PH-027 見知らぬ世界
3人で朝食を取り、第二ゲート区に向かう。
0630時を少し過ぎたあたりだから普段でも人影が少ない区画には誰の姿も見えなかった。
コツコツと俺達のブーツの足音だけが通路に響く。靴底に鋲が打ってあるんだな。特殊な靴底らしいから、少しでもすり減るのを防ぐ目的なんだろう。
3人もナップザックを背負っているけど、エリーはお菓子だろうな。俺の中身はタバコと銃弾だ。
第二ゲート区の扉を開けると、やはり準備が出来ているようだ。整備の人達は夜をっ徹して作業をしてくれたんだろう。
「あら、早いわね。もうちょっと待ってほしいわ。あそこでコーヒーが飲めるわよ」
俺達を見つけたリンダさんがコーヒーに誘ってくれる。
ありがたく使い捨てのコーヒーカップで、モーニングコーヒーを楽しむことにした。
「今度は、レブナン博士が同行できないらしいけど、あなた達なら大丈夫そうね」
「バンター君の賜物よ。これが済めば少し休めそうだわ」
そんな話をレミ姉さんがしている。
タバコを取ろうとテーブルに手を伸ばした時だ。カップのコーヒーに波紋が立っている。地震か?
だが、誰も気にしていないようだな。あまりに小さい揺れだから気が付かないだけかも知れない。
「姉さん、この辺りでは地震が多いの?」
「突然ね。う~ん、私の記憶には無いわ。小さいのはあるのかも知れないけど、少なくとも体感できる大きさは無かったと思うわ」
3人が俺を見ているけど、気にせずにタバコに火を点けた。
地震が無い地帯って事だろうな。遠方の地震がここまで届くならば確かに体感するほどの大きさにはならないはずだ。
一服を終えると、ガラスの灰皿にタバコを押し付けて火を消した。レミ姉さん達が席を立つのを見て、一口残っているコーヒーを飲み込むと俺も席を立つ。
カタカタと小さな音がする。ガラスの灰皿が振動で音を立てているみたいだが、出発前の喧噪で俺以外は気が付いていないみたいだ。
ちょっと、心配だな。大きな地震が無くても小さな地震があるんじゃないか?
ここは、早めに出発した方が良さそうだ。
既に、作業員はヤグートⅡから離れているし、時空間ゲートの操作員達は仮想スクリーンに取り囲まれて作業に入っている。
「姉さん。そろそろ乗り込みましょう。早く出掛けて、早く帰って来ましょう」
「そうね。……リンダ。準備は良いかしら?」
「あなた達が席に着いた頃には終わってるはずよ。行き先は6670万年前、座標は前に向かった場所になっているわ。だいじょうぶ、陸地よ」
確かに、向かった先が海底ではシャレにもならないからな。
リンダさんに片手を上げて挨拶をすると、俺達はエアロック室の扉を開けてヤグートⅡに乗り込んだ。
「エリー、急いで出発の準備をしてくれ。どうも気になってしょうがない」
「既にアイドリング状態よ。レミ姉さん、ゲートの準備は良いのかしら?」
「もうすぐ、ゲートが出来るわ。そしたら、直ぐに出掛けて大丈夫よ。年代と座標の称号は済んでます!」
俺の危惧を肯定してるんだろうか? 理由を聞くことも無く、準備が整られた。
斜路の上が輝いて時空間ゲートが出現すると、エリーはヤグートⅡを前進させる。いつもより少し速度を上げているな。
もう少しで時空間ゲートの鏡面を潜ろうとした時、いつもより鏡面の小波が大きいことに気が付いた。
突然、ゴオォォ……っという音が聞こえ、激しい揺れに襲われた。
エリーがヤグートⅡをバックさせようとしたが、既に先端部は鏡面の中だ。
「お兄ちゃん、バックできない。引きこまれてるよ!」
泣きそうな声でエリーが訴える。
ガクンっと後方が持ち上がり、ヤグートⅡはずるずると鏡面に飲み込まれていった。
・・・◇・・・
深い闇の中から、意識が覚醒する。
ズキズキと頭の芯が痛むが、手足を動かして異常が無いことを確認する。隣のエリーはまだ気絶しているようだ。
頬を軽く叩くと何とか意識を取り戻す。後部座席に行ってテーブルに突っ伏しているレミ姉さんの様子を確認する。
揺り動かすと、小さな声を上げたからたぶん大丈夫だろう。
「エリー、周囲の確認だ。姉さんが気が付いたら、状況を確認したい」
「了解。現在周囲500m以内に大型獣は存在なし。小型の獣がいるけど、この反応だと狼位の大きさよ」
エリーの言葉が終わらない内に、姉さんが体を起こして周囲を確認している。
「大丈夫ですか? 俺とエリーは問題ありません」
「そうね……、大丈夫みたい。ところでここはどこ?」
「これから調査します。先ずは、コーヒーを飲みましょう。とりあえずは無事を祝ってからです」
エリーが、前席からやってきて、テーブルにコーヒーカップを並べる。俺が運んできたポットに入っているコーヒーを注ぐと、3人でゆっくりと味わう。これからやることが多いから、分担を決めて対処しなければなるまい。
「現在の時代と座標はヤグートⅡの電脳でも不明となっているわ。プラントハンターギルドからの時空間ビーコンは検知出来ない。ここはどこでもないどこかという事になりそうね」
