PH-085 この世界の過去へ
10日間で、ヒラデルとポルネンを各々2千個以上村のギルドに納めたところで、俺達の薬草採取は一段落を迎えた。
後は、周囲の植物を採取しながらアルビンさんが対応することになる。
俺達は、いよいよこの世界の過去に向かうことになるのだが、薬草採取はリネア達のプラントハンターとしての良い訓練になったと思う。
アナライザーや多機能センサーの使い方も理解してくれたようだし、一度狼に似た獣の群れに襲われたのだが、サリーもカービン銃でちゃんと対処していたからな。
時空ゲートを使う事で、俺達4人は2日おきにナノマシンが投与されているが、俺とエリーは毎日1錠ずつ飲んでいるんだけど、どうやらそれだけでは足りないみたいだ。
リネア達は錠剤までは必要としてないようだけど、その違いが気になるところだ。
そんなある春の夜のこと、俺達4人はレミ姉さんの指示で集会場に集まった。
俺達の前には、レミ姉さんとレブナン博士が座っている。
「いよいよ、出発して貰うわ。最初は朝出掛けて、夕方に帰ってきて頂戴。出現場所周辺の植物を採取すると同時に、無人機で周辺の調査をお願いしたいわ。できれば200km四方の空撮をね」
「ですが、1つ問題があります。1千万年前となれば、環境と地殻の変動を考慮せざるをえません。時空間ゲートの出口に大木があるなど論外ですよ」
「ギルドの未調査年代に初めて向かうプラントハンターと同じ方法を使ってもらうわ。1千万年前の上空5千m地点。出現と同時に落下するからパラシュートで減速することになるわ。簡易スラスターで降下地点を少しは選択できるわよ」
とんでもない方法だな? ん、となると最初からヤグートⅢで行くという事にはならないだろう。今の話だと、アルゴが丁度良いんじゃないか?
あれなら8tぐらいだからな。それに頑丈なのが良い。出来れば4輪駆動車なんだろうが、座席がむき出しだから凶暴な獣や恐竜に出会ったらとんでもないことになる。
「アルゴで行きましょう。無人機を搭載出来ますか?」
「後部なら余裕があるわ。パラシュートは3個になるけど、機体の外殻がチタン合金だから穴を空けてアイボルトを付ければ良いでしょう。簡易スラスタ―は、多機能センサーの予備コネクタを使用してコントロールできるわ。たぶんバンター君がアルゴを選ぶだろうと予想して改造は終わってるわよ」
たぶん、レミ姉さんの考えだろうな。元々がヘビーな使い方を想定した機体だから、たった半日程度の基本調査には問題ないだろう。
チラリとエリーを見ると、目が輝いてる。遊園地のアトラクションと思ってるんだろうか? パラシュートが開かないと大変なんだけどな。
「半日だけど、銃弾はたっぷり用意するのよ。食料は3日分の携帯食料を持っていくわ。当日、お弁当があれば十分なんだけど、何が起こるか分からないからね」
そんな話を、ヤグートⅢに戻って来た居住区のテーブルでリネア姉妹に話している。
備えあればと言う奴だな。間違いはないけど、俺にはその前が心配だ。高度5千mから落下するんだからな。ちゃんとパラシュートが開いても、着陸のショックは大きいんじゃないか? 推進用スクリューが破損しないか心配だ。
心配で眠れないと言うのは本当にあるみたいだ。大抵の事なら眠れないなどと言うことは無いのだが、うとうとする内に朝になってしまった。
ここまで来たら後には引けないから、諦めるしか無さそうだ。
エリー達と一緒に朝食を食べてお弁当とポットを受け取る。バッグの水筒にはたっぷりと水があるから、遭難しても数日は何とかなるだろう。
4人で地下に下りると、砦に1つのゲート区域へと向かう。
すでに関係者が集まってるな。
「準備は全て出来てるわよ。パラシュートは自動で開くけど、ダメなときはこのリモコンを使って。赤で補助パラシュートが開くわ。
簡易スラスタ―の起動時間は30秒よ。前後左右に1本ずつ。緑のスイッチで作動するけど、燃焼を途中で停められないから注意してね」
ゲームのコントローラーみたいだけど、だいじょうぶなんだろうか? 段々と不安になって来たな。
それでも博士と姉さんに片手を振ってアルゴに乗り込んだ。エリー達はすでに乗り込んでるみたいだな。
「遅かったね。一応、ゲートのオペレーターと行先の年代と座標確認は終わってるよ。高空に出現するときは高度まで確認するんだね」
「ちょっと、降下時の制御装置の使い方を教えて貰ってたんだ。さて、シートベルトはちゃんとしてるな?」
俺の問い掛けに3人が「問題なし!」と報告してくれた。
俺も再度ベルトを確認して、コントローラーのストラップの輪に左手を通しておく。落としたらシャレにならないからな。
「エリー、出発だ!」
「了解! ……アルゴからゲートオペレーター、ゲート・オープン!」
エリーの言葉と共に、アルゴの前方の斜路の上に光が現れ、急速に収束していく。アルゴの左右のスクリューが動き出し、俺達を乗せたアルゴがゆっくりと斜路を上っていくと、小波の立つ鏡面に入っていく。
