PH-065 林に砦を作った理由
警戒態勢が解除されたのは、エリー達が帰ってから3日目の事だった。10日近く砦を出られなかったから、先ずは村の様子を見に出掛ける。
今日はネコ族の姉妹も一緒だ。同族が近くに住んでいるのを自分の目で見れば安心するだろう。
俺達はエリーが新しく買い込んできたチノパンに綿のジャンパー姿だ。インナー型の戦闘服を着ていればこれで十分だろう。キャップを被り、サングラスを掛ければ開放型の4輪駆動車に乗ってもゴミが目に入ることはない。
念のために武装はしているが、俺以外は魔法の袋にライフルを入れている。姉妹の銃はカービン銃だ。357マグナム弾を使用する銃らしいが、拳銃よりは当たるだろうし、何といっても20発のマガジンが使える半自動小銃だ。ネコ族だから、MP-6でも自動で発射できないらしい。
腰の装備ベルトには姉さんのリムネアが博士の持っていたトリガーの前にマガジンを入れる弾倉がある拳銃だ。妹のサリネアはこの間エリーが買ってきた拳銃なんだが22口径なんだよな。自衛用と諦める外はないだろう。数年もすればお姉さんと同じ銃が使えるだろうけどね。
そんなネコ族の姉妹は、リムとサリーと皆に呼ばれている。
リムの足はだいぶ良くはなっているが、筋肉が直ぐに付くわけではない。ナノマシンで筋肉組織を活性化してはいるようだが、やはり外すのは秋になるんだろうな。それでも、ちょっと見た目にはまるで分からないまでに改善はしているようだ。
「久しぶりだね。色々お土産を持ってきたから楽しみなんだ。サリーにも教えたから、皆に教えられるよ」
この世界の遊びの文化の伝道者って事になるんだろうか?
エリーの話を聞いて、レミ姉さんが後部座席の俺に振り返って笑い掛けてきた。
15kmの距離は、歩けば相当な距離なんだが、車に乗ればさほどではない。30分も掛からずに、俺達の車は村の北門を潜り抜け、小屋の横に停車した。
先ずは全員で、シスター達にご挨拶だ。
シスター達は俺達を優しく出迎えてくれた。
テーブルに招かれてお茶をご馳走になる。
「そちらの2人がそうなんですね。私も神に仕える身ですからご遠慮はいりません」
そんな事を言って、2人を安心させている。4人をここに残して、俺はギルドに向かう事にした。
ギルドに行くとカウンターのミゼルさんに、ヒラデルとポルネンの球根を100個ずつ渡す。
「だいぶ集めたにゃ。ハンターが3パーティいるから、効率が良いにゃ」
そんな事を言って銀貨と銅貨をカウンターに並べてくれた。銀貨が2枚あるから
また帰りにワインを買い込むか。
「カートリッジが足りないにゃ。レイドラがトメルグさんのところに出掛けて分けてもらたけど、欲しがるハンターが多すぎるにゃ」
「砦に帰ったら、指揮官に話してみますよ。でも、なんで急に増えたんですか?」
「皆が銃を持ってるにゃ。2発目という事で使う機会が増えたみたいにゃ」
最初は通常でってことか。2発目、3発目として持っていたいし、その機会もあるって事だな。素早く装填できるが、値段が高いからな。保険として数発持っていたいんだろう。
「バンターじゃないか! 終わったら、こっちに来い」
俺を呼ぶ声に振り返ると、暖炉にカレンさん達が座っている。俺を手招きしてるのはトラ族のバクトさんだ。
ミゼルさんに片手を上げてカウンターを離れて暖炉に歩いて行く。途中でテーブル席の椅子を持って、彼らが座るベンチの外れに腰を下ろす。
「久しぶりだな。森にイグナスが来ているから、心配していたんだ」
「南からやってきました。俺達の砦の直ぐ東を抜けて森に入って行ったんですが、その後を追い掛けてきた奴が問題です。柵の2倍ほどの肉食ダイナスです」
俺の言葉にやはりと言うような感じで4人が頷いてるぞ。
「ドルティアだ。森の先の草原と、南の森は立ち入り禁止だな。トメルグ殿の知らせでゴラン殿達が確認に出掛けたのだが、やはりやって来たか」
「それで、砦は襲われなかったんか?」
「近づいたところを大型の銃で撃ちました。2発を頭に受けて南に下がったところで倒れたんですが……、デ・ラブートに2晩で骨にされました」
今度は、うんうんと頷いているぞ。どうやら、あの小さいのはカレンさん達の狩りの対象らしい。
「いよいよ狩りの季節だな。そいつらを狙うハンターは多いのだ。だが、群れるからな。単独パーティでは狩れん。10人程のパーティを必要とする。今年は銃を持つハンターが多いから、たくさん狩れるに違いない。お前から貰った2連銃は俺が使ってる。最初に2発続けて撃てるのが良いぞ」
カレンさん達のパーティは全員銃を持つことになったようだ。それでも、カレンさん以外は前装式だから弾幕を張るというわけにはいかないだろう。
「ドルディアを倒せるなら、我らも助かる。東には北の森と南の森があるが、その中間地帯は上級ハンターの狩場なのだ。毎年、腕自慢のハンターがやって来るのだが……、何人かの犠牲者が出ている」
