PH-060 この世界に俺達のギルド?
一応、相手から見えないように隠れてはいるんだけど、潜望鏡のような仕掛けで柵の外を皆が見てるんだよな。これではかえって目立つんじゃないか?
「だいぶ近づいてきたぞ。やはり連中はこの林に隠れて北上してくる草食恐竜を待ち伏せするんだろうな」
「はあ……。だとすれば、そろそろ止まると思うんですが、まだ近づいてきますよ」
「林だからな。少しは深いところにいたいんだろう。だが、砦を攻撃するなら黙っていないぞ」
それは俺だって同じことだが、周囲に配置している自動迎撃システムはいつ作動するんだろう? あれって、設定距離を越えた敵対生物を撃退するんじゃなかったか?
庭には2台の高機動車が停車しており、その内の1台にはレミ姉さんが50口径の機関銃に取り付いている。エリーはMP-6を構えているけど、AK60の方が良いんじゃないかな?
まあ、扉を破られない限り機関銃を使う事も無いだろうけどね。
「おい、どうやら止まったぞ。南を向いているから、砦には気付かなかったのかも知れんな」
ケリーさんの言葉に、柵の隙間から双眼鏡を使って観察してみると、確かに尻尾がこちらを向いている。どうやら4頭のようだな。1kmも離れていないから、このまま待機していた方が良さそうだ。
トランシーバーでエリーに状況を伝えると、ナップザックに何やら詰め込んでこっちに向かってきた。やはり恐竜を真近に見たいんだろうな。
とことこと庭を走って、梯子を上って来る。一応背中にMP-6を背負っているから武装はしてるんだけどね。
「ホントに近くなの? これは差し入れだよ」
そう言って、ナップザックを渡してくれた。中には半分程残っているコーヒーのポットが入っていた。二重構造の真空容器だからコーヒーが冷めることはない。シェラカップに半分程注いで、ケリーさんに渡すと、付近の警備員達もカップを持ってやってきた。
皆でカップに半分程のコーヒーだが、ジッと待ってる時にはありがたい飲み物だ。
「砦にやって来るのかな?」
「まだわからないな。向こうも狩りで忙しいんだから、こっちには興味を示さないと思いたいな」
「そりゃ、また希望的な意見だな。だが、待つしかないのも確かだな」
ケリーさんは、そう言ってタバコを吸う仕草をすると、下を指さした。なるほど……。
「動きが合ったら知らせてくれ!」
エリーに頼みこんで足場から飛び降りた。続いてケリーさんが飛び下りて来る。
「しばらくは待機が続くだろう。とりあえず一服だ。足場の連中にも交代で休ませたいが、あまり離れるわけにはいかんだろうな」
「直ぐ傍ですからね」
ポケットから煙草を取り出すとケリーさんに差し出して2人で一服を始める。俺達に気付いた連中も何人か屋根からおりて一服を始める。
気晴らしにはこれが一番だが、喫煙習慣の無い連中はどうするんだろうな? エリーのようにキャンディーでもなめるんだろうか?
「お兄ちゃん!」
足場の上でエリーが手招きしながら外を指さしている。
「何か始まったようですよ。行きましょう!」
携帯灰皿にタバコを投げ入れるとポケットにまるめて仕舞い込む。急いで梯子を上って柵の隙間から外を眺めた。
「襲うのか?」
「そのようです。前傾姿勢でゆっくりと進んでいますね。林に逃げ込もうとするところを狙うんじゃないでしょうか?」
突然恐竜が走り出した。林の木々等ものともせずに駆けていく。細い木々が何本かへし折れているぞ。相当な衝撃で当たってるんだろう。ちょっと砦が不安になってきたな。もう少し頑丈に作らないと、突進されたら柵を破られるかもしれない。
そんな事を考えている間に、恐竜は姿を消していた。とりあえずは脅威が去ったという事になるのかな。後は、監視を強化しなくてはならないだろうけどね。
ケリーさんに集会場から連絡が入ったようだ。相手はレブナン博士だろう。ヘッドセットで話あっていたが、どうやら結論が出たようだ。
「ようし、警備体制を通常に戻す。バンター、ご苦労だったな。何かあれば、またお願いするよ」
「その時には声を掛けてください。エリー、戻るぞ!」
エリーと一緒に梯子を下りて高機動車に戻る。車庫に入れるまでが俺達の仕事だ。2人に任せて、俺はコンテナを担いで集会場に向かう。標本をレブナン博士に渡すことで俺達の報酬が得られる。
報酬は向こうの世界のカードに追加されるんだけど、どれ位貯まってるんだろう。一度向こうに戻って、カタログショッピングを楽しみたいものだ。
俺が集会場の扉を開けると、主だった連中がすでに集まっていた。担いできたコンテナをテーブルの隅に置くと、レブナン博士が携帯で小型の通信機でどこかに連絡を入れると、2人のラボの女性がコンテナを引き取って行った。
席に座ると、ストーブのポットからコーヒーをカップに注ぐ。テーブルに置いてあった、シュガーポットから角砂糖を2個入れて、カップを回して溶かし込む。
そんな作業をしていると、ケリーさんが集会場に入ってきた。
「これで、全員ね。とりあえず危機は去ったけど、まだカルノサウルスは2kmも離れていないわ。500m以内に近付いたら警報を出すから、今日の持ち場について頂戴。村の方にも近づいたらしいけど、2kmまでは近づかなかったらしいわ。昔に痛い目に遭わされたんでしょうね。それ位の知恵があるみたい」
