PH-050 廃墟なんだろうか?
広い草原が広がっているはずなのだが、今は枯草の残骸が広がっている。これが次の植物の肥料になるのだろう。俺達プラントハンターにとっては宝の山にも見えるが、それは後一か月も過ぎてからだろう。草食性の獣や恐竜の姿を気にしながらの採取活動はもうすぐやって来る。
前席のトランシーバーが何やら言ってるな。2台あるトランシーバーは片方は砦と常時繋いであるし、もう片方は後ろを走るアルビンさんの車両と繋いである。
「一休みしようと言ってるわ」
レミ姉さんが後ろを振り返って俺の判断を仰ぐ。
「そうだな。出発してから2時間ってところか。そろそろ荒地になるからその前に一休みしよう。エリー、ゆっくりと停めてくれ」
俺達の車が停まると、すぐ横にアルビンさんが車を停めた。
4人が車を降りると大きく背伸びをしている。俺達もそれを見て同じように体を伸ばした。
「どの辺りだ?」
「そうですね。この辺りは草原と荒地の境界付近です。これから瓦礫交じりの荒地になりますから、真っ直ぐには進めません。約30km位進めば少しずつ砂漠に変わっていきます」
「次の休憩は砂漠に入ることになるな」
ポットに入れたコーヒーを飲んで体を温める。タバコを1本楽しんだところで、車に乗り込んだ。ほんの10分足らずの休憩だが、エリーには運転を集中して貰わねばならないからな。
荒地に入ると車の速度が落ちてきた。あっちこっちに大きな石がごろごろしているから、ハンドル操作が大変らしい。それで草原地帯の半分位の速度で進んでいる。時速30km程度と仮想スクリーン上に展開した行路ナビが表示している。
出発して4時間が過ぎた時、遠くに砂山が見えてきた。
エリー達が高機動車の点検を始めたので、俺とアルビンさんは10km程先にそびえる砂山を観察する。
「砂漠は厄介なところだ。あまり、砂丘越えはしないでくれよ」
「谷も問題ですね。なるべく側面を通るように言っておきます。ですが……」
「ああ、それはプラントハンターなら知っている事だが、斜めになって走るからな。少しずつ下がっていくんだ。谷を通るなら砂丘を越えるべきだ」
細かな砂がどこに溜まっているかが問題だ。場合によってはいくら6輪駆動車でも砂にはまり込んでしまう。スコップや脱出用の板も積んであるし、砂漠用アンカーとウインチもあるのだが、基本は砂にはまらない場所を進むべきなのだ。
「出発する!」
俺の声を合図に高機動車に乗り込むと、エリーが砂山に向かって車を進めていった。
ごつごつした石が無くなると、砂交じりの砂利のような土地が広がり始めた。このまま砂の比率が高まって砂漠になるんだろうな。
2時間程進むと、すでに周囲は砂が広がっている。先ほどの小休止でエリーとレミ姉さんが運転を交代した。後ろのアルビンさん達ももう一人の男性と運転を代わったようだ。
砂漠に夕暮れが訪れると、一気に気温が低下してきた。すでに砦を出て10時間近く運転しているのだが、砂漠は速度を保てない。平均時速は20kmを下回っているようだ。
砂漠の比較的平らな場所に来た時、レミ姉さんに車を停めさせた。直ぐにエリーが後ろに連絡を入れる。
2台の車両の間に焚き火を作って今夜はここで野営をすることにした。
「いったいどれ位進んだんだ?」
「丁度、半分ぐらいです。明日の野営はこの都市でとれますよ」
「だけど、誰も住んでいないんでしょう? ちょっと気味が悪いわね」
それは俺だってそうだ。誰もいない都市ってのが信じられないんだよな。だけどサーマル画像で見ても、発熱体が見受けられないとレブナン博士が言っていた。
「都市を見捨てた理由を探すことになります。普通なら……」
「水って事だろうな。だが、2つの都市が同時にとは考えにくい」
「同時ではないわ。もう一つの方は現在進行形で見捨てられているのよ」
そう言ったのは、アルビンさんのところのオリビーさんだ。隣に座ったベンデルさんがその言葉に考え込んでいる。
そんな話をしていると、エリーが食事を知らせてくれた。明日の朝食も一緒にと、大鍋でスープを作っていたらしい。
高機動車の多機能センサーで周囲500mの物体を探知できるが、それに頼ることも出来ない。食事をしながら焚き火の番の順番を決める。
どうやら俺は2番手らしい。早々に高機動車の影で毛布にくるまった。
深夜にエリーに起こされて、俺のくるまっていた毛布に潜り込んだ。
いそいで簡易防寒服を着込むと、焚き火のところに行って、ポットのコーヒ―を飲んで頭をはっきりとさせる。
「どうだ。こっちの暮らしは?」
焚き火の先客はオリビーさんとベンデルさんだ。アルビンさんのパーティは2組の夫婦だ。アルビンさんの嫁さんはアリアンさんと教えて貰った。
「結構良いところですよ。香辛料と調味料があれば天国ですね。争い事はまだ見たことがありません」
「ほう、やはり志願して正解だったな。俺達は引退までここで暮らすつもりだ」
「私達の世界も見習うべきよ。争いが無いなんて信じられないわ」
2人とも退屈していたようだな。それにしてもここで暮らすのは長くなるってことだがだいじょうぶなんだろうか?
