PH-053 生存者
俺が暖炉の中の石板を叩くと、仮想スクリーンの黄色の輝点が一瞬動きを止めて、次に一カ所に固まった。更に叩くと今度は全く動かない。
俺をアルドスと勘違いしているんだろうか?
「おお~い。誰かいるのか? 助けに来たぞ!」
今度は石板の隙間に向かって大声を上げる。
すると、輝点の1つが動き出した。残りの2つは全く動かない。更に近づいたところで、もう一度大声で「助けに来たぞ!」と叫んだ。
「ここにいるにゃ……」
石板の奥から特徴のある声が微かに聞こえてきた。「ネコ族?」エリーが俺の隣に潜り込んで暖炉の奥を覗く。
「エリー、生存者確認を報告してくれ」
エリーが後ろに下がったところで、石板の奥に聞き耳を立てながら仮想スクリーンを見ると、ジッとしていた2つの輝点の内、1つが動き出した。もう一つが動かないのが気になるところだ。怪我でもしているのだろうか? そう言えば大きな音がしたんだよな。
「今、開けるにゃ。アルドスはいないにゃ?」
「ああ、遠くに行ってしまった。住人は全て東に向かったはずだが?」
俺の問いは最後まで聞こえたのだろうか? ガタンと石板が奥に開くと、ススだらけのネコの顔が目の前に飛び出してきた。まだ子供だぞ!
「お婆ちゃんとお姉ちゃんが動けないにゃ!」
「案内してくれ。俺が運び出す!」
ネコ族の子供が後ろに下がっていく。
「エリー、下を見てくる。ここを頼むぞ!」
後ろも見ずに伝えると、開いた石板の奥に向かって這って行った。
2mも進むと、大きな広間に出る。小さな階段を伝って下に下りると、そこに3人のネコ族がいた。
一人は年老いた老婆のようだ。毛布のようなものに包まってジッとしている。もう一人はさっきの子供よりも少し年長だがエリーよりは年下に見えるな。かわいそうに、片足が曲がっている。足を折ってそのままにしていたようだな。そんな二人の世話をさっきの子供がしていたのかも知れない。6m四方の小部屋には、木箱が数個にタルが2個あった。金属製のカップが数個置かれていたから、水タルなんだろう。
ロウソクの小さな明りで照らされた中でジッと俺が立っていると、不意に老婆の目が開いた。
「旅人にゃ。風変わりな衣装にゃ……。遠いところからやって来たにゃ」
「ああ、この世界では旅人になるな。確かに遠くからやってきた。直ぐに運びだすぞ。この都市には誰もいない。住民は東に旅立った。後を追ったアルドスは砂漠で群れを解いたようだ」
「私はもう長くないにゃ。さっき階段を転げ落ちたにゃ。この二人を頼みたいにゃ」
そんな言葉を老婆が言うから、二人とも老婆に取りすがっている。その拍子に毛布がずれた。毛布の裏はぐっしょりと血で濡れているぞ。
「タダでお願いすることはしないにゃ。私の手を握るにゃ!」
相当ひどい怪我をしているはずだが、老婆の言葉は力に満ちていた。
老婆の隣に腰を下ろすと、左手を差し出す。その手を毛布から皺だらけの手が伸びてしっかりと掴んだ。
「呪文を2つ。【シロッコ】と【ボンバー】にゃ。おぬしは2つとも持っていないにゃ。【シロッコ】は身軽になる呪文にゃ。【ボンバー】は5つの火炎弾の大型にゃ。威力があるにゃ。【シロッコ】を腿に、【ボンバー】は左腕に刻むにゃ……」
老婆の言葉が終わると同時に、鋭い痛みが左腕と腿に起こる。これで刻まれたということだな。
「後を頼んだにゃ……」
俺の手をしっかりと握っていた手から力が抜けて、床にばたりと落ちた。
「お婆ちゃん!お婆ちゃん!!」
二人が老婆にしがみ付いて泣き始めた。この二人を何とかしなくちゃな。
「行こう、お婆ちゃんに俺はお前達を頼まれた。俺達が暮らす西の砦なら安心して暮らせるはずだ」
そうは言ったが、お姉ちゃんの方は足が悪いんだよな。
「出掛けるよ。お婆ちゃんはここに眠っている。この都市はすでに誰もいない」
おれの言葉にお姉ちゃんの方が小さく頷いた。小さい子供に何か伝えると、子供が木箱の裏からバッグを2つ持ってくる。
2人の大事な宝物なんだろうな。
「お姉ちゃんは俺が運ぶ。先に暖炉に向かってくれ」
そう言った後で、さっき潜ってきた穴のところまで行くと、「エリー、子供が先に行くからな!」と大声で伝える。
「待ってるよ!」と返事が返ってきたところで、子供を先に潜り込ませた。ロウソクはこのままでいいだろう。足の悪い少女を両手で抱き上げると、だいぶ軽く感じる。この穴倉に3日程隠れていたんだろうけど、あまり食事をしていなかったんだろうか?
