PH-045 厳冬期の旅立ち
結局一か月以上掛かって、砦は完成した。余った丸太を使って南側と北の柵は横木を数本外と中に取り付けたから強度的にも十分だろう。
「プドランでも出て来なけりゃこれで十分だな。ガロナスだって躊躇するに違いない」
プドランがティタノサウルスでガロナスがティラノサウルスらしい。エリーがチラノと言ってるやつだな。20mを超すような大型の草食恐竜なら体重があるから壊されるけど、数tクラスの肉食恐竜には少しは対応できるって事か?
そんな奴はまだ見てないけど図鑑にはあるんだよな。出来ればお目に掛かれない方が良いんだけどね。
「まあ、それなりに使えそうだ。この砦は10日単位で星1つ以上のパーティを置くことにする。最初はトネリでどうだ?」
「使い初めか? 悪くはないな」
「なら、これがこの砦の鑑札だ。銃弾はそのまま貰ってくれ」
そう言って、ゴランさんがトネリさんの前に銃を1丁と、俺が渡した紙巻のカートリッジを5本渡した。
「銃だけ次の奴に渡してくれ」
「了解だ。俺達も2丁持っている。3丁あればそれなりに使えるな」
「だが、無理はするな。追い払う事に専念しろよ」
今日持ってきた水ダルを2個残しておけば、4人で10日以上は十分に持つ。携帯食料を15日分渡されて、トネリさんのパーティは新たな砦の守備についた。
すでに工兵隊は工事を終えて王都に帰還したらしい。
帰りはゴランさんが引いてきた荷馬車とヤグートⅡの屋根に乗り込んで数時間を掛けて村に戻った。
前と同じ場所にヤグートⅡを停めると、前部席の防弾ガラスをシートで覆う。
報酬を渡すと言うので、3人でギルドに向かうと1人銀貨5枚を受け取ることができた。
「ゴランさん。例の銃弾を持って来たんですが、出来ればギルドで売ることはできませんか? それならハンター限定で売ることができます」
「なるほど……。考えたな。で、数は?」
「100個用意しました」
そう言って、魔法の袋から革袋を5つ取り出した。
「待ってろ。ギルド長と話をしてくる」
そう言って席を立つ。
「お前達も色々と大変だな。東から逃げてくる仲間達を探したいだろうが、東の草原の先にある荒地はダイノスの縄張りだ。あまり期待はするなよ」
「俺達はあれがありましたからね。でも他にもあったはずです」
「確かに、あれが動いた姿を見た時は皆が驚いた。あれなら砂漠を越える事もできたろう。だが、あれを作れる程の連中が逃げ出すのは理由があるのだろう?」
「俺達は地震でこちらに来ました。それまでの場所がどうなったかは不明です」
世間話を装ってはいるが、俺達の内情をしろうとしているに違いない。
こういう時の基本は、嘘を言わないことだ。すべて話す必要はないが嘘がバレると、全てがぶち壊しになる。
俺達がこの村に来た方向は東からだ。砂漠を越えてきたとは一度も話していない。仲間が何とか来るかもしれないが、来る場所は俺達が最初に遣ってきた場所にすればつじつまが合う。
「地震はこの辺りには滅多にないからな。だが、西の王国で大きな地震があったときには大勢の人間が犠牲になったようだ。ダイノスなら避難もできるし、相手になることも可能だが、自然が相手ではどうしようもない。砦を作る程度ならこの村のギルド長とゴランが了承すれば十分だ。お前達のような連中なら俺は賛成だな」
「あまり期待されても困ります」
そんな俺の言葉を、鼻を鳴らしながらレイさんが笑っている。
「話を付けてきたぞ。売値は少し上げるそうだ。5発で30C。バンターへの支払いは25Cということだ」
テーブルの上に銀貨の詰まった袋がポンと乗せられた。ゴランさんに頭を下げてその袋をバッグに詰め込む。
「それ程売れるものではないだろうが、少しは常備量を増やしたいと言っていた。更に100個を作ってくれ。カウンターの娘に渡せば良いと言っていたぞ」
「ありがとうございます。仲間が増えても食料に苦労しないで済みそうです」
「そうだ。俺達のこの銃弾はお前から直接購入で良いな。1発10Cとカレンにも伝えておいた」
そこまで高くすることはないだろうが、多用されても困るからな。ゴランさんに頭を下げることで、了承を告げる。
「雪が積もったら、東に行ってみます。運が良ければ仲間を見つけられるかも知れません」
「厳冬期はダイノスは活動しない。だが、獣はそうではないから気を付けて探すのだぞ。あの乗り物なら雪の上でも動けるのだろうが、食料の予備は十分に用意しておけよ」
ゴランさん達も冬場はソリを使って山麓にカモシカに似た獣を狩ることになるのだそうだ。毛の長い鹿に似た動物が引くらしいけど、その獣が肉食獣に襲われることもあるらしい。かつての自分達の経験から冬場の活動は食料が大事だと教えてくれたんだな。
ギルドを後にしてヤグートⅡに帰ると、エリー達が荷造りを始めている。気が早いと思うけど、すでに時空間ゲートの大きさは1m近い。持続時間は5分にまで延びている。
「雪が降ったらと言ってきたよ。場所は最初に来た林だよね」
「それで良いわ。すぐにもレブナン博士が来たがっているけど、ここではチョットね」
東から来たと言い訳ができないからな。それにそれ程先では無さそうだ。遠くに見える山系は真っ白だし。空だってどんよりしている。後、10日もすれば銀世界になりそうだ。
「時空間ゲートの大きさを、これ以上大きくはできないわ。早くに移動したいところだけど……」
「冬は長いですから、それぐらいの期間は我慢しましょう。食料は買い込んでありますし、村人に不信感を抱かせるのは避けるべきです」
それに、これ以上いろんな物を送ってこられても困るんだよな。車外保管庫まで満杯になってきたぞ。
そんな話をして数日後、北からの強風と共に雪が降ってきた。それも最初から吹雪のような雪になってしまった。
この季節のハンターの仕事は、狩りがほとんどだ。村の外に出られないハンター達が大勢ギルドにたむろしている。
雪がひどい中を俺一人ポンチョに包まってギルドにやってきた。暖炉近くでゴランさんを見つけると、東に出掛けることを伝えた。
「この雪だ。獣も動かんだろうが、気をつけて春まで暮らすんだぞ。春になれば再び薬草採取ができるからな」
「ありがとうございます。少し広範囲に調べてみます」
あまり話すとボロが出そうだ。「今夜発ちます」と告げてギルドを出る。食堂でお弁当を買い込み、次に北門に向かった。
すでに通りは数cmも積もっている。深夜までには30cmぐらい積もるんじゃないかな?
