PH-052 アルドスの大群
西の町と違って、まだこの町には生活の跡が残っているようだ。
人々が慌しく立ち去ったことはあちこちに散らばった家財道具でもわかる。そんな住民の脱出時間を懸命に支えた者達もヨロイや武器、それに急造の阻止線を見れば想像できる。彼等が頑張ったお蔭で、住民達とアルドスの距離が稼げたのだろう。
ゆっくりと通りを車で流しながら、周囲の状況を確認する。上空には飛行船がいるはずだから、事態の急転があれば連絡がある筈だ。
「西の町から比べると、こっちはだいぶマシだな。やはり東西方向の壁に亀裂が入っていたりはするが、それで崩れた建物はないようだ」
「それでも、扉と窓は破壊されているわ。やはりアルドスの群れが通り過ぎたようね」
取って付けたような簡単なバリケードでは数匹なら役立つだろうが、何千匹が相手ではな……。
町並みは碁盤の目のようだ。南北に通りを走りながら左右の家を素早く調査すればいいか。
そんな事を考えていると、いつの間にか北門についた。門の扉は重厚な構えだ兆番が外れて外側に倒れている。その厚い板には無数の噛み跡が残っている。その上門の周囲はまだ乾ききっていない血の海が広がっていた。人間だけではないのだろう。家畜を繋いだと思われる綱が沢山落ちている。ここでも僅かな時間を稼ぐためにたくさんの人が犠牲になったのだろう。
「やり切れんな……」
「まったくだ。全て食い尽くされている」
隣の車からそんな呟きが聞こえてきた。
「東から調査する。通りの左右を1軒ずつ調べるぞ。文化程度の分かる物があれば小さなものは積み込めるが、なるべく画像を残してくれ」
「了解だ。先に行ってくれ。俺達は後続だ」
エリーの肩を叩いて、行き先を指さすと、小さくエリーが頷いて、ハンドルを切る。
小さなバリケードはあるが、アルドスが破壊しているから高機動車を進めるには問題ない。最初の通りに入ったところで車を停めて、俺とエリーが左の建屋に入る。レミ姉さんは直ぐに運転席に移ったようだ。車はアイドリング状態だから、何かあれば直ぐに走り出せる。
家の中は1階は荒れているが、これは台所を襲ったためだろう。荒らされた台所には戸棚の中身が全て落ちていた。陶器やガラス片に混じって穀物の粉が散らかっている。ここでも肉類がターゲットになったようだ。
「お兄ちゃん、鍋は鉄だけどお皿やフォークは真鍮だよ!」
「1セット魔法の袋に入れられるか?」
「やってみる!」
やはり裕福な商業都市だったんだろうな。村で見た食器類とは違って精錬されたデザインだし、陶器には絵まで付いている。俺は小さな絵本を手に入れた。
一旦外に出て、レミ姉さんに調査終了を告げると次の家に入る。
1軒辺り、数分程度で切り上げる。何せこんな家が100軒以上あるのだ。こんな調査だけでも丸1日は掛かりそうだぞ。
昼食はチューブ入りのゼリーと濃いコーヒーだ。眠気覚ましには丁度良い。
上空の飛行船からの情報では周囲20kmに動体反応はないようだ。アルドスの群れは依然として住民を追っているようだ。
「軍の攻撃機が中隊編成で必要になるな。あんなのが砦に来たらどうするんだ?」
「自動防衛システムを導入するんじゃないですか? あれはちょっと問題です。調査機に入っていれば何とかなるかも知れませんが、西の村は全滅ですよ」
「俺達の事を黙認してくれるなら、少しは協力ってやつか? まあ、いずれ中央には知れるかも知れないが、その時は帰れば良いだろうな」
俺達には帰る場所がある。だがこの世界の人達にはこの世界が全てだ。俺達がいる間だけでも、協力してあげるのが、同じハンターの名を持つ仲間だと思うな。
昼食後も、調査を進める。いい加減飽きてきたけど、リーダーという手前、投げ出すわけにもいかないだろうな。
「お兄ちゃん、これって?」
エリーが何かを見つけたようだ。乾いた血の跡にぽつんと置かれた代物は、どう見ても2連の銃だな。ストックがありショットガンに見えなくもない。
手に持ってみると、明らかに鉄製の銃だ。だが、これは前装式の銃だぞ。
やはり東の苦には砂漠の西に比べて鉄を作り加工する技術があるみたいだな。
「エリーの魔法の袋に入るか?」
「これが最後だよ。結構いろいろと入れてるんだから」
エリーなりに資料となるものを集めていたようだ。俺の方にもあまり余裕が無くなって来たから、適当にカバンを探さないといけないかも知れないな。
更に、鉄製の拳銃が出てきた。これは村で使っている青銅製の鉄バージョンだな。俺の袋はこれで満杯だ。
高機動車に戻ると、収拾した品々を荷台のコンテナに収容する。野営用の資材を入れてきたから、前の中身は毛布に包んで荷台にロープで固定しておけば問題ないだろう。
町の半分を終えたところで、今日の作業を終了する。時刻は2000時だ。
スープを温めて、ビスケット風のパンを食べた。
バリケードに使っていた机を壊して焚き火を作りコーヒーを作る。
後は寝るだけだが、どうも不安だな。交代で睡眠をとるしか無さそうだ。
「明日で終了だな。問題は帰る燃料が砦までは無いということだ」