「でも、王国制を取っていますし、軍隊もあるようです。とは言え、あまりあの村に来ることはありませんでした。唯一、村の柵を広げるのに工兵隊が一か月ほど駐屯してましたが、俺達はその間北の砦を作ってましたよ」
軍隊の規模や規模についても調査する必要がありそうだな。
そんな雑談をしながら朝の訪れを待つ。
あくる日。朝早くに朝食を済ませ、ナビに従って東南東に進路を取る。
エリーとレミねえさんに運転を任せて、俺は後部席で居眠りをしながらだ。まったく獣の反応はないが死の砂漠ではないようだ。ところどころに獣の白骨は、この砂漠に迷い込んだ犠牲者に違いない。白骨化しているのは、その死骸を食べる者がいるという事だ。
2時間おきの休息で運転者が交代する。昼食はチューブに入った流動食のようなものだ。砂丘を迂回しながら夕方近くまで車を進めると、遠くに石造りの建物が見える。崩れているようだが、何かあったのだろうか。
「エリー、後続に連絡だ。『このまま、町に向かう』以上だ」
「了解。直ぐに連絡するね」
少しずつ、町の建物が見えてきた。かなり被害があるな。やはり地震だったのだろうか?
すっかり日が落ち、車の前照灯だけが町を照らす。
通りにも石が敷かれているところを見ると、栄えていた当時は相当な財力を持っていたに違いない。
瓦礫が通りを行き止まりにしている場所で、俺達の車は停まった。エリーが周囲の確認をしているけれどまったく動体反応は無いようだ。
「誰も住んでいないようだな」
車を下りてきたアルビンさんはAK60を背負っている。
俺達も銃をライフルハンガーから取り出して背中に背負う。高機動車の多機能センサーをそのまま働かせて、焚き火を作り少し遅めの夕食を作り始めた。
「明日はどうするんだ?」
「どこかに高機動車を収容して、2手に分かれて探索しましょう。2人一組で2つノ「チームを作ります。3人は高機動車に残して連絡の中継と、万が一のバックアップを行って貰います」
そんな話を、携帯食で作ったスープにビスケットのような固いパンを浸しながら話し合う。周囲は風の音しか聞こえてこない。それ程時間を掛けずとも調査は済みそうだな。
夜が明けると、町の様子が分かって来る。崩れた建物もあるし、見た限りでは十分に使えそうな建物だってあるぞ。
地震ならこんな被害にはならないはずだ。
少し大きな建物のホールに高機動車を乗り入れて、ここを調査の拠点にする。
「ここって教会みたいだよ。ほら、祭壇もあるし、ベンチも前に残ってるよ」
エリーの言葉に俺達は首を捻る。
確かに似ていなくもない。正面には十字架のようなシンボルもあるし、ベンチがその前に数個並んでいる。
だけど、それは俺達の世界の教会の話だ。あの村の教会はこんな造りじゃなかったし、中央には魔方陣のような模様が描かれていた。
不思議な事にこの建物はこのホールの外には小さな小部屋があるだけだ。数人が生活できそうな部屋にはベッドと台所があるだけだった。
「一応記録しておこう。レブナン博士の作った地図を拡大して、調査した場所と画像の記録を作ってくれ。この町の文化程度、この町の破壊の程度も画像で欲しいな。後は、植物があれば採取しておけばいいだろう。俺とエリーで東側を調査する。アルビンさんの方は」
「俺とアリアンだ。俺達は西を調べよう。ベンデルとオリビーはここで待機してくれ」
俺達が銃を肩に建屋を出ると、レミ姉さん達は高機動車を一旦外に出してバックで建屋に戻している。何かあれば直ぐに飛びだせるようにだろう。
北に向かう通りは建物のがれきで通れないようだ。通りを横切り路地を通って、町の東端を目指して歩き始めた。
「お兄ちゃん。この町変だよ。あっちは大きく壊れてるけど、この家は何ともないもの」
「……だな。映像記録は多い方が良い。変だと思ったら、記録しといてくれ」
エリーも何か気付いたらしい。となると、アルビンさんの方も同じなんだろうか?
30分程して、どうにか崩れた石塀が見えてきた。俺達がやってきた方は完全に崩れていたけど、東側はかろうじて石塀が形を保っている。
だが、路地の突当りは石塀に沿って道が出来ている。崩れた建物はどうしようも無いけど、その隣は何とも無さそうだ。
ベネリを肩から下ろして、バレルの横にライトをテープで巻きつけた。これで構えながら暗がりを探索できる。
「エリー、入ってみるぞ!」
「良いよ。とりあえず、周囲の動体反応に異常なし!」
エリーに頷くと、扉を開けて中に入った。床のホコリで足跡が付く。素早くライトで周囲の壁を観察する。
壁に掛かった額や、棚の小物が皆床に散らばっている。だが正面の額はそのままだ。
地震が濃厚だな。揺れの方向で無事な額があったんだろう。だけど、この家の壁には亀裂が1つもないぞ。隣が潰れているのにおかしな話だ。