PH-023 恐竜絶滅は地殻変動?
水源の泉は大きな池のようだ。周囲を鬱蒼とした森が囲んでいる。
さて、今後の調査をどう進めるかだな。泉には肉食のピラニアみたいな魚がいるから、水草や水辺の草はヤグートⅡの中でマジックハンドを使って行わねばなるまい。森の中が問題だが、それはもう少し様子をみよう。
「結構深そうだわ。ヤグートⅡの両サイドに浮体を付けたから、前よりも潜らないはずよ」
「このまま進んで、泉の状況を確認しますか? 簡単な地形図を作れば調査漏れも防げます」
既に、昼を過ぎている。簡単な地形図を作成して明日の備えようという事で、ヤグートⅡは泉に乗り込んだ。
流れ出る川は浅いが、泉は三角錐のような形で真ん中が深くなっている。傾斜は急で、小川から20mも泉に入ると既に水深は5m近い。
時計回りに泉を巡って、ソナーを使えば簡単な地形図の作成は容易だ。
そんな調査をしている中で、水の吹き出し口を見つけた。2か所から砂を巻き上げて勢いよく吹き出している。その吹き出し口周囲の深さは20m近い。数か所に岩盤の深い亀裂を見つけたから、吹き出し口もそんな岩盤の割れ目から噴出しているんだろう。
ヤグートⅡを川に戻して、今夜はここで過ごすことにした。屋根の多機能センサーを
搭載したポールを伸ばして周辺の監視を行う。危険な場合は泉に逃げて深場に潜れば安全だろう。
「周囲500mの監視が出来れば十分だわ。ドローンもまだ活動してるから警戒は十分だと思うわ」
そんなレブナン博士の言葉に、俺達は泉の地形図と撮影した画像を見比べながら採取する水草を話し合う。
川で採取した水草と比較しながら対照を絞っている。茎の太さ、葉の付き方、葉の長さ等色々違いがるようだ。
水草はレミ姉さん達に任せて、俺とエリーで水辺の草を調べる。まだ花まで進化していないんだろうな。10cm程の草丈はどう見ても地下茎で増えている様だ。
「お兄ちゃん、このシダは?」
「画像解析だけでは新種になってるな。一応、リストに入れておこう」
変わった植物というのは見当たらない。どこかで見たような植物ってのが一番怪しいんだと思う。森を作っているヤシに似た植物だって、実はどこにも実っていない。あれもシダの一種なんだろうな。
何事も無く一夜が明けて、2つに分かれて植物を採取する。レミ姉さんと博士が前部に移動してマジックハンドで水草を採取し、俺とエリーでブリッジから長い棒に付いたマジックハンドで水辺の草を採取する。
岸辺から2m以上離れていれば獣も襲ってこないだろう。念のためにエリーがMP-6を持って待機しているけど、たぶん使う事はないだろうな。
採取すると、エリーがピストル型のアナライザーでライブラリーとの照合を行う。採取の基準は一致率が60%を切ったものだ。荒い判定だが、それでもかなりの種類が採取できたぞ。
レミ姉さんに連絡して、マジックハンドでシリンダーを屋根に上げて貰う。標本を採取したシリンダーを水中に落とせば、再びマジックハンドで回収して貰える。
2日程そんな作業を繰り返し、シリンダーが全て満杯になったところで、この時代を後にする。
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「まったく、驚くような成果を出してくれたものね」
帰ってきた次の日に俺の部屋に夕食後4人が集まった。最初の言葉がレブナン博士の先ほどの言葉だ。
「新種が41、ミッシングリングを繋ぐ物が9つもあったわ。更に亜種が50以上なんて……、他のパーティが3つ同時に活動してもこんなには見付けられなかったでしょうね。しかも、新生代でよ。開いた口が塞がらないわ」
「やはり、砂漠地帯に取り残されたオアシスは見落としていたようですね。他のオアシスも探索すべきでしょう」
「既に3つのパーティが出掛けたわ。バンター君には他の時代を検討して欲しいと言うのがギルドの要望よ」
とは言っても、そんなに都合良くは考え付かないぞ。
数日の休暇があるらしいから、2日程待って貰ってのんびり考えてみよう。
それにしても、3組を向かわせたのか……。もう少し俺達で楽しみたかったな。
「お兄ちゃん。も少し前の時代は?」
「気になった時代はあるんだが、少し危険な気がするんだ」
「大量絶滅時代?」
レミ姉さんが俺とエリーの話に加わった。
確かにその時代が、気にはなる。その原因が俺の記憶とどこか異なるようだ。レブナン博士は大規模な地殻変動だと言っているが、俺はメテオインパクトと言う記憶がある。その違いが気になるんだよな。
時空間ゲートがタイムマシンでないことは確かなようだ。
動作原理は俺にはさっぱりだけど、やはり平行世界への出入り口なんだろうな。そうだとすれば、俺の記憶はこの世界と異なる世界の人間の記憶という事になる。ひょっとして記憶そのものが入れ替わってることだってあり得る話だ。
この世界のバンターという男の記憶を持った、本来の俺はどうしているんだろう?
