PH-043 俺達からの贈り物
麦の取入れが始まるころになると、村のハンターの数が更に増えてきた。今では百数十人というところだろう。その内、3割が獣を狩り、残りの大部分が薬草を採取している。
食肉用の獣が山麓から下りてくるようで、南門の広場には食肉買取り業者達の荷馬車も並び始めた。
薬草買取りの荷馬車と合わせると10台を超えているし、報酬を得たハンター達を相手にする簡易な屋台まで出ているぞ。
だけど、もう少し広場を大きくしないとダメなんじゃないかな。毎日村に出入りする荷馬車の身動きが窮屈そうで、御者の怒声が度々上がっているぞ。
一回りどころか二回りほど大きくしても良さそうに思える。
その辺りの話をゴランさんに聞いてみると、やはり村長とギルド長も考えているようで、村の柵を広げる計画があるらしい。
「東の水路を村の中に取り込むつもりのようだ。半K(ケム:100m)程東に柵を広げるらしい。秋の終わりには工兵隊がやって来るだろう。村から徴税する以上、村の陳情を聞くことも王国の務めだな」
砦は、ハンターの便宜を図ることになるから、国の仕事にはならないらしい。税金の対象外って事だな。これはハンターギルドの仕事だから、ギルド側が仕事の手配をするそうだ。と言っても資金を出すだけで、後の作業はゴランさんの手腕が問われることになるらしい。
「お前のおかげで、俺の実績が積まれることになる。種族の連中にも発言力が強まることになる。これも借りとして覚えておくぞ」
「でしたら将来的には、森の南側の林近くに俺達の砦を作っても良いでしょうか? 新たな仲間が集まって来るかも知れません。俺達のようにちょっと変わった連中ですし、使う武器が強力ですから、村で暮らすには何かと問題が起こらないとも限りません」
「砦とするなら、国の関与がなくなる。だが、ハンター資格を取る必要はあるだろう。森の南と西に砦があるなら、ハンター達も喜ぶに違いない。出来れば10人程のハンターが避難できるような砦にしてほしいものだ」
筆頭ハンターが了承してくれたなら、ギルドとしても賛成してくれるだろう。ゴランさんの話では、森の南端は南東からやって来る恐竜の通り道に当たるらしい。食肉として利用できる恐竜も多いのだが、それを追って大型肉食恐竜まで来ることがあるそうだ。あの林に潜んでいた時に、ハンターを見掛けなかったのはそういう裏があったんだな。
その夜。レミ姉さん達に今後の事を話してみた。
上手く、俺達の世界に帰れるとしても、それはいつでもできる事だ。その前にこの世界をとことん調べてみるのもおもしろそうだ。
「そうね。レブナン博士はやって来るみたい。長期的な調査をしたいと言ってたわ。ラボの何名かを連れてきそうね。人選をもう始めているそうよ」
「エリーもこっちの方が良いな。子供達もなついてるしいろんな種族の子がいるんだよ」
「一応、ゴランさんの内諾は得ている。場所は最初に俺達がこの世界に着た場所だ。俺達が東からやってきたと思っているから、新たな仲間が増えてもそれ程疑問に思われないと思う。とは言え、精々20人以下って事だろうな。それと、砦を作るなら10人程のハンターが避難できるようにしてくれと要望されたよ」
「その辺りの話もレブナン博士に伝えておくわ。母艦を移動するような事を考えてるみたいだから」
それはちょっとだな。ヤグートⅡと同型機を2機ってところだろう。あまりにも異様な機体はこちらの連中に不信感を持たれかねない。
「本についてはあるそうです。雑貨屋で取り扱っているそうで、3冊購入してきました。2冊は文字の練習用と算数の本ですね。教会のシスター達が教えてくれるそうです。残り1冊は季節の暮らしと言う子供向けの絵本ですね。1冊5Lですから、かなり安いですよ。王都には本屋もあるそうです。銀貨5枚分の本を頼んできました。どんな本が来るかは不明です」
季節がら荷馬車の往来が多いから、10日も掛からないらしい。本の目録も送ってもらえそうだと言っていたな。
「印刷技術が発達しているって事かしら。写真製版では無さそうだけど、文字はくっきりしてるし、挿絵は細密画並みよ」
「これ読んで良いでしょう? スキャンはエリーがやっておくよ」
・・・ ◇ ・・・
大勢のハンターに混じって、薬草採取を行う日々が続く。ゴランさんの言う通り、圧倒的に人間族のハンターが多いな。他の種族はハンターなり立ての連中なんだろう。
武器も数打ちの品を担いでいるようだ。ラプトルの群れでも来たらとんでもないことになりそうだが、人数が多いからか危険な肉食性の連中はやってこないようだ。
トネリさん達高レベルのハンター達は大型の獣を引いて村に帰って来る。カモシカのような奴だけど、大きな角を持っていた。
たまに小型の獣を焼くだけにして持ってきてくれるから、門番達とストーブで焼いて頂いている。
10日程の間隔で行う時空間ゲートの試験に合わせて、物品のやり取りをしている。
すでに、ゲートの大きさは50cmを越えているし、持続時間も3分程になってきた。この冬には、人の往来が出来るんじゃないだろうか?
