PH-078 洞窟の奥にいた生物
ゆっくりと洞窟に向かってアルゴが前進する。
近づくにつれて水温が上がる。距離200mを切った時には、36℃まで上昇していた。
洞窟の奥は、川の湯気が邪魔をして見通しが良くないな。少なくとも入口から数十m奥までは動くものが見えなかった。
「洞窟入口から100mまでは何もいないにゃ」
「了解だ。エリー、入るぞ。サリーネ、アルビンさんに連絡してくれ!」
ゆっくりと前進する。俺の前には4つの仮想スクリーンを開いている。左右側面のカメラ画像と後方の画像、それに多機能センサーの画像だ。
入口まで50mになった時、前照灯を点灯する。低位置に2つ、屋根の高さに2つ。両側面と後方に1つ、天井に1つだ。
可動式照明灯はまだ点灯していない。点灯した照明灯は拡散型だが、可動式はビーム型だ。
洞窟の入り口を潜ると、同じような形状で奥に伸びていた。アルゴの速度を人が歩く程に落してゆっくりと進んで行く。
まだ生物の反応はない。洞窟内の気温は17℃だから、外が-10℃前後であることを考えれば天国だな。
かなり湿気は高い。ほとんど飽和状態だ。そんな洞窟内にはキノコの宝庫でもある。色取りにとぼしいが、種類は多そうだぞ。
30分程進んだろうか、突然広いホールに出た。水深が浅くなり川幅が広くなる。
ホールの直径は全く分からない。水蒸気が厚い霧を作っているのでさっぱりわからないな。視認距離は50m以下になっている。装備が無ければ迷子になりそうだが、高性能の加速度センサとジャイロを組みわせたナビシステムがあるから、俺達の通った行路はキチンとマッピングが出来ている。
「2時方向に反応が一瞬出たにゃ。距離が離れてるから消えてしまったにゃ」
いよいよ恐竜の世界って感じだな。
「よく見といてくれ。これからは何が起こるか分からないからな」
入口から1km程内部に入った。
ホールの直径は数百mはあるようだ。いくつもの洞窟がホールから伸びている。
ホールの床は緩やかな丘のような感じに起伏がある。粘土と砂が混じったような地面の半分位が10cm程の深さに温水が流れている。その温水が無い湿った地面にはたくさんのキノコが生えていた。適当に標本を採取してシリンダーに入れておく。
真っ暗のはずなんだが、天井部の照明が届かない場所でもその岩肌がぼんやりと浮かんでいる。ヒカリゴケや発光性のキノコがあるようだ。
更に仮想スクリーンを1つ開いて多機能センサーがレーダー波で捕えたホールの立体図を表示する。
やはりかなり大きなドーム状のホールだ。
次の探査を行うのが俺達とは限らないから、情報は多い方が良いだろう。
「お兄ちゃん。前方が壁になってるよ!」
「なら一旦停止だ。周囲を確認する」
突き当りから30m程の距離でアルゴが停止する。ホールの立体図形では左手が深そうだ。外の水の流れも左手から来ているな。
エリーにホールの立体図を見せると、頷てレバーを操作した。
ギシギシと音を立ててアルゴの方向がその場で変わる。左手の先には暗い空間が続いていた。
「ゆっくり進んでくれ。まだ恐竜に出会ってないからな。周囲温度が23℃だから、爬虫類でも素早く動けるはずだ」
「前方に4体何かいるにゃ!」
言った傍から出てきたか。チラリと多機能センサの画像を見ると、俺のスクリーンには映っていなかった。設定した大きさが体長3m以上だから、リノアが見ているのは小型種という事だろう。体長50cm程度に設定しているのかも知れないな。
可動式投光器でリノアが教えてくれた方向を照らすと、強い光で目がくらんで立ちつくしているデ・ラブートがいた。
「肉食恐竜だよね。小さいけど……」
「そうだ。何かを食べてたんだな。足元に残骸がある」
投光器を消して更に先に進む。
これ位の深さなら村のハンターでも来られるだろう。数頭のデ・ラブートならばレベル10を超えるハンターなら銃を使わずに倒せるんじゃないか?
