PH-040 呪文入手!
次の日の朝。ハンター達が出掛けた後で、ヤグートⅡを北門から乗り入れて門の西の柵ぎりぎりに停めた。門からは10m以上離れているから、ターフを張っても問題ないだろう。
周囲には家が無いから、少し離れた場所に穴を掘って排水を入れられるようにしておく。ホースも溝を掘って埋めてあるからつまずくことはないと思う。穴は後で板を乗せておこう。子供達が落ちないとも限らないからな。
昼には間があるから、俺一人で近くの雑木を倒して持ち込んだ。ターフの屋根をしっかり作っておかねば雪で潰れかねないからな。
そんな作業をしていると板を乗せた荷馬車と一緒に大工さんがやってきた。
「そんな事は俺がやる。お前はどんなふうに作りたいかを指示すれば良いんだ!」
怒鳴り声で、しぶしぶヤグートⅡの屋根を下りると、大工さんに簡単な図を描いたものを渡した。
「普段は柵に立て掛けて、ハンターを乗せる時に倒せるようにすれば良いんだな。こっちは柱に布を張るのか……。丈夫そうだな。これなら使えるだろう。雪が滑るように、もっと傾斜をきつくするんだ。それは弟子にやらせよう。後は任せてくれ」
全部お任せじゃないか。少しはやりたかったけどな。
車内に戻ると、レミ姉さん達は信号の解析作業に忙しいみたいだ。ギルドに行って時間を潰そうと2人に行き先を告げて、ヤグートⅡを後にした。
ギルドには、ミゼルさん達2人がいるだけだ。暖炉傍でタバコを取り出すと、ミゼルさんがやってきてお茶を入れてくれた。
「夕べは食堂が遅くまで賑わってたにゃ。ゴランさんが行き先だけは押さえておけと言ってたにゃ」
「また近場で薬草を探しますよ。俺達の本業ですからね。今度は違う種類の薬草が良いですね」
「なら、ククルクが良いにゃ。1個2Cになるにゃ。堀を越えた先の草原が狙い目にゃ。でも、森からメゾナスが来る時もあるから、こんな値段にゃ」
「変わった薬草なら喜んで採取しますよ」
俺の言葉を聞くと、ちょっと微笑んだような顔になった。でもネコ顔だからな。気のせいかもしれない。
ミゼルさんが去った後で、サングラスを掛けてメゾナスを図鑑で調べる。どうやらハイエナみたいな奴だな。犬の祖先なんだろうか? 大型犬ぐらいの大きさだから、MP-6やベネリの散弾が丁度良さそうだ。
ギルドの扉が開いてエリーが顔だけ出して俺を探してる。どうやらどこかに出掛けるらしい。俺も一緒にって事だろう。ギルドを出るとレミ姉さんも一緒だ。
「教会に行って呪文を買いましょう!」
そうだった。呪文が買えるんだったな。これで俺も魔導士になれると思うと顔がにやけてくるぞ。今回買うのは地味だけど、次は火炎弾を何としても手に入れよう。
教会は、村の奥まったところにあった。道はレミ姉さんが誰かに教えて貰ったらしい。
扉をノックすると老いた司祭が現れた。
用件を話すと中に入れてくれたけど、教会って雰囲気じゃないな。大きな1つの部屋には床に巨大な魔方陣が描かれている。
「この真ん中に立ってください。呪文は1つ銀貨5枚です。一度に2つの呪文を刻む事ができますが、何を選びますかな? それと刻む場所は肩が多いですがそれでよろしいでしょうか?」
ちょっと待て、今刻むと言ったな。呪文って呪を文字として体に刻む事で使えるようになるのか? それは問題だぞ!
「先ずは私が、【クリル】と【バレル】をお願いします」
レミ姉さんが銀貨10枚を渡すと魔方陣の中心に歩いて行った。司祭は銀貨を受け取ると、祭壇のような場所から直径10cm程の水昇球を2つ持ってきて、魔方陣のくぼみにそれを置いた。良く見ると、姉さんの立った位置の周りには4つの小さなくぼみがある。
「よろしいですかな。始めますよ……」
司祭が経文のような物を取り出して詠唱を始める。魔方陣が輝き、グルグルと回り出した。5重の円周に掛かれた文字が反対方向に回り出す。段々と回転が速くなり、文字の輝きが増していく。突然爆発したように輝いたかと思うと、光が消え、肩を押さえた姉さんがうずくまっていた。
「姉さん!」
「大丈夫よ。では、試してみるね。【バレル!】」
片腕を壁に向けて呪文を呟くと、太いツララのような氷が壁に激突した。
「私達にも出来るみたいね。次はエリー、やってみなさい」
そんな感じで俺達3人は呪文が使えるようになったけど、肩に刻むという意味が分かったのはその晩に暖かいシャワーを浴びた時だ。俺の両肩から腕に掛けて不思議な文字が現れた。刺青の一種なんだろうか? これが刻まれて初めて呪文が使えるという事だな。体に呪いの文様を刻むことから呪文なんだろう。となると、魔法の袋はどういう原理なんだ? それに、青銅製の銃をどんな方法で強化しているんだろう? 色々と調査することが増えるけど、一つずつ解決していこう。
・・・ ◇ ・・・
夏真っ盛り。俺達はチノパンにシャツ姿だが、装備ベルトはちゃんとその上に着けている。雑貨屋で手に入れた麦藁帽子を被って、あちこちと薬草を探し回る。それでも村から数kmは離れることはない。
それ程離れなくても薬草は十分に採れるんだけど、雑草に紛れて他のハンター達には見つけづらいようだ。
「よくも、そんなに見つけてこれるな?」
そんな疑問をぶつけてくる連中もいるのだが、俺達が東の地方で薬草を専門に採取していたハンターだと伝えると、不思議と納得してくれる。
あの砂漠の向こうに何があるのか。大きな疑問だな。
日のある内に採取を終えて、ギルドに持ち込む。今日はリートンと呼ばれるイチゴの一種だ。エリーがつまみ食いしてたけど結構味が良いらしい。そんなことから一カゴ余計に採取してきたんだけど、今夜のデザートになるのかな?
