PH-068 新しい小屋作り
エリーが向こうの世界にヤグートⅢを運んだその日の夕食時、柔らかく煮込んだポトフを食べていると、俺の横にエリーが食器を乗せたトレイを持って座り込んだ。
「帰ってきたよ。荷物の整理があるから食事が終ったら手伝ってね」
「ああ、かまわないぞ。姉妹はいつから来るんだ?」
「一応、今夜からになるよ。私が連れて行くからだいじょうぶだよ」
後は美味しそうにポトフを食べ始めた。
機体形状は変わらないから、内装が変わるだけなんだろうけど、エリーの感性がちょっとな。まあ、直ぐに分かるんだろうけどね。
先に食事を終えると、広場の片隅で一服を楽しむ。
コーヒーを飲みたいところだが、それは改修されたヤグートⅢで楽しみたいな。
一服を終えて、東の建屋に入っていくと、今朝と同じようにヤグートⅢが停まっている。タイヤの跡が2m程前まで続いているので、動かしたのが分かるくらいだ。外形的にはまるで変化がないな。
「お兄ちゃん、待った?」
「いや、今来たところだ」
何時の間にか俺の後ろにネコ族の姉妹を連れたエリーが立っていた。姉さんが装着した補助具はだいぶ簡素になっているな。それだけ良くなってきてるということだろう。2人共、手荷物は小さな革製のバッグ1つだ。あの砂漠の都市から持ってきた私物なんだろうな。
エリーの案内で調査機の中に入ったのだが……。まるでキャンピングカーのように改修されているぞ。機体の操縦を行う前部座席はかなり狭くなっている。椅子は無くて、バーが腰の位置にあるだけだ。
「滞在型にしたから、ヤグートⅢは立って操縦するんだよ。このクッション付のバーに腰を乗せれば長時間だってだいじょうぶ!」
エリーが力説してる。だが、それほど長時間操縦はできないだろうな。休憩のたびごとになりそうだ。
その代り、テーブル席のあるリビングは広くなっている。対面のベンチシートは前と同じだが、後ろの席の後ろは壁板になっている。その後ろにあるのは小さなシンクだ。その後ろに、上下2段のベッドルームがあって、最後尾には倉庫とシャワールームがある。前と同じで部屋自体の高さは2m程だ。ベッドルームの前後に扉があって、それぞれ、上部と下部の部屋に入れるようになっている。奥行き1.8m長さ2mのベッドと横1mの立つことが出来る小部屋の合体型だから、十分着替えができるな。
「このベンチの座席の下がトランクルームだよ。テーブルにも引き出しがあるし、天井にも小物入れがあるから十分でしょう? 食料はシンクの下と棚に入れておけるし、小さな冷蔵庫も付いてるよ」
テーブルの上に、簡単な配置図を広げてエリーが教えてくれた。そんなところにネコ族の姉妹の妹が、コーヒーを運んできてくれた。
後から、姉さんがシュガーポットとケーキを切って持ってくる。
ささやかな新居の祝いの初まりだ。
「私のことは、リネアで良いにゃ。妹はサリーネで」
「俺はバンターで良い。隣はエリーで良いぞ」
「エリ―姉さんでも良いよ」
サリーネにエリーが要求してるけど、さて、どうなるのかな?
俺達の装備ベルトと銃はテーブルの反対側の壁に取り付けられた奥行のあまりない戸棚に入れてある。扉は無いから直ぐに取り出せるな。
「お兄ちゃん。天井を見て!」
エリーに言われて天井に目を向けると……。排気口が付いてるぞ!
「タバコが楽しめるよ。吸排気は十分だから、お兄ちゃん1人なら問題ないよ」
早速タバコに火を点けようつぃて、灰皿が無いことに気が付いた。そんな俺にニコリと笑いながら、エリーがバッグから携帯灰皿を渡してくれる。
「ありがとう」と礼を言って、今度こそタバコに火を点ける。
となると、水中には潜れないんだろうな。まあ、水上を動けるならそれで良いか。
「エリーがいない間に、この世界で使う調査機の概念図をレブナン博士に渡しといた。早ければ冬前にできあがるようだ。それと、しばらくは森から丸太を運ばなくちゃならないようだ。新たな小屋を作るとレミ姉さんが言っていたぞ」
「高機動車で引っ張ってくれば良いよね。チェーンソーで切れば1日に2本は運べると思うよ」
高機動車は3台ある。1日で6本って事だな。2週間もあれば100本は運べそうだ。
「明日は、リネア達も一緒だ。高機動車の運転はエリーがやるから、周辺の監視を頼むぞ」
「多機能センサーの操作はレブナン博士に教えて貰ったにゃ。2人で監視するにゃ」
リネアの言葉にサリーネもうんうんと頷いている。声を出せないのはケーキで口が塞がれてるせいだな。
2人で監視してくれるならありがたい。丸太1本ぐらいなら俺一人で引き摺って高機動車に結べるだろう。
お茶が終わったところで、今夜はお休みだ。寝室に行くと、俺達は下の寝台のようだな。
「下の方が少し天井が高いの。それにネコ族だからね」
高い方が好きだって事なのかな? まあ、それでぐっすり寝られるならそれで良い。
次の日。朝食が終わったところで車庫に向かうと、4輪駆動車がポツンと1台残っていた。