ホールがいつの間にかトンネルに変わっていた。
半球状のトンネルは半径20mを越えている。やや左に沿って深さ2m、川幅4m程の流れが奥から続いていた。水温は40℃近い。気温が更に上がって25℃に近づいている。
そんなトンネルが500m程続くと、2つ目のホールが現れた。
俺達は川を進んでいるが、川はホールの外れに左端に沿って流れているようだ。右手には地面が続いおり、立体図では数百mも奥がある。このホールも天井の光を発するキノコが群生しているから真っ暗闇にはならないだろう。川から200m程離れた位置にかなりたくさんの生物がいるようだ。探知範囲ぎりぎりでうごめいている。
「何がいるのかは帰りに見よう。今は前進あるのみだ」
「了解。もうすぐ次のトンネルだよ。でも、何か明るく見えるんだけど?」
エリーの言葉に顔を上げて前方を見る。確かにトンネルの奥が明るいな。トンネル自体はさっき通って来たトンネルと同じような大きさだ。熱水の川もトンネルの奥に続いている。
俺達を乗せたアルゴはゆっくりとトンネルに向かって進んで行った。
この洞窟はどうしてできたのだろう? 鍾乳洞とは異なるようだ。かといって溶岩洞窟にも思えない。帰りに画像データーをさらに増やした方が良さそうだ。
トンネルを進むにつれ、奥の明かりに強弱があることに気が付いた。俺の心臓の鼓動と同じような感覚で明滅している。もっともその強弱の差はそれ程でもないから、最初は気が付かなかったんだろうな。
どこまでも続かと思ったトンネルだが、大きくカーブしたかと思ったら、3つ目のホールが俺達の前に出現した。
すでに川の水温は50℃を越えている。その川はホールの奥にある熱水穴から溢れているようだ。ようやく川の源流まで到達したのだが……。
「クラゲだよね……」
「クラゲは少なくとも水の中だ。あれは陸上にいるぞ。それに立ち上がることは構造的に不可能だろう?」
明暗を繰り返す光の正体は発光するクラゲ状の生物だった。カサの大きさだけで100m近い。たくさんの触手を下ろして浮かんでいる。
その下には、恐竜の骨があるぞ。ここに恐竜を呼び込んで食っているって事だろうな。
「お兄ちゃん、あれ!」
エリーが指さした先にあったものは、何かの残骸だ。どう見ても金属部品、だがこれだけの湿気の中で錆びた形跡は皆無だ。となると、あのクラゲはあの金属片と関係があるって事になるんだろうな。
クラゲとアルゴの距離は約200m。今のところ俺達に敵対することは無いようだ。
「サリーネ、あの残骸とクラゲの画像を砦に送れるか?」
「やってみるにゃ……。アルビンさんの応答信号が微弱にゃ。ノイズフィルターで消去出来ないにゃ。画像信号をたくさん送って貰って重ね合わせてフィルタの分解能を上げるにゃ」
やがて、送られてきた信号が受信完了との文字信号だと分かった。通信出来ないわけじゃないけど、映像で送るしか無さそうだな。
コーヒーを飲みながら砦の指示を待つ。1時間待って返答が無ければ俺達で今後の行動を考えよう。
やがて砦の指示が文書で届く。
「金属片の採取と可能であればクラゲの採取?」
「攻撃してきたら、やり返して良いんだよね?」
できれば避けたいものだ。このホールの立体図によると、前の2つのホールに比べて半分以下の広さだ。素早く動けるものでもないないし、相手の動きだって予想できないからな。
「敵対行動がない内に、先ずは情報を集めよう。環境データは取り終えたのか?」
「終ってるにゃ。今は、発光パターンの分析中にゃ」
発光が意図的かを確認してるって事か? 場合によっては意思を伝えられるってことになるんだろうか?
「アルゴの電脳とリンクして解析してもおもしろそうだな。エリー、出来るか?」
「やってはみるけど、ダメなら採取を始めるよ」
可動式投光器を使って、相手に向かって光を投げかける。
2、3、5、7、11……。素数を投光器の点滅で送り始めたぞ。
数回繰返した時だ。クラゲの発光が、素数の回数に変化した。更にエリーが送った『11』よりも後の『13』を追加している。
「驚いた……。知性体だ」
「知性体なら触手を引き千切れないよね」
問題は意思疎通の方法だよな。
「サリーネ、現状を砦に伝達。指示を仰ごう」
「わかったにゃ」
こんな時に砦との連絡方法がファックスのような形でのみ可能だというのも問題だぞ。しかも、同一信号を1千回以上重ね合わせてノイズ除去をするんだからな。
アルゴの電脳は簡単な数式を送り始めたようだ。クラゲの発光間隔が段々と短くなり、今では一定の発光をしているように思える。俺達の視覚では明暗を捕らえられなくなったようだ。
コーヒーを飲みながらひたすら待っていると、サリーネが砦からの指示が届いたと教えてくれた。
かなりの長文らしく、アルゴの電脳でもノイズ除去に数分かかるらしい。
ようやく、俺の前に新たな仮想スクリーンが開いて指示書が現れる。これは全員が知っておくべきだな。エリーに指示してそれぞれが仮想スクリーンに指示書を表示した。
リノア達が読めるのか心配したけど、俺達の世界の文字と言葉について睡眠学習が行われたらしい。そうしないと俺達とアルゴに乗れないからな。電脳の表示や、各種マニュアルは全て俺達の世界の文字だ。
指示書の内容は、簡単に言えば『意思疎通を模索せよ』だな。それを伝えるのに3枚もの指示書になっている。参考文献として、添付された図はどこかで見た記憶があるぞ。アルゴの正面図と断面図に、俺とエリーの簡単な絵が重なっている。矢印で数字や単位が書かれているが、一番下にあるのは俺達を構成するDNAの塩基の数らしい。
果たしてこんな図が役に立のだろうか?
とりあえず、そのまま送ったけど、画像データを解析するだけの知性があるか怪しいものだな。
「上手くいくと良いね」
「そうだな。だがもう1つ問題があるぞ。クラゲはこの世界の住人なのか。それとも他の世界からの到来者かが分からないな」
たぶん後者だろう。金属製の残骸はあのクラゲと関係しているはずだ。金属の精錬、加工技術を持っているなら、ゴランさん達だってもう少しまともな武器を手にしているはずだ。