PH-063 イグアノドンの群れ
「シスターもいるから、少し心配してたんだけど、結構上手くやってるみたいだな」
「年寄りだから、村人も構えずに済むわ。それに、ゴランさん達が立寄ってるから、それなりに頼りにできる存在だと思われているみたいね」
高齢の3人を村に置いておくのはどうかと思っていたが、そうでもなかったようだ。
シスター達もそれなりに楽しんでいるみたいだ。小さな猫族の女の子が編み物を教わりに立寄っていたし、一緒にやってきた種族の異なる子供達にキャンディーを分けていたな。その内、一緒に石蹴りなんかで遊びそうな雰囲気だったぞ。
30分程で砦に着くと、車を返しながら保全部の連中にワインを1ビン渡しておく。きちんと整備してくれるんだから、これぐらいはしておかないとね。
3ビンを手元に残して、調理場の女性に残りのワインを渡しておく。明日の夕食にはカップ1杯のワインが付いてくるんじゃないかな。3ビンは2階の警備の連中に渡しておく。非番の時に飲んで貰えればいい。
一回りしてヤグートⅢに帰ってくると、レブナン博士が来ていたようだ。軽く頭を下げて、エリーの隣に座った。
わざわざ訊ねてくるなんて、どんな用件なんだろう?
席に着いたところで、レブナン博士が俺の顔を覗き込むようにして話を始めた。
「別の世界に行ってみない? 全く異なる世界では無くて、この世界の100万年程時代を遡るってことだけど」
「それは何時かはそうなるだろうと思っていましたが、設備が整わないんじゃないですか?
俺の言葉を聞いて、にこりと微笑む。
「分かっているようね。確かに設備が必要よ。その施設をこの砦の地下に作るわ」
そう言って、テーブル脇に仮想スクリーンを展開した。平面図と断面図のようだ。地下は2階構造だが、20m程地下になるぞ。
「避難ハンターの宿舎の片方を工事要員の宿舎に当るわ。問題は、土砂の始末なんだけど、標本採取で出掛けるときに車で捨ててきてほしいの」
大きさは、地下1、2階とも30m×50mで高さが8m……、合計2万5千㎥になるぞ。そんなに捨てると山になるんじゃないか?
「一度に1㎥は捨てられるでしょう? 1日で1パーティ2㎥以上。2つのパーティを使えば5㎥になるわ」
「それでも10年以上掛かりますよ。時空間ゲートを使う手は無いんですか?」
「あっちの世界には運べないから、この世界のどこかに移動するほかに手は無いわ。そこで……」
さっきの話になるんだな。この砦を基点とした時空間移動が可能できるなら、土砂を廃棄するのも容易かも知れない。それが可能なら過去の世界の調査も可能となる。
博士がそれを口にするという事は、小規模な実験を成功させたという事だな。
「どれ位過去に行ったのですか?」
「分かる? 時代は不明よ。向こうの世界の時空間ゲートシステムのプログラミングが、この世界に当てはまるなら、100万年前という事なんでしょうけど、比較できる年代の指標となる生物が分からないわ」
推定という事になるのだろうか? それでも、過去に向かったことは間違いないということだろう。
「試験機の画像がこれよ。位置はここになるわ」
博士が端末を操作すると、画像が切り替わる。
映し出された場所は緑の密林地帯だ。その場で上空に浮かび上がると、やはり密林がどこまでも続いている。北にある山並みには植物が無く岩石が露出しているよだ。
「酸素濃度21%。炭酸ガスや有害ガスも現在とほぼ同じよ。若干、酸素濃度が高いけど、分析値の上での話ね」
「このままの姿で移動しても問題ないという事ですか?」
博士が俺に頷くと、温くなったコーヒーを飲み始めた。
「でも、ヤグートⅢは無理よ。小型になるわ。横2m、長さ5m高さ2mで概念を考えて見なさい。この地下施設ではそれが限度ね」
「直ぐにという事ではないですね」
「もちろん。先ずは土砂の投棄が主目的になるわ。それらを作る為にも地下工事の残土処理が問題になるのよ」
なるほど、最初の土砂を何とかすれば、後は時空間ゲートをゴミ捨て場として使えるって事だな。それなら、牽引車を引いても良いんじゃないかな?
