PH-038 北門で迎え撃つぞ
「星1つとはお前達か?」
俺達に声を掛けてきたのは人間族の男だった。30歳位に見えるな。妙齢の人間族の女性が1人にネコ族の男女が2人。あいにくとネコ族の年齢は分からないけどたぶん俺に声を掛けてきた男と同じぐらいの年齢ではないかと思う。
「そうです。この間初めて狩りをしましたが、ずっと薬草を採取していました」
「薬草採取で星を持った奴は初めてだ。北でデントスを見た者がいるそうだ。悪いが今夜はここにいてくれ。バクト殿やカレン殿は森に出掛けているから、村では俺が筆頭になる。トネリという。覚えておいてくれ」
そう言って、男が暖炉の反対側にあるベンチに腰を下ろすと、仲間も一緒に腰を下ろした。あいにくと3人掛けだから、ネコ族の男は近くから椅子を運んできた。
「その後ろにはタニアが数十いるようです。ちょっとした裏技で知りました」
「何だと! 確かにデントスだけがやって来るのはおかしいとは思っていたが、そういうわけか……。となると面倒だな。カシム、急いで食堂と宿に行って、銃を持つ連中の数を調べてくれ。クロスボウの数もだ」
ネコ族の男が席を立ってギルドを出て行く。
「俺達は2丁もっている。それに妻は呪文が使えるからそれなりなんだが、お前達は?」
「全員が銃を持っています。少し大きいやつを別に持っていますから、デントスに使ってみようと思ってます」
「助かる。デントスは銃でさえも鎧を中々貫けん。やはり王都には大型の銃があったんだな」
さっきまでの不安そうな顔が少し和らいだ。短剣のケースに挟んだパイプを取り出して暖炉の焚き木で火を点けた。
俺もタバコに火を点けて、彼らの狩りの話を聞いてみた。
彼らは、食肉用の獣を狩っているらしい。もう2つ同じようなパーティがいるらしい。
「問題はダイノス達だ。あまり遠くに行くと出て来るんだ。バクト殿達が狩ってはくれるんだが、たまに村にやって来る」
どうやら、ダイノス狩りは竜人族がいないとかなり危険なようだ。竜人族の持つ体力が銃が出回らなかった頃は唯一の対抗手段だったという事だろうな。
それでも、銃の絶対数が不足しているようで中々駆け出しのハンターには手に入れる事ができないらしい。
しばらくすると、カシムさんが帰ってきた。
「銃が2つにクロスボウが3つだ。レベル7つのパーティに北門と南門を頼んできたぞ」
「十分だ。俺達が1丁持っているし、こいつらが4丁持っているそうだ。1人ずつ撃てば10発ほど連続に撃てる。タニアはそれで逃げるだろう。デントスは強力な銃を使うと言ってる。俺達の持つ銃より強力ならば、デントスの鎧も貫けるだろう」
「動きが鈍ればこれで十分なんだがなあ……」
カシムさんがそういって背中の長剣を叩いた。
そういえば、カレンさんやバクトさんも最後には長剣を使ってたな。やはり片手剣では力不足なんだろうか?
「お兄ちゃん、タルキアが1頭倒れたよ。ティタニスが群がってる。数頭がタルキアを追い始めたみたい」
「それで場所は?」
「村の北北東11km。タルキアの速度は遅いけど真っ直ぐこっちに向かってる」
俺達の会話を不思議な表情で聞いてるぞ。
「お前の妹は巫女なのか? ここにいて周囲の状況が分かるって事か?」
「先ほど言ったように、裏技のようなものです。実は見張りを放って、そいつからおおよその情報を得ているんです」
「使い魔ってわけだな。だが気を付けて使うんだぞ。前に、大鷲を使った奴が、プラードに大鷲を襲われた時は、10日程意識を失っていた。この村でプラードの話は聞かないが、オオコウモリはいるそうだ。夜間に使うならフクロウだろうが、なるべく高い木に置いておいた方が良いぞ」
使い魔と言うのが存在するのか。意識レベルを共有して使い魔の目で見た情報を得るのだろう。ほとんど同じような使い方だから、使い魔を操る事にしておいても良さそうだ。このまま勘違いさせておこう。
「それで、どのぐらいの距離なんだ?」
そう言えば単位が違ってたな。確か200mを1Kと言っていた。
「およそ北北東に60K(12km)というところです」
「3Rというところか、2時間も掛からないぞ」
1Rが4kmってことか。……ん? いま2時間と言ったな。時間の概念があるんだろうか? 時計すら持っていないはずだが……。
「あまりこの場に相応しくないかも知れませんが、時間をどうやって測るんですか?」
「時計だ。俺達はこの2つだな」
バッグから持ち出したのは片方は日時計だな。もう一つは少し複雑だぞ。
「これは太陽で時間を見るんだ。これは星の位置で時刻を知る。暦があればおおよその時刻は分るし、経過時間も分かるが、曇りや雨では使えん。王都では複雑なカラクリで動く時計があるそうだが、俺達にはこれで十分だ。もっともそんな事を考えるのは人間族だけだがな」
時間の概念は持っているが一般的ではないって事だな。
「レミ姉さん、多機能センサーは起動してるの?」
