PH-072 南門の戦い
櫓に戻って、メディさん達にカートリッジを渡しながらギルドでの話を伝える。
カレンさんが俺達の代わりにやって来ると聞いて、少し緊張しているようだ。エリー達は北門に高機動車を取りに向かった。トメルグさんやシスターがいるから、そっちは任せておいても良いだろう。
「500頭はびっくりにゃ!」
「となると、この櫓も激戦だが、南門を開けて迎え撃つというのは、王国軍の軍師を超える話だな。上手く運べば王国軍から迎えが来るだろう」
その作戦の出所はトメルグさんあたりじゃないだろうか? ゴランさんは堅実派だからな。
「こっちにはバンター達の代わりにカレン殿がやってくるのか?」
「そうなります。数が多いですから気を付けてください。エリー、高機動車を南の広場に移動してくれ。配置はトメルグさんが決めてくれるはずだ」
直ぐにエリーがリノア達を連れて走って行った。弾薬が不足してたからな。たっぷりと積んでいたのかも知れない。
後をメディさん達に託して俺も、櫓を離れて南門に歩いて行った。
だいぶたくさんのハンターが働いていると思っていると、どうやら村人も一緒のようだ。外の柵作りと門を塞ぐ柵を手分けして作り上げている。
「やって来たな。こっちだ!」
南門の扉の近くで、片手を上げて俺を呼んでいるのはレイさんだ。イノシシ顔にもだいぶ慣れてきたな。
「今度はこっちだそうで、よろしくお願いします」
「トメルグ殿の推薦だ。あの荷車の前がお前の居場所らしい。【ブースト】は使えるな? 身体機能が2割上がる。ラブート相手に切り込むなら必携だぞ!」
あれも使ってみるか。確か素早さが上がるって言ってたしな。
「ほれ、呼んでるぞ。あの銃は大きそうだな。銃弾が少ないと言っていたが、2丁あるならそれなりに役立つだろう」
レイさんの指さす方向を見ると、サリーネが両手を振っている。
「それじゃあ、レイさんもご無事で……」
そんな俺の挨拶に片手を振ってこたえてくれる。レイさんの戦いは見たことが無いけど、2連銃を持って背中には長剣だからな。かなりの使い手なんだろう。
「お兄ちゃん。こっちこっち!」
2台の高機動車が門に銃口を向けている。どちらも後部荷台に取り付けられているから、運転席は北に向いている。
2台の車は倒した2つの荷車の間に挟み込まれたようになって停まっている。荷車を利用して3本の丸太を横に渡してあるから、少しはラブート達の攻撃を防げるだろう。
荷車を周りこんで北側に行くと、シスター達が小さな焚き火を作っていた。そこに小さなベンチをどこからか調達してエリー達が座っている。
どうやら、荷台に積んでいたベンチのようだ。転がっていたベンチを1つ持って焚き火の傍に座ると、パミーさんがコーヒーのマグカップを渡してくれた。ちょっと飲んでみると……。うん、丁度良い感じだ。
「砂糖3個はいくらなんでも多すぎない? この間やってきた時に3個入れたから今日も入れたけど、少しは控えないと、トメルグみたいになるわよ」
「これ、聞いとるぞ。これは筋肉、極めて柔軟な筋肉だ!」
そう言って俺達にメタボなお腹を見せてくれたんだけど、筋肉じゃなくて脂肪だよな。
ふん! と息巻いてるトメルグさんにパミーさんがコーヒーを渡してる。
「機関銃はパミーとエリーに頼もう。ワシと、バンターは荷車の前で待つ。マリアンはちびっ子を頼むぞ。銃を持つハンターが5人来てくれると言っている。荷車の脇から狙えば良いだろう」
と言うことは、俺達が囮になるって事かな? 刀を使ってみるか。ショットガンを袋に戻して、リボルバーのシリンダーに全部弾が入っていることを確認する。装備ベルトのショットガン用弾丸ポーチを44マグナムの弾帯と交換して、背中に刀を背負えば俺の準備は完了だな。
いつの間にかトメルグさんも大きな長剣を背負っているぞ。
タバコに火を点けながら、周囲の準備を眺めて時間を潰す。エリー達は仮想スクリーンを開いて周囲の状況を確認しているようだ。
一番気になる大型恐竜の存在を聞いてみると、どうやら周囲20kmにはいないらしい。すでにデ・ラブートの群れがゆっくりと近づいているみたいだが、まだまだ距離はありそうだ。それでも、門の外で柵作りをしていたハンターが次々と村に駆け込んでくる。
門の脇で作っていた急造の柵も出来たようだな。荷車で門の左側から動かせるようにしている。その他にも、あちこちから集めてきた木材で簡単な柵をいくつも作っている。柵の有り無しが生死を分けそうだから、皆真剣に作っている。
「どうだ? 怖気づいたか」
「いや、習ったことを実行に移すまでです。向かってくる恐竜を後ろに行かせなければ俺達の勝ちですからね」
「簡単に言えば、そうなるな。出番はパミー達の弾丸が切れた時だ」
それならと、俺のショットガンを一時パミーさんに預けておく。車にあった予備の銃弾があるから20発以上使えるはずだ。
夕暮れが迫ると、広場に焚き火を作る。
