PH-044 北の砦と東の砦
ゴトゴトと揺れるヤグートⅡの上にはカレンさん達と俺が乗っている。数台の荷車を連結して引いているから、人が歩くほどの速度ではあるのだが、荷車を引く手間が無いだけハンター達は喜んでいるようだ。
屋根の上があまり平らじゃないんだけど、ヤグートⅡの屋根にロープを張っているから、そのロープに自分達のベルトを別なロープで結んでいるようだ。3m以上あるからな落ちてキャタピラに巻き込まれたりしたら大変だ。
常に一人をブリッジに立たせているから、周囲の見張りも万全だ。もっとも、ヤグートⅡの動体検知センサーは周囲500mをカバーできる。いらないと説明したんだけどカレンさんが無理やりやらせてるんだよな。まあ、歩いているハンター達には、周囲を見張ってくれているという実感が持てるらしい。周囲を気にせずに歩けることを喜んでいるようだ。
「これが動くとは思わなかった」
「これでなら東の砂漠を超えるのも出来るだろうな……。王都の自走車もこれほど大きくは無かったからな」
自走車? 自動車みたいなものだろうか? すでにそんな乗り物があると言うのが驚きだ。だが、それほど普及はしていないんだろう。秋に王都から来た商人達も荷馬車だったからな。それ程荷物が積めないんだろう。
「どのあたりに作るんだ?」
「森に行っただろう? あの時、森に入った場所だ」
村から20kmってとこだな。あまり離れていても問題だろうし、それ位で良いのかもしれない。
早朝から歩いているから、もうそろそろって感じだな。遠くに見えてきた林が目的地って事だろう。
昼過ぎに目的地に着くと、急いで縄張りを始める。俺はヤグートⅡのブリッジで、ネコ族の男と一緒に見張りを仰せつかった。
レミ姉さん達は、他のハンターの女性と一緒に焚き火を作り、大きなポットを乗せている。村を出る時に1人お弁当を2個貰っているから、昼食と夕食はお弁当になりそうだな。
エリー達と見張りを交代して焚き火の周りに集まると、トネリさんが役割分担の説明を始める。
大きく3つだな。森で柵を作るための木を伐採をする者、縄張りに沿って溝を掘る者、荷車を解体してヤグートⅡの周りに障害を設ける者達だ。
俺は森の伐採の警備担当になった。警備は俺達とカレンさん達が交代で行う。
「だいたいそんなとこだ。夕方までに10本以上は切り倒したい。それじゃあ始めるぞ!」
斧を担いで森に向かっていく者達の先頭になって俺と姉さん達は歩き始めた。姉さん達はAK60だし、俺はベネリを持っていく。人命が掛かってるから十分に注意しないと……。
コーン、コーンという斧の音が森に響く。
10人に満たないハンターの周囲をベネリ片手にゆっくりと周回する。子犬以上の大きさであれば周囲200mは探知可能だから、それほど張りつめて見張る必要もないんだろうけど、万が一って事もあるからな。
4時間程掛けて午後の作業を終えて、数本はヤグートⅡのところまで運びあげた。分解した荷車の車軸を使えば数人程度で2本まとめて運ぶことができる。
ヤグートⅡはそれ自体が砦になったようだ。森に平行に停車したから前と後ろに数本ずつ杭を打ち、何本ものロープで柵が作られている。荷車の解体品も並べられてロープの柵を補強している。更に数本の丸太も杭に結ばれたからかなり頑丈だな。
ヤグートⅡの出入りはブリッジのハッチになってしまったが、姉さん達は中で周囲の監視をしながら、レブナン博士と連絡を取り合うのだろう。
俺はみんなと一緒にヤグートⅡの外で眠ることにする。他のハンターの女性達はヤグートⅡの下で休むようだ。地上高さは70cm程あるからキャタピラの間で数人なら横になれるだろう。
日が暮れたところで焚き火を大きくして、夕食を取る。明日からは携帯食の食事になるが、3日おきにゴランさん達が荷馬車で必要な品を届けてくれることになっているようだ。
食事が終わると、見張りを残して早々と横になりだした。姉貴達が一晩中見張ると言ったのだが、トネリさんが焚き火の番を割り振った。犬族と人間族の男と俺の3人が最初の見張りだ。例の星の位置で時間を知る、小さなコンパクトのような仕掛けを持ち出して俺達に交代の時刻を指示するとトネリさんも焚き火の近くで毛布にくるまった。
「俺も持っているから、俺がたまに見ておくよ」
「しかし、人間族はそんな仕掛けが好きだな。他の連中も持ってるぞ」
「習性なんだろうな。お前も持っているのか?」
人間族の男が俺に聞いてきた。
「俺の仕掛けはこんな形だ。ここにある針の位置で時刻を知るんだ」
「ほう……。やはり国が違うといろんな物が別になるんだな」
人間族の男が感心しているが、欲しいとは思わないようだ。今の持ち物で満足しているんだろう。
タバコを楽しみながら、狩りの話を聞いたり、俺達が珍しい植物を集めるハンターだと聞いて、そんな植物が生えている場所を教えてくれたりと、時間はどんどん過ぎていく。
4時間程の見張りが終わると、俺達は焚き火の近くで横になった。
