PH-081 ゾアのコア
レブナン博士が、ゾアの搬出用に向こうの世界から輸送してきた物は、直径4m長さ5mの巨大な水槽だった。付属装置が色々付いているが、たぶん内部の環境を一定に保つための物だろう。上部が左右に分かれる構造だから、3mの球体なら内部に納めることが出来るだろう。
問題はその後だな。地下にジッとしているのではあの洞窟とそれ程変わりが無いように思えるぞ。
「要は、外部の刺激が欲しいのよ。次の便で直径5m高さ6mの組み立て式水槽が送られてくるわ。ゾアと砦の電脳を繋げば彼の要求は十分に叶えられるはずよ。上手く行けば、ディストリビュート計画のコアになって貰えるかも知れないわ」
見返りって事になるんだろな。元々は調査機の電脳らしいから、それも可能ではあるのだろうが……。ゾアの外に出てみたいと言う事はそんなんで良いのだろうか? ちょっと交渉の余地が残りそうだな。
アルゴの機体並みに大きな荷物を引いて行くことになるので、今度はあまり速度が出せないだろう。邪魔な立木を切断できるように、マジックハンドの1つが先端をチェーンソーに替えている。
大型の油圧エレベーターで前の居住区まで水槽を上げると、壁の一部を開いて広場に運び出す。アルゴの牽引装置に水槽を乗せたソリを連結して、電源ケーブルを2本接続する。
数時間で、洞窟奥のホールの環境と同じ温度湿度になるらしい。
「準備が出来次第出発して頂戴。後、一か月も経たずに厳冬期が終わるわ」
「了解です。エリー、準備は良いのか?」
「全てOKだよ。リノア達もだいじょうぶだよね?」
リネア達が頷いているけど、まだ準備完了の連絡が保全部からは来ない。
お茶を飲みながら一服して待ってるんだけどね。
レブナン博士が口を開きかけた時、集会場の扉が開いて保全部の連中が着ているツナギを着た青年が戸口に立つ。
「準備出来たぞ!」
「では、出発しいます!」
レブナン博士にそう告げると、俺達は同時に席を立った。パタパタとエリー達が集会場の外に飛び出していく。
「頼んだわよ」
「任せてください」
レブナン博士の言葉に振り返ることなく答えると、足早に俺も外に出る。
広場の真ん中でアルゴが待っていた。急いで側面ハッチから中に入ると、リネア達はすでにシートベルトを付けて可倒式のテーブルに仮想スクリーンを開いている。
「お兄ちゃん。早く席に着いて。機体チェックの最中だけど、もうすぐ終わるから」
直ぐに出発出来るって事だな。急いでシートに腰を下ろすとシートベルトを付けて仮想スクリーンを開く。ナビ画面を確認するのが俺の仕事だからな。
「機体に異常なし。燃料電池の出力安定……。出発するよ!」
えりーが話しながら前照灯を点ける。それを合図に南門の扉が開いた。アルゴがゆっくりとソリを引いて動き出す。
「なんか凄く後ろが重いよ」
「2tと言ってたからな。3割近く重量が増したんじゃないか? 林を抜けたら直ぐに機体下部のスクリューも使えば良い」
ナビの示す速度は、時速25kmを示している。遅くなるとは思っていたがこれほどとは思わなかった。
速度が遅くなったことで俺達を襲う獣が現れるとも限らない。リネア達は多機能センサーの画像を2人で眺めているようだ。
林を抜けたところで大きく進路を東に取り、機体下部のスクリューを駆動する。それでも時速30km程に上がっただけだから、やはり重量超過なんだろうな。牽引するにしろ1t程度が丁度良いのかも知れないぞ。
燃料電池は80%程で稼働しているようだ。発電効率が必ずしも出力に比例するとは限らないだろうが、4日持てば十分に帰ってこれるだろう。
普段よりも遅いから、エリーも疲れるみたいだな。1時間おきに小休止を取って俺と交代しながら北を目指す。
9時間程掛かって北の池に到達し、池から小川に沿って北を目指す。アルビンさん達は砦にいたから大型調査機は無かったが、ぽつんと小型調査機が池の畔に置かれていた。どれ位調査が進んだのか定かじゃないけど、俺達が最初に集めた標本は全て新種だと言っていたから、アルビンさん達もかなりの成果を集めてるんじゃないか。
小川の流れが緩やかだと言っても、遡上するには後ろのソリが大きすぎるようだ。モーターの負荷を抑えながら進むからそれ程速度が出ないんだよな。
それでも砦を出てから17時間も過ぎるころには、洞窟の入り口が見えてきた。
川底にスクリューを食い込ませるようにしてアルゴを停めると、睡眠をとることにした。
6時間程の睡眠を取って、食事にする。
どんよりとした空は直ぐにでも吹雪いて来る感じがするが、これからは洞窟の中だからな。
エリーの操縦でゆっくりと洞窟に入る。
多機能センサーの最大レンジで恐竜達の動きを探るが、上手い具合にアルゴには近付いて来ないようだ。
ホールを抜けてトンネルに入る。それをもう一回繰り返した先にゾアの待つホールがあった。
「エリー交信開始だ。屋根に可動式のLEDライトが付いているから、それをゾアに向けて、話しかけてくれ」