ヤグートⅡに戻る前に、門の右手にある番屋に入り、門番に酒を1ビン届けた。
「済まんな。いつもお茶をご馳走になってるのに」
「こんな吹雪の夜に門を開けて貰えるんですから、これぐらいは……」
火酒の値段は1ビンが20Cとそれ程高価ではないが、冷えた夜に門の番ををするのだ。チビチビ飲む分には丁度良いだろう。
ヤグートⅡの前部に掛けたシートや後部に作ったターフなどはすべて撤去してある。
いつでも出掛けられる準備はできているみたいだ。
「戻りました。外は凄い吹雪ですよ」
「ご苦労様。キャタピラ仕様だから、問題は無いわ。キャタピラの幅も設計計算値より5cmも広いのよ。馬力は十分だし、吹き溜まりに潜っても抜け出せるわ」
「届けてくれた?」
「ああ、ちゃんとミゼルさんに頼んでおいたさ。一掴みは渡したけどね」
エリーに頼まれたものは、キャンディーだ。ギルドのお姉さん達に頼んでおけば子供達に分けてくれるだろう。
早めに食事を済ませて、コーヒーを飲みながら夜を待つ。車内は暖かいが、外の吹雪は益々ひどくなってきたようだ。
2100時、防寒装備を整えてポンチョに身を包んだ俺が外に出た。
毛皮に内張りされた帽子を被りゴーグルを掛ける。トランシーバーのヘッドセットを付けておけばエリーと交信ができる。
「後方は誰もいないよね?」
「ああ、俺だけだ。ゆっくり下がりながら門に頭を向けるんだぞ!」
「だいじょうぶ。任せといて。それじゃあ、動かすよ!」
人が歩くよりも遅い動きで、ゆっくりとヤグートⅡが右手にバックを始める。カタカタと言う音で門番が番屋を出てきた。
「出掛けるのか。この吹雪でだいじょうぶなのか?」
「だいじょうぶですよ。たまに帰ってきますから、その時は門を開けてください」
「ああ、冬だからな。直ぐに開けてやるぞ」
やがてヤグートⅡが門に向かって停まると、門番がもう一人の門番と一緒に門を左右に開いてくれた。
2人に手を振ると、エアロック室から車内に入る。
「エリー、出発だ。最初に到着した場所に向かうぞ」
「吹雪がキャタピラの跡を消してくれるわ。真っ直ぐ向かってもだいじょうぶよ」
前部席に座ると、防弾ガラス越しに見える風景を見る。前部照明灯を点けても見えるのは真っ白な吹雪だけだ。
一応エリーはコントロールスティックを握ってはいるが、自動航行装置を使っているに違いない。
吹雪で20m程の視界の中、時速10km程の速度で進む。この調子なら2時間も掛からないんじゃないかな。
「いよいよね」
俺のシートを掴んでレミ姉さんが前方を見ている。まだ草原地帯だから何も見えないんだよな。
「ええ、吹雪が止み次第、レイドラ博士達を受け入れる事になります」
「でも、このヤグートⅡを返しちゃうんでしょう。ちょっと、もったいないな」
「少し大きくて居住性の良い機体を送ってくれるそうだ。荷卸しも大変だぞ」
ゲーってエリーが声を出してる。
「そうね。大型が2機に牽引台車が2台。それを送って来るんでしょうけど、工事期間中は更に牽引台車と重機が来るはずよ」
重機が来るんだったら、穴掘りや伐採をしないで済みそうだな。
だけど、砦の住人は30人以内としても、工事期間中は何人やって来るんだろうな。
それに、プラントハンターギルドには整備員はいたけど、土木作業員っていたんだろうか? かなり変てこな砦が出来そうな事はないよな。