PH-056 この世界への新たな到来者達
砦に帰ると、集会場に皆が下りたところで、俺は4輪駆動車を倉庫に戻しに行った。
保全部の連中にワインの酒ビンを渡して車を渡す。
「おっ、すまんな。まったく、この世界のワインがこれほど美味いとは思わなかった」
「また買ってきますよ。楽しみにしていてください」
保全部の連中が砦を出るのは限られている。でも、一度は村に出掛ける必要があるだろうな。車や機材の整備でいつも作業衣や体を汚しているから、【クリル】は必携じゃないだろうか? レブナン博士もラボの連中に【クリル】が使えるようにしたいと言っていたな。
集会場に着くと、薪ストーブのところにいたのはレブナン博士だけだった。
ポットからコーヒーをカップに注ぐと、砂糖を入れて俺の前にそっと置いてくれた。軽く頭を下げて礼を言う。
「サリネアの姉さんを見に行ったのよ。手術は成功したから、3日もすれば歩く練習が出来るわ」
「この世界では直すことも出来なかったでしょうから、2人とも喜ぶでしょうね」
「たぶん、大魔導士と認識されるんでしょうけどね」
高度な科学技術は魔法と同じってことなんだろう。直すことも出来ない足を直せたとなるとそうなるんだろうな。
「銃を売った報酬と、カートリッジの代金です。村に俺達の小屋を作ることにしたので銀貨20枚を大工に支払っています」
「あら、銃は全て売らなかったの?」
テーブルに出した小さな革袋を覗いてレブナン博士が聞いてきた。
「村の武器屋ですから、とりあえず5丁という事で……。ゴランさんに3丁渡しています。これは今後の砦の運用を考えれば彼らの協力は必要不可欠です。ギブアンドテイクを考えました」
「村に小屋を作るのもそれにリンクするわけね。そうなるともう一つパーティが欲しくなるわ。私があちらのギルドと調整すれば良いわね」
俺の狙いを理解しているようだ。20kmも離れていないが、村の出城としての機能は十分にある。
村に危険が迫る場合は、俺達ならば連絡する手段があるからな。北からの脅威ならば村から俺達に連絡して貰えば側面を突くこともできる。
北の砦については、ゴランさんが良い手があると前に言っていたから、だいじょうぶなんだろう。
一服しながら雑談をしていると、アルビンさんがやってきた。砦の周辺でライブラリーに無い植物を採取していたらしい。笑顔のところを見ると、それなりの成果があったんだろうな。
「やはり、春の芽吹きは我らの世界ですね。今日1日で、砦周辺でも新種が数種類発見できました。比較率で60%付近の植物も10種を超えています」
「明日は、バンター君にもお願いするわ。報酬は向こうの世界で換算されるけど、こちらの薬草採取もお願いね」
「ならば、明日は村のギルドにアルビンさんと出掛けてきます。依頼書での採取期間は5日ですから、4つほど請け負っても問題ないでしょう」
朝食後に村に向かう事を約束して、俺は集会場を後にした。夕食までには間があるからな。ヤグートⅢで少し休憩しよう。
集会場から調理場に向かう扉を開けると、正面にもう1つの扉がある。その扉を開ければ、大きな空間が広がっており、奥に俺達のヤグートⅢが停まっていた。車体から外に太いケーブルが出ているが、これはヤグートⅢを発電機代わりに使っているからに外ならない。後部にあるエアロックから車内に入ると、途中のシンクの下の冷蔵庫からコーラ缶を取り出して、テーブルに着いた。
直ぐに仮想スクリーンを開いて周辺の画像を確認する。
東のアルドス、南北の恐竜の状況は気になるところだ。
アルドスは飛行船からの映像で確認できる。一度拡散したが、この画像を見る限りでは3つの群れに分かれたようだ。1つは住民を追い掛け始めたし、もう1つは砂漠を北に向かい最後の群れはオアシス都市に戻りつつあるようだ。女王が3匹いたんだろうか? それとも増えたのかは分からないな。砂漠に向かわねば危険はないだろう。
北の恐竜はエリー湖周辺で南進を止めたようだ。群れの主体が草食恐竜なんだろう。それに群れ自体も多くはない。
だが、南から北上してくる恐竜は問題だな。かなりの数だ。途中の芽吹いた草原に広く散ってはいるのだが相変わらず北上しつつある。それを追う肉食恐竜も一緒なんだよな。
まだまだ距離はあるが、100km以内になったら村に知らせてあげよう。この村近辺に来るまでには広く拡散はしているだろうが、彼らの武器で狩れるかは微妙なところだ。
「あら、もう帰ってたの?」
「ええ、姉さん1人ですか?」
マイカップを持って俺の向かい側に座ったレミ姉さんにたずねた。俺の問いにちょっと笑いを浮かべてる。
「そうよ。エリーはあの姉妹に付き添ってるわ。まだ姉さんが眠ったままだから、妹さんが心配してる感じね。手術自体は成功と聞いてるけど、この世界ではそんな事は無かったでしょうから、仕方ないことではあるわね」
「エリーも自分の妹って感じですからね。……それで、レブナン博士にハンターの増員を具申しておきました。やはり、村に1パーティを常駐しておいた方が、何かと便利です。東にアルドス南に恐竜ですからね。この世界の辺境はかなり物騒ですよ。村の存亡はかなり多いのではと思います」
