PH-035 ラブートの咥えてたもの
「バクトさん、ハンターについて教えてくれませんか? 俺もハンターでしたが、草木を専門に集めるハンターでした。どうも、こちらのハンターは違うようです」
「変わったハンターだな。だが、薬草が豊富な土地ならそんなハンターもいるのだろう。ギルドで初めて登録されたハンターがレベル12と言うのは俺達も驚いたのだがそんな裏があったのか。なら、やはり教えておいた方が良いかもしれん。ハンターと言うのは……」
バクトさんも良い暇つぶしができると思ったんだろう。色々と教えてくれた。
ハンターはいわゆる何でも屋だな。ギルドの依頼書で自分達のパーティができると判断した依頼を受けて報酬を得るのは以前聞いた通りだ。その中には、俺が想像してた仕事以外にも、焚き木取りや畑の開墾、更にはお尋ね者を捕まえるような仕事まであるぞ。
バクトさんも用水用の掘削作業をしたことがあるそうだ。確かにガタイが良いからな。
ある程度レベルが上がると、何人かでパーティを組みいよいよ本格的な狩りを行うらしい。
「薬草採取は精々、レベル10までだ。カードに星が刻まれると狩りに転向することになる。お前達も星を持つ身なのだから、ゴラン殿が憐れんで俺達に託したと思うぞ」
「採取で出会った獣は倒しましたが、最初から獣を狙ったことはありません」
俺の言葉を聞いてバクトさんが分かったように頷いている。勝手に解釈してるようだな。
「下地は十分という訳だ。ところで一番大きな獲物は何だったんだ?」
「オオトカゲですか……」
俺の言葉を聞いた途端に目を見開いた。ちょっと強引な手ではあったけど確かに倒したよな。そんな事を思い出しながらタバコに火を点ける。
「十分に狩りができるぞ。俺達もようやくオオトカゲを狩ることができるようになったのだからな。ゴラン殿も中々考えている。オオトカゲを倒せるパーティが2つならば、
ラブート数頭の狩り楽勝だ」
そう言って俺に身を乗り出すと肩をポンと叩いて笑う。かなり凄みがあるんだよな。エリーがいたら俺の後ろに隠れるんじゃないか?
ハンターの暮らしや武器の話になって、おもしろい道具があることを教えて貰った。
魔法の袋と呼ばれる収納袋がギルドで売られているらしい。同じ大きさの袋の3倍を収納できるそうだが、袋は膨らむことなく重さも変わらないとのことだ。小さく畳んでバッグに入れておけると言うのもすごい話だ。
「最初の購入はギルドで可能だ。ハンターが必要とする以上、安く販売するのはある意味理に適ったものだろう。2つ目は雑貨屋で購入することになるのだが、値段は10倍になるぞ」
それもおもしろいな。確かに個人の持つ装備は色々だろうから、最初の1つが極端に安いのはそれを加味しているんだろう。ある意味1つに纏めろって事じゃないか? それができないハンターなら大金をはたく必要があるって事だろう。値段はギルドの売値が500Cと言うから銀貨5枚って事だ。それぐらいなら、球根を掘って容易に購入できるんじゃないかな。
「ラブートに銃だけで挑むのか?」
「一応、これもありますが、そうですね……。槍も作っておきます」
背中の片手剣を叩いた時、腰に差したスタンロッドを思い出して、杖にスタンロッドを伸縮包帯でしっかりと巻き付けた。ちょっともったいないが、ヤグートⅡの医療セットにはたくさん入ってたからな。紐代わりに丁度良い。
杖に棒を繋いでいる俺を、呆れたような表情をしながらパイプを咥えてバクトさんが眺めている。
そろそろ6時間が過ぎている。レミ姉さん達を起こして、ポンチョに包まって寝ることにした。
・・・ ◇ ・・・
早朝。食事の匂いで目が覚める。
すでに全員が起きていた。どうやらぎりぎりまで寝かせてくれたらしい。急いで、ポンチョを丸めて、バッグの上にストラップで固定すると、焚き火の傍に行って腰を下ろした。エリーが朝食の雑炊を渡してくれた。
「さて、全員が揃ったな。朝食後に捜索を開始する。先頭はラグネス。左右をバクトにバンター。その後ろがレミとエリーで殿が私だ。ラブート以外はなるべく狩るなよ」
偵察隊形って感じだな。食事が終わったところで、急造の槍をレミ姉さんに渡したら、ちょっと驚いていたようだったけど、受け取ってくれた。投槍にも使えそうだからな。
食器を纏めると、ラグネスさんが【クリル】を使って汚れを落とす。洗う必要が無いってのがおもしろいな。呪文も早めに確保した方が良さそうだ。
焚き火を消して、入り口の焚き木を避けると、ラグネスさんが周囲を探っている。バクトさんに頷くと、槍を持ったバクトさんが洞から飛び出した。
10m程離れて周囲を探ると、俺達を手招きする。俺には周囲200mに小型犬以上の獣がいないことが分かっているが、カレンさん達のやり方で危険が避けられるなら、俺達が口に出さなくとも良いだろう。
ラグネスさんの左後方5m程の距離を取って進んで行く。
やはり、犬族だけあって嗅覚が優れているようだ。ひたすら前に進んで立ち止ることはない。ショットガンを両手に持ち、サングラスに写る仮想スクリーンを眺めながら進む。50m以内に子犬よりも大きな生物が現れれば警報がなるから、あまり気にしなくても良いのだが、視界は精々30m程度だ。ちょっと不気味なんだよな。