「年代は周囲の植生と獣の調査で概略は分かるでしょう。エリーはヤグートⅡの被害状況を確認、レミ姉さんは周囲の環境を調べて欲しい。俺が周囲の植生を調べてみる。その後は時空間ゲートによる帰還方法を再度マニュアルで確認だ」
俺の指示に2人が力強く頷くと、直ぐに作業を開始した。
「大気成分、私達の暮らしていた時代と同じよ。炭酸ガス濃度は五分の一なのが唯一の違いね。温度22度、湿度は60%だわ。車外活動に支障なし。念のために多機能センサーで周囲を監視するわ」
「では、植生のデータを採取してきます。姉さんの方はマニュアルをお願いします」
天井のタラップを下ろして、ブリッジに上る。念のためにハッチを閉じておけば、エリー達も安心だ。
周囲を眺めると、どうやら小さな林の中らしい。東と南は立木の向こうに草原が見えるし、北は森に続いているようだ。森の木々の彼方には雪を頂いた山系が連なっている。西には木々を通して小さな流れが見えるな。
周囲には鳥の鳴き声以外には、木々の小さなざわめきだけだ。かなり風があるようだな。
一通り周囲を眺めたが、獣の姿は見えないようだ。アナライザーを取り出して、レーザービームで個々の植物を確定しながら調査を行う。ライブラリーとの単純な比較では90%以上だ。ひょっとして俺達の世界とかなり似通った世界なのかも知れないな。
20種類ほど調査したところで、車内に戻った。後はヤグートⅡの電脳で詳しく調査できるだろう。
テーブル席に戻ると、2人が深刻な表情を浮かべている。
「何か?」
「やはり、帰還する手段が無いみたい。こちらからの帰還コールにギルドの時空間ゲート発生装置のアンサーバック信号が戻ってこないのよ」
「とりあえず落ち着きましょう。食料は一か月以上持ちます。俺達が出発しようとした時に大きな地震がありました。時空間ゲートに何らかの被害があった場合は、こちらの信号は受信できないはずです」
「そうね。それも考えられるわ」
「少なくとも、帰れるかどうかは直ぐに結論を出すべきじゃないでしょう。アナライザーで周囲の植生を調べてきました。データの解析をお願いします。エリーは無人機を使ってこの周囲の簡単な地図を作ってくれないか。半径50km位あれば十分だ」
2人が作業に入ったところで、これから俺達がするべきことを考えてみる。
こんな場合は最悪ケースで考えた方が良さそうだ。
最悪となると、やはり敵性生物の確認って事だろうな。エリーの地図作りで、そんな生物も探せるかも知れない。
食料と水はしばらく持つから、1週間ほど周辺の調査が出来るだろう。それで何か分かる可能性だって捨てきれない。
「バンター君、このデータ……、本当に周囲の植生なの?」
「ええ、そうですよ。何か分かりましたか?」
「少なくとも、10万年前まで遡ってないわ。ほとんど私達が暮らしていた時代と変わらないわよ」
驚いた表情でレミ姉さんが俺を見ている。
となると、問題が出て来るぞ。
「エリー、無人機は飛ばしたのか?」
「現在上空2千mだよ。半径10kmを旋回させて戻そうと思ってるけど……」
「よく見ていてくれ。ひょっとしたら、煙が上っている場所はあるかも知れない」
俺の言葉を聞いて、レミ姉さんが小さな声を上げた。
「ひょっとして、現地人!」
「可能性があります。10万年前でも火と道具位は使っていたでしょう。小さな部族社会があるかも知れません」
帝国を作っている可能性だってある。無人機の大きさは直径1mぐらいの円盤状のイオンクラフトだから、早々見つかることも無いだろうが、使う場合は気を付けなくちゃならないな。
となると、ヤグートⅡも見つかる可能性がありそうだ。少し森の中に分け入った方が良いのかもしれない。
予定されたコースで飛行を終えた無人機が帰ってきたところで、テーブル脇に仮想スクリーンを展開して周囲の状況を眺めた。
どうやら大きな森の外れに俺達はいるらしい。東の草原は5km程続いて荒地に続いている岩と砂の世界だな。南は10km程先まで草原だがその先に森が広がっている。
北の森はずっと北まで広がって大きな山の斜面に伸びていた。
「これが問題ね」
西に村がある。ログハウス風の家が50程確認できるが石作りの家も数軒あるのだ。村の周囲は丸太を使った柵で取り囲んでおり、東には林の向こうに見える小川から引き込んだ堀まで見える。
「無人機は何機か積んでますよね。大きさは一緒なんですか?」
「小型もあるわよ。この大きな木に着地させて様子を見るしか無さそうだわ。映像と音声だけになるけど、赤外線モードも使えるわ。望遠レンズもこちらで操作できるタイプだから丁度良いわね」
エリーが仮想スクリーンを別に展開して小型の無人機を映し出した。
鳥形だな。茶色なら木に止まっていれば見付けにくいだろう。動作時間は3日という事だから、直ぐにレミ姉さんが無人機を準備している。
これで、村の暮らしが分かるはずだ。文化、言語でこの地方が特定できるだろう。