「これが、こちらの住人に渡しても良いとギルドが判断した銃ですか?」
「水平2連のショットガン。弾種はスラッグ弾とダブルオーバッグの2種。一度に渡す弾丸は各種とも10発で、薬莢を持ってくることで新しい弾丸を与えれば私達の脅威とはならないと判断したようね」
俺の持つバレルを短くしたショットガンみたいだが、連射性は2発で止めたか。それでも青銅製の銃よりは強力だろう。それだけ遠距離から攻撃できるはずだ。
だが、バレルを半分近く切っているから、反動をかなり受けるだろうな。俺のショットガンはヘビーバレル仕様だから跳ね上がることは無いが、これだとかなり腕力が必要になるだろう。竜人族かトラ族限定品になりそうだ。
「3丁がホルスターに入ってますね。弾丸ポーチが種類ごとに6個10発入りですから、丁度そうなりそうです。それよりこれは何ですか?」
指位の紙筒が入った袋がある。20個はあるんじゃないか?
「青銅の銃に使うカートリッジらしいわ。送った銃で試験して問題なかったから、これも一緒に渡して頂戴」
これぐらい助けてやれば俺達の無理も多少は聞いてくれるだろう。森の南に俺達が砦を作る事を了承してくれた代償を考ええば安いぐらいだ。
2か月近く大勢のハンター達と一緒に薬草を採取して冬を越すための資金を稼ぐ。
収穫した麦を買い取る商人達が村を訪れるころには、草原の草もだいぶ枯れてきたようだ。その頃には、俺達の周囲で薬草を採取するハンターの数が少しずつ減ってきた。
収穫の秋が終わりに近づいたのだろう。あれほど賑わっていた南門の広場も、すでに荷馬車の集団がいなくなっている。
今日の収穫を手にして、ギルドに向かいカウンターで報酬を手にする。銀貨1枚と銅貨を数枚手にして、帰ろうとするところをゴランさんに呼び止められた。
レミ姉さん達は、帰って本のスキャンを行う予定らしいから、俺一人でゴランさん達の待つ暖炉に向かった。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、ちょっと相談だ。まあ、そこに座れ」
ゴランさんの指さした場所にいたのはカレンさんにバクトさんがベンチに座っていた。暖炉ぎわをカレンさんが移動して開けてくれる。軽く頭を下げて開けてくれた席に着いた。
「夏の終わりに話していた砦の事だ。ギルドの許可が出たので、数日後には工事を始めたい。お前も発起人の1人だからな。協力してくれるとありがたい」
「冬場は薬草採取もほとんどないでしょう。良いですよ。ところでどんな砦にするんですか?」
ゴランさんが上着のポケットから折りたたんだ紙を小さなテーブルに広げた。簡単な絵図面が描かれている。寸法の単位はDK(デケム:2m)だから、1辺が16mの正方形の砦になる。入り口は南面の1か所で1.5DKだから3mってことだな。丸太で周囲に柵を作り、その柵を壁代わりにして北と東にカギ型の平屋を作るようだ。屋根に上れば柵越しに敵を攻撃できるな。南西の角に見張り台を作って周囲を監視できるようにしてあるから2km四方は十分に目が届くはずだ。東は森が接近しているから、これはしょうがないだろう。それでも300m程は監視できるんじゃないか?
