PH-073 砦の地下施設
車の近くに作った焚き火の周りに集まってお茶を飲みながら、ギルドでの話をトメルグさんから聞いている。
門の端に作られた櫓の見張りからは、すでにラブートの群れが消えていると聞いている。エリーがサングラスで確認した仮想スクリーンにも村から離れていくラブートの群れが映っているようだ。
すでに2kmは離れていると教えてくれた。人の歩くほどの速さで南に移動しているらしい。
「とりあえず危機は去ったという事らしい。だが、3日はこの状態を保つという事だ。ワシとバンターでここに残るから、パミ―達はエリー達を連れて小屋に戻るが良い。銃は拳銃があればとりあえずは何とかなる」
「せっかく銃弾を持ってきたのに……」
「カートリッジはゴランに預けるから置いといてくれ。夕飯はここで食えるだろう」
そんな話で、エリー達は高機動車を運転して北門へと引き上げて行った。
俺とトメルグさんは、ハンター達がラブートの始末をするのを見守りながら一服を楽しむ。
「トメルグさん。この刀をありがとうございました。凄い切れ味でしたよ」
「分かるか? お前に渡すように頼まれた品じゃ。これでワシも約束を守れたってものだ」
「誰に頼まれたのか、教えて貰うわけにはいきませんか?」
「それは言えんな。だが、ワシの一番の友だと答えておこう」
俺の縁者だと言うのだろうか? そんな者は……。待てよ。確か俺とエリーの両親は俺達が事故に合ってから、時空間ゲートの事故で帰らなかったと言っていたな。その両親の頼みだったという事なんだろうか? どこで手に入れたか分からないが、こんな切れ味の良い刀は初めてだ。前に持っていた片手剣がオモチャに思えるぞ。
「そう言えば、パミーさんが使ったのは魔法ですよね。てっきり【呪文】かと思ったんですが……」
「時空間ゲートの事故は、昔は多かったのだ。ワシらが流された世界には魔法があった。簡単な魔法をわしらは手に入れている」
時空間ゲートを使った平行世界の移動が、安定して行えるようになったのは、つい最近らしい。痛ましい事故がたくさんあったとレブナン博士が一緒に旅をしているときに教えてくれた。
そんな事から時空間ビーコン信号や、時空間ゲートを開く装置を複数持たせるような安全対策が行われてきたらしい。
それでも、俺達はこの世界にやって来たんだからな。やはり安全とは理想の言葉なんだろうか?
「済まんな。囮をやらせてしまって……」
「何、気にすることはない。村の筆頭にやらせる訳にはいかんだろうし、こいつの技量も見たかった」
ゴランさんが俺達の所にやってくると、そんな話をしながら近くから箱を探してきて、俺達の傍に腰を下ろす。
バッグからスキットルを取出し、一口飲むとトメルグさんに渡した。ゴクリと飲んで俺に渡してくれる。
一口飲んだが、思わず咳き込む程に強い酒だ。ウイスキーのような感じだが遥かにアルコール濃度が高いぞ。
ゴホンゴホンと咳をしながらゴランさんにスキットルを返すと、周囲のハンター達がニヤニヤと笑っていた。
「まあ、まだ若造だからな。酒の良し悪しは分かるまい。美味い酒だったぞ」
「フフフ……。剣の腕は俺を超えそうだが、酒ではまだまだだな。少し安心したぞ」
そんな話をしながら盛り上がってるのも困ったものだ。タバコに火を点けて少し憮然とした表情で焚き火を見詰める。
そんな俺を肴に、何時の間にか酒盛りが始まってるんだよな。
俺にも、カップが渡されたけど今度はワインだった。これなら、大丈夫だぞ。
「ダイノス達は南に去ったようだ。とりあえずは問題なかろう」
「だが、南の町はどうなる? かなりの痛手に違いない」
「それは、王国の問題だ。俺達ハンターではいたしかたない話だ」
ゴランさんの話では、王国から軍隊が出る事になるらしい。村や町の当座の防衛はギルドに委託されているようだが、それを超える事態であれば軍隊が出動するとの事だ。
規模的には、数百から千人になるらしい。軍隊の規模は数千人と言っていたから、100人単位で組織しているのだろう。
「復興には数年掛かるだろうが、再建されることはたしかだろうな。場合によっては、更に南に駐屯地を作るやもしれん」
「この村には?」
「南の町が万全なら、ここまでダイノスが群れてくることはない。それに、今回の件もあるからな。この村は変わらんさ。報奨金は出るだろうから、それでハンターが銃を揃えるだろう。今回も30丁を越えている。バンターが来る前は精々10丁だったのだ」
俺達が銃を供給したことが、結果として村を守ったということなんだろうか? ゴランさん達が一騎当千でも、200を超えるラブートの群れを退けることは確かに難しかっただろうけど……。
「銃が増えれば3段撃ちも可能だ。南門の外に作った柵も有効だったな。北門も同じようにしておけば、次の備えにもなる。広場の柵も移動式の柵を幾つか作ったほうが良さそうだ」
トメルグさんの考えだと、戦国時代の砦になりそうだな。そんな話をゴランさんが頷きながら聞いている。すっかりトメルグさんはこの村に根を下ろした感じだな。