その周りで、ハンター達が夕食を取っているが、俺達は車の近くに作った焚き火の傍で食事を取った。
パンに挟んだハムと野菜だけの食事は昼食には良いかもしれないが夕食には少し足りないな。
シスター達が乾燥野菜と干し肉で簡単なスープを作ってくれたから、他のハンターちっしょに頂く事になった。
「300m付近で停まってる。後ろが来るのを待ってるみたい。数は500以上だよ」
「柵の外に松明を投げるそうだ。少しは先が見えるだろう」
「暗視装置を使うからだいじょうぶだよ。でも、それが攻撃の合図って事だよね」
エリーの言葉にトメルグさんが頷いている。
シスターが静かに立ち上がると、俺とトメルグさんに魔法を掛けた。【アクセル】なんて呟やいていたけど、【呪文】と言うわけではないんだな。
あの【呪文】も試してみるか……。
「【シロッコ】!」と小さく呟くと、全身がボワッと光る。
「【ブースト】の【呪文】は【アクセル】と系統が同じですよ。2段に掛けても意味がないと思いますが?」
「いや、今の呪文は【シロッコ】と言う【呪文】です。【ブースト】は肩に刻んであるんですが、この【呪文】は両腿に刻まれ増した。砂漠の都市の老人が授けてくれた【呪文】です」
「なるほど……」なんて言いながら納得している。これで身体強化に素早さが増したことになるな。
すでに、ハンター達は自分の持ち場に散って行ったようだ。南門の広場には俺とトメルグさんが立っているだけだった。
広場中央に作った焚き火の傍に座って、タバコを楽しむ。トメルグさんもパイプを咥えてジッと時を待っているようだ。
南門の扉は直角に開かれ、門の先に作った柵と門とでちょっとした回廊のような様相を見せている。
エリー達も準備はできているのだろう。120発の弾丸でどこまで相手を叩けるかが、これからの戦闘を左右するんだろうな。
「お兄ちゃん! 柵の外100m位に来てるよ」
エリーの大声に、俺達は腰を上げる。
「良いか。絶対に機銃の前に出るんじゃないぞ。ワシは右で、お主は左だ」
トメルグさんの言葉に、ゆっくりと歩いてエリ―が構えた機関銃の左手に移動する。
リノア達は邪魔にならないように、車の下に場所を決めたようだ。車高が高いとはいえ、精々60cm位だからな。ラブートが潜り込むにはちょっと狭いだろう。安心して射撃を続けられるに違いない。
ドオォォン! と爆裂球の炸裂音が柵の外にした途端、門の向こうから先を争って広場に突っ込んでくるラブートの群れが見えた。
短い3連射が2つの機関銃から聞こえて来る。3発の内、1発は曳光弾だ。門の外に吸い込まれるように曳光弾が消えていく。
そんな機関銃の弾幕の合間を縫って広場に入って来るラブートにハンター達が射撃を繰り返す。
抜き身の刀を背負った状態で待っているのだが、俺の手前10mに近付くラブートはいまだに出ない状態だ。
3連射の音が軽快に聞こえて来る。
あとどれ位だ? 少し気になり始めた時、機関銃の音が途絶えた。
グオォォ……と唸り声を上げて門に押し寄せてきたラブートに爆裂球が降る。
あれも、作戦なんだろうな。ようやくよろよろとした足取りで俺の近くまでやって来たラブートを一刀の下に斬り捨てる。
この刀、何で出来てるか分からないけど、とんでもない切れ味だぞ。
次の1頭の首を斬りはらった時に、チラリと見えたトメルグさんは2頭を纏めて始末していた。
まったく、あの爺さんの腕は俺の想像以上だぞ。
再び機関銃が3連射を始める。ラブートを誘ったのか?
手持ち無沙汰に倒れた荷車に背中を預けて状況を見守っていると、機関銃の連射が止んだぞ。
続けて撃ちだされたのはAK-60の銃弾だ。今度こそ機関銃弾が尽きたらしい。
次々と門から飛び出してくるラブートにハンター達が銃弾を浴びせる。
門の横から柵が荷車で押し出されていく。同志撃ちを避けるために銃撃が弱まったのを知って次々とラブートが隙間から飛び出してくる。俺とトメルグさん、それにレイさんが加わって、ラブートを血祭りに上げていく。
「終わったぞ!」
ゴランさんの大声で、俺達は荷車まで下がると、ハンター達が柵越しにラブートに銃弾を浴びせる。
丸太を井形に組んだだけだから50cm程の大きな網目になっている。柵に充てるハンターもいるのだが、そんな下手な連中は一部に過ぎない。
がりがりと柵を齧ってはいるのだが、そう簡単に破れはしない。
一斉銃撃が何回か行われると、ラブートの群れは村から離れていった。
全員がその場に座り込んでいる。
どうにか撃退ってところだろう。機関銃の銃弾は尽きたから、次はどうするかだな。
ゴランさんが主だった連中をギルドに集めているようだ。エリーはシスターと一緒にリノア達を連れて通りを歩いて行った。小屋から銃弾を持ってくるのだろうか?
「トメルグ殿もさすがだが、お前も使えるんだな?」
そう言って両手にカップを持ってやってきたのはレイさんだ。
ほれ! と渡されたカップの中身はワインだぞ。まだまだ戦闘は続いているんだが、ありがたく頂くと乾いた喉に流し込んだ。