PH-003 鏡面を通って出掛けよう
この施設の正式名称は『プラントハンターギルド』と言うらしい。略称は『PHG-003』だから、最低後2つ同じような施設がこの世界にあることになる。
この世界には3つの大陸があり、PHG-003は中央大陸の首都に設けられたとの事だが、実際には郊外と言うか田舎だよな。
プラントハンターの仕事は、大陸各地を移動して、その場所にある変わった植物、または動物の器官を集めることのようだ。
集めた生物片を分析し、薬として有効な成分があれば、それを大量に集めバイオテクノロジーで増殖し、この世界に薬として広く流通させるのが仕事のようだ。
もっとも、プラントハンターとしての俺達の仕事は集めるだけだ。その後の作業は俺達よりも有能な連中が行うらしい。
腕の戦闘服をめくって3回目の注射を受ける。病院では全て無針注射器だったのだが、今受けた注射は治療用ナノマシンらしい。派遣される場所はギルドの電脳が、俺達の能力を加味して決めるらしいのだが、かなり移動が激しいらしい。その為、予想される病原菌、ウイルス等に対応するため血液中にナノマシンを投与しておくとの事だ。
肝臓の一部を切除して緊急用ナノマシンのカプセルまで埋め込むような事までやっている。ジャングルの水溜りの水でも飲めると言っていたが、そこまでするのかねえ……。
実技のほとんどが銃器類の取り扱い方と試射だった。どうやら俺の銃は44マグナム弾を撃てるらしい。片手では無理だが、両手で持てば25m先の的に何とか当てることが出来た。
エリーは357マグナム弾のリボルバーらしい。中型の獣までは十分通用すると教官殿が言っていたけど、あまり使わせたくはないな。
「さて、これで教育課程は修了だ。明日からプラントハンターとして活動して貰う事になるが、パーティ登録は現状で良いな。それと、施設からの贈り物だ。各自の部屋に運んでおいたから大切に使うんだぞ」
受講生は俺達10人程だ。それを同数の教官がマンツーマンで実技を叩きこまれた。受講生の年代は俺達と同じだから色んな場所から応募してくるのだろう。唯一の違いは、右胸の小さなエンブレムだ。エリーの話では俺達が暮らしていた施設教を管理する教団の紋章らしい。紋章は盾の形で赤字に黒の十字架だが、十字架の周囲は白で縁どられている。どこかで見たことがあるのは俺の記憶が少しずつ戻っているのかもしれないな。
他の受講生とはほとんど会話もない。それでもエリーが俺の周りにいつもいるから、賑やかではあったけどね。
2人、あるいは3人ずつ教官の前に行って、最初の仕事を受け取る。明日は部屋から直接出掛けるのだ。その移動手段と帰る為の手段は睡眠学習で3回も同じ教育を受けたから、忘れることも出来ないくらいだ。
「バンター、エリー!」
教官の呼び出しに、俺とエリーが席を立ち、教官の前に移動する。2人同時に歩みを止めて敬礼をし、俺達の受ける最初の仕事を待った。
「トリニティ教団の秘蔵っ子だと聞いたぞ。シスターが推薦するわけだな。……とはいえ、最初から高度な仕事は任せられん。先ずは、この依頼からだ」
封筒に入った依頼書を受け取り、再度敬礼をしてそのまま部屋を出る。
夕食を取って、俺の部屋でエリーと一緒に封筒を開けた。
「BC150万年。座標、1425……。これって!」
「今は25世紀だよ……」
昔に戻る方法があるのだろうか? タイムマシンは量子力学で否定されたんじゃなかったか?
