PH-087 先行偵察機で降下するぞ
砦の人口は、だいぶ流動的のようだ。
俺とアルビンさんのパーティ以外に新人のパーティがやって来て、砦の周辺で薬草を採取しているようだ。
護衛機要員として警備員が5人増えて、砦の警備員と交代しながら南を監視している。
いつものように、車庫で一服しながら油を売っていると、エリー達がやってきた。
「専用機は見てきた?」
「見てはきたけど……。あまりおもしろくないよ」
降下用機体だからな。着地後に動けないのがエリーのお気に召さないようだ。
3人が丸太で作ったベンチに腰を下ろしたところで、ドラム缶の片隅で温められたポットのお茶をカップに注いであげる。
「あれは俺が若い頃にはだいぶ重宝したんだぞ。先行偵察ってやつは体裁には構ってられないからな。安全が一番だ。場合によっては、着地せずに途中で時空間ゲートを開いた奴もいたようだな」
俺の隣でドリネン爺さんが呟いた。
かなり昔の事なんだろうな。いくら緊急退避とはいえ、それほど簡単に時空間ゲートを開くことが出来るのだろうか?
行方不明のプラントハンターが多いのは、そんな緊急避難が原因かもしれないな。機体と個人の両方に帰る為の時空間ゲートを作るキーを設けているのは、それを想定しているのだろうか?
「降下地点が地上なら問題ないが、水上や溶岩の上なんてこともあるようだ。先行偵察機は降下速度と降下角は決められるが、水平移動はできん。十分に注意するんだぞ」
「それだけできれば十分だと思うけど?」
確かに、地上5千m程の場所からゆっくりと降下するのであれば十分だろうが、生憎と専用機は地上3千mからの降下だ。イオンクラフトの推力を維持する膨大な電力を少しでも減らすために降下速度は秒速6mで行われ、着地10秒前から最大推力でブレーキを掛けるらしい。それでも着地時の降下速度は秒速2mと言うから、結構きついんだろうな。4つの着陸ギアにオイルダンパーがあるくらいだからね。
「まあ、100年前には20回に1回位の頻度で事故があったが、あの機体を使用しなくなるころには、ほとんど無くなったことは確かだ。それ程心配はあるまいな」
少しはあるって事だろうな。サバイバル用品は準備しといた方が良さそうだぞ。
エリーも心配になってきたのか俺の顔を見ている。苦笑いを浮かべて安心させてやるぐらいが今の俺に出来る事だ。
ヤグートⅢに戻ると、エリー達にサバイバル用品を魔法の袋に入れておくように頼んでおく。エリーが余分に1つ買い込んであるはずだから丁度良い。
食料と銃弾位は入れておいてくれるだろう。個人装備の装備ベルトにも魔法の袋が入っているから、ドリネン爺さんのいう万が一にはそんなところで十分なはずだ。
それに、元々機体にはサバイバル用品が一式入っている。たぶん、事故のせいで積み込まれるようになったのだろうけど、多い分には問題が無いからな。
「トメルグさん達も、一度不思議な世界に行ったらしいよ。この間、話てくれたの」
ココアを飲みながら、エリーが話してくれた内容は……。
剣と魔法の世界だったらしい。まだ、火薬は発明されておらず中世初期の暮らしをしていたという話だ。
魔物に襲われた村をどうにか守ったらしいのだが、時空間ゲートが開いた時に、再度村が襲われたらしい。
「トメルグさん達を調査機に押し込んで、最後に乗り込んだシスターの旦那さんが、ハッチから飛び降りて村に向かったらしいわ。
すでに操縦席までゲートに入っていたから、戻ることもできずに、シスターも飛び下りようとしたところをトメルグさんが慌てて止めたと話してくれたよ」
その後、旦那を残してきた世界に何度も行こうとしたらしいけど、出来なかったらしい。上手く時空間ビーコンは繋がったが、その記録がギルドのライブラリーのどこにも記録されていなかったという事だ。
4人が調査に赴いたのが、とある事件にかかわりがあるということはドリネン爺さんに聞いたことがあるけど、不幸が2つ重なったという事になるんだろうな。
あの3人には、余生をのんびりとこの世界で暮らして貰いたいものだ。
「私が操縦するんだから、お兄ちゃんが飛び下りたらどんなことがあっても、調査機を戻すからね」
エリーが念を押してるけど、俺としてはそのままゲートを潜って貰いたいな。
トメルグさんも、飛び下りたシスターの旦那さんの思いを汲んでシスターを
止めたんだろう。たとえシスターに恨まれても、無事に帰還させる事を優先したんだろう。どちらかと言うと、トメルグさんの方が飛び下りたかったんじゃないかな。
「その時の判断はエリーの思う通りで良いよ。でも俺は、トメルグさんの気持ちが少し分かる気がするな」
判断はエリーに任せよう。指示を出しても、個人の思いを超える事は出来ない筈だ。
リネア達には気の毒な事になるけど、その時にエリーが2人の事を思い浮かべられればそれで良い。
