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PH-008 最初の試練


 エリーも今まで王都に来たことが無いようで、レミ姉さんと一緒にはしゃぎながら王都の繁華街を歩いている。その後ろを俺がぴたりと付いているから、変な連中に声を掛けられることも無い。

 だけど、2人が向かう場所が圧倒的にブティックだというのが問題だ。あれこれと着替えてるけど、結局買わないんだよな。お店にとっても迷惑なんじゃないか? それに俺の居場所が無いぞ! 


 結局昼食を抜いて夕食だけになってしまった。

 初めて食べる分厚いステーキは贅沢以外の何物でもない。俺にはハンバーグで十分なんだけどね。


 ホテルで1泊して、次の日にはレジャーランドに出掛ける。その次の日は……。

 結局王都で5泊して、レミ姉さんと別れたが、別れ際にスイーツ店に寄って、施設の子供達の人数分のお菓子を持たせた。100個を超えるとのことで、別途運んでもらえるらしい。


「ありがとう。皆喜ぶわ。バンター君、シスターが心配してたわよ」

「心配かけて済みません。エリーがいますから何とかなってますと伝えてください」


 レミ姉さんの運転する車が小さくなっていくのを2人で見送ると、ホテルへと引き上げる。

 かなりの散財だったが、まだ残金があるんだろうか? エリーが何も言わないところを見ると問題ないんだろうが……。


 昨日まではレミ姉さんとエリーは一緒の部屋に泊まっていたが、今夜は俺と一緒の部屋だ。

 

「ねえ、お兄ちゃん。昔の事……、少しは思い出した?」

「まったくだ。どちらかと言うと、別な誰かの記憶があるような感じなんだ。エリーやレミ姉さんの事だって病院で目が覚めた時以前の事は思い出せない」


「でも、お兄ちゃんだよ。エリーの……」

俺の胸に顔を埋めて泣き出してしまった。昔の記憶はさておいて、こんな美人の妹がいるんだから俺は幸せなんだろうな。

 

 いつの間にか寝てしまったエリーをベッドに移すと、レミ姉さんの言葉を考えた。

 やはり俺達が思っていた通り、このまま採取依頼を続けて行けば荷物が増えることは確実だという事だ。そして、それを運搬する手段があるという事を匂わせていた。

 それと、教団施設が養成所として機能していることは確実のようだ。幼年時代から施設に預けられたなら、かなり実践的な教育を受けたはずなのだが……。

 確かにエリーは獣相手にしても、動揺はないようだ。生き物を殺すということに関する禁忌が感じられない。教団施設で育ったのなら、その禁忌に縛られると思うんだけど。

 特殊な教義を持った教団なんだろうか? だが、カルト的なものではなく、教官たちも俺達が教団施設である事に期待しているようでもある。


 端末を立ち上げて、仮想スクリーンを展開する。確か、トリニティ教団と言っていたな。

 直ぐに、教団のホームページが出てきた。12人の司祭が頂点に立った教団の設立は100年ほど前のことだ。その教義は『健全な精神は健全な肉体に宿る』と掲げている。逆に言えば、健全な肉体でなければ良い精神にはなれないとも取れるな。その意味でこの教団がスポーツ活動に大きな地位を築いているのも頷ける。

 いくつかある慈善施設での活動内容もそれを奨励しているぞ。そんな中、教団の後援する大会の優勝者のりストがあった。


 何だこれは……。男子の部では俺の名前があちこちに並んでいる。女子の部ではエリーが拳銃の射撃で準優勝として記載されていた。

 これが、教官が言っていたことなのだろうか? 全く過去の記憶はないが、俺はプラントハンターになるべく育てられたってことなんだろうな。

 

 あれから記憶を取り戻すべく、努力はしているのだが全く改善する気配すらない。それどころか、全く異なる記憶が俺にはあるようなのだ。

 狼という言葉と姿に俺は見覚えがあった。それにあのマッシュルームでさえもだ。更にエリーが買い込んだスタングレネードを『乾電池じゃないのか?』と言って彼女を困惑させている。だが、その時の脳裏には乾電池の形と大きさが単一と呼ばれる種類に属することが浮かんでいたのだ。


 どう考えても、この時代の記憶とは大きく異なる。全く別の人間の精神がこの体に宿ってるんじゃないのか? だとしたら、本当の俺は誰なんだろう……。


・・・ ◇ ・・・

 

「今度は少し時代をさかのぼるけど、基本的には同じよ。危険な獣は多いけど、あなた達なら対処できるわ」

 俺達の担当であるお姉さんはそう言ってくれるけど、危険な獣が多いというところが問題ではあるんだよな。

 とりあえず、装備ベルトのストラップに2つ手榴弾を付けているが、これで足りるかどうか微妙なところだ。

 

 エリーとオペレーターが年代と座標を確認している。仮想スクリーンに大きく映し出された数列を依頼書と再度確認して「異常なし!」を相手に告げる。それを聞いて、オペレーターが採取用のナップザックを渡してくれた。

 強烈な光りと共に時空間ゲートが開いたことを確認して、エリーと共に階段を上がる。

 最初の試練と言うからには、場合によっては向こうに出た途端に戦闘が始まることだってありえる。

鏡面に足を踏み入れる前に俺達は銃のセーフティを解除して初弾を装填した。エリーと顔を見合わせて互いに頷くと、今日は飛び込むようにして鏡面を潜っていく。

 