「続きがある。分類番号KDMM-0026AF、『サベニラム』の果実5個とあるぞ」
エリーが、俺の話を聞きながら端末を立ち上げ、分類番号で対象植物の画像を検索する。
仮想スクリーンに映し出された植物の実はミカンのように見えるが、真っ赤な色で蔓草のような茎から生えている。食べられるのか? そんな考えが一瞬頭をよぎったが、薬用成分が確認されていれば、食べられなくとも問題はないだろう。
実技で使用して、そのまま渡された分析装置に、依頼品の端末からダウンロードした情報を転送する。
アナライザーは、中性子を放出して跳ね返ってきたガンマ線のエネルギーを分析し、対象物の構成元素の種類と組成比を1秒で解析する優れ物だ。懐中電灯に銃のグリップを付けたような形をしているから、目標に向かってトリガーを引けば良いようになっている。レーザーポインター付だから目標を誤ることも無い。
先ほどダウンロードした情報と解析結果が、95%以上であれば対象物と断定しても良いと教えられた。
「年代が気になるけど、明日になれば分かるよね。それより、教官のプレゼントってあれかな?」
エリーがベッドの上に乗っている包みを指さした。
ソファーから腰を上げて、ベッドの包みを取って来た。テーブルの上で布包みを広げると……。散弾銃じゃないか! 12発の弾丸ポーチと銃のトリガーガードの少し前に5発がクリップで留められていた。紙箱には3種類の弾丸が6発ずつ入っている。
散弾銃自体はグリップの後ろにある肩当て部分が無い。化学繊維で編まれたベルトがグリップの下部から銃身の先端部分に繋がっているから、肩に掛けて持っていられるな。名称は? と銃の横を見ると、ベネリM5とある。軍用なのか?
「私も同じかな?」
エリーは、隣の部屋に飛んでいった。
しばらくして、戻ってきた彼女が持っていたものは、短機関銃だ。口径9mmの銃弾をばら撒く奴だな。横の銘板にMP-6と書かれている。
良く見せて貰うと、マガジンの弾数は30発らしい。マガジンが5個付いていたと喜んでいる。
だが、こんな武器を持っていかねばならないほど、薬草採取は危険なのだろうか?
「過去に行けるわけないと思うけど……」
「だよな。たぶん何かの符牒のようなものだろう。だけど場所は座標コードで示してるんだよな……」
まあ、明日には分かるはずだ。集合時間は0800時だから、少し早めに起きれば朝食もゆっくり取れるだろう。
朝早く、腕時計型の携帯端末がけたたましい音を立てる。時刻は0600時だ。施設で貰ったものだから文句は言わないけど、もうちょっと音量が小さくても良いんじゃないか?
戦闘服の上下を着てコンバットブーツを履いた。装備ベルトに付けた品は昨夜の内に中身を確認している。左右の腕にバングルを付けて、ベネリを背中に担げば準備完了だ。
トントンと叩かれた扉を開けると、エリーが同じような服装で背中にMP-6を背負っている。しかもマガジンを2つ上下にしてビニルテープで巻いているぞ。
「今から食堂でしょう? 一緒に行こう。食事の後で帽子とサングラスを買うからね」
「買うのは良いけど、お金が無いぞ?」
「このカードで支払いが出来るみたいよ。施設利用料もあるからプラントハンターに登録された時点である程度口座に振り込まれるらしいの。教団施設への振り込みも自動にしておいたわよ。お兄ちゃんのもね」
前を見ながら頷いたけど、俺の口座ってエリーが簡単に変更できるのか? 怒らせたら残金ゼロにされそうだ。
共用区画のテーブルで食事をとっている従業員は誰もいなかったけど、カウンターで定食を受け取ってカードを提示する。なるほど、カードに預金が無ければ何も出来ないようだな。カードの残金は2万Lを越えているから、しばらくはだいじょうぶみたいだ。
2人で食事をとったところで、空っぽの水筒にテーブルのポットから水を補給しておく。その後はエリーに付いて売店に向かい、サングラスとキャップを買い込む。2つで1200Lなんだが、高いのか安いのか俺には理解できないぞ。
後は、サンドイッチのお弁当と缶入りの水とコーヒーを買い込み、腰のバッグに入れておく。
支払いを済ませると、0730時に近づいている。集合場所は隣の建屋の地上階だから、15分も掛からないだろう。それでも、集合場所へと急いで歩く。
集合場所の扉には『ゲート』と記載されていた。
ゲートに0800時集合とある以上、この中が俺達の集合場所なんだろう。建物の1階は通路が大きく弧を描いている。どうやら円筒形の部屋を通路が取り巻いているらしいのだが、扉に銘板が書かれているのは何か所かある扉の内、この扉だけだ。縦横3mはありそうな2枚扉を開くと、薄暗い空間が内部に広がっていた。
微かに金属イオン臭のある部屋に足を踏み入れると、奥の方に横に数か所の金属製の階段が設えてある。
その周りに、わけの分からぬパイプやケーブルが縦横に走っている。各階段の近くには十数面の仮想スクリーンを展開した操作卓がありそれぞれ10人以上の人達が忙しそうに何やら作業を行っていた。
「あなた達は?」
「0800時に出頭を命じられたバンターとエリーです」
2人の女性が俺達に近寄って問いかけてきた。俺達と同じような戦闘服を着て、腰に拳銃を小粋に下げている。この区画の警備員なのかな?