「してるわ。現在のところ周囲500mにネズミ程度の動物がいるだけよ」
半径500mというのも意外と微妙な数値だな。この場合は1kmが欲しくなるぞ。
無人機での偵察も、そろそろ限界だろう。一旦ヤグートⅡに戻って充電をしなければなるまい。待てよ、村の木に留まらせた小型機ならば暗視カメラで状況が分かるかも知れないな。
サングラスを掛けて仮想スクリーンを展開すると、かなり遠くまで状況が分かるぞ。
エリーに教えておいて、監視を委ねる。
「無人機をヤグートⅡの戻すわ。最後の画像では、以前こっちに向かってるけど、追って来るティタニスは4頭に減ったわ。距離はおよそ6km」
レミ姉さんの話を聞いて、トネリさん達が俺の顔を見る。
「およそ1.5Rと言うところです。真っ直ぐ村にやって来るようです」
「そろそろ準備しといた方が良さそうだな。北門に向かえば良いだろう。カシム一組選んでくれ、一緒に北門だ。残った連中は南門で良いだろう」
「分かった。テーブルの1組を連れていく。食堂にも5組いるが、ギルドに残っている2組と合わせば十分だろう。銃1つにクロスボウが2つ向かう事になる」
一応念のためだろうな。銃を持つ者がいれば心強いだろう。
そうなると北門は4組のパーティって事になるな。銃が5丁にクロスボウが2丁ならティタニスを倒す事は容易だろう。
問題はタルキアを対戦車ライフルで倒せるかって事位だ。
北門に行くと小さな広場にかがり火が焚かれていた。ネコ族のハンターが門の左右に設けられた櫓に上りジッと北を睨んでいる。
「お前らか。カレン達から話は聞いてるぞ。ラブートを狩れるなら心強い限りだ」
門番の言葉にトネリさんが俺を見て目を丸くする。
まあ、武器の違いだから、驚く話じゃないんだけどね。
「バンター!」
「やって来たぞ!」
レミの姉さんの声とネコ族の叫ぶ声が同時に起こった。さすがはネコ族だな。夜の狩りは彼らの独壇場なんだろう。
「何匹だ!」……「大きいのが2で小さいのが4つだ!」
数は変わらないか。まあやるしか無さそうだな。
エリーの持つ魔法の袋を取り出して貰って、ライフルケースを取り出した。
かがり火の明かりで対戦車ライフルを組み立てる。と言っても、ストックとバレル先端にハーモニカ型のマズルブレーキを装着するだけでOKだ。銃のボルトカシャリと後ろに下げて、弾倉に5発の弾丸クリップを押し付けるようにして弾丸を入れる。ボルトを戻せば初弾が装填された。まだセーフティはそのままだ。こんな弾丸を暴発させたらたまったもんじゃないからな。
「それがお前の銃なのか? かなり変わってるな」
「その分、強力ですよ」
ケースの片隅にあった照準器も取り付けておく。スライド式だから照準はあっていると思うけど、ずれが酷いようなら外せば良い。
腰のリボルバーのホルスターから、直ぐに銃が抜けるようにして準備は完了だ。
「姉さん。周囲にいるのは6匹以外に危険な奴はいないんだね?」
「子犬程の大きさの獣すらいないわ」
「エリー援護してくれよ」
そう言ってライフルを担ぐと、門に向かって歩いて行く。
門番に隙間を作って貰い、そこから外に出ると、門から数mの距離でライフルの2脚を立てて、地面に置くと伏せ撃ちの姿勢を取る。
門から吊るしたかがり火に驚いて足の運びが鈍っている。距離は300m。もう少し近づけてから撃とう。
「無茶だ。デントスに踏み殺されるぞ。それに後ろからタニアがやって来る」
「デントスは何とかします。タニアをお願いしますよ!」
俺の声に後ろが静まり返る。そう簡単にはやられないと思うけどな。エリーとレミ姉さんが援護してくれるはずだ。何といっても、357マグナム弾が12発連射されるんだからな。
照準器の倍率は3倍と低いが、相手が大きいからもうすぐ頭部全体が照準器の視野に入るぞ。距離は200mを切っている。
セーフティを解除してゆっくりとトリガーを引いた。
ドッコオォォン!
肩を蹴飛ばされたような衝撃を受けた。数tの巨体が150m程先でドシンと倒れる。振動がここまで感じられたぞ。素早くボルトをスライドさせて排莢と装填を済ませるともう1頭のデントスの頭に銃弾を叩きこむ。
巨体が倒れるのを待たずに次の銃弾を装填すると、倒れたデントスの腹をついばもうとしたタニアに銃弾を放った。
弾かれたように倒れると、残ったタニアが驚いて北に逃走を始めた。追い打ちをかけてもう1発を放つ。残りの2頭は既に闇の中だ。
ゆっくりと立ち上がって、対戦車ライフルを担ぐと門を叩く。
たぶん驚いて声も出ないんだろうな。それでもゆっくりと扉が開き始めた。
隙間ができたところで素早く中に入り込む。
エリーがやってきて、俺にハグしてきた。かなり心配していたみたいだな。
ライフルケースを出して貰ったが、まだ熱を持っている。もうしばらく冷ましてからケースに入れよう。
とりあえずは終わったみたいだ。ハンター達が通りを南に歩いて帰っていく。