PH-086 砦への帰還
低地には小川が流れている。と言っても、横幅は1mも無いし、深さは10cm位だからせせらぎというのが正しい表現なんだろうな。
そんな、小川の周囲にはアルゴの周囲とは異なる植物が繁茂している。画像を撮影して、その中に納まった植物をシリンダーの中に詰め込んだ。
流れをジッと見ても、水生動物の姿は見付けられない。たまたまなのか、それともこの流れにはいないのかが気にはなるが、カエル位は棲んでても良いんじゃないか?
「アルゴからバンター。北西2km付近に動きがあるにゃ。早くアルゴに戻った方が良いにゃ!」
「了解、直ぐに戻る。引き続き監視していてくれ!」
シリンダーを担いで数百mほど西のアルゴに急いだ。アルゴに着くと、保管庫にシリンダーを戻して側面ハッチから機内に入る。
助手席に着くと、仮想スクリーンを展開して、リネアが監視している画像を眺めた。
何だろう? 直接生物の姿は見えないのだが、地面が落ちくぼんでいるのが分かる。
「急に地面が窪んだにゃ。それ以外は何も異変は無かったにゃ」
「この下にいるんじゃないかな。エリー、何か分かるか?」
「上空の無人機にも映ってるにゃ。高度千mからの画像は分解能が10cmぐらいだから、直径10mはあるよ。深さは推定だけど5m位じゃないかな」
「動物は見つからなかったのか?」
「何種類か見つけた。小型の恐竜と言う感じだけど、群れで移動してたよ。イノシシの群れも見つけた」
小型の獣を落し込んで食べるのかな? まるでアリジゴクのようなやつだな。
エリーの推定なら、スクリュー推進の機体やキャタピラ推進なら問題は無さそうだな。タイヤではちょっと脱出するのがきつそうだ。
「今のところ大型はいないんだな?」
「まだ見てない。別の場所なのかな?」
それも考えられるな。
とりあえず、お土産は確保した。エリー達のやっている周辺地図製作の為の無人機での空撮が終われば早々に引き上げよう。
「お兄ちゃん! チラノだよ」
「距離は?」
「南東60km付近。イグアノドンみたいな恐竜を狙ってるみたい」
やはりいたんだ。場所がかなり離れているから直接的な脅威は無いが、機外での標本採取には十分気を付けなければならなだろう。
「南南東、小型種がいっぱい来たにゃ!」
突然リネアが大声を出した。上空からの空撮画像にアリの群れのようなものが映っている。距離は10km前後だろう。かなりの速度だ。
「まだ、予定地域の空撮は終わらないのか?」
「後、5分で終わるよ。その後、アルゴに戻すのに10分程度掛かると思う」
「無人機の操縦をサリーに任せて、エリーは砦に戻る準備をしてくれ。あの群れがここに来るのに30分は掛からないぞ」
「了解。お兄ちゃん、パラシュートはそのままで良いの?」
「っ! まだだった。リネア周辺を良く見ててくれ!」
急いでアルゴを飛び出した。アルゴの西にパラシュートが落ちている。とりあえず、端からクルクルと丸めて、アルゴの後部格納庫に放り込む。
3つの大型パラシュートに緊急用のパラシュートまで使ったからな。本当は、きれいに畳まないといけないはずだが、今は時間がもったいない。
どうにか、ぎゅうぎゅう詰めに押し込んだところで、もう一度アルゴの周囲を見渡して忘れ物が無いことを確認する。
「お兄ちゃん、早く!」
「ああ、分かった!」
エリーのひっ迫した声に答えると、直ぐに側面のハッチから機内に乗り込む。助手席に座ると、エリーが右窓を指差している。
その先には、まるで波のように黒くうごめ壁いた壁が迫って見える。
「だいじょうぶだよね?」
「だいじょうぶだ。チタン合金の10mm厚だぞ。チラノが乗っても潰れないとレブナン博士が言ってたからな」
どんどん迫って来る姿を見ているだけだが、相手が大勢だからアルゴにジッとしている外に手は無い。
後席の2人も不安そうに丸窓から外を見ている。
突然、ドン! と言う衝撃でアルゴが横になってしまった。転がりはしないが後で元に戻すのに骨がおれそうだ。
窓には牙をガチガチと鳴らしながらアルゴを齧ろうとしている大アリたちの姿で機内が暗くなってしまった。団子状態でアルゴを囲んでいるのだろう。
「ハッチのロックはしてあるんだよな?」
「遠隔でロックしてる。破られることは無いよね?」
「アルゴから出ない限りだいじょうぶだ。横倒しだから、シートベルトは外すなよ!」
後は待つことしかできないな。
アルゴが生物でない事が分かれば引き上げるだろう。だが、それはまだしばらく先のようだ。
1時間程経っただろうか? びっしりとアルゴを取り囲んだ大アリの隙間から光が漏れてきた。少しずつアルゴから大アリが離れているという事だろう。
段々と機内が明るくなってきたかと思ったら、一斉にアルゴから大アリが離れていく。
左手の窓から北に向かって進んで行く大アリの群れが見える。
完全に姿が見えなくなるまではこのままでいた方が良さそうだ。
大アリが姿を消してから30分程経ってから、アルゴを元に戻すべく左舷のスクリューの前後にあるアームの角度をゆっくりと開いて行く。少しずつアルゴが復原し、やがてドン! っと元に戻った。
