PH-082 ゾアに手伝って貰う事は?
9時間程南に進んだところで、休息を取りエリーに操縦を代わって貰う。
砦まではこれから林を抜けねばならない。俺より操縦が上手いエリーに後は任せよう。心配していた水槽の環境条件もほぼ一定で推移している。
助手席のシートを倒して眠りに入る。
ゆさゆさと体を揺すられてエリーに起こされた。すでに砦の中で車庫にアルゴが入っている。
眠い目を開けながらエリーにおはようと言って、アルゴを下りると広場の雪で顔を擦る。エリーが渡してくれたタオルで顔を拭くとタオルを返しながら「ありがとう」と礼を言う。
「ゾアはすでに地下に下ろされたよ。アルゴの電脳を外してこれから私達も下に下りるんだけど、お兄ちゃんはどうするの?」
「そうだな。集会場でコーヒーを飲んだら、ヤグートでもう一眠りするよ。エリー達も早く眠るんだぞ。深夜だからな。明日は朝に起きて色々とやりたいからね」
俺の言葉に「分かった!」と言ってリネア達と一緒に地下に下りて行った。
車庫を離れて集会場に歩き出す。どうにか役目を果たした感じだ。扉を開けて中に入ると、誰もいない。まあ、深夜だから仕方がないか。
棚のカップを1つ取って砂糖を2個入れると、薪ストーブの端で温められたポットからコーヒーをカップに注いだ。
ベンチに腰を下ろして、タバコを取り出す。暖かな部屋でゆっくりと休憩できるのは幸せだな。
「お疲れ様!」
そう言ってテーブル越しに席に着いたのはレブナン博士だった。てっきりゾアの方に付っきりだと思っていたのだが……。
「どうにか運んできました。後はよろしくお願いします」
「向こうから、2人やって来たわ。セチ計画の連中だけど、彼女達に3か月は任せることにしているの。そこで意思疎通の効果的な方法を見付けて貰うつもりよ」
3か月とはだいぶ譲歩したんじゃないかな。だが、そこまでして専門家の助けを必要と考えているのは、あれに係わるって事か?
「ディストリビュート計画を再現するつもりですか?」
「再現ではなく、評価を行って貰いたいの」
それって、ゾアでは再現する意味が無い。という事なんだろうか?
無限に広がる階層世界と並行世界。そんな世界を、自由にアクセスする時空間ゲートの制御技術が、真のディストリビュート計画ではないのか?
評価となると、これから俺達がこの世界を起点として行う時空間ゲートでの平行世界への移動を観測するという事になるんだろうか?
また、分からなくなってきたぞ。
頭をすっきりするために、コーヒーを飲む。甘いコーヒーが良い感じだな。
「それで、バンター君がディストリビュート計画を思いついた理由は?」
「無垢の生体電脳の入手は、事故で植物人間と化した俺を使った実験を再現する事を考えたんだろうなと推測した次第です」
「バンター君であの実験を行わなかったら、ゾアを使ったかも知れないわ。でも、一度で結果が出ているのよ。再現するには及ばないわ。それよりも、その結果を評価したいのだけれど、自ら思考出来る電脳がまだ完成していないのよ」
思考機械か……。ある意味推論を捨てた思考が出来る電脳はいまだに完成していないという事なんだろう。ん、待てよ。俺を使った実験はそれを行ったという事になるな。膨大なライブラリーの系統樹を探しながらミッシングリングの存在を見付けるという事は、成果があったと聞いたことがある。
「あまり詮索しないものよ。でも、私はバンター君に期待してる」
「期待は裏切られるかも知れませんよ。それで、ちょっとお願いがあるんですが」
アルゴの大型化を頼んでみる。もう1m程長くして、天井を50cm程あげたい。左右のスクリューも一回り大きくすれば牽引力も上がるだろう。
機体の大型化で、天井部にベッドルームを作れる。リクライニングシートで寝たんではあまり疲れが取れないからな。今のままでは精々3日と言うところだ。
「それならヤグートⅢを改造したら? アルゴは短期間用としては中々の性能よ」
「ですね。それでも十分です。確かにあれを居住用としておくのはもったいない気がします」
長期間であればヤグートⅢ、短期間であればアルゴという事で使い分けるという事ならそれでも良いんじゃないかな。
「推進方法は、アルゴと同じで良いんでしょう? 3日程、村に遊びに行ってらっしゃい。その間に換装しておくわ。外に必要な装備は?」
「それで、十分です。別に戦いに行くわけではありません」
残りのコーヒーを飲み終えてレブナン博士と別れると、ヤグートⅣに向かう。やはり眠いことは確かだな。
一仕事を終えたんだから今夜はゆっくり眠れそうだ。
・・・ ◇ ・・・
久しぶりにベッドで寝た気がするな。
朝食前1時間にセットした目覚まし時計の音で、眠りから覚めた俺の隣にはエリーが寝ていた。先に着替えるとエリーを起こして寝室を出る。
顔を洗うと、車庫のドラム缶の焚き火のところで暖を取りながら一服を楽しむ。
「今日も吹雪そうじゃな」
「そうですね。ここしばらく太陽を見てないような気がします」
