PH-033 筆頭ハンターはゴランさん
この村はクルトンと言う名前らしい。筆頭ハンターは竜人族のゴランさんだ。今年30歳らしいが、この世界の平均寿命は100歳前後だと教えてくれた。元の世界もバイオテクノロジーが発展したおかげで寿命は延びたが、鉄を知らない文化を持った人達の寿命が100年とは驚く限りだ。
ゴランさん達も俺達が呪文を知らないことに驚いている。
「武器が発達すればそれも頷ける話だ。俺達は数十年前に銃を作ることが出来た。お前達の世界が誰も銃を持つのであれば、呪文も必要ないのだろうな」
「だが、この村では必携だ。呪文一つが銀貨5枚だから、割りの良い狩りをして早めに使えるようにすべきだろう」
イノシシ顔の少しメタボに見えるハンターが教えてくれた。この人の名前はレイさんと言うそうだ。
「戦闘に使う呪文は、【ボム】と言う火炎弾、【バリル】という氷柱の攻撃だけよ。補助呪文には身体強化の【ブースト】と汚れを落とす【クリル】があるわ」
そう教えてくれたのは竜人族のリズナさんだ。スレンダーだから、最初は男性と思ってしまった。
呪文と言っても4種類があるだけのようだ。復活や体力回復、無毒化はないんだな。
一人銀貨20枚あれば揃えられると言うのもおもしろいな。裕福な人達なら最初から持てるんじゃないか。とは言え、使用回数に制限があるから面白半分に使う事ができないらしい。
「火薬の発明で、【ボム】の代替品ができた。爆裂球と言うんだが、少し呪文の方が威力が高いぞ。それでも、これはいつでも使えるからな」
ネコ族のオルベイさんが、握り拳より小さめの黒い球を取り出して見せてくれた。付属する紐を引き抜けば5つ数える時間でドカン! って事らしい。初期の手榴弾って事になるのかな。
「俺達の武器は銃になりますが、持ってきた量はそれ程ではありません。自制して使いたいと思います」
「ああ、それで良い。銃は多用すると爆発することがあるらしい。せっかく砂漠を越えてきたのだ。無茶な使い方はするな」
ゴランさんの言葉に、3人とも頷いている。やはり、青銅製の銃では強度が不足しているんだろうな。
そんな話をした後でヤグートⅡに帰ったのだが、早速の話題はこの上に何を羽織るかという事だ。
「私服を持ち込んでいたわね。私が作り直すわ。要するに、戦闘服の上に着られるワンピースって事よね。ポンチョの予備があるからそれを使うわ。バンター君はコート風に作れば良いでしょう?」
「お願いします。それまでは私服でいた方が良いようですよ。それに、村の近くなら拳銃だけで良いでしょう。銃をあまり持ち歩くのも問題がありそうです」
拳銃弾だけでも相当な数を持ち込んでいる。エリーはレブナン博士の拳銃を使うそうだ。リボルバーと違ってオートマチックだし、マガジンが12発入りだから、弾幕を張れると考えたようだ。強装弾が使えるからMP-6用に他の弾種は取っておく気でいるのかな?
威力不足は手榴弾でカバーする。全員で1個ずつ持てば心強い限りだ。
ギルドの裏手にある井戸からくんできた水筒の水でお茶を沸かす。私服に着替えて夕方前に俺とエリーで10ℓ容器で2本水を運んできたから、少し安心できるな。積んできた水は数年間保存できるらしいから残しておこう。
「明日は、球根を採取するわ。外食は明日で良いわね?」
という事で、保存食の夕食となる。これも保存期間が限られているから、早めに食べなければならないものがあるらしい。
夕食後はレミ姉さんは洋裁を始めたし、エリーは無人機のデータを使って地図上に大型獣や恐竜の分布図を作り始めた。俺はのんびりと多目的センサーの映し出す画像を眺めながら時を過ごす。
・・・◇・・・
次の日。私服に着替えた俺達は、軽い服装で村に向かった。3人分の水筒の水を俺がくみに行き、レミ姉さん達は食堂に昼食を買いに出掛けた。集合場所はギルドだから、依頼掲示板の依頼書を眺めながら姉さん達がやって来るのを待つ。
依頼書の右上を見ると、確かに星が書いてあるものがある。1個までは俺達のレベルで受けられるらしいが、ほとんどが狩りになっているな。その反対に採取依頼は星が書かれていない。ある意味、レベルの低いハンター向けになるのだが、掲示板の三分の二がそんな依頼だ。この状態なら俺達が受けても問題にならないだろう。
「依頼を受けるのか?」
「いや、薬草採取を一昨日受けましたから、今日はそれをこなします」
「昨日が、あれだったからな。狩りをするなら声を掛けろ。3人では少しきついだろうから使えそうなパーティを紹介するぞ」
何時の間にか俺の後ろにゴランさんが立っていた。筆頭ハンターともなると、ハンター全員の面倒をみることも仕事なんだろうな。
「その時はお願いします」と、礼を言うと片手を上げて仲間のところに戻って行った。
それにしても、気配がまるでなかったな。やはり高レベルのハンターともなると、それなりの技術を持っているのかも知れない。獲物だって気配を感じれば逃げてしまうからな。
