぞ。

 相変わらず、俺達へのナノマシン投与は継続されている。

 いくらハイブリッドの頭脳であってもそれ程早くナノマシンの劣化が起こるとは考えられない。

 

「わかりました。すでに俺達は誰の子供でもなくなっているということですね」

「遺伝子レベルでも違っている可能性があるわ。それに、今更ギルドがトメルグさん達に言い出せないでしょうしね。精々、元の子供達が活躍している近くで余生を送って貰うことができるだけだわ」


 生きていれば、俺の娘はあれ位に……。トメルグさんが眺める娘が、実の娘であるのが皮肉ではある。

 ひょっとして、シスターもそうやって俺を眺めているのだろうか? 名乗れないというのが問題だよな。

「なるべく、エリーとトメルグさん夫妻が一緒の時を過ごせるようにします。それ位は構いませんね?」

「ええ。それに、トメルグさん達のプラントハンター歴は長いから、その経験を聞くという事も重要よ」


 それを理由にすれば良いってことか。確かに不自然ではないだろうな。


「ところで、俺達に今もナノマシンを投与する理由はあるんですか? ナノマシンにも寿命はあるでしょうし、劣化もするでしょう。ですが、それは10年単位のはずです。明らかに過剰投与に思えるのですが……」


 レブナン博士がタバコの箱を取り出して1本抜き取ると、ゆっくりした動作で火を点けた。考えを纏めているってことだろうが、レミ姉さんはずっと黙ったままだ。

 不意に博士が俺を見据えた。


「そこまで分かってるなら、もう一つの目的を話さなければならないでしょうね……」


言葉は途切れがちだったが、ある程度の内容は理解できた。

 どうやら、人間が本来持っている頭脳を大きくするって事らしい。だが、俺達の頭蓋骨の容量は決まっている。前頭葉を大きくするって事は頭蓋骨の容量を超える事になる。

 それを、ナノマシンのネットワークで全身に分散させるのが、過剰投与の理由らしい。

 内臓や筋肉組織にも入り込んでいるらしい。そんな感じはしないのだが、置換された元々の細胞は、周囲の細胞をナノマシンで置き換えることで変化を持たせないようにしているとの事だった。

 頭で考えているような気がするんだが、実際には全身で考えているのが正しい認識らしい。


「まだ、その目的までを教えることはできないわ。理論上の実験だと思って頂戴。でも、最初の目的は壊死を始めた細胞の補完だったのよ」

「細胞の置換が上手く行ったことで、次の目的が出来たという事ですか……」


 レブナン博士が悪戯っぽい目で頷いた。

 だが、頭が良くなったという感じはしないな。頭を良くするのが目的でないという事かもしれない。

ところで、前頭葉の働きって何だろう? 認知力、想像力……。色々あるな。

この中のどれかが、レブナン博士の目的になっているんだろうな。待てよ、それらを総合したものかもしれない。ここはじっくりと考えた方が良さそうだ。

レブナン博士も、ヒントは与えてくれたけど、それ以上は話してくれそうもないしね。


「でも、私はその時が来ないでほしいわ」

 2人が席を立とうとした時、小さな声でレミ姉さんが呟いたのを、俺はしっかりと聞いたぞ。

 その目的となるものは、必ずしも良い状態ではないという事になる。できれば、このままでいて欲しいという事なんだろうな。

 

 ちょっと考え事をしながら集会場を出ようとしたので、入り口の階段で転びそうになったけど、誰も見ていなかったようだ。

 車庫のベンチで一服を楽しみながら先程の会話を思い出してみる。

 そんな時、ふいにゾアを思い出した。大きなクラゲに見えたんだけど、今ではコアだけの生物だ。

 ゾアのコアはすなわち前頭葉の集合体に外ならないのではないか? 俺達でなく、ゾアを使って計画を遂行することも可能ではないのか?

 だが、あの会話ではゾアの話はまるで出て来なかった。そこから考えると、単に前頭葉を強化するだけでは目的を達することが出来ないという事になる。

 思考するだけではダメだという事だろうが、それ以外に何があるんだろう?