「姉さんやエリーには申し訳ないが、俺にはバンターとして暮らした記憶がまるで浮かんでこない。実技や教育は体と脳に刷り込むことはできるけど、どうしてもバンターとしての俺の記憶が戻ってこない」
「でも、お兄ちゃんは……。お兄ちゃんだよ。記憶が戻らなくても、良いじゃない。これから新しいことを色々やろうよ。施設の思い出なんて……」
俺を慰めようとしていたエリーが最後で言葉を言いよどんだ。レミ姉さんが俺達から顔をそらしたところを見ると、施設での暮らしは楽しいものでは無かったのかもしれない。
だけど、それだって思い出には違いない。それを思えば、どんなつらいことも我慢できるってこともあるだろう。
俺の持つ記憶がこの世界のハンターとして役立つなら、それをとことん試してみるの面白そうだ。ここは、行ってみるしか無さそうだな。
「行ってみるか? 恐竜の大量絶滅の起った時代は確か封印されてるはずだ。その封印ぎりぎりのところに行けば、植物のミッシングリングを埋める物があると思う。メテオインパクトにしろ地殻変動にしろ環境条件が激変したはずだ。それを生き延びた植物がミッシングリングを埋めてくれると思う」
「準備しなくちゃ! 博士は地殻変動だし、お兄ちゃんはメテオインパクトなんでしょう? それに合わせるようにヤグートⅡを改造しないとね」
嬉しそうな表情で俺の顔を見る。レミ姉さんもエリーの後ろで頷いてるぞ。だけどこの間改造したばっかりだと思うんだけどな。
仮想スクリーンを開き、ギルドのライブラリーで恐竜絶滅の解説を眺める。やはり、大規模な地殻変動との記述があり、俺達プラントハンターでさえもその時代に行くことは禁じられているようだ。6640万年前、その前後30万年が禁止区域になっている。ならば、6610万年前のギリギリまで遡ってみるか。どんな事態になっていたとしても30万年が過ぎていれば環境は安定しているだろう。そんなハンターは俺達が最初じゃないはずだ。何組かのハンターが興味本位で出掛けているんじゃないかな。
そんな映像記録を漁っていると、確かに出掛けた連中がいる。簡単な地図も出来ているようだ。その後に作られた地図を編集したようにも見えるが、無いよりは遥かにマシだ。
その地図で見ると……、荒涼とした大地が広がっているだけに見える。2つ目の仮想スクリーンを開いて、映像を早送りで確認しても、ごつごつとした溶岩台地が見えるだけだ。
これで、今の自然が回復したと言うなら奇跡だな。全て1から出直したって言ってるようなものだ。だが、そんな事はあり得ない。カンブリア爆発から延々と繋がる生命の樹が途中で途切れる事はありない。どこかの枝が残ってそこから再び大きな枝が育ってきたと考えるのが自然ではある。
だとしたら……、大災厄を生き延びた種はどこにいるって事になる。それを見つけられれば、ミッシングリングがかなり埋まるって事じゃないかな。
かなり長期的に探す必要がある。それに現在の無人機では高度と滞空時間が不足する。小型の飛行船を使って長期的に地表を探すってことになりそうだ。
「エリー、地表探査が可能な飛行船がカタログに無いか? ちょっと調べてくれ」
「お兄ちゃん、飛行船って何?」
俺の言葉に、エリーと姉貴が一緒になって振り向いた。
この世界に飛行船ってないのか? だとしたら、かなりいびつな科学技術を持っていることになるぞ。
簡単な絵を描いて、2人に説明を始めた。熱心に聞いているけど、果たして理解してくれたかどうか?
「レブナン博士に相談してみるわ。長期間に渡って上空から地表を観測する装置と考えれば良いのね」
「まあ、そんな感じだ。かなりのハンターがぎりぎりまで出掛けている。映像記録を見る限りでは、植物は見つからない。だけど、高々数千万年で俺達まで細菌から進化したとは思えないからな。どこかにあるはずだ。その時代の楽園がね」
そんな話をした夜中に、レブナン博士に叩き起こされた。
詳しく飛行船の概念を聞きたいらしい。やはり、博士も興味を持ったようだな。
「通常画像と赤外線に紫外線画像を得られれば良いでしょう。上空に1機を上げて数機を制御すれば良いわ。確かにヘリウムガスを入れた風船を飛ばすなんて子供の考えではあるけど、探索の容易性を感がれば最高の発明になるでしょうね。動力源はソーラーパネル。移動用のプロペラを付ければ十分よ。10日後に出発しましょう。それまでに作っておくわ」
最後にそう言って帰ったけど、嬉しそうだったな。ひょっとして、これで特許でも取るんだろうか? いろんな使い方が出来るから、かなり売れるんじゃないか?
出発する前に見たヤグートⅡは、まるで夜逃げ姿のように大量の荷物を載せていた。1つ100kg程の飛行船を3つも括り付けているのだ。信号受信用のアンテナを納めたドームがブリッジの後ろにコブのように突き出ている。更に浄水タンクが2つも屋根に乗せられているから、1か月位なら現地に滞在出来るんじゃないか?
「さあ乗りましょう。中はそれ程いじってないから過ごしやすいはずよ」
そんな事を言ってるけど、結局少しはいじったと言ってるんだよな。俺達は恐る恐る後部のエアロックからヤグートⅡに乗り込んだ。




