PH-005 今度はマッシュルーム?
時空間ゲートから出た俺達は、樹脂製の透明な布で覆われたグリーンハウスのような中に出現したようだ。透明な布越しに俺達を見つめているのは出発した時に世話してくれたお姉さん達だ。
「そのまま、次の区画に進んで頂戴。全裸になってシャワー室へ移動するのよ。全ての扉はこっちで管理しているから、緑に点灯した扉を次々と通ることになるわ。面倒だけど直ぐに慣れるでしょう」
ステンレス製の柱に付いたスピーカーから聞こえてきたお姉さんの話に、エリーと顔を見合わせてしまったが、ここまで来たら仕方がないのかな?
扉を開いて最初の部屋に入った。
5m四方の部屋だ。壁に、ダストシュートの口のようなものが付いている。
そこには、『装備』、『衣服』、『サンプル』の表示が付いているから、ここに持ってきた物を入れるのだろうか?
「右の壁にあるシュートが見えるわね。その区分に従って入れて頂戴。こちらでクリーニングを行うわ。何が付着してるか分からないから、念のためよ」
確かに、戦闘服等にどんなものが紛れているか分からないからな。バイオ事故の未然防止と言うところだろう。
ナップザックを投げ入れ、銃はもう一度セーフティを確認して装備ベルトごと押し込んだ。最後は戦闘服になるんだけど、振り返った時には既にエリーは丸裸になっていた。俺がいることを気にしてないのかな? バカらしくなって、急いで戦闘服を脱いで緑のランプが点灯している扉を開き次の区画に入った。
「足を肩幅に開いて手を横に伸ばして頂戴。水流がきついかも知れないけど、汚れは綺麗に落ちるわよ」
スピーカーが俺達にそう告げる間もなく、天井から数本のパイプが床まで下りてくると、温水シャワーを俺達に全方向から浴びせはじめた。パイプの回転と上下動によってシャワーの方向が変化するから、確かに綺麗になれそうだな。
「姿勢を保って、もうすぐ終わるわ」
今度は乾燥した温風が俺達を包む。今夜は風呂に入らずにこれで終わりにしよう。
3分程過ぎると、俺達を囲んでいたパイプが天井に収納されていき、目の前の扉の上部に緑のランプが点灯した。
次の部屋にはテーブルが1つだけある。その上に真新しい戦闘服が2式乗っている。
急いで身に着けると、反対側の扉に緑色のランプが点灯した。
かなり厳重だな。だけどこれで終わりだろう。扉を開けると、今度は小さな会議室のような場所に出た。
「ご苦労さま。掛けて頂戴。これから少しミーティングをするわ。飲み物はコーヒーで良いかしら?」
「出来ればマグカップでお願いします。それにしても厳重なんですね」
「昔、大きな事故があったの。それ以来、少しずつ管理を厳しくしてるのよ。BC1千万年前なら今のような感じになるわ。それ以前になると、もう少し変わるけど、部屋が増えると理解してくれれば良いわ。装備は、ミーティングが終わるころには引き渡せるはずよ」
マグカップでコーヒーが運ばれてきた。3人でそれを飲みながら、お姉さんの質問に答える形でミーティングが進められる。
「……それで、果実を未成熟と成熟の5つを集めてきたのね。集めるのはライブラリーで示された画像の方、成熟した果実で良いのだけれど、比較研究に使えそうだとラボの連中が喜んでいたわ。適当に集めてきた5種類は4種類が既にライブラリー登録されていたけど、1種類のキノコについては新種になるわ。最初にしては上出来よ」
どれが新種か分からないけど、喜んでくれたならそれで良い。
お姉さんが気にしていたのは、あのイノシシの事だ。一応ライブラリーには登録されているのだが、かなり凶暴な奴らしい。
「44マグナムを持っていて良かったと思うわ。MP-6では力不足だし、ベネリでは至近距離で頭部にスラッグ弾を撃つしかなかったでしょうね」
「危険な動物は多いんですか?」
「派遣される年代ごとに異なるから、あらかじめライブラリーで調べることを勧めるわ」
