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PH-004 やはり道具は必要だ


 まるで水の中から地上に浮かび上がるような軽い抵抗を受けて、見知らぬ場所に俺達は姿を現した。

 後ろを振り返ると、鏡面が急速に縮小して消えてしまった。

 改めて周囲を観察する。低い草丈がまばらに生えた土地だ。かなり離れた場所に森が見える。その奥に山並みがあるが、さすがにそこまで歩くことも無いだろう。それ以外は荒地が広がっている。意外と殺風景な場所だぞ。


「お兄ちゃん。私の方の設定は終わったから、先ずはバングルの端末を設定しといた方が良いよ」

 エリーが背中のMP-6を小脇に抱え直しながら俺に告げてくれた。


「ぼんやりしてたよ。ありがとう」

 バングルに内蔵された端末は便利な品だ。内蔵された、動体センサとサーマルセンサの周辺画像を仮想スクリーンで表示してくれる。その表示を受けるのはポケットから取り出したサングラスの視界に表示されるし、アナライザーの解析結果さえ表示してくれる。

 監視範囲を100mとして、50mを危険範囲とした。これで、獣や生物を半径100mの範囲で教えてくれるし、50m以内に入った場合は耳元で警報音が鳴ってくれる。

 最後に背中のべネリを抱えればとりあえず何とかなるだろう。


「準備完了だ。依頼のサベニラムは蔓性の植物のはずだから、あの森辺りにあるんじゃないかな?」

「そうだね。森で上を見れば直ぐに分かるかも!」


 森までは数kmはありそうだな。のんびりとエリーと歩けばいいか。周囲に獣の姿は見えないし、動体反応もまるでない。最初だから簡単な依頼を俺達にくれたのかも知れないな。

 2km程歩いたところで、休憩を取る。ちょっと大きな岩があったから、その上に乗って周囲を見渡した。

 カメラが欲しいところだ。殺風景だけど、都会の騒がしさには無縁の場所だ。風の音だけが俺達を囲んでいる。

 水筒の水を一口飲んで、再び歩き始める。森の手前で再度休めば良い。

 

「11時の方向……何かいるよ」

慌てて、仮想スクリーンを見る。黄色の輝点が数個瞬いている。そちらを見ても、肉眼では見ることが出来ないから巧妙に隠れているか、小さな獣かのどちらかだな。


「銃のセーフティは直ぐに解除できるか?」

 俺の問いにエリーが小さく頷いた。

「なら、問題はないだろう。少なくとも数秒の余裕がある。不用意に狩るのは俺達の仕事じゃないからな」


 親殺しのパラドックスがどこまで当てはまるかは分からないが、むやみに発砲するのは控えよう。俺達はプラントハンターであって、狩人ではない。

 エリーはMP-6を撃ちたくて仕方ない様子だが、不用意な銃声は他の獣を引き寄せないとも限らない。

 

 森の手前100m程のところで、少し早めに昼食を取った。

 この世界に来てから2時間も経っていないが、これから果実を探すとなれば昼食など取っていられないからな。

 食事が終わったところで、食休みをしながらセンサーの感度を上げて森を探る。左右45度の範囲なら300m程先まで探れるようだ。

 先ほど遭遇した獣が何かは分からなかったが、センサーの到達範囲に獣の姿は確認できなかった。


 「お兄ちゃん、あれを見て!」

 隣で森を双眼鏡で観測していたエリーが、俺に双眼鏡を押し付けて腕を伸ばした。

 双眼鏡を受け取って、その方向を覗いてみると、背の高い木の梢に赤い果実が見える。

 

 「あれを取れば良いのかな?」

 「近くに行って、アナライザー確認すれば分かるよ」

 

 意外と簡単な依頼かも知れないな。何ていっても、今日が初日だ。初めから難易度の高いものは、ギルドとしても依頼してこないだろう。

 幸いにも周囲に危険はないようだ。俺達は、赤い果実を目標に森に近づいて行った。


森に20m程入ったところで、俺達は上を見上げた。巨木の枝に絡まるようにして伸びた蔓に俺達の求める赤い果実が実っている。

熟れているかどうかは疑問だけど、依頼書には果実の名前と分類番号のみが記載されているだけだ。

 端末のライブラリーで調べると、どうやら熟すと赤くなるらしい。事前に何も告げられなかったからライブラリーの画像と同じもので良いはずだ。


「エリー、赤いのを5個だ。だがどうやって取るんだ?」

果実は高い枝先の方だ。軽く10mはあるんじゃないか?

「あそこが大きくたわんでるから、お兄ちゃんの銃で撃てば蔓に手が届きそうだよ。後は引張れば良いと思うんだけど……」


 かなり過激だが、他に手段があるとも思えない。たわんでいる蔦の片方は幹に絡んでいるから、その辺りを散弾で何回か撃てば、確かに千切れそうだな。

周囲をセンサーで探っても獣はいないようだ。銃声で襲ってくるような奴はいないだろう。


ゆっくりとベネリの狙いを定めて撃った。周囲が開けているから反響もないが、1発では千切れるにはいたらなかったようだ。続いて2発目を撃つ……。

だらりと垂れ下がった蔓にエリーが飛びついて、力一杯引いているが、ちょっと力が足りないようだ。


「俺がやろう、エリーは周囲の監視を頼む!」

エリーが蔦を引いてたから、だいぶ蔦の位置が下がっているな。枝先に絡んでいるからそれで落ちてこないようだ。

蔦を腕に巻きつけて、飛び上がって体重を掛けるようにして引いた。

ズサ!と枝が鳴り、地上に蔦が落ちてくる。


「監視を代わるから、果実を摘み取ってナップザックの中の袋に詰めてくれ」

「了解!」


俺からナップザックを受取ると、赤い果実を集めだした。

 センサーには相変わらず変化はない。仮想スクリーンを使ってセンサーの感度を上げて周囲200mを調べてみる。銃声を聞きつけてこちらに近付いてくる獣はいないようだ。


「アナライザーは97%を示してる。赤が4つに青が2つだよ」

 ナップザックを担いだエリーが教えてくれた。95%以上と言うからには問題ないみたいだな。だが、もう一箇所探さないといけないようだ。

 

