PH-049 砂漠の都市
パッシブセンサーの固定式ドローンを砦の周囲に6個設置したらしい。距離は1km程離れている。多機能センサーによる動体検知センサーの最大有効距離がそれ位だから、多機能センサーに感知される以前の敵性生物の接近を検知するのが目的だと言っていた。
すでに、日中の長さはだいぶ長くなり、日当たりの良い場所は雪が解けている。緑の雑草も少しずつ伸びてきた。後10日もすれば薬草採取が始まりそうだな。
スノーモービルはお役御免という事で向こうに戻して、その代わりにバギー車が2台新たに車庫兼倉庫に収まっている。砂漠も走れると言っていたが、砂漠には俺達が求める物があるとは思えないぞ。
「この間、村に行った時にはそろそろやって来るぞと言っていました。南は要注意です」
「無人機を200km南まで監視飛行をさせている。千m上空からの監視だから、恐竜の群れが来れば発見できるだろう」
「森の調査はとりあえず一段落ですか?」
「だいぶ資料が揃ったわ。今度は下草になるけど、現在までのこの世界のライブラリーを2人の調査機に転送しておくわ。アナライザーで調査するのが楽になるでしょう?」
1千種以上は調査が終わっているだろう。だが植物の種類は100万種を遥かに超えているはずだ。ここを拠点に活動すれば、系統樹も描けるのもそれ程先ではないだろう。
「次に村に行く時には俺も連れて行ってくれ」
「ああ、依頼書を受けて報酬を貰うか。あの村のワインは結構いけるぞ」
アルビンさんが俺の肩を叩いて集会場を出て行く。
残ったのは俺とレブナン博士だけだ。そんな博士が薪ストーブに乗せたポットから俺と自分のマグカップにコーヒーを注ぐ。角砂糖を2個入れると、トレイからスプーンを取り出してかき混ぜた。
「……見つけたわよ。それも4つもね」
そう言って魔法の袋を取り出すと、タブレットを持ち出した。いつの間にか魔法の袋を手に入れたようだ。
タブレットをテーブルの上に乗せると、地図を表示させた。まだ高低差があまり表現されていない。どちらかと言うと航空写真に近いな。
それでも、グリッドサイズと方角が読み取れるから地図として使えるってことだろう。
「砂漠の向こうに2つ。砂漠の中に2つだけど……。この都市は廃墟になっているわ。この都市もかなり被害があったみたいで、あまり人が残っていないと思う。これを見て!」
東に向かう黒い列が見える。ひょっとして人の列か?
博士が画像を拡大する。そこには、確かに人が歩いていた。
「この都市も見捨てられるみたいね。砂漠の2つの都市が東と西を繋いでいたんでしょうけど、次にこの交易ルートが使われるのは遥か未来になりそうだわ」
砂漠の大きさは東西1千kmもありそうだ。その中間付近に2つの都市が200km程離れて作られている。更に都市を中心とした村の後まであるから、隊商がそれらを結んで荷を運ぶのだろう。
だが、潰えてしまったのだろうか?
「このルートが無くなっても、南に同じようなルートがあるかも知れないわ。でも、私達の到来を偽装するには都合が良いわよ。この都市には誰もいないと思うわ。調査して欲しいのだけど……」
「ですが、俺達だけでは危険がありすぎます。この廃墟でさえ300km以上離れていますよ。それに、あの高機動車で往復できるんですか?」
「改造は任せておいて。アルビン達にも私から話しておくわ。往復6日、予備2日の調査計画を考えて欲しいわ」
改造と言うよりも、新たに持ってくることになりそうだな。往復10日程ならば、高機動車に牽引台車を引いて行けば何とかなるかも知れないけど、荒地はともかく砂漠だからな。
まあ、出掛けるにしても、車の手配が終わってからだ。それは恐竜達が南から北を目指す前に行わねばならない。
とりあえず了承を伝えて、ヤグートⅢに帰る。
今度はレミ姉さんとエリーに話さなくてはならないな。
「エリーは絶対行くよ。宝物だってあるかも知れないし……」
「穀物にサンプルが採れそうだわ。都市を探れば、何故都市を皆が去ったのか分かるはずよ」
2人とも賛成のようだ。小さなカップで飲んでいるワインが効いてるのかな?