「了解。前と同じでアルゴの電脳を中継するよ」
仮想スクリーンを前に開いて、エリ―とゾアの会話を眺めよう。あらかじめ、エリーにはゾアを外に出すための容器を持ってきたことを伝えるように話してある。仕様をゾアに告げて、それで可能かを確認して貰おう。
リネア達には周囲の状況を常に把握して貰っている。
特に俺達が入って来たトンネルは要注意だ。たくさんの恐竜がいるから、1頭が迷い込んでこないとも限らないからな。
エリーとゾアとの会話記録が次々とスクリーン上を流れていく。
どうやら、持ってきた容器で持ち運ぶことが出来そうだ。環境条件は、このホールと同じで良いらしい。
『何を食べるの?』
『生肉をこの発光時間間隔の20万倍ごとに、0.5ℓ。この分子式の溶液を0.2ℓ。他にも必要な微量元素はあるが、この洞窟内でも十分に得られた。先ほどの更に20倍間隔で良い』
生食なんだ。だがあの間隔の20万倍と言ったら3日間隔って事になりそうだな。人間よりは食事量が少なそうだ。
そんな会話が一段落すると、搬送容器を近くに寄せるように伝えてきた。
一旦、会話を終えると、ホールの中で機体をUターンさせ、バックでゾアに近付けて行った。牽引車を曳いているから操縦が面倒みたいだが、慣れた感じでアルゴをバックさせていったぞ。
LEDライトの方向を変えると、再び会話が始まる。
今度はゾアのコアを分離した後の話が主体になる。サンプルを欲しがったエリーに、コア分離後はどのように体を使おうと構わないとの返事が来た。
レブナン博士が喜びそうだな。シリンダーを6本持ってきてるから、体の部分をあちこちサンプルとして持ち帰れそうだ。
ゾアがコアの分離を始めると伝えてきた。
急にクラゲの表面の発光が激しくなると、ぴたりとおさまった。水槽の上部が左右に分かれて開く。その中に、クラゲの体内奥からゆっくりと脈を打つように明暗を繰り返す球体が触手に包まれて納められる。球体が安定するように、半分程の粘度の高い液体が触手から滴たる。
やがて、このホールに大きく広がっていたクラゲが、崩れるようにホールの床に広がった。
急いでアルゴを飛び下りて、クラゲの各部を切り取って、シリンダーに詰め込んでいく。早めに切り取って、冷凍にしておけば形が崩れないだろう。
目ぼしいところを切り取った後は、ホールの中を流れる熱水の中や、壁に張り付いた藻類を採取してお土産にする。
それが終わったところで、水槽にシートをかぶせてロープでしっかりと固定した。薄手のシートだが、裏はアルミコーティングだ。少しは熱を保持してくれるだろう。
ぐっしょりと汗をかいたが、シャワー室で着替えれば良い。急いでアルゴに乗り込んでエリーに出発を指示する。
軽くシャワーを浴びて着替えをすると、助手席に腰を下ろした。
このまま、洞窟を出るまではエリーに操縦を任せよう。その後は俺で良い。
サリーネがお湯を沸かしてコーヒーを作ってくれた。蓋付のカップに入れて全員に配っている。ありがたく受け取って口を着けた。緊張が解れるのが自分でも分かる。
これからが大変なんだよな。
水槽の内部環境を示すデータを見ると、温度・湿度とも変化はない。
洞窟内はそれ程変化しないだろうが、外に出た時が問題なんだよな。厳冬期だから、金はマイナス10℃にもなっている。シートを被せているとはいえ、どれ位温度低下を防止できるかが問題だな。
流れと同一方向だからトンネルの走行はスムーズだ。ホールを恐る恐る進み、トンネルに入る。
やがて最後のトンネルに入ると、少しホッとした気分になる。
外気がどんどん下がって来るが、ソリに積んだ水槽の内部温度はあまり降下していない。温湿度調整器が2台設けられているから、その性能に期待する外はないんだが、心配だな。
トンネルを抜けると、真っ暗だった。俺達が中に入ってから12時間以上経過しているらしい。朝が訪れるまでに数時間は掛かりそう。
エリーが小川を抜けて東に進路を変更する。森を最短で抜けるようだ。
「お兄ちゃん、邪魔な木があったらお願い!」
「ああ、任せとけ。チェーンソーだから時間は掛からないだろう」
なるべく方向を変えないように森を進んでいるが、厳寒期で雪が深いから、ごつごつした岩の起伏や木の根を気にせずに済む。
森もそれ程太い木ではない。精々直径30cm程度だ。あまり大きく育つと厳寒期の吹雪で木が折れてしまうのだろう。
それでも森を抜け出るまでに、数本の立木を根元で切断することになってしまった。
森を抜けたところで、食事を取る。東がほんのりと明るくなってきた。
水槽の状況に、変化が無いことを確認して、今度は俺が操縦する。砦までは200km以上あるから、エリー達が一眠りしたところで代わって貰おう。
仮想スクリーンを3つ展開して、ナビと多機能センサーの監視画像、それに水槽の環境情報を表示させる。
緊張してる分には眠気を避けられる。コーヒーを飲みながら、真っ直ぐに南を目指してアルゴを進めていった。