PH-059 南から恐竜がやって来る
エリーの運転する6輪駆動車が、緑の大地を東に疾走する。
夕食の後に久しぶりのナノマシン注射をされたけど、効能は特に言ってなかったな。俺達には定期的にナノマシンを必要とする体になっているのだろうか? それとも体全てをナノマシン化するための布石なんだろうか?
少し気になってきたけど、俺達の世界の病気や怪我はほとんどがプラントハンターが探してきた薬効成分をバイオテクノロジーで量産して駆逐していっているはずだ。ナノマシンによる身体強化はそれとは真逆な考えじゃないかと思うんだが、実際にこれほど多用するところを見ると、必ずしも植物から抽出された各種の天然物質で全てが上手く行っているわけではないらしい。
まだまだ今だ見ぬ植物から効き目のある成分が抽出されることに期待があるんだろうな。それまではナノマシンによる一時的な対処療法をしているのだろう。意外と、新型ナノマシンの効果を俺達で試しているなんてことはないだろうな。ちょっと、心配になって来たぞ。
「目的地の50km南まで恐竜が迫ってるらしいわ」
砦とトランシーバーで通信をしていたレミ姉さんが後ろを振り返って俺に教えてくれた。
「春だからねえ……。向こうだって、都合があるんだろうな。元々は彼らの領土らしいから、早めに仕事を終えるしか無さそうだ」
「そうよね。私達が邪魔物なんだから、謙虚に行きましょう。ナビでは後5km程よ」
この世界でハンターになった以上、依頼に沿って狩りをすることもあるだろうが、その前にプラントハンターでもあるのだ。狩りはなるべく控えたいし、無用な殺生はするべきではない。先ずは逃げるが基本理念で良いだろう。逃げ切れないときに初めて武器を使うことになる。
「あの姉妹だけど、もうすぐ歩く練習を始めても良いと博士が言ってたよ。パワーアシスト器具を着ければ歩けるって」
「ロボットを着けるのね。あれなら杖はいらないし、転ぶこともないわ。ナノマシンで筋肉を活性化させれば一ヶ月もしないでロボットを外せるわよ」
術後のリハビリ用ロボットがあるのか。杖もいらないとなると、単純な筋肉補助というわけではなさそうだ。とはいっても、この世界の住人には魔道具として扱われるんだろうな。
「エリーも、ちゃんと面倒をみるんだぞ。歩くとなれば、同じ場所ではなく砦をあちこち回ってみるんだな」
俺の言葉に頷いているところをみると、そのつもりのようだ。この世界の住人では初めて砦で暮らすんだからな。
そんな話をしていると、何時の間にか目的地に到着したようだ。エリーがゆっくりと車を停める。
すぐにレミ姉さんが車に収納された多機能センサーを立ち上げて周囲の状況を確認する。無人機で周囲100kmの範囲を1日2回確認しているのだが、ラプトル等の肉食恐竜の中には時速40km近くで走る奴もいるからな。油断は禁物だ。
「周囲500m以内に危険性は無いわ。私が引続き周辺監視をするから、バンター君達は標本の採取をお願い」
「了解。エリー行くぞ。シリンダーは俺が持つ。アナライザーを用意してくれ!」
荷台のコンテナを開いて小型のシリンダーをナップザックに詰め込む。エリーは別のコンテナから銃のように見えるアナライザーを取出してベルトで肩に下げている。5kgはあるからな。腕のバングルとリンクさせているとは言え、アクティブ中性子のよる元素分析をこれ以上小型化するのは困難らしい。
アナライザーの調整を終えると、エリーが周辺を片っ端から走査し始めた。
バングルのライブラリーと瞬時に比較され元素比率が60%以下であれば、その植物の横に5mm程の蛍光球が付いた30cm程の針金で出来たピンを差し込んでいく。俺はそのピンを頼りに植物を掘ってシリンダーに詰めればいいのだが、掘る前に画像を写して置かねばならない。お蔭で段々とピンの数が増えてきたぞ。
手持ちのピンをすべて刺し終えたところでエリーが手伝ってくれる。
20本を採取したところで2時間が経過していた。ここでちょっと休憩を取ることにした。ポットに入れてきたコーヒーをレミ姉さんが配ってくれる。シェラカップでコーヒーを飲みながら、車の荷台に背中を預けて一服を楽しむのは至福の時間だな。
空はどこまでも蒼いし、ヒバリに似た小鳥が高く飛んでいる。南風がそよいでいるがそれ程寒くはない。
「半分は終ったみたいね。昼食時には間に合わないけど、日のある内に帰れそうだわ。今度はエリーが監視して頂戴。アナライザーは私が代わるわ」
そんな事で、休憩後の作業が始まる。車を動かさずに、周囲を廻るだけでこれだけの標本が採取出来る事は驚きだな。
ピンが刺してなくとも、おもしろそうな形の植物は積極的にシリンダーに詰め込んでいく。
「お兄ちゃん。砦から緊急連絡だよ!」
エリーの声に作業を中断して車に戻った。
俺とエリーで道具を片付けている間に、レミ姉さんが砦との交信を行っている。姉さんの顔が段々強張ってくるのが分かるぞ。何かあったのか?