「トネリ達が準備を始めている。1日の日当は食事込みで20Cだが、薬草採取の連中が少し残ってくれた。カレン達に周囲を見張らせようと思っているのだが、お前達も協力してくれると助かる」
「言い出した以上、協力は当然です。……ところで、これを使ってみませんか?」
ゴランさんが絵図面を畳んだところで、テーブルの上に魔法の袋から3丁の銃と弾丸ポーチを取り出した。
「銃口が2つあるな。ハンマーがあるが、これは魔道具では無さそうだ。俺達につかえるのか?」
「銃ですから使い方は似ています。大きく異なる点が2つ。この銃には安全装置が付いています。このレバーを赤い点の方に動かさなければ、トリガーを引いても銃を撃つことが出来ません。もう一つの違いは、ゴランさん達の使う銃は球を銃口から入れますが、これは後ろから入れるんです」
横についているレバーを下に下げると、バレル後部が浮かぶようにして装填口が現れた。そこに銃弾を入れて押し下げるようにすると、カチリと音がしてバレルがロックする。
「こんな感じですね。この銃は2つの種類の銃弾を撃つことができます。これがスラッグ弾と言う、1発玉です。こちらがダブルオーバッグと言われる10発の小さな玉を一度に発射する銃弾です」
銃弾のプラスティック薬莢は赤と黄色の色が付けられているし、横には大きい丸と小さな丸が数個のイラストが描かれているから、違いは分かるだろう。
銃を使う上での注意点を説明しながら、村の外で数発ずつ試射をゴランさん達が行った。
2連ショットガンを使うのはカレンさんとバクトさんにゴランさんとしたようだ。今まで使っていた銃をそれぞれのメンバーに渡していたから、カレンさんのパーティは4人とも銃を持つことになるな。
再びギルドのテーブルに戻った時、革袋を取り出して、紙製のカートリッジを取り出した。
「これも作ってみたんですが、役立ちそうなので少し持ってきました」
「なんだこれは? 片方が少し重いな」
「レイさん。銃を貸していただけませんか?」
「おお、良いぞ。ゴランの貰い物だが、この銃は何頭ものラブートを倒してるんだ」
そう言って渡してくれた銃の銃口を上に向けた。
「この銃の使い方は、ここから火薬を入れた後に鉛弾入れて、棒で突くんですよね。急いでいるときには面倒だと思いまして……、これはあらかじめ火薬を紙筒の中に入れてその上に鉛玉を乗せて全体を薄い紙で包んだものです。このまま銃口に入れて棒で銃の奥まで詰めれば、発射できますよ」
「何だと! それなら直ぐに次の弾が撃てるじゃないか!」
驚いたようにレイさんが叫んだけど、これ位のアイデアは直ぐに誰かが考え付くと思うんだけどな。
革袋を手にすると、3人で分けている。残った2発はトネリさんにあげるようだ。
「出来れば100発ほど欲しい。銃を手にするハンターは多いのだが、装填に時間が掛かり、その時獣に襲われる者も多いのだ。値段は……、1発5Cでどうだ。通常の弾と火薬は5発分で15Cだ」
「帰って姉さんと相談してみます。軍で使われないかと危惧していましたから……」
俺の言葉にゴランさんが頷いている。だが、意外な言葉が帰ってきた。
「欲しがるだろうが、どうにもできないだろうな。この紙だが、俺達が使う紙とは少し違うようだ。遥かに薄いしツヤもある。俺達が使う紙でこれを作ったら果たしてちゃんと火薬に火を点けられるのだろうか?」
製紙方法が異なるんだろうか? 確かに辞典や雑貨屋で購入した紙は丈夫そうだった。
「薄い紙が無いではない。だが、このように丸めることはできないんだ」
こしが無いって事か? 折り紙が出来ないような紙って事なんだろう。ティッシュペーパーみたいなものでは確かに難しいだろうな。簡単に破れて中身がこぼれそうだ。