「森の中はどんな危険があるか分らない。荒地に近い場所を探すぞ」

「こっちに行ってみようよ」


 直ぐにエリーが歩き出す。ベネリに散弾を補給しながら、後ろを歩いて行く。

10分ほど歩くと次の果実が見つかったが、蔦を撃って手の届く場所ではない。意外と条件の良いものが無いな。

俺達がようやく赤い果実5個を手に入れたのは、それから1時間も後のことだった。

採取の条件に合わせて依頼の品を手に入れる道具が必要だな。帰ったらその辺りの事をエリーとじっくり相談する必要がありそうだ。


「でも、これってどっちの色が正解なんだろうね。数は5個ずつだから、だいじょうぶなんだろうけど……」

「そうだな。その辺りもきちんと聞かなくちゃならないし、高い場所の果実を採れるような道具もある程度用意しないといけないみたいだ。少し考えないといけないな」


 これで、依頼は終わりなんだろうけど、密閉容器が5個あるぞ。適当に採取して来いとは言っていたが、どんなものでも良いのだろうか?


「後は適当って聞いたけど……」

「俺達は採取で分類や分析は別の連中の仕事だ。適当と言う以上、何でも良いんだろうけど迷うよな」


 動植物なら何でも良いのなら、と密閉容器を3つエリーから受取って、適当に獲物を探すことにした。森に入っているから植物相は豊富だ。

 俺が選んだのはキノコが3種類。エリーはランのような寄生植物を選んだようだ。

 

さて帰ろうかとした時だ。

「お兄ちゃん、何か近付いてくるよ!」

エリーが声を上げてMP-6を構えた。慌ててセンサーを確認すると黄色の輝点が俺達に近付いている。距離は80mぐらいで単独となると、肉食獣の可能性も否定できない。


「ゆっくり森を出るぞ。向こうの接近もゆっくりだ。このまま距離を取れば諦めるかも知れない」


 エリーを先に下がらせて、その前に俺が出る。最悪、エリーは帰れるだろう。

 ゆっくりとした動作で後ろに下がっていくと、やがて森を出ることができた。相変わらず数十mの距離を保って、何かが俺達を追い掛けてくる。

 森では低木や繁みで相手を見ることができなかったが、荒地に出れば隠れる場所はない。少なくとも俺達を狙っている生物の姿は見る事ができるだろう。

 

森から目を離さないが、周囲はセンサーで状況を確認できる。すでに50m程の距離まで近づいていた。

十分に森から離れたところで、ベネリの安全装置を外す。

このまま帰れれば良いのだが、ゲートを使った移動は初めてだから、ゲートの出現するタイミングが分からない。それに、獰猛な獣がゲートに飛び込んだら大変な事になりそうだ。


森の下草を分けて俺達の前に姿を現したのは、大きなイノシシ……、たぶんイノシシなんだと思う。左右の牙が2本ずつあるのが特徴だ。


「お兄ちゃん……。こっちを見てるよ!」

「ああ。良いか、向かってきたら躊躇ためらわずに撃つんだぞ!」


銃はまだ構えない。グリップを握っていれば良い。数kgの重さをいつまでも構えていると手が痺れて来るし、素早い動きも出来ないからな。

 再度センサーの画像をチラリと見る。周囲には他の獣がいない。ベネリのセーフティを掛けなおすと背中に銃を跳ね上げ、腰の後ろのホルスターからマグナムリボルバーを取り出した。

 相手がイノシシなら散弾銃では不足だ。スラッグ弾も持ってはいるが、この状態でベネリのマガジン内の弾丸を交換することは無理だ。

 ならば、44マグナムが撃てる拳銃の方が手ごろだ。熊でも当たり所が良ければ倒せると教官が言ってたしね。


 バギイィィィ!

 突然イノシシがこちらに駈け出した。エリーがMP-6を撃ちだしたが、あれは小型の獣を狩れる位だろう。あまり効果は無いだろうな。

 エリーがマガジンを裏返すようにして交換している。すでに20m近い。慎重に狙いを定め、トリガーを引いた。

 間違いなく弾丸はイノシシの頭部を貫通したはずだ。だが突進する勢いは止まらない。

 俺とエリーが慌てて左右に横跳びして避けた。そのど真中を通り過ぎてイノシシが地面にめり込むように倒れこんだ。どう見ても200kgを越えていそうな感じに見える。

 

「どうするの?」

「運べないからこのままにする外に手はないな。持って帰れば喜ばれそうだけどね」


 あまり欲はかかない方が良い。散弾銃で対処してたら、結果はまた違っていたろう。

 バングルの帰還スイッチを押して前方を眺める。

 俺達の5m程先に小さな光点が現れるとまぶしく輝きながら周囲に広がった。

 光が収まると、3m四方の鏡面が地上30cm程のところに浮かんでいる。

 

 エリーと顔を見合わせ、鏡の中に足を踏み入れる。顔が鏡に入ると、俺の目に映ったのは出発したホールのような場所だった。


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