「バンターの仲間が砦を作った話は、ゴラン殿がそいつらにしているからな。場合によっては助けを求めて来るやも知れん。その時は、砦の門を開いてやってくれ」
「準備はできてます。宿はありませんが、小屋を作っておきました。ハンター仲間を見捨てるような事はありません」
俺の言葉に黙って頷いている。
言わずとも分かっているはずだが、何故あえて聞いてきたんだろうな。
そんな俺達のところにミゼルさんがお茶を運んできてくれた。
「マスターが確認を頼んだにゃ。ゴランさんは必要ないと言ってたにゃ」
「何となくわかりました。まあ、マスターの気持ちも理解できます。俺達はハンターになりましたが、この国で生まれたわけではありませんからね。あくまで新参者です。その連中が危険区域に砦を作ったとなれば、疑うのも無理はありません」
「それが、我らにも分からぬところではあるのだ。あえて危険な場所に作る必要があるのか? 我らにとっては願っても無い場所ではあるのだが……」
「2つ理由があります。1つは、あの場所は薬草採取に極めて適した場所です。俺達はあちこち歩き回って薬草を採取しているわけではありません。先ず薬草の種類とその分布を調べます。そうすれば誰もが簡単に薬草を採取できますからね。現在は砦周辺の半R(半レム:約2km)を中心に調査しています。
もう1つが、俺達が少し排他的な種族であるという事です。ハンターである俺達は能力主義ですが、ハンター意外となれば、そうもいかないのが現状です。これは、直ぐにというわけにはいきません」
ちょっと長い話だったかな? タバコに火を点けて表情に乏しい、カレンさんの顔を見た。
「この国の辺境にもそんな連中がいるのは、ゴラン殿に聞いたことがある。人間族らしいが、ゴラン殿を銃で追い返したということだ。バンターは人間族とは異なるらしいが、近い種族なのだろう。確かにあの辺りで暮らすなら、我らを見ることはほとんどないはずだ。それも、あって砦内に専用の小屋を作ったのか?」
「お恥ずかしい話です。『保護はする。砦内の住民と諍いを起こす原因を作るな』という指揮官の沙汰です」
今度は腕を組んで考え込んでるぞ。ミゼルさんまでいつの間にか近くの椅子を持ってきて俺の隣で腕を組んでいる。考えるネコって感じだな。あまりしっくりと来ないな。
「保護してくれるなら問題ないだろう。バンターが村の筆頭の意見を通してくれたのだ。何も我らが砦で暮らしたいわけではあるまい」
「確かに……。村に逃げ帰るには、途中に柵を作ってはあるが、ラブートでは無理だ。1夜の宿を借りれるならまったく問題はない。ところで、小屋の大きさは?」
「このホール位に作りました。真ん中に炉を切って床は板を張りました。寝台はありませんから、床に雑魚寝になります」
ホール並みと聞いて驚いてるな。それが2つなんだが、生憎と片方は工事の連中が使っている。間を垣根で区切っているから、直接顔を合わせる事はないだろう。
「十分だ。北の砦の宿泊施設よりも大きい。2つ以上のパーティが十分避難できる。俺達も明日は出掛けようと考えていたのだ」
バクトさんは今日にでも出掛けたいような感じだな。
「どの辺りで狩りをするかは分かりませんが、北門のトメルグさんを訪ねれば俺達の砦周辺の状況を教えてくれるはずです。もっとも砦周辺の10R(40km)程度でしょうが、狩りの役に立つでしょう」
「トネリが言ってたな。上空から監視をしているようだと……。あの3人にも可能なら是非とも教えて貰おう。そんな人物が村にいてくれるのも助かる話だ」
「ゴラン殿が言ってたな。ゴラン殿と俺達のパーティがいない時は、トネリが筆頭だがあの3人を頼れと念を押していたぞ」
「たぶん、トネリよりもレベルが上という事でしょうね。バンターの例もあるし、バンターの代理として十分とゴラン殿も判断したに違いないわ」
そう言って俺に顔を向けたのは犬族のラグネスさんだ。あの3人のレベルを教えろって事か?
「俺達の先輩にあたる人達です。俺達の属するプラントハンターを長年続けて廃業したのですが、このギルドで再度ハンターとして登録したレベルは、星2つでした」
今度こそ驚いたようだ。全員の目が見開いたからな。
「ゴラン殿が言う通りだ。トネリもさぞかし心強いに違いない」
「だからか? 今朝もトネリがあの爺さんを連れて村を見回っていたな。トネリ達も村を離れて狩りをする。3つのパーティがいない時だってあるのだ」
「マスターも、その時は直ぐにあの3人に知らせると言ってたにゃ」
温和な老人達に見えるんだろうな。俺だってそんなにレベルが高いとは思わなかったしね。
お茶のお礼を言って、カレンさん達と別れギルドを後にした。
カレンさん達がその内、砦にやってきそうだな。
この世界の住人見せられる場所と見せられない場所の区別を早急に決めておく必要がありそうだ。漠然とした考えは持って作ってはあるが、明確ではないからな。