PH-037 鎧竜を追う鳥達
久しぶりに思う存分シャワーを浴びるのは気分が良い。
シャワーを終えると、トレーニングウエアに着替えて久しぶりのコーヒーをアイスで味わう。これはボトルで持ってきた物のようだ。エリーがナップザックに入れといたのかな? 俺の持ち込んだコーヒーのボトルは無くなったはずだからな。
「一応、スタンロッド用の槍はできましたよ。俺の方も完成です。エリーがMP-6を持てば、拳銃を持つだけで村の周囲は十分でしょう」
「魔法の袋にAK60とベネリを入れといたわ。そのまま森にも入れるわよ」
「エリーも槍が欲しいな」
槍はエリーに取られそうだな。MP-6も魔法の袋行きになりそうだ。次の休みにもう1本作れば良いだろう。それまではショットガンを担ぐかな。ベネリよりは小型だし、取り回しが楽だからね。
「エリーに上げるよ。俺は次の休みにもう1本作ることにする。……それで、時空間ビーコンの信号はいまだに?」
「ノイズだらけなの。こちらからの信号は毎時1分間出しているわ」
「故障とは違いますから、気長に待つという事になるでしょうが、継続はしてください。それと、バクトさんとカレンさん達のパーティが事故ったハンターの消息を求めて森に向かったそうです。無人機で追跡できませんか? 彼らが事故に遭うとは考えられませんが、その間の獣達の動きが気になります」
レミ姉さんが直ぐに無人機を発信させる。こういう時は飛行船が長時間観察を行えるんだけど、外してきたからな。
「自動航行モードで森の上空を旋回するはずよ。6時間後に戻って来るわ」
「レベル10を超えるハンターって村にあまりいないんだよね」
それが一番気になるところだ。ラプトルが村に近付くぐらいだから、他の獣だってやって来るに違いない。
薬草採取を行っているハンターはいるだろうが、低レベルだからどれだけ対処できるか分からない。筆頭ハンターが不在と言うだけで村人達はかなり不安になっているかもい知れないな。
村の高い木の梢にいる無人機から見る限り普段と変わらないが、西の畑で作業をしている農夫達は、たまに腰を上げて北を見ている。北門の傍にある小さな櫓にはイノシシ顔の門番がジッと北を眺めていた。傍にある小さなドラは、村人に知らせる合図用の物だろう。
エリーの買い込んだ、対戦車ライフルを下ろしておこうかな。結構重いから、その時慌てて準備するより良いだろう。
「対戦車ライフルを下ろしときます。小型種ならAK60で対処できそうですが、大型が来ないとも限らないですから」
「そうね。エアロック室に置いておけば良いわ。でも、弾丸があるの?」
「確か30発あったと思います」
「200発以上あるよ。ケースの下を見たの、お兄ちゃん」
あの下全部が銃弾なのか? てっきり保管庫の底だと思ってたぞ。
エリーを連れて、ヤグートⅡの外部保管庫から対戦車ライフルをケースごと下ろしてエアロック室に移動する。ケースを外した保管庫の板張りを外すと、下から大量の銃弾が出てきた。弾薬ケース入りで、1ケースに5発のクリップが12個入っている。それが5つだから、300発ってことか? 更に別のケースが3個あったけどそれにはAK60用の弾丸とショットガン用の弾丸が入っている。
「エリー。これも銃弾リストに入れたのか?」
「これは忘れてた」
簡単な返事が返って来たけど、ショットガンの銃弾だけで100発はあるぞ。十分に狩りで生活できるんじゃないか?
外部保管庫は左右についているから、もう片方の保管庫も開けてみた。さすがにこちらには武器が入っていないが、斧や、ノコギリが入っている。鉄製だから皆の前で使うのは問題だな。とりあえずあるという事が分かっただけで良いだろう。一緒に入っていた折り畳みのテーブルとイスそれにシートを使えば後部にターフが張れるんじゃないか。夏なら外で食べるのも良いかも知れないな。
「エリー。もう、忘れてる保管庫はないんだよな」
ヤグートⅡの後部で一服しながら、エリーに尋ねてみた。直ぐに仮想スクリーンを展開して棚や引き出しのリストを調べている。
いったいどれ位買い込んだのだろう。買った物のリストを調べた方が早いんじゃないか?