「急いで砦に戻るわよ。中型肉食恐竜が砦に20kmまで近付いてるらしいわ」
「エリー、すぐに戻るぞ。姉さん、砦との交信と周囲の状況を確認してください。俺は、機関銃の準備をしておきます」
6輪駆動車が急発進する。転倒保護バーに設置された、50口径機関銃を包んだ布を取去って軽く試射をしたいが、保護用の布はワイヤーでぐるぐる巻きだから外すのが面倒だな。
ドドドン!
横のコックを引いて初弾を装填すると、軽くトリガーを引いた。3連射できたから問題はないけど、ちょっと発射速度が遅すぎるな。エリーのMP-6のような軽快さは望めないようだ。
「試射はOKだ。その後何か?」
「ゆっくりと北上しているようよ。砦は厳戒態勢。村も門をもうすぐ閉じるそうよ」
トメルグさん達が火縄銃を持ち出してる姿が目に浮かぶぞ。
撃退できたら自信もつくだろうし、村人だって安心できるはずだ。ゴランさん達もいれば、さらに安心だな。
砦にとっては初めての試練になるだろうが警備員だけで10人揃っている。保全部とハンターが1パーティは常駐しているから、そうそう落城はしないだろう。
「かなり知能が高いみたい。数頭の先遣隊が先行してるわ。すでに砦の南方10kmを切っているそうよ」
「集団で狩りをするってことですか? それは脅威ですね」
左右に展開している連中もいるんだろう。後続が追い掛けて前方の3隊が包囲を狭めれば逃げ場を失った草食恐竜を狩るのは容易だろうな。そんな狩りを本能で行っているのか、それともリーダーとなる者がいるのかはレブナン博士達が興味を持ってることだろう。
「エリー、後、どれぐらいだ?」
「後10kmもないよ。20分はかからないんじゃないかな?」
場合によっては先遣隊と接触しそうだな。
「エリー、もっと飛ばすんだ。恐竜と接触するぞ!」
俺の言葉が終らないうちにグンっと速度が増したのが分かる。遠くに見えるぐらいならいいんだが、直ぐ傍で肉食恐竜の牙なんか見たくもないぞ。
「バンター君。右手を見て!」
レミ姉さんの声に、右手を見ると黒い動くものが見える。双眼鏡を持ち出してよく見ると、角が左右に2つあるぞ。カルノサウルスの仲間なのか? 口には鋭い牙が並んでいた。
「距離は3kmもないようですね。俺達を発見したかは不明です」
「残り2kmもう少しで着くよ。あの林の中だもの!」
何とか俺達が先に着きそうだ。一段と高機動車の速度が増していく。
砦の南柵にある門の扉が半分程開いていた。俺達を乗せた車が速度を落とさずに飛び込んでいく。
ギィィィーー!と金属が擦れあう甲高い音が砦の中にこだまして、高機動車が停車する。20m近くスリップ跡が付いてるぞ。車庫が直ぐ目の前だ。もう少しで激突してたかもしれないと思うと、エリーの運転技術を称賛する前に、ゾッとして背筋が寒くなってきた。
「ちゃんと停まれたね。もう少しアクセルを踏んでも良かったかも……」
そんな呟きを聞いて更に身を震わせてしまった。
「バンター、こっちだ!」
怒鳴り声のする方に顔を向けると、警備部の隊長ケリーさんが柵の足場に取り付いて俺に手を振っている。
「エリー門に向かって車を停めて、機関銃を門に向けるんだ。レミ姉さんと待機していてくれ」
「バンター君、これ!」
ケリーさんのところに駈け出そうとした俺に、小型のトランシーバーを姉さんが押し付けた。小さいから胸ポケットに入れておけるな。ライフルキャリアからショットガンのベレネを外して、今度こそ門の右手の柵の上で待っているケリーさんのところに駈け出した。
柵の高さは5mほどだが、地上3mのところに横幅1.5m程の回廊状の足場を作ってある。西側の南北には3階建ての監視所が作られているのだが、中は3人も立てば狭いぐらいだ。多機能監視センサーの設置場所にしてるんだけど、もう少し大きく作っても良かったかもしれないな。
「来たな。あれは白亜紀末期で栄えたやつに似てるぞ。極めて凶暴だ」
「知恵もあるようですよ。草食恐竜の左右にもいるようです」
「砦に興味を示さねば良いんだが……」
そんな事を呟きながらタバコを咥えた。俺も1本取り出して火を点けると、ケリーさんにも点けてあげた。しばらくはここで様子見だからな。
南の門の左右に3人ずつ警備員が張り付いている。北にはアルビンさんのパーティと保全部の有志が柵に取り付いてるらしい。
「奴らには、ここに砦があるとは思わないでしょう。村は知っているかも知れませんね」
「毎年の事なんだろうな。ハンターが20人以上で待機してるらしい。銃を持った村人まで動員しているようだ」
柵から撃つだけならハンターに限らないってことなんだろう。自分達の村は自分達でと言う考えなのかもしれない。ある意味いまだに開拓魂が生きているって事なんだろうな。
トメルグさん達もそんな村人やハンターに囲まれてるんならさぞかし心強いだろう。
この砦では、初めての事だ。村よりも武器は優れているがやはり、恐竜の迫力は半端じゃないだろう。平常心をどこまで保てるかが問題だな。