・・・ ◇ ・・・
ラブートの襲撃を撃退して3日目。ラブートの群れは南東に広がる森に入って行ったようだ。無人機での情報では30km以内に数頭以上の群れはいないらしい。
ようやく、砦に帰れるな。元々は薬草の球根を届けに来ただけだから、報酬はトメルグさんに渡して欲しいとギルドのお姉さんに話して俺達は村を後にした。
車庫に4輪駆動車を入れると、俺だけ村の経緯を報告に集会場に向かう。エリー達はヤグートⅢで昼寝を楽しむと言ってたな。
集会場の扉を開けると、すでにレブナン博士とレミ姉さんが待っていた。俺がテーブルに着く前に、マグカップのコーヒーをレミ姉さんが準備してくれる。
コーヒーを飲みながら、村での出来事を話したのだが、2人の表情は優れないな。
その原因は、軍隊にあるのだろう。砦から100km程に軍の駐屯地ができるのは、俺達の活動の支障になりかねない。
「本音と建前を上手く使い分けなければならないわ。周辺の村にも分隊を派遣するかも知れないし、この砦にだって調査の手が及ぶ可能性もあるわよ」
「地下施設を早めに作らねばなりませんね。それが終れば表面的には難民の暮らす砦に見えるはずです」
土砂の始末を頑張らなくてはならないようだな。
地上施設と地下施設を使い分けることは賛成だが、俺達が薬草だけを求めていることに奇異を感じなければ良いのだが……。
そんなこともあって砦はいろいろと忙しくなってきた。
あたらしい小屋も作らなくてはならないし、土砂の搬出も行わねばならない。工事要員も増えて急ピッチで作業が行われている。
たまに、村に出掛けてトメルグさんの仲立ちで薬草と食料の交換を行う。トメルグさんの話では、あのラブートの襲撃によって得られた報酬で更にハンターの持つ銃が増えたそうだ。
「ゴランは町よりも銃が多いと言っておったぞ。ゴランもショットガンの弾丸を10発以上持っているようだし、ハンターの連中も紙製カートリッジを数個持っているそうだ。イザという時に不足せぬよう、ギルドに200個は常備させたいとも話していたな」
あの襲撃を考えればそうなるんだろうな。だが、あまり数を多くするのも問題がありそうだ。その辺りはレミ姉さんに任せよう。
砦の地下30mまで掘り下げた2つの竪穴に、横のトンネルが結ばれたらしい。これで土砂の搬出は終了となる。後はトンネル内に作った時空間ゲートが土砂の搬出先になるから、更に地下の工事に拍車が掛かる。
最終的な完成は冬の最中らしい。そろそろ季節も秋になってきた。薬草がそれ程取れなくなってきたんだよな。
秋の終わりに東の居住区から、調査機や居住用のトレーラーハウスが地下施設に移動された。大きな空間が残ったけど、ちょっとした体育館程の広さだから、冬の運動場として使えるんじゃないか?
簡単なログハウスを5棟、その中の端に作ってある。一時的に暮らした後って感じに見せるようだ。その中の1つに地下へのエレベーターが設置されている。床板ごと地下に降りていくから見た目で分かる人はいないだろうし、この世界にエレベーターがあるとは思えない。
「何も無くなっちゃったね」
「だけど、雪に閉ざされてもここで遊べるから良いんじゃないか?」
「薬草の整理もできますね。シートを広げればそれらしく見えます」
そんなリノアの感想で早速それらしい作業台が出来上がった。少し古ぼけた木材をわざわざ使用しているのが、さもそれらしく見えるな。
地下施設の給排気は車庫の裏手を使っているようだ。消音装置を付けているらしく、いたって静かなものだな。
「この砦を中心とした時空間移動は春前には行えるわよ」
レブナン博士も先が見えたようで機嫌がいい。
そんなある日のこと、車庫が賑やかになっている。どうやら、俺が概念設計を行った調査機が完成して納品されたらしい。
「このドリルで進むのか?」
「まあ、そうなります。高低差が酷い場所は適しませんが、湿地帯や、砂漠、雪上等には絶対の効果がありますよ」
車体は直径2.5mのややつぶれた円筒形だ。長さは6mで重量は5tに抑えてある。チタン合金製の厚さ5mmの車体は総易々と変形するものではない。
左右に張出した直径60cm、長さ3mの駆動装置は螺旋形のフィンが末端まで伸びている。超硬度を誇る合金製らしいから、磨り減ることをあまり考えなくとも良さそうだ。
入口は左右のハッチを使用する。屋根部分には3つのドームが三角形に配置され、武装と出入り口、それに多機能センサーがそれぞれに収納されている。
動力は、レシプロエンジンを希望していたが、燃料電池とモーターに変更されていた。
「かなりの色物だが、役に立つのか?」
「それを厳冬期に試すんです。砦から北東に150km程のところに冬でも凍らない大きな池があるんです。池の周辺の調査を計画してます」
かなり雪が深くともこの調査機なら問題ない。池に浮く事だって可能だ。内蔵されたマジックハンドで植物の採取もできるだろう。