「見てないのは、ベッドぐらいだよ。ベッドのマット下にも収納空間があるみたい。エリーは入れてないけど……」
ヤグートⅡの車内に戻ると、天井収納のベッドから調べてみた。拳銃が3丁にマガジンが3個に箱入りの銃弾が5個、ポケットサイズのブランディーが3本。
下のベッドからは下着や服が出てきたがこれは女性用だ。男性用が無いと言うのも考えるものがあるぞ。
「あら、まだあったの!」
「44マグナムと357マグナムどちらもリボルバーです。オートマティックはレブナン博士の持ち物と同じですから、これは博士が入れといたんでしょうね」
「もうないと思うよ。たぶんだけど……」
たぶんね……。まあ、出てくればそれで良い。困る物ではないからな。
夕暮れまでにはだいぶ時間がある。エリーと一緒に、ヤグートⅡの後部に見つけたシートを使って簡単なターフを張ることにした。近くの灌木から真っ直ぐな木を切り取って柱にする。広さ数m四方の屋根のある空間ができたから、ちょっとした息抜きに使えそうだ。
夕食を取りに村に入って、その帰りに雑貨屋による。素焼きのストーブモドキが売られていたのでそれを購入する。これで外で料理が出来るぞ。
ヤグートⅡに帰ると、無人機の偵察結果を確認する。
バクトさん達はかなり森の中に入っているようだ。周辺200mには大型の獣がいないようだから安心でいるな。
森と村の間の草原にも小型の獣がいるだけだ。大きな岩影に野営をしているハンターがいる。
「この集団はなにかしら?」
かなり北に位置しているが数十の輝点がある。距離は北北東に20kmはあるな。
「ハンターではありませんね。赤外線の反応から獣だと思いますが、かなり温度が高いですね」
「鳥って事もあるんじゃないかな。鳥は体温が高いよ」
エリーの言葉に俺とレミ姉さんが目を見合わせた。鳥なら、説明が付く温度だ。だが、鳥はこれほど群れるのか? 数十はいるぞ。
「監視は必要でしょう。それにこれも気になります」
鳥の集団から1km程離れて3つの個体がいるのだが、これは大きさの割に赤外線反応が小さい。大型の爬虫類と考えるべきだろうな。
こんなのがいるんだったら、明日は村の近くにいた方が良いだろうな。幸いにも球根採取だから数kmも離れずに済みそうだ。
次の朝。私服を着て村の食堂に向かう。朝食のスープとパンを頂き、お弁当を包んでもらって、北門から3km程離れた場所で薬草の球根を集める。だいぶ慣れたとはいえ、あらかじめアナライザーで探しているから俺達の採取は他のハンター達と比べれば桁違いに早いんだろうな。
レミ姉さんが周囲を監視しながら、次々と薬草のありかを教えてくれる。
昼食前には依頼数を終えて、サンドイッチをハーブティーを飲みながら食べているときだった。
無人機の偵察画像を見ていたレミ姉さんが眉間に皺を寄せる。
「やはり近づいているわ。バクトさん達は依然森の中ね。森から15km程の場所を南に移動しているわ」
襲われたハンター達の痕跡を追っているのだろうか? それより、近づいてくる方が問題だな。
「画像が撮れたわ。やはりエリーの言う通りね。肉食性の鳥だわ。ティタニスとライブラリーは判定してるわ」
飛べない猛禽ってやつか。頭の大きさだけでエリーの胴体はありそうだぞ。
「それで、ティタニスの獲物は?」
「鎧竜の一種よ。ライブラリーは、タルキアと80%の一致を示しているわ」
亜種って事だろうな。レブナン博士がいたら目を輝かせそうだ。
「獲物が問題ですね。そう簡単な狩りには思えません。どうなるかは見ものです」
それでも、1頭はかなり手傷をおっているようだ。全長8mを超える恐竜だから1頭だけでも狩ることができればティタニス達も満足するんじゃないかな。
「距離は15km以上離れています。10km以下になったら、村に知らせましょう」
「大岩のハンター達が帰って来るよ」
改めて仮想スクリーンを見ると、昨夜大岩で野営した連中が村に急いでいるな。タルキアを見たんだろうか? 後続のティタニスを見たら一目散なんだろうが、それほど急いでいるようには見えないな。まあ、今戻れば安心できる。ティタニスに見つかったら狩られてしまうだろうからな。
見張りをエリーに代わって貰って、球根を採取し続ける。かなり予定数を上回ったようだ。帰り支度を始めた時に、エリーが北から帰って来るハンターが見えると教えてくれた。
たぶん逃げ帰ってきたハンターだろう。俺達も村へと引き上げることにした。
北門を潜ると、ギルドに向かう。
ギルドのレイドナさんに姉さん達が球根を渡しているのを見て、ミゼルさんに鎧竜と肉食の飛べない鳥が近づいていることを教えてあげた。
「デントスとタニアにゃ。北からたまに来るけど、途中でデントスが狩れなければ村にやってきそうにゃ。デントスもそのまま逃げると村の畑を荒らしそうにゃ」
「やはり村にいた方が良いんでしょうか?」
「そうして欲しいにゃ。ここにいればお茶ぐらいは出すにゃ」
これは早めに準備した方が良さそうだ。
レミ姉さん達を見ると、どうやら今日の報酬と手持ちを合わせて魔法の袋を購入しているようだ。これは都合が良いぞ。
新たに魔法の袋を手に入れて喜んでいるレミ姉さん達に事情を説明すると、俺達は迎撃準備にヤグートⅡに急いで向かった。
戦闘服に着替えるとポンチョを被る。魔法の袋に対戦車ライフルをケースごと入れて銃弾をクリップを2つ入れておいた。
エリー達はAK60を使うようだ。俺は腰の44マグナムだけで十分だろう。
レミ姉さんとエリーが槍を持ったところで、村に帰って早めに食事をとる。姉さんがお弁当を2食分頼んでいる。夜食と明日の朝食だろう。俺は小さな水筒にワインを入れて貰った。0.6ℓで5Cは安いんだろうな。
食事が終わったところで、ギルドの暖炉傍のベンチでお茶を頂く。俺が一服するのを見て、姉さん達はサングラスを掛けて状況を確認しているみたいだ。