俺達の砦がこの位置にある上で、クルトン村の存在は重要になる。適当に離れているし、村でこの世界の情報も得られるし、【呪文】や食料それに酒やタバコも手に入るのだ。村での生活にはこの世界の貨幣が必要だが、俺達プラントハンターの技術を使えば薬草採取でそれなりの収入が得られるし、この世界の銃に使用するカートリッジを販売することもできる。
ある意味、クルトン村と俺達の砦は運命共同体に近いものがあるのだ。その関係を強固なものにする上でも、村に俺達の仲間が常駐することは必要になるんじゃないかな。
夕食の後で、主だった連中が集会場の薪ストーブを囲んでいるとき、レブナン博士がその答えを俺達に披露してくれた。
「新たに、8人の仲間がやってきます。これでネコ族の姉妹と合わせれば39人になるわ。元ハンターの3人を村の小屋に派遣します。2人が、保全部で3人が新たなハンターよ」
「元ハンターと言うのが微妙だな。老後の務めというやつか?」
警備部のケリーさんが問い掛ける。
「100歳を超えた人達よ。それなりの技量は持っているけど、私達の活動には原則不干渉と言う立場で来るわ。私達の依頼には答えてくれるわよ」
「とんでもねえ連中だぞ。現役の3パーティを上回るかも知れん」
そんな人達なら、俺達の指導もしてくれるんじゃないかな。戦闘技量がイマイチだからちょっと嬉しい人選ではある。
「3人に村での活動は一任するわ。私達はこの砦を中心に活動できるわよ。次の冬までの期間で、生物活動の様子が分かるから長期的な計画も立てられるでしょう」
「そうなると、村の依頼は直接受けることが出来なくなるのか?」
「村の3人に受けて貰って、それを砦に送って貰うわ。本業の合間に依頼された薬草採取はできるでしょう? 3パーティが揃うから、1週間程度なら向こうの世界で休暇が取れるわよ」
俺にはどうでもいい話だが、エリー達は喜ぶんじゃないかな。
そんな話が終わると、皆が帰って行ったのだがレブナン博士は残ってくれた。
「それで?」と言いながら、タバコに火を点けて俺を見ているぞ。
「実は、ちょっとした疑問があるんですが……」
俺の疑問は、この世界の過去と俺達の世界の過去は同じかという事だ。
それを確かめる方法は、この世界を起点とした、時空間ゲートを作ることなのだが、そんな事は可能なのだろうか? 俺達の世界とこの世界は時空間ビーコンでかろうじて接続されている状況なのだ。ある意味起点は向こうの世界になる。
「おもしろい事を考えたわね……。原則的には可能よ。新たなギルド本部をここに作ることになるのかしら? それもおもしろそうね。ギルド本部と調整する必要はあるけど、その将来性をどれだけ本部の連中達が評価するかで決まるわ。かなりの設備になりそうだし、その維持も大変ではあるのよ」
簡単ではないって事だな。それでも、交渉の価値はあるとレブナン博士は考えたようだ。確かにあれだけの設備をこの世界に作るとなればとんでもない工事になるだろうし、その資金だって調達しなければならないからな。
「だいじょうぶ。作るとなれば地下構造で作ることになるでしょうし、表面上はここに東から逃れてきた難民が砦を作っているだけに見えるわ」
「それならいいんですが、この世界の地図が出来て、生物の分布があらあら分かれば、その繋がりを追う上で過去の調査は必要になるでしょう。この世界にだって生命樹はある筈ですから」
「ハンターにしておくのはもったいないわね。そんな大局的な考えを持てる人はギルドでもほんの一握りなのよ。確かに、生命樹までは私も考え付かなかったわ。自分達の世界の生命樹を当てはめていたに過ぎなかった……。新たな人員が必要かも知れないわ」
最後の方は呟くように言ってたな。俺にお休みと言って、自分達の住居に引き上げて行ったけど。一応、この砦の最高責任者なんだから、長期的なビジョンを持って貰いたいものだ。
とりあえず興味があるのは3人の元ハンターと新たなハンターだな。アルビンさんのような気さくな連中だと良いんだけどな。
今夜最後の一服を楽しんで、ヤグートⅢに戻ると、レミ姉さんにレブナン博士の話を伝える。
「そう。となると、やってくる3人は誰なのかしら? 私が知ってる人だと良いんだけれど……」
そんな事を言って、寝台のシュラフに包まったけど、そうなるとレミ姉さんは俺が思っているよりも高齢になるんだよな。確かに昔から施設に今の容姿でいたらしいんだけどね。
数日が過ぎて、いよいよ新たな砦の住人がやってきた。
新たな調査機がアルビンさん達の調査機の西に出現し、保全部の連中はトラクターに資材を積んで現れた。元ハンター達は高機動車に乗ってやってきたが……。
「シスター!」
「しばらくですね。バンター君が一緒なら安心です。エリーも元気そうですね」
そんな話が終わる前に、エリーがシスターに抱き付いてるぞ。
俺達の母親代わりだからな。俺はともかく、エリーにとってはそうだったに違いない。
「積もる話もあるでしょう? 元ハンターの3人にはバンター君達が村の様子と、しごとをレクチャーして頂戴。明日には出掛けて欲しいわ」
「了解です。それでは長くなりますが、概要をお話します」
長い話を始める事になった。この世界に来てからの様子を一応全て話しておくことになるだろう。その方が、村での生活に役立つだろうし、何といっても相手にへんな先入観を持たれずに済む。
それより気になったのが、シスターの容姿だ。相変わらずシスター服を着ているが、高齢に見えるんだけど背筋が伸びている。顔を見なければ老人とは思えないぞ。