保全部の連中とそんな話をしながら降り積もる雪を眺める。トラクターのような機材で、広場の除雪を行っているのだが、いつでも30cm以上は積もっている。
まだまだ春は遠い感じがするな。
一服が終わるころに、エリー達がやってきた。
地下の調査機の待機庫から、去年使っていた東の居住区を通れば雪に濡れずに集会場に行けるのだが、やはり景色を楽しむ連中が多いようで、車庫から集会場に足跡がたくさん続いている。
数十m歩くだけだけど、キュッキュッと雪を鳴らしながら歩くのは、気持ちが良いものだ。
集会場の入口で靴の雪を掃って、ドアを開ける。ホールのテーブルには10人程が朝食を食べていた。
調理場側の奥にあるカウンターで朝食のトレイを受け取り、空いているテーブルで朝食を取る。
「今日はどうするの?」
「特に何もないな。レブナン博士と協議してヤグートⅣをアルゴのようなスクリュー推進に変更することにした。3日程掛かると言うから、その間は村のホテルに泊まろうか?」
「しばらく村に行ってないからね……。シスター達や子供達にも会いたいな」
また、一緒に遊ぶつもりだな。それならソリでも作ってあげるか。村の外では危ないけど、北と南の広場なら丁度良さそうだ。
食事が終わるとエリー達はゾアと会話を楽しむと言っていた。レミ姉さんに頼まれているらしい。それなら俺は保全部の連中に道具を借りてソリを作ろう。
食後のコーヒーを楽しんだところで、エリー達と別れて車庫に向かう。
ドラム缶で暖を取っていたドリネン爺さんに訳を話すと、傍にいた部下に手伝うように言い付けてる。
「何、俺達も暇ではあるんだ。お前が作るんだったら、滑る物さえ滑らんだろう。任せとけ。3台作ってやろう。お礼は、村のワインで良いぞ」
「安すぎませんか?」
「村の子供達のおもちゃだろう。それ位は俺達がしてやっても構わんさ。種族が違う連中が仲良く暮らしてるんだ。俺達の世界よりもよほどマシに思えるぞ」
そんな事を言って、部下達の仕事の段取りを確認に出掛けた。
俺の暇つぶしにしようと思っていたんだが、無くなってしまったぞ。ヤグートでカタログでも見て過ごすか……。
一服を終えたところで、ヤグートに戻りテーブル席に座ると仮想スクリーンでカタログを眺める。
確かに暇つぶしにはなりそうだ。色んなアイテムや装備が並んでいるし、衣服建て種類が多い。もっとも衣服はエリーが選んでくれるから、眺めてもしょうがないんだけどね。
そんな中、望遠鏡を見付けた。オモチャ同然の物から高級な双眼鏡まである。オモチャではどうしようもないが、伸縮式の6倍望遠鏡は周辺を監視するのに都合が良いんじゃないか?
5本ほど注文しておいた。ゴランさんへのお土産に丁度良さそうだ。
2日程過ぎた夜の会合で、ヤグートⅢの推進装置の換装を行う事を知らされた。
「明日の朝には向こうに送るわ。数日滞在できる荷物を持って、村に向かいなさい。カートリッジを200個持っていけば宿泊代は何とかなるでしょう。散弾銃の銃弾も100個、トメルグに渡して頂戴」
「3日で良いんですよね。それでは2泊して戻ってきます。他の用件はありますか?」
「このリストで購入出来るものがあればお願い。残金はトメルグにね」
ちょっとしたお使いになるのかな? 車庫にあるソリも持って行けそうだ。3台のはずが5台になってたからな。一回り小さなソリが2つあったのは、小さい子供も楽しめるようにしたんだろう。
ヤグートⅢに戻ったところで、3人に明日の朝食後に村に出掛けることを伝えた。
「4輪駆動車を使うの? タイヤが潜らないかな」
「その辺りは保全部の連中が考えてくれてるはずさ。ソリが5台あるから荷台に積んでいくぞ。村で2泊するから、準備しといた方が良いな」
「狩りじゃないんだから、このままで十分だよ。銃だって持ってるしね」
「カービンを持っていくにゃ。獣が追ってきてもだいじょうぶにゃ」
そんな事態にはならないと思うけど、距離があるからな。雪が無ければ30分も掛からないんだけど、この季節だと1時間近く掛かりそうだ。
「暖かい服装はしといた方が良いぞ。あの車には屋根が無いからな」
俺の言葉に頷いてるから、かなりの重装備で乗って来るんじゃないか? 動きは鈍くなりそうだけど、風邪等ひいたら元も子もないからな。
次の日。朝食を終えた俺達は4人で車庫に向かった。4人とも分厚い防寒着を着込んで手袋は二重にしてある。防寒靴を履いて、防寒帽にゴーグルそれにマフラーだから、3人の中で誰がエリーなのかちょっと迷ってしまう。
全てお揃いではなく、帽子位は色を分けた方が良いかも知れないな。
「やって来たな。ソリは荷台に積んである。雪がかなり深いが、低圧タイヤだから設置面積はかなり稼げるぞ」
「ありがとうございます。それでは行ってきます」
4輪駆動車はすでにアイドリング状態だから、俺達が乗り込むと直ぐに出発できる。
エリーの運転で、真っ直ぐに村に向かって車を走らせた。