 飛び出した場所は広い荒地だ。所々にやぶと低い雑木がある。

 サングラス越しに見える仮想スクリーンには50m以内の獣はいないようだ。エリーが更に探知範囲を広げて調査しているようだ。

 その間に、小型双眼鏡を取出して周囲を広く観測する。赤く見える大地は鉄分が多く含まれているようだ。となると土地は酸性だから、植物の生育には適していないのかも知れない。それに乾いている。遠くにつむじ風が土を巻き上げているぞ。

 

「11時方向、250m先に1体確認できたけど、動かないみたい」

「探知範囲を200m、警報レベルを100mにしてくれ。俺はフィルターを掛けずにその半分に設定する」

「分かった。アナライザーはどうするの?」

「エリーが足元の植物を探ればいい。俺は周囲を監視しながら移動する」


 数mの範囲でサーベイしながら進めばその内に当るだろう。あまり草は生えていないけど、球根だから土が水分を含んだときに発芽するのかも知れない。

ベネリを両手に持って、周囲を確認しながらエリーの後に付いていく。藪に潜む獣は動体検知センサーで確かめられるだろう。


この時代の哺乳類は大型化したものが多いらしい。30分程経過したところで、数頭のバクに似た獣を見つけた。のんびりと藪の葉を食べているようだ。草食獣だし、近付かなければ危険は無さそうだな。

問題は肉食獣だ。犬の祖先がいるらしいのだが映像で見た奴は子牛程もあったぞ……! 俺は子牛を見たことがあるのか? 脳裏にその姿が浮かぶ。周囲の風景までも思い出せるが、俺達が暮らしていた時代ではないような気がするな。


「お兄ちゃん! 右に何かいるよ」

 エリーの動体監視センサーが警報を発したようだ。100mの距離で周囲を探っている俺のスクリーンにはまだ映っていないから、エリーは少し拡大して警報距離を設定しているんだろう。


 小型双眼鏡で進行方向右をくまなく探すと、雑木に隠れた獣を見付けることができた。ダイダイ色の毛皮には数本の黒い縦縞があるが、虎というには少し違和感があるな……。虎を俺は知っているのか? 全く異なる記憶が少しずつ浮かんできているようだ。俺が誰かを知るのは以外と早いのかも知れないぞ。


「肉食獣がいるようだ。まだ俺達を狙っているわけではないから心配いらないよ」

「ならいいんだけど……。お兄ちゃん、調子悪いの?」

「いや、そうじゃないんだ。何故か昔の記憶が、不意に浮かんでくるんだ」

「治ってきてるってこと?」


 エリーが笑みを浮かべて俺に振り返ったが、記憶を取り戻した俺がエリーの知らない俺だとしたら、がっかりするだろうな。それを考えると、苦笑いを浮かべて小さく頷くことしかできなかった。

 まあ、それは先の話だ。今はこの物騒な世界で早々に依頼をこなさねばなるまい。


「見付けた!」

 エリーが大声で知らせてくれた。探索を始めてから1時間は経過している。

「やったな!」

 エリーの傍に寄って確認すると、俺の指先ほどもない小さな草だ。周辺に群れているかと探してみたが、どうやら単独らしい。ひょっとして、俺たち以外にこれを集めると言うか食べる獣がいるのかも知れない。

 慎重に周囲の土を掘って、10cm程の地中にある、小指の先ほどの球根を持った草をエリーが採取する。


「一致率は97%だから、間違いないね」

「そうだな。だけど、群れて生えてないから同じように探さなくちゃならないぞ」

「だいじょうぶだよ。1個取れたんだから」


 アナライザーを持って、再びエリーは足元を調べ始めた。俺は、そんな彼女の作業を邪魔しないように周囲に目を向ける。

 次の球根を見つけたのは30分ほど過ぎてからだ。単純で疲れる作業だが、エリーは不平も言わずに黙々と歩きながら周囲をアナライザーで調査している。

 昼食までに3個を見つけて、見通しの良い場所で昼食のサンドイッチを食べながら、ジュースを飲む。2人で座れる位のシートをエリーは購入していたようだ。地面に直接座るよりも、シートがあれば安心できる。


「残り2つだね。それに危険な獣もいないみたい」

「早めに終わりになりそうだ。だが、安心は出来ないぞ。大きな足跡をいくつか見たからな」


 見付けた足跡は、獣とは異なるようだ。爪が長いし、太い尾を引きずった跡が付いていた。この時代にいるとなれば……、オオトカゲって事になるのか?

 

 昼食を終えると、エリーがアナライザーで自分の周囲を調べながら歩き始める。その後ろを銃を持った俺が歩く。

 4つ目の球根を見つけたエリーが、嬉々として周りを掘り始めた時だ。俺の動体監視センサーが警報を発した。距離は30mもない。方向を確認した時には、俺達に向かって土ぼこりを上げながら迫っていた。

 ベネリを構えて、1発撃ちこむ。気にした様子もなく走ってくるオオトカゲにマグナム弾を撃ちこんだ。遅れて、エリーがMP-6を乱射する。

 頭部に集注して叩き込まれた銃弾は徹甲弾だ。俺達から数mの距離で、オオトカゲは動きを止めた。



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