「たぶんアルビンさん達も同行してくれるはずです。恐竜が南からやってこないうちに帰って来る必要があります」
「荷造りはしておく必要があるわね。10日分で良いかしら? 武器も標準品は必要になるわ」
「任せるよ。高分解能カメラとアナライザーはちゃんと入れといてくれよ」
古代都市ってわけじゃないから、それほど見る物は無いかも知れないけど、衰退した原因位は分るだろう。
近いとはいえ、2つの砂漠の都市は200kmほど離れている。都市から人が反れる原因は似かよったものに違いない。
日替わりで、砦周辺の植物を採取している日々が続いたある日の夜。
何時も通りの食後のミーティングで、レブナン博士が俺とアルビンさんに出発を告げた。
「高機動調査機の用意が出来たわ。明日の10時に出発して頂戴。期間は10日以内。水は10ℓ缶を6個積んであるし、携帯食料を12日分も一緒よ。乗員は4名だけど、バンター君は3人だから標本シリンダーの中型と小型を積んでおくわね」
その言葉で俺とアルビンさんが思わず互いの顔を見合わせる。お互いに頷くと、急いで集会場を後にした。
ヤグートⅢで俺の帰りを待っていた2人にレブナン博士の言葉を伝えて大急ぎで荷造りを始める。
戦闘服に簡易防寒服があればこの季節なら問題ないだろう。帽子にゴーグルと手袋をすれば服装は問題ない。魔法の袋があるから、普段使うものは弾薬を含めて押し込んでおける。コーヒーの2ℓボトルを入れといた。
翌日。朝食を終えると装備を整えヤグートⅢを下りる。エリー達はちょっと遅れてくるみたいだけど、女の子だからな。色々とあるんだろう。
ベネリを背負って広場に出ると、高機動車が2台停まっている。
確か高機動車は4輪車だったはずだが、ここにあるのは6輪車だぞ。
「早いな。バンターも1人なのか?」
「まあ、男は気楽ですからね」
俺の言葉にアルビンさんが苦笑いで応じると、タバコの箱を取り出して1本咥える。俺に差し出された箱から1本取り出すと、ライターで火を点けてくれた。
やはり、アルビンさんも6輪車を気にしているようだ。
「出発は1200時だったな」
「早めに昼食を取って出掛けろって事でしょう。5時間は走れます」
「砂漠は真っ直ぐ走るのが難しいんだ。今夜は砂漠の真ん中で野営になるぞ」
高機動車の荷台に、焚き木が2束積まれているのはそんな理由なのか? それより、積んである50口径機関銃が何で後ろに付いてるんだ?