夕食を食堂でとると、涼しい夕べが訪れる。
ターフの下でロウソクのカンテラを下げてお茶を飲んでいると、たまに門番もやって来る。一緒にお茶を飲み、タバコを楽しみながら談笑するのもヤグートⅡを北門の広場の片隅に移動できたお蔭だ。門番の方だって何かあれば強力な銃を持つ俺達を心強く思っているに違いない。
たまにハンター達も寄っていくけど、中には、「土産だ!」と言って肉をおいていくハンターもいる。そんな時は土器のストーブで門番が焼いてくれるんだけど、塩だけの味付けでも結構いけるんだよな。
3日ごとの休みの日には、北門の広場でエリーが子供達とボール遊びをしている。皮で作ったボールにはワラがぎっしりと詰まっているのだが、少しいびつなのは仕方がないな。皮職人に無理を言って作って貰った物だが、今では村にやって来る商人に販売しているようだ。娯楽と産業が一つ生まれたのかも知れない。
夜が更けたころ、俺達はヤグートⅡに入って状況の確認を行う。
時空間ゲートのビーコン信号と周辺の草木の比較調査はレミ姉さんの担当だ。周囲50kmの生物の分布はエリーが担当しているし、俺はギルドでの情報とこの世界の文化を担当している。
「どうやら、信号の解読ができたわ。私達のビーコンを捉えてはいるようだけど、時代と位置が変動しているようなの。原因をレブナン博士が解析調査をしているそうよ。できれば連続的にビーコン信号を送るように指示しているから、先程、プログラムを変更したわ。その信号にモールス信号で私達の無事を知らせるつもり」
「鬼才と呼ばれる博士ならば良い方法を考え付くでしょう。早いところ相互通信ができるようにしたいですね」
「私の方は大きな変化はないよ。でも山麓からの温水の流れを見つけた。森の中に池があるようだけど、その周辺には恐竜が沢山いるみたい」
エリーが仮想スクリーンを展開して場所を示してくれたが、かなり離れているぞ。北東方向に150kmはありそうだ。
周辺監視のついでに無人機を1方向だけに限って飛ばしてるみたいだな。
ひょっとして、この世界だけで進化の系統樹が描けそうだ。レブナン博士が知ったら是非ともやって来そうだ。
「俺の方は……。秋には、かなりのハンターが村を訪れるようです。森の木の実、草原の薬草採取で低レベルのハンターが多いと聞きました。毎年のように恐竜に襲われると話してましたね」
「秋が終れば私達も狩りをすることになりそうね」
「カレンさんやトネリさんから誘われています。カレンさんは恐竜、トネリさんは獣でしょうね。できればトネリさん達と行動したいですね」
いくらなんでも恐竜ハンティングは荷が重そうだ。対戦車ライフルを使っても良いけど、弾数が限られているからな。精々ラプトル辺りなら44マグナム弾で倒せると思うんだけどね。
ハンターになる者は毎年たくさんいるらしいが、5年を過ぎてハンターを続けているものは半分程だとゴランさんが教えてくれた。
確かに亡くなる者や、怪我人は多いな。やはり恐竜が相手だから強力な武器が必要なのだが、前装式の銃とクロスボウが恐竜狩りの主力武器になっているようだ。槍や長剣は止めを刺すのに使っている。投槍でも良さそうだが、持ち運ぶのは杖代わりの1本だけだ。これでは複数のラプトルを相手に出来ないと俺には思えるんだが……。
俺達の武器を貸すわけには行かないから、当分このような状況は続くんだろう。この間の恐竜騒ぎで得た報酬で、銃を持つハンターが少しは増えたが、数頭のラプトル相手にどれだけ善戦できるか疑わしい限りだ。
「森の近くに、砦があれば良いんだけどね」
「ハンターが避難できる場所ってこと?」
「村まで逃げるには遠すぎると思うな。一時的に避難出来れば、逃げる途中に後ろから襲われることも無いだろうし、砦から相手を攻撃することだって出来るんじゃないかな」
今度、ゴランさんに会ったら提案してみよう。大きな森に隣接した砦なら、森に入る手前の宿泊施設としても利用できそうだ。となると、距離は20kmほど先が望ましいが、村と砦間の連絡手段が問題だな。
烽火って事になるんだろうか? その辺りも相談しないといけないんだろうな。