「バンターか。遅かったな。アルビン達が6輪車に乗って行ったから残ったのはこの1台だ」
「4輪駆動なら丸太を運べますか?」
「それは問題ないが、スピードはあまり出せんぞ。恐竜に気を付けろよ」
保全部の責任者は結構年配の男だ。皆がドリネン爺さんと呼んでいるんだが、腕は確かだし、部下の信頼も厚い。
「それじゃあ、借りてきますよ。道具は?」
「荷台にチェーンソーとロープが積んである。太さ20cm以上で長さは10m以上だ。頑張れよ!」
エリーが運転席に乗ると、リネアが助手席に座る。俺とサリーネは後部座席だ。後ろの小さな荷台を見ると、チェーンソーとロープの束がネットで固縛されている。これなら、エリーの運転でも落とすことは無いだろう。
エリーの肩をポンポンと叩いて準備OKを知らせる。
「それじゃあ、行くよ!」
エリーの声と同時に、4輪駆動車が南門を目指して走り出した。車庫から俺達の出発を見ているドリネン爺さんに手を振ると、しっかりと前部座席の後ろに張り出した転倒時の保護バーを握りしめた。
南門を出たところで、砦を反時計方向に巡って森を目指した。
「リネア、周辺監視センサーを起動して状況を見てくれ。ついでに砦の警備本部と交信して20km以内にダイノスがいないかを確認してくれ」
「分かったにゃ」
直ぐに仮想スクリーンを開いて状況を見守っている。トランシーバーを起動して砦との交信も始めたようだ。
語尾に「にゃ」が付くが、警備員達は会話を楽しんでいるんじゃないかな。サリーネはキョロキョロと周囲を見ている。目で見ることも重要だからな。
周辺監視は2人に任せておこう。
「前方から高機動車がやって来るにゃ!」
サリーネの言葉に前を見ると、確かに高機動車だ。速度があまり出ていないのは、後ろに丸太を曳いているからだろう。
互いに手を振ってすれ違うと、アルビンさんの車は丸太を2本曳いていた。
2本であの速度では、この車ではやはり1本かな?
そんな事を考えていると、遠くにもう1台の車が見える。俺達を乗せた車はその近くに停車した。
「エンジンは止めないよ!」
「ああ、それで良い。適当に切って牽引装置に縛るから、周辺の監視を頼んだぞ!」
俺が車を飛び下りると、多機能センサーがするすると上に伸びていく。レイフルキャリアからエリー達が銃を抜き出しているけど、同士撃ちは避けてほしいな。
太さ20cm以上で10m以上の長さと言うのは中々ハードルが高いぞ。言ってなかったが真っ直ぐと言う言葉も暗黙の了解というわけだしね。
それでも、何とか獲物を見つけると、チェーンソーのエンジンを駆動して幹に切り込みを入れる。
三角に切って、反対側を斜めだったかな……。ミシミシと幹が倒れると、歩幅で長さを計って少し長めに先を切る。
車に戻ってチェーンソーを荷台に積むと、ゆっくりと車を切り倒した丸太までバックで誘導する。
「ヨシ! 丁度良いところだ」
丸太の根元を持ち上げて荷台に乗せると、ロープで牽引器具を利用して縛り付ける。幾重にも結んでおけば途中で落とすことも無いだろう。
余ったロープを荷台に乗せると、ネットでチェーンソーと一緒に固定した。
「さて、4駆じゃないとダメかも知れないぞ。最初はゆっくりだ」
「だいじょうぶ。任せといて!」
ズズーっと丸太が動き出したところで、車に飛び乗る。
「周囲に怪しい者はいないにゃ。でも、走ったほうが早いかもにゃ」
エリーも頑張ってアクセルを踏んでいるようだが、時速20kmは出ていないようだ。確かにこの速度はちょっと問題だぞ。
「リネア。多機能センサーの感度を上げといた方が良いぞ。周囲300mまでは監視範囲が広がる筈だ」
そんな指示を出しながら、ポンプアクションのショットガンをライフルキャリアから取り出して膝の上に置く。サリーネも拳銃を取り出してベルトのお腹のところに差し込んでるけど、22口径だからな……。どれ位相手にダメージを与えられるかは、あまり期待しないでおこう。
エリーが前方を、サリーネが左右を俺が後方の監視を行う。更にリネアが多機能センサーを監視しているから遅れを取ることは無いだろうけど、やはり遅いよな。
遠くに砦が見えてきた時には、6輪機動車が俺達に手を振ってすれ違った。あっちは1日に4往復が軽くできるんじゃないか?
「やはり、この車は問題よね。軽快が売りみたいなんだけど、こんな大きな荷物を積むと本来の機能が無くなってしまう」
「そうだな。だけど、無理をしなければ何とかなるだろう。3日で彼らの1日だと思えば良い。俺達が参加したって事が大事なんだからな」
レブナン博士に渡した調査機ならばもっと楽に走れるんじゃないかな。あれはキャタピラ並みの走行性能だから、物を引き摺って走るには都合が良さそうだ。
砂漠でも使えそうだし、接地面はキャタピラよりも広く取れそうだな。もう少し、大きな形の機体も考えておいた方が良いかもしれないな。