「だが、そんな事はあまりないだろう。プラントハンターの多くが出掛けた先で無くなっている。調査機の自動帰還システムで無人の調査機が戻って来ることがあるとドリネン爺さんが言ってたぞ」
「その点はだいじょうぶ。たっぷり弾丸と手榴弾を買い込んであるもの!」
力技で切り抜けるつもりらしい。リネア達も頷いてるところを見ると同じ考えって事なんだろうな。アルドスの大群を前に、地下の隠し部屋で震えるしかなかった事がそんな思いにさせるのだろう。
・・・ ◇ ・・・
直径3mの球体の上部に6枚の葉が横に伸びている。まるで何かの果物のような姿が、先行偵察機の姿だった。天井から、ワイヤーで釣られているぞ。
着陸ギアが、3つ足を延ばしているけど、それを使って移動することは出来ない。降下地点から無人機を飛ばして周囲を観測する事と、球体下部にある直径30cm程の鉄のパイプを突き刺して、土壌ごと植物を採取することが偵察機に課せられた仕事だ。
特化してるから、他の用途には確かに使えないだろうな。
後でやって来る調査機が行動しやすいように大まかな地図と環境データを知ることが時代を遡る為には必要だとは分かってはいるが……。どことなくユーモラスな姿ではあるな。
「何度も話したように、この機体は着地後に移動出来ないわ。搭載した無人機は稼働時間が2時間も無いけど、周囲の地図データを作るために特化した機体だし、操縦だって自動化されてるわ」
「スイッチを押すだけですね。了解です」
出掛けに、再度レミ姉さんが俺達に先行偵察機の仕組みをレクチャーしてくれたのだが、エリー達はちゃんと聞いてたのかな? 姉さんの話が終わった途端、ハッチに着けられたタラップを上って行ったぞ。
「あまり心配は無いと思います。向こうのギルドではこんな偵察を何万回と実施してたんでしょうからね」
過去の時代に遡るだけでなく、出現場所の座標をキチンと指定できたのは、先行偵察で得られた情報が使われているのだろう。
俺の言葉に小さくレミ姉さんも頷いているから、その大変さを知っているんだろうな。
レミ姉さんに片手を上げると、姉さんも微笑みながら片手を上げてくれた。小さく頷いてタラップを上る。
ハッチから中に入ると、極めてシンプルな作りだな。
席は中心の丸いテーブルに向かって付いているから、全員の顔が眺められる。
エリーの席が操縦席なんだろうが、ジョイスチックと数個のスイッチがあるだけだ。 俺達のテーブルには何も無いけど、これは必要な画像を仮想スクリーンで開くからなんだろう。
曲面の壁に窓が4つ。括り付けのトランクが2つと言うところだ。こんなんで偵察機と言えるんだろうか?
「準備は良いのか?」
「いつでも行けるよ。全員のシートベルトの着装を確認!」
「サリー、レミ姉さんに出発準備完了を伝えてくれ」
サリーの交信に、砦から返事が来る。
「こちら、砦。30秒後に偵察機の下部に時空間ゲートを開くわ。エリー、イオンスラスターの出力を80%に上昇させときなさい!」
「了解。現在60%……、80%安定!」
「下部に、時空間ゲート出現にゃ! 出発5秒前……、出発にゃ!」
カウントダウンがゼロになった時に、ワイヤーの電磁接続器が開いて、水面に落ちるような感じで偵察機が時空間ゲートに入った。
次に窓に映ったのは明るい空だ。ぐんぐん落ちている感触が、エレベーターに乗ったような逆Gで伝わって来る。
「降下速度毎秒6m。降下地点は……、森の中だよ!」
「周囲を調べて降下できそうな場所を調べるんだ。それと、降下予定地にプローブを射出しろ。ズレの補正が出来るはずだ」
「了解にゃ。プローブ射出!」
色々と大変だな。もう少し、落下速度を抑えられたら良いのだが……。
「西に山火事の跡があるから、そこに誘導するね!」
エリーの話に、画面を見る。確かに数kmの帯状に焦げた痕跡があるな。まだ、木々がそれ程育っていないから、発生して数年ってところだろう。
比較的平らにも見えるから、ここはその場所に向かうしか無さそうだ。
「土地の状態が分からないから、最後の着陸時にはゆっくり下りるんだぞ」
「了解。燃料の3割は着陸時に使うからだいじょうぶだよ」
偵察機が滑るように西に移動を始めた。距離は10kmと言うところだろうか。かなりぎりぎりなんじゃないかな。
「地表まで500m。イオンスラスター出力90%。着陸ギア展開!」
淡々とエリーが数字を口に出している。俺達に伝えなくても良いような気もする。
「地表まで200m。出力100%!」
グンっとGが体に掛かる。エリーが見つめているのは、地表ではなく燃料計だ。
ドン! という衝撃が体に伝わった。どうやら、地表に降りたみたいだ。
「着いたよ。お兄ちゃん!」
「ああ、着いたな。それじゃ、偵察を始めるぞ。リネア達は無人機を飛ばしてくれ。エリーは帰還の準備だ。サリーは周辺を良く見といてくれよ。俺は偵察機で標本を採取する」
移動できないし、機体には武器すらない。
早めに役目を終えて、砦に帰るに限るな。