ギルドの扉が開いてレミ姉さん達が帰ってきた。小さな手カゴを2人共下げている。姉さんの手カゴに袋が入っているのは、今日のお弁当に違いない。ゴランさん達に軽く頭を下げて、3人でギルドを後にした。
北門の東に広がる草原が薬草の宝庫らしい。
30分程歩いたところで、アナライザーの分析を頼りに薬草の球根を採取する。
2人が買い込んだ直径30cm程の手カゴは役に立つ。一々袋に入れるのはやはり面倒だからな。
昼食のお弁当はパンに野菜とハムを挟んだ簡単なものだ。ハムの塩味が結構良い感じだな。所々にある潅木を折り取って、焚き火を作りお茶を沸かす。このお茶も買い込んできたらしい。ハーブティーのような風味だが、この葉や茎も誰かが採取したものなんだろうな。
「もう直ぐ依頼数に達するけど、少し余分に採取しましょう。午後はバンター君が見張りをお願い」
「了解です。それにしても、周囲に2つのパーティがいるとは思いませんでした」
俺達の前後に2つのパーティが球根を掘っているようだ。それでも1人は必ず周囲を眺めているから、襲われる危険性はあるという事だろう。彼等が特に注意しているのは、東の方向だ。やって来るならば東ということなんだろうな。
「この世界にも四季があるようよ。今は初夏の始りみたい」
「冬は一面真っ白だって言ってたよ。100日ぐらい続くって」
約3ヶ月か……。冬越しの蓄えもしないといけないようだ。もっとも、狩りができるならそれ程苦労は無さそうだけどな。
午後は2時間程球根を掘って、早めに村に引き上げた。
ギルドで報酬を貰い、食堂で早めに夕食をとる。明日の朝食用にお弁当を包んで貰うと、今日の収入は銀貨3枚と穴あき銅貨が6枚だ。
こつこつと貯めることになりそうだが、まあ仕方ないだろう。
食後のワインを飲みながら、明日の依頼の話になった時に、ゴランさんとの話を2人にしてみた。
「そうね。いつかは初めないといけないでしょうし、相変わらず時空間ゲートのビーコンは届いていないわ。最悪、ここでの暮らしが始まることもそろそろ考えないとね」
「エリーは別に戻れなくても平気だよ。いろんな人達がいるだけでおもしろいし、お兄ちゃんとお姉ちゃんだっているんだもの」
そんなエリーにレミ姉さんが微笑んでいる。悲壮感が2人には全くないのが不思議な話だ。ひょっとして、プラントハンターの多くが時空間の彼方に俺達同様流されているのだろうか?
プラントハンターに事故がつきものなら、それを許容できる心をあらかじめ植え込むことも必要だろう。あの教団施設はその為のものだったのかも知れない。俺がそれを奇異に思うのは、あの施設で暮らした経験が欠落している為だろうな。
「時空間ゲートのビーコンは引続き確認すべきでしょう。かなり可能性が低くなりましたが、可能性を無視することはできません。とはいえ、ここで暮らして行く準備は、帰還がいつになるのか分からない以上、進める必要があります」
「そうね。では、狩りをしてみましょうか? 必要な品も、銀貨6枚があれば揃えられるでしょうし、長期的にみて必要な物だってあるかもしれないわ」
ギルドに向かうとホールには結構な数のハンターがいる。
奥に、ゴランさん達がいるのを確かめると、3人でテーブルまで歩いて行く。
「今朝の話ですが、長く暮らすにはやはり狩りも必要だろうということで……。できれば俺達に指導してもらえるハンターとお勧めの狩りを紹介して頂けるとありがたいのですが」
「まあ、隣のテーブルに座れ。もう直ぐやって来るはずだ」
ゴランさんの言葉に頷くと、隣のテーブルに着いて待つことにする。果たしてどんな人物なんだろうか? それにお勧めの狩りは何になるのかな?
「カレン! ちょっと来い」
ホールにゴランさんの声が響く。その声にこちらにやってきたのは種族の異なる3人組みだ。
「我等に用か?」
「こいつ等に狩りを教えてくれぬか? レベルは星1つだが、狩りはしたことがないらしい」
チラリと俺達を眺めると、他のテーブルから椅子を持ち寄って、テーブルを囲むように座る。竜人族の女性がカレンというらしい。
他の2人はネコ族よりも屈強な体格をしたトラ族、それに猛犬注意の札を下げたくなるような犬族の若者達だ。
「レベル10を超えているようには見えぬが……」
「呪文は持たぬらしいが、東からやって来たようだ。砂漠を越えるだけの強さがあるという事だろう」
ゴランさんの言葉に3人が唸っている。東から来たというだけで説得力があるんだろうか?
「少しは使えるって事か……。だが、我等が狙うのはダイノスだぞ。それでも良いのか? 最初なら獣の方が良さそうだが」
「何れは狩る事になる。俺としては使える者達か、どうかが問題だ」
恐竜狩りに使えるかどうかを試したいって事のようだ。ダメなら周辺で獣を狩る事になるんだろうな。上手く狩れれば村を守る要員として使えるから、高レベルの連中が狩りに出やすいって事なんだろう。
俺達にも、ゴランさんにも利があるけど、カレンさんには迷惑以外の何ものでも無さそうだ。
とはいえ、筆頭ハンターの一言は重いものがあるようだ。渋々ながら頷いているぞ。