「恐竜が5km以内にいる間は、砦の外は危険だ。ハンター達は交代で俺の下に付いてくれ。この2階に詰めてくれればありがたい。12時間交代で、最初はガドインで良いな」
新しいハンターだな。やはり俺より年上だ。どうやら俺の順番は明日の12時からになるらしい。3パーティだから12時間交代なら時間帯がズレていくから不公平にはならないだろう。
「以上で、臨時の集会は終わりにするわ。監視要員以外も戦闘準備で待機して頂戴」
レブナン博士の指示に頷くと、ヤグートⅢに向かう。戦闘待機ならば私服でなく戦闘服という事だな。だいぶ暖かくなってきたから、羽織るものは必要ないだろう。一応、ポンチョを丸めておけば良いだろうな。
ヤグートⅢに着くと、テーブルの2人が心配そうに俺を見詰める。
「それ程、危険な状態では無さそうだ。そもそもこの辺りでたまに恐竜を見掛けることはゴランさん達も言ってたからね。まだ近くにいるらしいから交代で見張るらしい。俺達は明日の1200時から12時間の予定だ。戦闘体制で待機することになる」
ベンチシートに座って、俺が簡単に状況を説明すると、2人の表情が和らぐ。それでも、しばらくは仕事ができないのが残念だな。
「エリーも、AK60の方にするよ」
そう言って、壁の銃ラックからAK60を外して、MP-6と交換してる。まあ、その方が良いだろうな。俺もそうしたいが、生憎とショットガンなんだよな。
「確かに、問題よね。その後ろにもいるのよ。草原と荒地が恐竜のテリトリーだと聞いたけど正しくその通りだわ」
テーブル脇の壁に仮想スクリーンを展開して、無人機の画像を見ていた姉さんが呟いた。
「ある意味、恐竜に守られているとも考えられます。村にとってはこの砦は有効でしょうが、この砦を手に入れたいとは思わないでしょう。北に作った砦とは様相が違います」
北の砦は、村のハンターが狩りをする為の避難場所になりえる施設だ。だが、この砦周辺で狩りをする物好きはいないだろう。俺達が薬草専門のハンターの出であるとは話してあるから、他のハンターが出入りしない場所に砦を作ったのも、ある程度この世界の連中には納得できるようだ。村の南は薬草の宝庫だからな。
「たまには元の世界に帰りたいね」
「エリーも行きたいな。色んなゲームを集めてこなくちゃ」
村の子供達と遊ぶつもりだな。あの手作りのボールだけでも結構人気があったからな。ちゃんとした丸いサッカーボールが欲しくなるのは理解出来るぞ。
「たぶん、今年の冬には行けるんじゃないかしら。先ずは年間の生物分布が明確にならないとね。でも、冬は何もないでしょう?」
「そうとも限りませんよ。砦の工事を始めるんじゃないかと思ってます。地上ではなく地下にね」
この世界を基点とした体系図と俺達の世界の体系図に違いがあるのは間違いないだろう。必ずしもこの世界だけで体系図が出来上がるとは思えない。進化の過程がだいぶ違うからな。
となれば、この世界を基点とした平行世界に旅立ってそれらを集めなければならない。そのためには元の世界のギルド施設の時空間ゲート設備を小型版であっても作らねばなるまい。
「ギルドが出来るってこと?」
「たぶん……」
「きっと賑やかになるよね!」
それはどうかな? 表面上の砦の規模は変えないだろう。増員しても30人前後じゃないか。時空間ゲートの維持管理が目的だし、大型の調査機を使うようにはならないだろう。
将来的にこの世界の文化が進んで、砦近くにこの世界の住民が暮らすことになった時には、俺達が立ち去る事になるはずだ。その時に俺達の痕跡を残さないようにする為にも大きな施設にはならないだろうな。
夕食を集会場で取った時にも、近くまでやってきた恐竜の話題で盛り上がっていた。ハンターはともかく、他の連中には恐竜を近くで見る機会はなかったからな。
危険が遠のいたことで、少しハイになっているようにも思える。だけどこれは始まりに過ぎない。春から夏は草食恐竜が餌を求めて北に移動するのだ。それを追って肉食恐竜の動きも活発になる。
そのスキを狙って俺達は標本を採取することになるんだからな。
「あれ?エリーは」
「あの姉妹のところよ。補助器具を装着するみたいだから……」
世話好きだからな。今頃は肩を貸しているのかも知れない。
ヤグートⅢに戻った俺達はのんびりとコーヒーを楽しむ。心配性のレミ姉さんがテーブルの傍に仮想スクリーンを展開して周囲の熱画像反応をジッと見ていた。
しばらく2人だけだから、気になる事を聞いてみようか……。
「姉さん。知っていたら教えて欲しいんですが……」
「あら。改まってどうしたの? 勿論、私が知っているなら教えるわ。今は仲間でしょう?」
そんなことを言いながら、半分程に減ったカップにコーヒーを注いでくれた。
「ハンターになった段階で、ギルドのライブラリーにかなりの範囲でアクセスできました。それは教団施設についても同じなんですが……。なぜ、俺とエリーの記録にはプロテクトが掛かってるんですか? シスターの事故原因なら何となく納得できますが、一介のハンター、それに施設の個人記録までに及んでいるのが納得できません」
しばらく俺の顔をジッと見詰めていた。やがて深い溜息をつくとレミ姉さんが口を開いた。