「確かに……。準備は出来てるけど、直ぐに出掛けられる?」
端末で確認したらしく、先ほどの厳しい表情はない。
「問題ありません。ところで何か移動手段を手配していただけるとありがたいのですが?」
「あなた達は……、初めてなのね。少し説明してあげる。こっちよ」
2人の警備員風お姉さんに教えられたのは、この場所から一瞬で目的地まで移動出来るらしい。ただし、10km程の誤差が出るらしい。まあ、それぐらいは問題なく歩けるけどね。
その移動手段となるのが、階段の上にあるゲートと呼ばれる時空間の穴という事だ。時空間を捻じ曲げることにより目的の過去に俺達を送ってくれる。
だが、送られた先の時刻経過はこちらの時刻経過と合致するらしく、向こうで3時間過ぎればこちらに戻ってくるのは3時間後という事だ。
それと、同一人物を同一時刻の同一箇所に送ることは、パラドクス的に出来ないらしい。確かに同じ時刻に1人の人物が2人存在するわけがない。
「あなた達は、依頼された年代と座標を入力するだけで良いわ。実際の入力はこちらの担当者が行い、あなた達はその入力を再確認してボタンを推すだけで良いわ。簡単でしょう。帰る時は、腕のバングル型端末の緑ボタンか、もう一つのエマジェンシーバングルのプラスティックカバーを破壊してスイッチを押せば良いの。簡単でしょう?」
帰る手段が2重化されているのか。ならかなり安全じゃないのか?
「了解です。ですが、この装備がちょっと理解に苦しむんですけど……」
「プラントハンターの行き先は、まだ人類さえいないのよ。類人猿が良いところね。野生の獣がうようよいるし、大型肉食の爬虫類だって跋扈してるわ。その装備は最低限って感じね。少しずつ装備を充実させれば良いわ。でも、初めてなら、これをあげる」
「ありがとう」と言って受け取ったのは、手榴弾だった。とりあえず、肩口のストラップに固定しておいた。
ビービーという警報音が鳴り、階段の1つの上に俺達のTAGナンバーが表示された。
「さて出発らしいわよ。あの階段に進みなさい。後は係員が教えてくれるわ」
お姉さん達2人に見送られて、表示の付いた階段に歩いて行く。
「初めてだな。チーフ達に話は聞いているとは思うが、再度確認する。お前達が告げた年代、座標にゲートを設定する。ゲートをお前達がくぐればそこは目的地だ。少し誤差があるが、それ位はお前達の能力で何とでもなるはず。依頼を遂げた後は、適当に周囲の草木を標本として集めてくれ。後に大きな発見があることもある。帰りは、バングルの緑ボタン、またはもう片方のバングルのボタンを推せば、目の前にゲートが現れる。さて、依頼の年代と座標は?」
一方的な説明だが、2度聞けば理解できる。年代と座標を告げると、俺達の前に仮想スクリーンが現れた。数字の確認をして、仮想スクリーンの下に点滅している表示を指で押すと、スクリーンが消える。
ゴオォォン……。階段の上で金属音がすると、鏡のような面が現れた。
「準備出来たぞ。これに採取品を入れてきてくれ。中に小袋と密閉容器が入っている。適当に採取したものは密閉容器に保管しとくんだ。……では、成功を祈ってるぞ!」
渡されたナップザックを受け取ると、エリーと共に階段を上る。そこには縦横3m程の鏡面があった。少し違うのは表面が不規則に波立っている事だ。
「それじゃあ、お兄ちゃん出掛けましょう!」
エリーが片足を鏡面に入れる。微笑むエリーに頷くと、俺も片足を入れる。まるで水に足を入れるような抵抗を受けて、俺達は鏡面に体を入れた。