「掘削はギルドの工事部隊がやって来るわ。6輪駆動車の後部に牽引車を付けるから、それに土砂を積み込むからね」
そう言って帰ったけど、保全部の人達も忙しそうだな。
6輪駆動車なら、馬力があるから2tぐらいなら土砂を運ぶのはわけは無さそうだが、恐竜の状況も気になるところだ。それ程遠出はできないだろう。
「明日は、4輪駆動車で良いんでしょうか?」
「土砂の搬出は直ぐではないわ。3日程先になるでしょうね。でも、さっきの博士の話では私達に、この世界の過去に行って欲しいみたいね」
「寸法がだいぶ小さいよ。だいじょうぶかな?」
確かに小さい。って事は長期の調査を考えていないという事だろう。必要最小限の機能を持つ、調査機という事だろう。問題は行き先の状態だ。ジャングルではタイヤは考えものだし、山麓では重心が高いとひっくり返りそうだ。平らな荒地を探してほしいところだな。
「ちょっと変わった駆動方法を思いついたんだ。雪原や砂地、湿原でもなんとかなるぞ」
「湿原はともかく、雪原や砂地では植物が無いんじゃないかしら? でも、湿原なら色々とありそうね。タイヤやキャタピラでは潜ってしまうんだけど……」
あまりそんな場所は調査していないという事だろうか? なら都合が良いな。今年の冬に雪原で試験が出来そうだ。
数日が過ぎると、ギルドの工事部隊がやってきて、車庫の一角に縦穴を掘り始めた。頑丈な牽引車が6輪駆動車に接続され、牽引車の荷台に土砂が積み込まれる。
その土砂を、草原地帯の標本採取に出掛けた俺達が、途中で捨ててくるんだけど、「最低でも10km以上離れて捨てなさい」と言われてもねぇ……。草原と荒地は恐竜のテリトリーでもあるわけだから、多機能監視センサーで周辺情況を確認しながら、走行状態での土砂の投棄となる。荷台を15度ぐらいに傾けて走行すると振動で落ちていくのだが、重心が高くなるからそれ程速度を上げられない。
15分程の作業が長く感じられるんだよな。終った後は、一目散に砦の近くまで退散して標本採取を行うのだが、数本の標本と村で売ることができる薬草を1時間程探して帰ると、荷台に土砂を満載した荷車が待っているんだよな。
「結構急がしいな。夜もできないかと相談を受けたが、さすがにそれは断ったぞ」
夕食後にコーヒーをのみながらアルビンさんが話してくれた。
そんなことをしたら、俺達が参ってしまう。この季節に砦の東10kmは危険な場所だ。何回か、レミ姉さんがラプトルを見つけているし、それ以外の奴だっているはずだからな。
「ある程度できたら、時空間ゲートをゴミ捨て場として使えるみたいですよ。それまでのんびり作業すれば良いのでしょうけど、あの性格ですからね」
「まったくだ。だが、そうなると、一ヶ月程の辛抱って事だな」
それぐらいで勘弁してほしいけどね。俺にはもっと続きそうな気がするな。
砂漠の都市から救出したネコ族の姉妹は、調理場で働いているようだ。姉さんのほうは補助具を装着して歩いているけど、レブナン博士の話では秋には外せると言っていた。
本来は、神に仕える身なのだろうけど、この砦に神を信仰する人なんていないだろうからな。俺はともかくエリーやレミ姉さんは教団施設に長くいたのだから、その辺りの教育も受けたのだろうが、全くそんなそぶりはないぞ。
来春には、本人達の希望があれば村で暮らすのも良いんじゃないかな。
そんなある日。俺達がいつものように土砂を草原に撒き散らしていると、砦から緊急連絡が入った。
「イグアノドンが20km圏内に入ったようよ。それを追って、チラノサウルスが追い掛けてるって!」
「砦に、急行するよ!」
エリーが、突然速度を増した。慌ててレミ姉さんが牽引している荷台を水平に戻す。
飛び跳ねるように車が走っているから、しっかりと口を閉じていないと舌を噛みそうな感じだ。
砦が見えてきた時には、遠くにイグアノドンが駆けて来るのが見える。早く林に入って、身を隠そうというのだろう。群れの数もだいぶ大きいようだ。
砦の上にはすでに警備員が銃を持って待ち構えている。だけど、俺達が危険な状態にならない限り発砲はしないだろう。砦近くでイグアノドンを倒したら、それを食べにチラノサウルスがやったきそうだ。
「ぎりぎり間に合うよ。アルビンさん達はもう戻ってるよね!」
エリーの言葉に、慌てて後ろを見る。俺の後から砦を出た筈だから……。小さく、車が見える。距離は2km程離れているぞ。
イグアノドンの先頭と砦の距離はどれ位なんだ?
「レブナン博士から連絡。『イグアノドンの集団の先頭を駆ける1頭を狙撃せよ』……できる?」
「できなければ、アルビンさん達が巻き添えを食います。東に避難するのも問題がありそうです」
急いで後部荷台に乗ると、荷台の後部に据え付けてある50口径の機関銃のシートを外した。トリガーを引いても3発が発射されるだけだから、連射して倒すのは難しそうだな。
「エリー、イグアノドンの先頭の1頭を倒す。近くまで行って、並行して走れないか?」
「やってみる!」
急ハンドルを切ったから、体が大きく振られた。本当に運転が荒いな。
車の荷台後部の擁壁に足を押し付けるようにして体を保持する。両手は機関銃の銃把をしっかりと握りいつでもトリガーを押せるようにして待った。
どんどんとイグアノドンに近付いて行く。先頭を走る奴の体の縞模様まで見えるぞ。
車の前を横切ったところで、エリーが右にハンドルを切り、後ろから追い掛けるように速度を上げた。
距離、200……150……100。
ドドドォン! 3発の中の1発は曳光弾だ。尾を引いた光がイグアノドンの首に吸い込まれると、もんどりを打ってその場に倒れた。
「飛ばせ!」
グンっと車の速度が増す。銃をしっかり握って弾き飛ばされないようにするのが精いっぱいだ。
これで、少しは時間が稼げるだろう。砦との距離は約3km。チラノサウルスが砦に気が付くかもしれないな。