突然、俺達は落下を始めた。
操縦席を下に落ちていく。出発前に作った仮想スクリーンの画像に表示された高度を示す数字がどんどん減っていく。
「パラシュート開傘まで後3秒、2……、1……、開傘!」
エリーのカウントダウンでパラシュートが開いた。グンっと体がシートに押し付けられる。一気に体重が増えたように感じるな。
ここまではOKって事だな。降下速度がどんどん減って、現在は秒速5m程だ。
最後に、予備パラシュートを開けば更に落ちるかも知れないな。地上200m位で試してみるか。
高度3千m位になると少し落ち着いてきたので窓の外を眺める余裕も出て来る。
眼下はなだらかな草原と言った感じだな。灌木の林が所々にあるが、ひょろりとした感じのする木々だ。
遠くに山脈が見えるが、数百kmは離れているに違いない。
なだらかな起伏の谷間をうねるように川が流れている。それ程の川ではなさそうだ。見える範囲では海が見当たらない。あの川はどこまで流れていくんだろうな。
「生き物がいないよ!」
「そうだな。だが、まだ高度2千だ。地上風景は記録してるんだろう?」
「私が、してるにゃ。広角でパラシュートが開いてから撮影してるにゃ!」
この風景だけでも情報量はかなりなものだ。博士なら寝る間も惜しんで解析するだろう。
やがて、高度数百mに下がってきた。降下地点は特に問題なさそうだ。コントローラーを持ち、高度表示に目を凝らす。
高度200mで予備のパラシュートを強制開傘する。火薬を爆発させて開いたけど、パラシュートが燃えなくて良かったぞ。
更に降下速度が遅くなったけど、着地したショックは、2階から落ちたような感じの衝撃を受けたぞ。
この機体で降下探索は無理があるんじゃないか? ひょっとして専用機があったりして……。
「皆無事か?」
「後ろは、だいじょうぶにゃ!」
「エリーもだいじょうぶだよ」
とりあえずは無事って事だな。
「エリーはアルゴの状況確認。リネアは多機能センサーで周囲を探ってくれ。サリーは時空間ビーコンの確認だ」
3人が作業を始めたのを確認して、改めて周囲を眺める。
上空から眺めた感じではなだらかな起伏が続いていたが、いざ地表に降りてみると起伏はかなり大きいぞ。高低差は10m近くあるんじゃないかな。
レミ姉さん達がいる時代ではこの高低差はほとんどなくなっているが、この時代にはあったようだ。
周辺の植生は見た目には同じに見えるが、アナライザーでどんな結果になるか楽しみだ。
「時空間ビーコン異常なしにゃ」
「了解。サリーは、無人機の準備を始めてくれ。リネア、環境情報も追加で調べてくれ」
「アルゴの機体に異常なし。すぐに出発できるよ」
「サリーを手伝って、無人機で周辺の地図作成データを集めてくれ」
「周辺環境条件は、砦の環境条件に同じにゃ。有害成分も検出されないにゃ」
「了解だ。引き続き周辺の監視を継続してくれ」
最初ってのは、色々と調べるものが多いな。3人共優秀だから助かるぞ。ネコ族の姉妹も、睡眠学習の成果が著しいな。十分に俺達を助けてくれる。
「今回は、この世界の長期滞在を検討する材料を集めるのが目的だ。地図を作る為のデータを無人機が集めたところで引き上げるぞ。そっちはエリーに任せる。俺はこの世界の標本を集めるから、周辺に異変があれば連絡してくれ。リネア、頼んだぞ!」
銃架からベネリを取外して、背中に背負う。弾丸はストックに5発あるし、弾丸ポーチに12発入っているから十分だろう。
採取ナイフがベルトにある事を手で叩いて確認し、薄手の手袋を着ける。合成繊維に樹脂をコーティングしたものだが、小さな物でも摘めるから採取作業には重宝する。
「外に出る。何かあれば連絡してくれ。アルゴの周辺で採取する」
「了解にゃ。今のところ何もないにゃ!」
アルゴの側面ハッチを開けて外に出る。近くにひょろりとした雑木が数本あるけど、砦の周辺では見掛けなっかったな。
機体下部に収納されている標本保管用のシリンダーを取りでして、アルゴの近くの野草を集めて入れ始めた。6本あるから少し場所を変えてサンプルを取ろう。
採取した場所はキチンと映像を記録しておく。周辺環境のちょっとした条件で植生が異なる場合もあるのだ。後で解析するときに採取場所の記録は重要なデータになる。
次のシリンダーには雑木の枝と、表皮を剥いで入れておく。藪を作っていた棘のある植物も小さな花と一緒に採取する。
「周辺に異常が無ければ低地に向かいたいが?」
「300m圏内に生物反応はないにゃ。もう1機無人機を上げるから、それから向かうと良いにゃ」
アルゴの後部から菱形の物体が上昇していく。滞空時間は30分ほどある小型の無人機だな。上空200m位から地上を広く監視するのだろう。
リネアから上空からの監視が可能になった連絡を受けると、シリンダーを1本背負って、咥えタバコを楽しみながら歩きだした。