「機関銃が後ろにあるのは、俺達がプラントハンターだからだ。俺達は狩りをすることはほとんどない。恐竜が現れても逃げる手立てが第一だな。だが、追ってきた場合は……」
そういう事か。確かにこの世界のハンターとは似てるようでも少し違う。俺達の本業は植物の採取だからな。
「これがそうね」
「ヤグートⅡよりも、速そうだよね」
どうやら。レミ姉さん達がやってきたようだ。アルビンさんも手を上げているところを見ると、彼の仲間も途中で合流したらしい。
「これで、全員だな。今回の調査はバンターが指揮を執る。バンターは前の車を使え。俺達は後ろになる。荷物を積んだら、少し早いが昼食だ。出発予定は1200時だが、先を考えれば早いに越したことはないからな」
プラントハンターとして実績を持っているんだろうな。アルビンさんの方がリーダーにふさわしい気がするぞ。
荷物と言ってもトランク1つだ。いったい何が入っているのか気にはなるが、エリーが後部席の後ろにあるコンテナの間に入れて、ロープでしっかりと固定している。
背負った銃を車のライフルハンガーに固定すれば、後は出発するだけだな。
集会場に行って昼食を取るが、軽めのものだ。これからしばらく揺られることを考えると、あまり腹に詰め込むのは考えものだからな。
その代り、渡された夕食用のお弁当はかなり量がありそうだ。装備ベルトのバッグから魔法の袋を取り出して中に入れておく。
「まだ時間がたっぷりあるわよ」
コーヒーのマグカップを持ってレブナン博士が現れた。
「早く出れば、それだけ早く帰れますからね」
そんな俺の言葉を軽く微笑んで受け流している。
「そうね。10日を考えていたけど、8日で帰ってきなさい。これを見て!」
仮想スクリーンを展開すると、砦の周囲500kmを表示する。まだ全体が掴めていないから、画像を繋ぎ合わせた急造の地図だ。
その南方の一点をポケットから取り出したレーザーポインターで示すと、もう一つのスクリーンを広げて拡大した画像を俺達に見せる。
「草食恐竜の群れよ。少なくとも5千頭を下らないわ。その後ろに肉食恐竜が追っているけど、今直ぐに狩りをするわけではないわ。遠巻きに落伍者を狙ってるんでしょうね」
「この辺りにやって来るのは?」
「まだ雪が残っているから、10日は来ないでしょうけど、20日なら確実よ。北に向かうにつれて群れは分散するでしょうけど、この地にやって来るのは間違いないわ。それに……」
今度は地図の北東にレーザーポインターを移動する。確かあそこにはエリ―が見つけた池があったはずだ。
「小さな湖だけど、発見者の名を付けてエリー湖と呼ぶことにするわ。この湖の最大の特徴は、温水なの。厳冬期でも20度を下回らなったわ。この湖に流れる込む河川があるんだけどそれも温水よ。その源流はこの洞窟なんだけど……」
かなり大きな洞窟らしい。入口だけで20m以上あるんじゃないか。これが話に聞いた恐竜の越冬地ってことだろう。
北に広がる森には南北から恐竜がやってくるって事になる。
「雪が消えれば……。って事ですか?」
「だから、早めに帰りなさい。詳細な調査は次の冬でも可能だわ」
たぶんそれが一番だろう。概略の調査だけでも今は十分って事だな。数か月掛ければ俺達が持ち帰る情報だけでも、都市の廃れた原因位は掴めるだろうし、次の調査の重点箇所も分かるという事だ。
「まあ、早く行くことに俺は賛成だ。バンター、号令を出してくれ」
「行きますか……。それでは、砂漠の都市調査隊、出発だ!」
全員が立ち上がって、オォー! と片手を上げて答えてくれる。バラバラと集会場から外に駆けていく。
「2000時に定時連絡を入れます。問題があればその都度連絡します」
「待ってるわよ。頑張ってきなさい」
俺にそんな言葉を掛けて、肩をポンポンっと叩いてくれたが、俺は子供じゃないんだよな。
俺が外に出ると、すでに全員が搭乗している。俺は前の車だったよな。エリーが運転席でレミ姉さんが助手席だ。俺は後ろって事かな。後ろのベンチシートには片側に2個のコンテナが乗っている。転倒時保護用のバーがあるから、後ろ席なら立ってもだいじょうぶだろう。
後ろの車両を運転するのはアルビンさんのようだな。車はすでにアイドリング状態だ。いつでも出発出来そうだぞ。
後ろに手を振ると、アルビンさんが片手を上げた。
「エリー、出発だ。南に下がって林を抜けたら一路東に向かえ!」
「ラジャー、出発するよ!」
バウン! とエンジンが吠えるような音を上げると、2台の高機動車が砦の門を躍り出た。
エリーはハンドルを持つと人格が変わるタイプなのか?
かなり運転が荒いぞ。慌ててシートベルトを付けると、ドカドカ跳ねるように俺達の車は一路南を目指す。
林を抜ければ少しは少しは振動も納まるだろう。
レブナン博士の長話を聞いていて良かったと思う。昼食後にこの運転なら悪酔いしそうだ。