俺達の勉強不足ってやつか……。だけど過去に向かうなんて考えても見なかったからな。
そんな話を1時間ほどしていると、俺達の装備が金属製の台車に乗せられて運ばれてきた。
「装備が、戻ったわね。それでは、次の採取依頼はこれよ。出掛けるのは明後日。時間は今日と同じに0800時になるわ。あなた達の担当は私、アンジェラになるから、私を探すか、誰かに聞いてくれれば良いわ。では、明後日までゆっくり休みなさい」
そう言って部屋を出て行った。俺達も装備を身に付けると、銃を肩に部屋の扉を開けると、回廊に出た。この回廊は一回りしたところだな。出てきた扉はあの時に疑問に思った扉だ。
俺達はゲート区画を後にして自分達の居住区へと足を運ぶ。
エリーのリクエストで共用区画で夕食を取り、売店でお菓子とジュースを買い込む。次はどんな依頼なのかは部屋に戻ってじっくり2人で考えるつもりだ。そうなるとやはりお菓子は欲しくなるからな。
エリーがお菓子の袋を開けてるのを横で見ながら、俺は仮想スクリーンを展開した。
そこに映し出されたものは……。
どう見てもマッシュルームにしか見えないな。
俺達に科せられた次の依頼は、BC210万年前のキノコの採取なのだが、仮想スクリーンに映る依頼品の姿を見た俺の感想はそんなところだ。
「さっきのパスタに入ってたよね」
「だけど、『グラノアリエ』と依頼書にはあるし、分類番号だって合っているからな。まさか料理の材料ってわけじゃないと思うけどね」
エリーもマッシュルームを連想したようだ。だが、逆に考えれば、意外とその年代には一般的なキノコなのかも知れないな。初心者に探すのが難しい依頼はやらせないだろう。
前回の採取を思い出し、生育場所や特徴をライブラリで検索する。巨木の樹冠部分に生えるなんてことになれば面倒だし、地面の下ってこともありうる話だ。
分かったことは、森の倒木の陰に生えるということと、大きさが握りこぶし位あるということだ。
「今度は、簡単じゃないかしら?」
「いや、難易度は少しずつ上がっていくんじゃないかな? 見掛けが簡単だということは、他に要因があるんだ。この時代の生物で森に生息する連中をピックアップしてくれないか?」
エリーが端末を使って検索を始めた。類人猿はいたはずだ。道具を使い始める前の曙時代だろうな。そんな連中を狩っていた生物が俺達が一番注意すべき生物に違いない。
「色んなのが棲んでるみたい。サーベルタイガーが頂点だし、イノシシに似たものや、狼のようなのもいるわ」
「イノシシはこの間の奴に似ているな。あれにはエリーのMP-6が効かなかったけど、こいつらには効きそうだ。その他には?」
「これ……」
先ずは獣ということらしい。次の画像には爬虫類が出てきた。全長2m程の毒ヘビがいるらしい。
「確か何回かナノマシンや抗体を作る為の注射を打たれたよな。あれがヘビ毒に有効なのか調べる必要がありそうだ」
俺の呟きをエリーがメモしている。一段落したら調べるつもりなのだろう。
そんな感じで、採取先の調査をしたのだが、森はかなり危険らしい。
両生類も毒を持ったカエルがいるし、全長10cmのヒルまでいるようだ。草木も鋭いトゲを持った低木さえあるようだ。
「どうやら、かなり装備を考えないといけないぞ。体を露出するのはまずいだろうな。低木のトゲで手を切らないように手袋は必要だ。それにヒルが降ってくるかも知れないからポンチョのようなものがいるぞ」
「ぬかるみは、コンバットブーツが防水機能を持ってるって聞いたわ。顔はどうしようもないけど、キャップの上からフードを被れば良いわね」
明日は休みということだが、これは次の採取に出掛けるために必要な準備期間と考えるべきだな。今のところはプラントハンターとしては難易度の低い依頼なのだろう。だがそれはギルド側の考えであって俺達の決めたグレードではない。