階段を上ったところで、這って先に進めるか聞いてみた。少女が頷いて俺の腕から離れると暖炉に向かって通路を進んで行く。
その後を俺が進み、最後に石板をしっかりと閉じた。これで老婆の遺体は墓に入ったのと同じだ。暴くものもいないだろう。
俺が暖炉のある部屋に出ると、そこにはレミ姉さんもエリーと一緒に待っていた。2人を毛布で包んで少女はレミ姉さんが抱いて連れて行った。
「なんで皆と一緒に逃げなかったの?」
「あの子の足が悪かったからだ。食料と水は10日分はあった。住民が戻って来るまでは……。と考えていたんだろうな。老婆が一緒だったけど、どうやら階段を転がり落ちたらしい。俺に二人を頼んで死んでいった」
「それなら、私の妹達だね。うん、欲しかったんだ」
エリーは喜んでるけど、種族が違うからその辺りの習慣と言うか同族なら教え合う事をどうすれば良いか迷ってしまうな。砦に帰ったら、レブナン博士に相談してみよう。
それから2人で残りの建物の調査を進める。ようやく終わった時には、すでに日付が変わっていた。
2台の車に皆が集まった時に、改めて事の次第を伝えといた。
後部座席で毛布に包まった2人を興味深く見ていたけれど、アルビンさんは俺の肩をポンと叩いてくれた。
「俺だって保護するさ。この都市に置いとけば死んでしまうのは確実だ。良く見つけてあげたものだ」
「砦に連れては行きますが、将来は二人に任せます」
「そうだな。村で暮らせるまでには砦で何とかしないといけないだろうが、皆協力してくれるさ」
そうだと良いんだけどね。俺達と一緒に行動して、植物採取を手伝って貰おうかな。
準備が出来たところで、車を走らせる。まだアルドスは群れを解いて砂漠に広がっている。いずれ何かを見つけて群れが集結するのだろう。レミ姉さんの話では、この都市から50km付近にまで偵察隊が来ているらしい。早めに去るに越したことはない。
砂漠をひたすら南西に走っているはずなのだが、砂丘を迂回するように斜面を走るからいつの間にか方向が分から無くなってきた。時刻と太陽の位置で何となく分かる気がするけど、俺一人では確実に迷子だな。
ネコ族の少女達に後部座席を譲ったから、俺は荷物の上に敷いた毛布の上に座っている。何となく安定しないから結構スリリングだ。俺が落ちたらエリー達はちゃんと気付いてくれるだろうか?
そんな心配をしながら最初に訪れた都市を目指す。
何度か休憩を取りながら昼過ぎに崩れかかった都市にたどり着く。教会風の建物に向かうと、建物の前に4つの燃料缶が置いてあった。
建物の中に車を停めて、燃料缶からタンクに燃料を補給する。40ℓあれば、十分に砦に帰り着くだろう。車の燃料計は半分以上を示している。
周囲を多機能センサーで探りながら、焚き火を作り夕食を作る。1日以上寝ていないからな。食事が済んだら、順番に睡眠をとらなくてはなるまい。
レミ姉さんから焚き火の番を引き継ぐ。一緒に番をするのはエリーのようだ。
焚き火からポットを下ろして、コーヒーを作って渡してくれる。
「ありがとう。これで、情報を博士に渡せばのんびりできるな」
「そうだね。でも私はあの子達に色々と教えてあげなくちゃ」
早速、姉さん気取りになっているようだ。まあ、俺達が教えるよりもエリーなら色々と教えられるかも知れないな。
「あの二人。姉妹なんだよ。お姉さんの方がリムネア、妹がサリネアと言う名前だって言ってた。代々続く神官の家系なんだって」
「どんな宗教なんだろうね」
「風を神とする宗教らしいよ。自由で奔放。でもそれなりの責任を持たせるみたいだけど聞いてて良く分からなかったな。私達の施設の教団とは少し違うみたい」
風の民って事なんだろうな。自由奔放を奨励するだけでなく、その中に責任があるという事を教えるらしい。まさか、砦に宗教施設を作るとは思えないけど、村の教会に就職することは出来なそうだ。
エリーの話を聞きながら、タバコを楽しむ。エリーもバッグからキャンディを持ち出して楽しんでる。
あまり話し合う事も無かったから、今夜は2人だけで好きなだけエリーのおしゃべりに付き合ってあげよう。
日付が変わって、0300時に全員を起こして、砦に出発する。
砂漠を越えた辺りで一眠りしたいところだが、南からの獣や恐竜の動きも気になるところだ。
「今のところ危険な獣はやってこないと言ってるけど……」
砦と交信したレミ姉さんも悩んでいるみたいだな。
「引き続き、監視をお願いすると伝えてください。場合によっては野営しないで砦に走ります」
肉食恐竜の大型ならば、1日で100km近く移動しそうだ。200kmに今はいなくとも油断はできまい。
夕暮れ近くになって砂に小石が混じり始めた。出発時には気が付かなかった地衣類の群落がいくつも見られる。いよいよ春になってきたようだ。
ここはやはり、まっしぐらに砦を目指す方が良いだろうな。
「本来なら、この辺りで野営にしたいが、本格的な春が近づいてる。村で春には南から恐竜がやって来ると、散々聞かされたし、荒地と草原は彼らの縄張りだ。一気に砦に向かいたいが……」
「リーダーに従うさ。高機動車が優秀でも武器はそうでもない。ラプトルが群れで来られたらどうしようもないぞ。あいつらの駆ける早さは時速50km以上だ」
荒地走行ではこの車は丁度それ位じゃないか? 50口径機関銃の弾丸は120発だからな。数十なら何とかなっても100を越えたらと思うと心配でならない。
「途中、休憩は取るが焚き火は作らない。コーヒーを携帯容器に入れといてくれ、眠らないように濃いやつだ」
俺の言葉に皆が頷くと、ポットでお湯を沸かし始めた。
これから走れば明日の昼食に間に合うかも知れないな。