砦の柵を作るための溝掘りで10日も掛かった。やはり青銅製のスコップでは強度に問題があるな。
溝が出来ると、切り出した丸太の根元を1m程度焚き火で炙り表面を炭化させる。これで腐るのを遅らせることができるのだ。
それが終わると丸太を立てて並べるのだが、中々垂直に立てるのは難しいものだ。数本並んだところで青銅製のカスガイで連結させる。
3日おきに2台の荷車でゴランさん達のパーティが荷物を運んでくれる。一番必要なのは水ダルだ。二十数人が使用する水の量は1日で50ℓぐらいになる。水ダルは60ℓぐらい入るとレミ姉さんが計算していたから一度に運んでくる4タルで十分賄えるはずだ。
来るたびにお弁当も運んでくれるから、携帯食料に飽きた俺達にも都合が良い。
「工兵隊がやってきた。明日から村の拡張工事が始まる。少なくとも2か月は掛かるだろう。工兵隊が帰るまではここにいろよ」
そんな事を俺達に告げて村に帰って行った。
「ゴランさんは王国といざこざを起こしたくないみたいね。私達の事が知れたら、確かに問題化も知れないわ」
「俺も、そう思います。あまりこの世界と接点を持たずに仕事をすべきでしょうね。とは言え、全く村との関係が無かったら今頃は食糧不足に陥っていたはずです。その恩義を返す程度に考えていれば良いでしょう」
「エリーも賛成だよ。あの村で暮らしていったい何人のハンターが亡くなったと思う? 6人だよ」
エリーと一緒に遊んでいる子供の中には、親を亡くした子供もいたようだ。それはハンターだけではない。村の農夫達だって獣や恐竜の被害に遭っている。
あまり大きく物事を捉えずにゴランさんの手助け位の事を考えていれば良いと思うな。
10日も過ぎると、南側の柵が終わって北側日の柵を作り始める。丸太を切る部隊と柵を作る部隊とに分かれて作業を交代しながらひたすら砦を作る。
「北が出来たら南の東を作れる。砦に家を作れるぞ」
カギ形に仕上がった柵を見てトネリさんが呟いた。
家を作るための板はだいぶ村から運ばれてきた。意外と短時間に仕上がるんじゃないか?
時空間ゲートの試験は前席ではなくて、エアロック室を使って行った。
前席とのカーテンを閉めて、後部席にもカーテンとベッドマットで遮光するんだから、めんどうこの上ない。それでも、森から集めた植物をたっぷりとシリンダーに詰めて送り込む。向こうからは、ショットガンの弾丸と彼らの使う銃のカートリッジが送られてきた。200発も送って来たけど、そんなに必要だとは思えないんだよな。
「これ、どうしましょう?」
「ギルドに販売を頼んだら? ギルドに売上代金を少し払えばやってくれるよ。きっと!」
エリーの提案にレミ姉さんが頷いている。その辺りの対応はゴランさんに頼んでみるか。
時空間ゲートの大きさは直径50cm程まで広がってきた。かなり順調だな。俺達専用の砦を作るのが早まるかも知れないぞ。
「これがこの世界の拠点だと言ってるわ」
レミ姉さんが仮想スクリーンを開いて、拠点の3D図を見せてくれた。
ヤグートより2回り大きな機体が4機横に並んでいた。良く見ると両側の2つが調査機で真ん中の2つの機体は少し違ってるな……。
「両側は大型調査機ね。真ん中が牽引型の移動式ラボと居住区らしいわ。調査機の片方には私達が乗ることになるわ。もう片方には他のハンターが来ることになるはずよ」
「ゴランさんからハンターが泊まれるようにしてほしいと頼まれてるけど……」
次の画面にスクリーンが切り替わる。
4機の機体が木造の平屋に収納され、その周囲に丸太の柵が作られる。砦の大きさは東西が80m南北が50mの大きなものだ。平屋の隣に2階建てのログハウスが作られ、その屋根の高さは周囲の丸太の柵と同じになっている。
俺達の建造物は東側に作られ反対側に一辺が6m程の平屋が2つ立てられている。中は板張りで中央に炉が作られていた。これが砦に避難してきたハンターの宿舎って事だな。
見た目は大きいけど、砦にいる人員は20人を越えないんじゃないか?
このような簡単な構造で大型恐竜に対処できるのか?
「かなり脆弱な施設な気もしますね」
「ええ、見掛けはね。この施設を守る警備員は別に1個分隊を派遣するそうよ。施設はこの世界と同じように作らないと誤解を招くわ。警備員は元プラントハンターだから戦闘能力はかなり高いわよ」
元プラントハンターって事は、草木を集めるって事に魅力を感じなくなった人達なんだろうか? アナライザーで1つ1つ探せば良いんだろうけど、ある程度は勘が左右するところもある。そんな勘が少しずつすり減るのだろうか? その限界を感じる時プラントハンターから足を洗うんだろうな。レミ姉さんもある意味引退したハンターだったのだろう。レベルが高いのに俺がリーダーをしているのはそんな理由なんだろうな。
「これは?」
画像の中にある小さな箱のようなものを指さして、姉さんに聞いてみた。
「機動車よ。数人は乗れるわ。重さは2tだけど50口径の機関銃を乗せているわ。これがこの施設の切り札になるわ」
ジープみたいなものか? 3台あるのか……。