PH-036 魔法の袋は便利グッズ
「教えてくれ。お前達の銃は連射ができるのか? それにあの棒もそうだ。当たったラプトルが転倒して泡を吹いていたぞ」
「あまり使いたくは無かったのですが……」
俺達の銃を簡単に説明する。特殊な構造で作った銃と弾丸の組み合わせで連射が可能と言っておいた。姉貴の持った棒は、魔法の袋と同じであると説明する。スタンロッドの動作説明は俺には出来ないし、魔法の袋だって彼らには同じ事だろう。原理は分らないけど使える物って多いからな。
「そうか……。便利そうだが、弾の数が限られているなら多用はできないな。だが、村が襲われらときには使ってくれ」
その時にはヤグートⅡが使えそうだ。25mm機関砲弾なら、大型の恐竜だって倒せるんじゃないか?
次の日。俺達は村に向かって歩き出す。
森の出口付近で牛位の大きさのシカを倒した。頭と内臓を抜き取って、2本の細い木を倒すとそれをソリ代わりにして村へと引き摺っていく。依頼が無くとも肉屋に売れるらしい。肉屋は、3日おきにやって来る荷馬車で王都に運搬するそうだ。
肉の保存手段に使われるのが【バリル】と言う氷柱で相手を攻撃する呪文だ。確かに氷で冷やすなら肉は傷まないだろうけどね。
村に着くと、俺とバクトさんでソリを引き摺って肉屋に向かう。レミ姉さん達はギルドに直行だ。待ち合わせ場所は食堂という事だから、狩りの成功を祝って1杯という事だろう。あの食堂の夕食には必ずワインが着くからな。少し大きめのカップに注いで貰うんだろう。
肉屋での交渉はバクトさんに任せる。銀貨を2枚と銅貨が数枚。それに紙に包んだ片足を受け取ると、バクトさんは俺を連れて食堂に出掛けた。
「6人だ。それとこれを焼いてくれ」
「ああいいともさ。残った部位は貰っていいかね」
食堂のおかみさんにバクトさんが頷くと、6人分の食事代を払って奥まったテーブルに歩いて行く。四角のテーブルを2つ繋げて、椅子を並べれば後は料理とエリー達がやって来るのを待てばいい。
バクトさんがパイプを取り出すのを見て、ジッポーで火を点けてあげると、自分のタバコを取り出した。
「すまんな。火を点ける道具はあるのだがめんどうで困る」
「俺も、吸いたかったですから、構いませんよ。それより遅いですね?」
「カレンの事だ。ゴラン殿に詳しく話しているだろう。……ほら、やって来たぞ」
後ろで扉の開く音がすると、バクトさんが片手を上げて場所を教える。
ドカドカと足を踏み鳴らしてエリーが俺の隣に腰を下ろす。姉さんは反対側だ。
「遅くなったようだな。一応顛末は知らせたが、ゴラン殿は食われたハンターが気になるらしい。ギルドの登録を調べている」
「そっちは俺達には関係ないだろう。ゴラン殿に任せれば良い。先ずは乾杯だ。おい、酒を持ってこい!」
バクトさんの最後の言葉は近くを通った娘さんへの指示だ。「はい。ただいま!」と元気よく返事をして奥に入って行ったぞ。
直ぐにワインのカップで狩りの成功に乾杯すると、焼肉付のシチューを味わう。
「酔わないうちに……」と狩りの報酬を2つに分けて、姉さんにカレンさんが銀貨4枚と穴の開いていない銅貨を3枚渡している。それで、残った銅貨を今夜の飲み代だと娘さんに渡していたけど、かなり飲めるんじゃあないか? 確か、カップ1杯で2Cと言っていたからな。
俺達の宿が村の外だと言って、夕暮れ前に分かれたけど、3人はまだまだ飲む気でいるようだ。
通りを酔っぱらったエリーを担いで北門に向かいヤグートⅡに入る。
濃いコーヒーを飲んで酔いを醒ましたけど、エリーはすっかり出来上がってる。テーブル席をベッドにしてエリーを寝かせると、レミ姉さんと一緒に前部座席に座ってコーヒーを飲み始めた。
「姉さん。カレンさん達の持ち物が少ないことに気が付きました?」
「ええ、それで聞いてみたら魔法の袋とという便利グッズがあるというじゃない。報酬を貰ったら明日買おうと思ったんだけど……。ゴランさんが礼だと言って1つ貰っちゃった。これよ」
そう言ってバッグから大きな袋を取り出した。貰っちゃったものは仕方がないけど、何か貸し1つって感じだな。
銀貨5枚って事だから、それなりの手伝いをしてほしいって事だろうけど、俺達が積極的に介入して良いんだろうか?
「私達の銃が連発だとはカレンさんは言わなかったわよ。3人が銃を持ってそれなりに恐竜に対応できるって事で、便宜を図ってくれたんだと思うわ。村の宿に泊まれとは言わなかったし。明日は休んで明後日から球根を集めましょう。次は呪文を何とかしたいわ」
もう1つ、魔法の袋が欲しいな。武器と銃を入れておきたい。MP-6はラプトルが良いところだ。それ以上となると、AK60やベネリが欲しいからな。
銃弾だって予備として少し持って行けそうだ。それに、着替えだって持って行けるぞ。
「明日は、お休みだからちょっと村をまわってみるつもり、雑貨屋を覗いてみるけど、バンター君は何か欲しいものがあるの?」
「短剣を1つお願いします。槍を作ろうかと……」
その夜は、テーブルのベッドに2人が寝て、俺が上のベッドを1人で使う。
隣がいないのは少し寂しいけれど、あれだけ酔っていてはどうしようもないな。
堀を流れる水を浄化してシャワーを久し振りに浴びようか。この世界に来てからまだ数回浴びただけだし、それも1回3ℓに制限してたからな。
次の朝。エリーの酔いはケロリと治ったようだ。さすがはナノマシンの大量投与を受けただけのことはある。アルコール分解能もかなり高いようだ。元々は毒物耐性を高めるためらしいのだが、俺達の体に注入されたナノマシンの種類はどれ位あるのだろう?