「帰る途中で補給してくれると思います。早く終わりにしたいですね」
俺と焚き火の番をするのはアルビンさんだ。この都市にアルドスがいない事は分かっているが、他の獣がやって来る可能性は捨てきれない。周囲300mの動物の動きが分かる多目的動体センサーでも建物が密集しているこの場所では200m程度のレンジしかないだろう。警報が鳴ってから飛び起きたのでは遅すぎるからな。
タバコを楽しみながら世間話をすれば直ぐに交代の時間が来るだろう。
数時間の眠りから覚めると、鍋のスープが良いにおいを立てている。
まだまだ春には遠いから、朝の暖かなスープは格別だ。
「残り半分だ。遅くとも今夜には引き上げたい」
「そうね。これを見て頂戴。場合によってはその前に引き上げることも必要よ」
レミ姉さんがコーヒーカップを下ろして、仮想スクリーンでアルドスの群れの説明を始めた。
「これが2時間おきのアルドスの群れよ。この都市から逃げ出した住民を追っていたんだけれど、南に誘導されたみたいね。住民との距離はだいぶ開いたわ。誘導している者達は、今朝方連れてきた家畜を砂漠に放したわ。
これがその2時間後の家畜と誘導していた人達の位置よ。家畜の数は約30頭。動きが遅いところを見ると、傷を負わせた感じね。血の匂いをアルドスが辿って来ると考えているみたい。誘導していた人達は真っ直ぐ北に向かったわ。今夜には合流できるでしょうね」
「俺達とアルドスの距離はおよそ1日半ってところなのか?」
「100km程度と言うところよ」
アルドスの群れが家畜を襲えば、周囲は広い砂漠だ。家畜だって四方に逃げるだろう。狩られるとしても時間は掛かる。問題はその後だな。
一旦戻って、住民達の本体が歩いた跡を追うのか。それともこの都市に引き返すのか。砂漠の奥に向かうという事も考えられるな。
どれを取るかは、今夜までには分かるはずだ。
淡々と通りの左右の建屋を二手に分かれて調査を行う。どの家も食料庫を荒らされているようだ。この都市を逃げた人々は、再度ここに戻るのだろうか? 慌しく荷造り舌形跡があるし、高価な物は何一つ残っていない。
見つけた銃はすでに20丁を越えている。どれも通りに転がっていたものだ。このまま於けば錆びてしまうから回収してはいるが、ゴランさん達に渡せば有効に使ってくれるだろう。
夕食を挟んで残りの区域を調査する。夕方確認したアルドスの群れは広い範囲に散らばり始めていた。獲物をどの様に追い掛けるか迷っているみたいだった。
そろそろ終わりが見えてきた時、トランシーバーからレミ姉さんの声が届いた。
「バンター君聞こえる。貴方が調査している建物で何かが動いたわ!」
慌てて仮想スクリーンを展開して状況を確認する。スクリーンに表示された緑の輝点は俺とエリーだ。その外には何の反応も無いぞ。
恐る恐る、各部屋を見て回る。……異常はないようだな。
突然、ガラガラと何かが落ちる音がした。直ぐに展開したままの仮想スクリーンを眺めると、3つの黄色の輝点が点滅している。距離は10mも離れていないぞ。
「お兄ちゃん!」
「ああ、俺も確認した。問題はどこにいるかだよな。今2階だし、この位置なら既に調べている。1階もしくは地下だろうな」
抜き足差し足で階段を下りていく。1階も一応調べてはいるんだが……。
黄色の輝点に重なったが特に異常はない。となると、地下もしくは天井裏って事になるな。
「でも、1階に地下に下りる階段なんて無かったよ!」
「たぶん隠し階段があるんだ。問題はどこにあるかなんだよな。とりあえず、状況を姉さんに伝えといてくれ。心配してるかも知れないから」
どこだ? まったくわからないな。もう一度1階を調べてみると、暖炉の前が汚れているのに気が付いた。
一番目立つところだから綺麗にするのが普通だろうが……。
よく見ると、何かをワザとこぼしたようにも見える。端の方に鍋が転がっているから、スープでも温めていたのだろうか?
急いで食べようとして……。いや、それなら最初から台所で料理するだろう。暖炉の灰になった焚き木の量もそれ程多くはない。
ひょっとして! タバコを取り出して火を点けると、暖炉の中にかざした。暖炉内側の組み石にタバコを近づけると、暖炉の右側の石の隙間から風が入って来る。
ライトで中をよく見ると、やけに奥行きがある暖炉だ。レンガのような四角い石を組み上げて作ってあるが、右側だけは1枚の大きな石が使われている。
「エリー見つけたぞ。どうやらこの暖炉が地下への入り口だ」
非常時のシェルターって事だろう。アルドスには気付かれなかったようだ。手前に料理をこぼしているのは暖炉入口の存在を匂いで知られないためかもしれない。暖炉に火を焚いておけばアルドスだって中を覗くような事はしないだろう。匂いのあるものを燃やしたかも知れないな。
「でも、どうやって入るの?」
「そうだな。ノックでもしてみるか」
エリーの質問にそう答えると、暖炉の中に上半身を入れて、近くにあった太い焚き木で右側にある石板を叩いてみた。