「エリー、アルゴの各部に異常が無いことを確認してくれ。リネア達は周囲の状況確認だ」
周囲の動体反応が無いとサリーが報告してくれると、続いてエリーがアルゴに異常が無いことを報告してくれた。
「砦に帰ろう。あまり長くいる場所じゃないな」
「了解。時空間ゲートを展開するよ。ビーコンに異常なし」
10m程前方に眩しい光球が現れ、ゆっくりと収束していく。光が消えたところに時空間ゲートの鏡面が現れた。向こうの世界と同じだな。
「エリー、前進してくれ。レミ姉さんが心配しながら待っててくれてる筈だからね」
「そうだね。帰ろう」
鏡面に向かってアルゴが進んで行くと、鏡面にその姿を消していく。
・・・ ◇ ・・・
鏡面から出た場所は、プラスチックのパネルで覆われたグリーンハウスのような場所だった。
アルビンさん達が銃を持って、温室の左右に控えている。これもギルドの時空間ゲートでの帰還状況と同じだな。
高圧洗浄水のシャワーでアルゴが洗われると、俺達4人が機外に出る。宇宙服のような気密服を着たゲートオペレーターがアルゴの下部保管庫から採取補完シリンダーを代車に取り出しているのを横目に、俺達は次のグリーンハウスに向かう。
衣服を脱いで所定の容器に入れると次の区画に入ってシャワーを浴びる。体を温風で乾かして次の区画に合った衣服を着たところで、ようやくゲート区画から出ることが出来た。
「だいぶゆっくりしてたから心配してたのよ」
この砦にも会議室が作られていた。
レブナン博士とレミ姉さんをテーブル越しにして席に着き、運ばれてきたコーヒーを飲む。エリー達にはジュースが出されている。
レブナン博士がタバコを取り出し、1本を手に取ると箱を俺に向けてくれた。ありがたく頂いて口に咥えると博士がライターで火を点けてくれた。
エリーが取り出した記録クリスタルを端末に入れると、テーブルの脇に仮想スクリーンを作って直ぐに映し出した画像に見入っている。
「なるほどね。次は500万年前で良いわね。地表の状態がおおよそそれで見当が付くわ。バンター君には2千年前に行って欲しいけど、調査に必要なものはないかしら?」
「ひょっとして、ですが……。初めての場所に出掛ける専用の機体があるんじゃありませんか? 出来ればそれを使いたいですね。調査は地表に下りること無く、かつ、周辺300kmの地図を作る為の空撮用機材が欲しいところです」
そんな俺の言葉を2人がにこにこしながら聞いている。
「あるわよ。やはり専用があると分かるのは、洞察力が高いせいかしら?」
「地表の移動が出来ないから、帰還は機体の下部に時空間ゲートを作ることになるの。降下中の移動はイオンスラスターで可能よ。簡易版と違って、数回使えるわ」
やはり、アルゴを使ったのは俺達を試したみたいだな。たぶん初期の調査で行われた方法なのだろう。それを元に専用機を作ったんだろうな。
レブナン博士の前にある端末から小さな発信音がした。直ぐに、博士が画像を変える。何かの分析データがそこに並んでいる。
「この世界の植物との一致率は80%前後ね。種類としては類似が見られるわ。更に過去の状態を知りたくなる数値ね」
「平凡な地形ね。これを元に周辺の調査が出来るわ。アルビンには飛行船を持って行って貰いましょう」
「問題は敵性生物です。小型の恐竜を確認しました。アルドスの大群にも遭遇しています。それと、姿は分りませんでしたが、アリジゴクが巨大化したものがいるかも知れません」
「このクレーターね。餌を入れてみれば分かるかも知れないわね」
次に向かうのはアルビンさん達らしいけど、長期的に調査するならクレーターの主を見られるかも知れないな。
そんな話を1時間程した後で、俺達はようやく解放された。
集会場で夕食を取り、今日は早めに休むことにする。
次の日は1日休日だ。
ヤグートⅢで、のんびりとカタログを眺めながら過ごす。
エリー達は、ボードゲームを選んでいるらしいが、たぶん村の子供達と遊べるものを選ぶんだろうな。
数本のブランデーを注文しておく。トメルグさんとゴランさんへのお土産に良さそうだ。
カタログにあきると、仮想スクリーンに砦の周辺を映し出して状況を眺めることにした。
ゴランさん達が南からの脅威をかなり気にしていたからな。その後の対応が気になるところだ。
村の西に延びる柵と見張り台は、すでに完成しているようだ。柵は、真っ直ぐ西に伸びるのではなく、やや外側に広がっている。畑を中に入れる為にそうなったんだろうが、あれだと、村に誘導されるんじゃないかな?
いつの間にか、村を取巻く柵にも西側に門ができたようだ。
村の南は門から数百mも南に門より少し広めの横幅で柵が延びている。その先端から東西に柵が伸びていた。
東の柵は2km程延びているのだが、その先端から300m程のところに護衛機が
停めてある。東西にきちんと停めずにやや頭を南に下げているのは、屋根にある2つの機関砲の砲塔を考えてのことだろう。
ヤグートⅢよりも一回り大きいから、数人で長期滞在もできるだろうな。