朝食はバターパンにハーブティーが出てきたけど、これって全て村で購入できたものらしい。ほとんど前の世界と変わらない食生活ができそうだ。
「これを飲んで。複合型ナノマシンのカプセルよ」
レミ姉さんが小指の先よりも小さなカプセルを2個俺達に配ってくれた。お茶と一緒にごくりと飲み込んだけど、ナノマシンって注射以外の摂取方法もあるんだな。
「複合型って、どんな効果があるの?」
「消化器系に作用するの。2カプセルを3回投与するわ。後は食事に含まれる金属元素で自己複製をするから、永続するわよ」
食ベ物が俺達の世界と微妙に分子構成が違っているのだろうか? ちょっとした違いで毒物になり得ることもあるから、その辺りを強化しておくって事だろう。
ヤグートⅡの医療キットにはかなり多種類のナノマシンが入っているようだ。博士のトランクにも用途不明のナノマシンがいくつか入っていたらしい。どうやら開発中の物らしいが、俺達で臨床データを集めるつもりでいたようだな。
俺達がヤグートⅡを出たのは、ギルドにハンターがいなくなってからだった。
結構忙しくハンターは活動しているらしいが、俺達はのんびりといこう。北門のトカゲ顔の門番さんに片手を上げて挨拶すると、向こうも槍を少し上げて答えてくれた。ちょっとしたことでも親近感が沸いてくるな。
「私達は、村を一回りしてくるわ。バンター君はギルドで待っていて。出来れば球根採取の依頼を受けておいてほしいわ」
「了解です」と言って、レミ姉さんを見送って、ギルドの扉を開いた。
ギルドの中にはカウンターのお姉さんが2人以外に誰もいない。
「皆は、もう出掛けたにゃ。今日はお休みかにゃ?」
「そんなとこです。カレンさんに狩りに連れて行って貰って、俺達なりに考えるところもありましたし」
「バクトさんとカレンさん達は森にハンターの捜索に出掛けたにゃ。帰ってきたら何かあるかも知れないにゃ」
あの食われたハンターの仲間を探すのだろうか? ある意味自己責任で片づけられないところもあるという事なのか? 状況は無人機で確認できるだろうから、帰ったら姉貴達に様子を見て貰おう。
掲示板に張られたヒラデルとポルネンの球根採取の依頼書を剥がして、カウンターで依頼の確認印を押して貰う。
「もったいないにゃ。頑張って獣を狩るにゃ!」
「でも、球根だって大事ですよ。これは張り出されてだいぶたってますしね」
「結構需要が多いにゃ。でもあまり受けてくれる人がいないにゃ……」
ミゼルさんが腕を組んで頭を傾げている。確かに薬草採取は地味な仕事だからな。ハンター達は率先して狩りを行っているのだろう。だけど俺達は元々これが本業だからね。狩りは採取の邪魔をする者が現れた時だけだ。
姉さん達が来るまで、暖炉傍のベンチでタバコを楽しむ。
夏も近いというのに暖炉には火が入っていた。大きなポットが掛かっているからお茶を沸かすために焚いているのだろうか?
とはいうものの、暖炉が大きいからこの場所でタバコを吸っても煙は全て暖炉の中に吸い込まれてしまう。ひょっとして、タバコの煙対策なのか?
1時間程待ったところで、レミ姉さん達がギルドに現れた。買い物が済んだのだろう。カウンターのお姉さん達に小さく頭を下げてヤグートⅡに戻った。
テーブルに並べられたのは青銅の短剣と10cm程の青銅製のパイプだ。こんなものまで作れるのか……。
「バンター君は、槍を作るんでしょう。私のスタンロッドも、このパイプで連結できるようにしてほしいんだけど」
パイプを手に取ると、肉厚でスタンロッドが丁度差し込めるほどの穴が開いている。抜け止め用のクサビを作ればそれで十分じゃないか?
短剣は型に流して作った物らしい。刃はその後研いだものだろうが、握り部分が棒のようになっているな。工具セットの中身を家探しすれば適当な工具が出て来るだろう。
エリーが革紐の束を渡してくれた。これも必要だな。取り付けた後をグルグル巻きにすれば見た目は本格的な槍に見えるだろう。
昼食が済んだところで、工具セットを外に持ち出して槍作りを始めた。外でやれば車内を汚さないし、ヤグートⅡの浄水タンクへの水の取り入れも出来る。
入水ホースを堀の上流に、排水ホースを下流方向の草地深い溝を掘っておいといた。いくらなんでも排水を直接流すのは問題がありそうだ。
準備が出来たところでエリーにトランシーバで連絡を入れる。
2人とものんびりとシャワーを楽しむんじゃないかな。俺も槍作りが終われば浴びることにしよう。