真ん中のエリーはMP-6を肩から下げているが、森の景色や植物が珍しいのか、あちこち杖で突いているぞ。そんなエリーを微笑みながらレミ姉さんが見ているけど、手にはしっかり槍を持っている。
1時間程歩いたところで、休憩を取る。10分程の休憩だ。コトリの鳴き声と木々が風で揺れる音だけが聞こえて来る。
「かなり森に入ったが最深部ではない。森は遥か東に続いているし、北の山系に続いているんだ。森の最深部の北には温泉の湧きでる大きな洞窟がある。誰も奥に入ったことが無いが、途中で引き返したハンターの話では、かなり奥まで続いており、明りまで見えたと話していたな。周辺はダイノスが多いから、よくも帰れたものだと皆が言っていた」
要するに、恐竜の住処と言うところだろう。冬は雪が降るらしいから、暖かな洞窟に避難するんだろうか? 冬眠するわけではないし、それに明りが見えたというのも気にはなる。まあ、興味本位で出掛けるのは避けた方が良いだろうな。俺達の持ってきた銃で、恐竜が倒せるかは微妙なところだ。
休息を終えて再び歩き始める。
突然、「止まれ!」と後ろから小さく鋭い声が聞こえた。
振り向くと、カレンさんとレミ姉さんが小声で話をしている。何か見つけたようだな。
動体検知センサーのレンジを拡大すると、200m程のところに大きな反応がある。
「どうした?」
「あちらの方向に大きな奴がいるようです」
「私には分からないけど……」
俺の周りにバクトさんとラグネスさんが集まってきた。
「俺達は匂いで追跡するなんて技は持っていませんが、周囲の状況は良く分かるんです。そうですね……、バクトさんの持っている槍の長さの100倍位は分ると思います」
「およそ1Kが分かるのか? ラグネスと組めば敵の待ち伏せは防げるな」
唸るようにバクトさんが呟いた。「1K……」ラグネスさんは目を丸くして驚いている。
「相手は分からぬそうだ。だが、この状況ならラブートの可能性は極めて高い。行くぞ!」
今度はバクトさんが先頭に立つ。
ゆっくりと近づくと、仮想スクリーンには、何やら赤い輝点が激しく動いている。
「バクトさん。どうやら仲間割れしているようですよ」
「好都合だ。大方獲物を巡って争っているんだろう。奴らはそんな習性がある」
10分も進むと、激しい叫び声と枝を踏む音が聞こえてきた。
木々のすきまから、数頭のラプトルが相手の咥えた肉を横取りしようとしている姿が見える。
カレンさんとバクトさんが手信号で作戦を伝え合っている。やがてカレンさんが頷くと、エリー達を連れて左に向かった。
「左右から挟み撃ちにする。その銃が使えるなら、カレンの銃声と同時に撃ってくれ。ラグネスは矢を撃ち続けろ」
バクトさんの言葉に頷くと、カシャリとスライドを動かして初弾を装填する。ラグネスさんは矢を3本取り出して口に咥えると、肩から弓を下ろして左手に持った。
ゆっくりとラプトルの群れを左に回り込む。
獲物は6頭らしい。奴らを観察して、思わず声を出しそうになった。奴らの1頭が口に咥えていたのは人間の足だ。村のハンターの1人がやられたんだろう。
「くそ! 仲間を食いやがったな。バンター、あのラブートは任せたぞ!」
「了解です」
短く答えたことで、俺も怒っていることを言外に伝える。
片膝を着き、ドット照準器の中にラプトルの胴体を捕える。スラッグ弾を30m程の距離で放つならかなりの威力があるだろう。頷くことで準備が出来たことをバクトさんに伝える。俺の右側ではラグネスさんが弓を引き絞っているはずだ。
ドオォン! と銃声が上がる。と同時にトリガーを引いた。カレンさんの持つ銃声とは違った高く短い音が森にこだますると、ラプトルが2頭倒れていく。矢が放たれ、こちらに顔を向けたラプトルにダダっとMP-6の銃弾が浴びせられる。
手負いのラプトルにバクトさんが素早く駆け寄ると槍を突き刺した。バクトさんを襲おうとしたラプトルに俺がスラッグ弾を放つ。
カレンさんが長剣を抜いてラプトルに迫るのを見た姉さんがスタンロッドを付けた槍を投げると、カレンさんの目の前で転倒した。すかさず長剣がラプトルの首を落した。
まだピクピクと痙攣しているラプトルを見て回りながら、バクトさんが確実に止めを刺した。
どうやら片付けたようだ。カレンさんとラグネスさんが素早く森の奥に入っていく。
バクトさんはラプトルの蹴爪を短剣で叩いて折り取っていた。
「これがラブートを狩った証しなのだ。カレン達は襲われたハンターを探しに行ったのだろう」
これは依頼された狩りという事だからな。狩りの証は必要なんだろうが、ラプトルの場合は足の蹴爪という事らしい。
カレンさん達は直ぐに戻ってきた。近くにハンターの遺体は無かったようだ。ラプトル達はかなり離れた場所でハンターを襲って、ここまで肉を奪い合いながらやって来たんだろう。
俺達は、帰路に着く。と言っても昨夜の野営地だ。今からでは村に帰りつくのがあまりにも遅くなる。
大木の洞に入ったところで、かなり遅い昼食を取ることになった。今食べたら夕食は夜食になりそうだな。