一緒に教育を受けた連中は上手く依頼をこなしているのだろうか? ちょっとした準備不足や現地での不注意で大怪我をすることは容易に想像できるぞ。
エリーが準備品を購入すべく、売店のカタログを調べ始めた。
俺は自分の端末で、プラントハンターについて少し調べてみる。今朝のゲートには俺達だけだった。確か2千人近いプラントハンターが働いているはずだ。その構成とゲートの運用管理が気になったのだ。
プラントハンターには、ギルドの運営管理に係る部分までかなりの部分が開示されるようだ。このような施設が全部で5箇所にある事が分かったし、プラントハンターが1万人を超えていることも分かった。
プラントハンターは実績によりレベル化され、採取を行う年代が変わる。
俺のTAGを検索すると、レベル3と分類されていた。エリーのレベルも同じだが、これは俺達が教団施設の出身であることが起因しているらしい。俺には記憶すらないが、戦闘訓練を教科に組み込んでいるようだ。このため一般市民がレベル1からの依頼から始まるのに対して俺達は少し難易度が上がったものから始めたみたいだな。
レベル1の採取年代はBC100万年以下らしい。レベル3でBC100万年を超えるようだ。レベル10を超えると、1億年程先で採取することもあるらしい。
問題はプラントハンターの構成比だ。レベル10以下が全体の半数。レベル20以下が残りの約半数。そしてレベル30を超えるプラントハンターは20人もいないらしい。
プラントハンターが減る要因は廃業もあるのだが、圧倒的に事故によるものだ。数を減らさぬように色々と画策はしているようだが、効果がそれ程上がっているとも思えない。毎年1千人以上が異空間ゲートから再び現れることが無いとある。
レベルを上げるのにこだわらずに、地道に採取をしていたほうが良さそうだぞ。
「お兄ちゃん、注文しといたよ。明日の昼には準備できるらしいわ。それと、密閉容器を買っておいた」
エリーの話ではゲートからの帰還後に装備品の洗浄をするらしいのだが、密閉容器内の品については、先方で蓋を開けない限り表面の洗浄だけで済むらしい。使うかどうか分からないものについて、その中に入れておくのは頷ける話だな。
あくる日は休養日なのだが、ゆっくり寝てもいられない。
朝早くエリーに起こされて俺の1日が始まった。今日しなければならないのは発注した品を受取って、明日の準備になる。
午前中に、派遣先の年代を記録した映像をエリーと眺めながら、予習することにした。
広葉樹の森は生物に満ちているが、哺乳類の姿があまりみられない。ネズミに似た獣ぐらいだ。大きさはネコぐらいだから、群れを作っていなければ向こうが逃げるんじゃないかな?
どちらかというと、爬虫類と昆虫が多く棲んでいる。荒地では狩られてしまうような小型の哺乳類や昆虫を食べているようだ。自分に合った狩りをしているようにも思える。これは毒ヘビだって例外ではないだろう。こっちから襲うか不用意に近付かなければ向こうから逃げて行くに違いない。
それに比べて荒地には大型の哺乳類が多く住んでいる。集団で狩りをする狼に似た獣は10頭以上で狩りをするようだ。
イノシシとサーベルタイガーは、彼等の領域に踏み込まねばいいらしい。とは言っても、半径10km程を縄張りにしているようだ。相手がかなり大きくても向かってくるらしいから注意が必要だな。
「真っ直ぐ森に入った方が安心できるね」
「そうだな。荒地は狩人だらけのようだ。前回は森に用心したけど、この時代は森の方が比較的安全かも知れないな」
昼食後に売店で注文した品を受取り、エリーが携帯食料を数個購入した。明日は1日森の中だからな。のんびりとお弁当を広げることができないかも知れない。
エリーが最後に購入したのは徹甲弾だ。弾芯に直径5mm程の鋼鉄製の針が入っているだけの簡易なものだが、果たして効果があるのだろうか?