「お兄ちゃん。ここにいたの?」

「エリーか。ああ、ちょっと考え事だ」


ふ~ん。と言いながら俺の隣に腰を下ろす。相変わらず、悩みが無いって感じに見えるな。


「エリー。小さい頃の事を覚えているか? 俺は病院から出てからの事しか思い出せないんだ」

「レミ姉さんと違うお姉さんに連れられて、車で施設に来た事は覚えてるよ。お兄ちゃんも一緒だったんだよ。

でも、どこから来たのかは覚えてないの。同じ年に施設にやってきた他の子は両親を覚えてると言ってたけど、私はいくら思い出そうとしてもダメだった」

 最後は消え入るような小声だった。


「そうか……。エリーならと思ったんだけど、エリーには俺がいるし、俺にはエリーがいるからな」

「うん!」

 先ほどとは打って変わって明るい声だ。暗い姿はエリーには似合わない。何時も笑顔でいて欲しいな。


「トメルグさん達は優しくしてくれるのか?」

「訪ねると、いつも笑顔で迎えてくれるよ。『今度は泊まっていきなさい』って、この間言われたの」


 魂が呼び合うと言うのだろうか? それも良いかも知れないな。


「今度村に行ったら、一泊しようか?」

「ホントに!」


 嬉しそうに俺に抱き付いて来た。

そんな、エリーをベンチから立たせてヤグートⅢに向かった。


・・・ ◇ ・・・


 数日が過ぎ去り、向こうの世界からアルゴが改造されて送られてきた。

 前回と同じようにパラシュート降下らしいが、4枚の羽根を広げて、降下方向を変えられるらしい。降下速度も毎秒3mまで落とせるらしいし、着地数秒前には秒速1mまで減速可能という事だった。


「高度5千mから降下すれば、50km以上着陸地点を変えられるわよ。パラシュートは自然繊維だから投棄できるし、無人機は調査機に積んであるものと同じ物を2機搭載しているわ。活動時間は出力50%で5日間。実際の調査行程は3日程度にして頂戴」

「目的地は2千500万年前。砦の南方200kmで良いですね」


「海を確認することが優先だから、それでいいわ。明日出発できるかしら?」

「了解です。朝食後、0900時に出発します」


 アルゴの屋根の左右に膨らみが見える。あれに無人機が入っているんだろう。イオンスラスターは左右の膨らみの上に縦長に畳まれているようだ。バッタの羽根のようだな。屋根の中心部にある大きなバッグにパラシュートが収納されているようだ。


「エリー、操縦できるか?」

「パラシュート降下時よりは良いんじゃないかな?」

 

 疑問に疑問で答えたところをみると、どうにかできるって事だろうな。リネア達は目を丸くして見ているだけだった。

 それでも、「とりあえず準備!」と言いながら3人で出て行ったぞ。

 

「バンター君達が出掛けた後で、ケイナスを1千万年前に送り出すわ。調査機を使うから危険は無いと思うけど、アルビンはまだ早いと言ってるの」

「経験が、そう言わせているんでしょう。確かに危険な場所だと思います。出来れば、アルビンさんを3日程度の日程で先に送った方が良いんじゃないですか?」


 俺の言葉にレブナン博士が考え込んでる。2組のプラントハンターの言葉は、軽いものでは無い。

 俺の課題をスキップしたような横槍も入れられる存在ではあるのだが、この世界は向こうの世界とはあまりにも異質だからな。


「少し考えてみるわ。2人ともまだ見ぬ脅威を意識してるって事ね」

 博士の言葉に、軽く頭を下げて答える。


 その夜の会合で、明日の日程が決まったのだが、1千年前に向かうのはアルビンさんとケイナスの2組という事だった。

 一応、アルビンさんは周囲の安全担当らしく、調査開始3日目には帰還するらしい。その後、2日を調査に費やしケイナス達が帰還する手筈だ。

 まあ、これならアルビンさんも納得できるだろう。俺も安心できる。

 ウイルは、次の2千万年前に、アルビンさんと向かえば良い。その頃には、ケイナス達が十分に1千万年前を調査できる筈だ。


「俺達は、バンターさん達が海を目指す理由が理解できないんですが?」

「ふふふ……。そこが、バンター君らしいところなの。海こそが生命の母。無ければ水のある場所。バンター君は本能で調査してるところがあるけど、向こうの世界でも、ベテランのプラントハンターより多くの新種を1回の調査で見つけ出しているのよ」


 本能なのかな? ちょっと違う気がするんだけどね。

 生命の本質は水にあると思う。水の無い場所では種を増やすことも、分化することも無いだろう。環境の変化がそれを加速する。

 それは、プラントハンターなら誰もが分かっている事じゃないか?


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