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PH-020 予兆


 俺の記憶にある歴史とこの世界の歴史は少し異なるようだ。

 確かに、今の世界には大陸が3つあるが、記憶の中では5つになっている。地名だって、端末のライブラリーで調べても、ユカタン半島は見つからなかった。

 ひょっとして、俺の記憶は全く別な世界の記憶なんだろうか?

 原因は時空間ゲートの事故による高次元体との接触によるものだと博士は言っているようだが……。そうだとすると、時空間ゲートは過去への扉ではないんじゃないか?

 ある意味、平行世界への扉とも取れるぞ。過去ではなく、そんな世界を持っている別の世界に俺達は行き来してるんじゃないか?

 

 南洋の朝日がヤグートⅡの防弾ガラス越しに届いている。サングラスをかけても眩しいぐらいだ。

 朝食を終えると、エリーが1時間程で到着することを教えてくれた。

 

「ホテルのチェックインは午後だから、午前中はヤグートⅡで海底を散歩しましょう」

 ある意味、ヤグートⅡの運用試験でもあるのだから、標本の採取を行ってみるのも良さそうだ。

 

「それじゃあ、潜ってみるね。水深は30m位だけど、大丈夫だよね」

 嬉しそうにそう言うと、前部の操縦席に急いだ。

「それじゃあ、適当に標本を採取してみます。50mは潜れるということなら、海底を移動して沖に出るのも良いかもしれません。その辺りはエリーの判断に任せます」

「そうして頂戴。限界水深は100mだから、それ以下なら問題ないわ」


 俺が前席に戻ったところで、エリーはヤグートⅡをゆっくりと潜水させはじめた。

 ちゃんと、屋根のハッチは閉めといたよな……。そんなことを考えていると、水深20m付近でヤグートⅡが水平になった。バラストの調整は上手くできているようだ。


「このまま海底に下りてキャタピラ駆動で西に進んでくれ。1km程で断崖に出るから、崖の壁をなぞるように水深60mまで潜航するぞ」

「了解。地形図の通りに進んでいくよ」

 

 ヤグートⅡはゆっくりと沈んでいき、海底の砂を巻き上げながら着底した。これからはキャタピラで進んで行くようだ。後部方向には砂を巻き上げそうだが、前がきちんと見えているなら問題ないだろう。


 前照灯と側面の投光器により、周囲の風景が鮮やかに見える。水深20mぐらいになると水中に届く光の量が激減してくる。天井越しに見る水面方向は明るいが、岩に張り付いた海綿等は段々とその色がモノトーンに変わってきている。

 

「この辺りで、水深25mだよ。このまま下ってるけど、真っ直ぐ進んで良いんだよね」

「そうしてくれ。前方にある崖には注意してくれよ」

「わかってる!」


 海底を進んでいる状態では、車体下部と側壁に設けられたバラストタンクに注水しているはずだ。崖から落ちた時に、バラストやトリムタンクの微調整を素早く行わないと、そのまま崖を海底深くに落ちてしまう。ある程度は自動化されているとは思うけど、エリーの操縦が見ものではあるな。


「そんなに心配しないでもいいわよ。万が一の時には駆動装置を廃棄するから、それだけでヤグートⅡは海上に浮かぶわ」

「バラストウエイト代わりですか? まあ、安全装置ってことですね」


 後ろからレブナン博士が教えてくれた。そんなに心配そうな顔をしていたかな?

 とりあえず、安全性は確認できたから、海底の様子を見ていよう。かなり魚影も豊富だし、ウミガメまで泳いでいたからな。

 海藻のようにソフトコーラルが砂地に点在する岩から枝を出している。まだ太陽が顔を出さない早朝のようなモノトーンの光景が辺りに広がっているが、前照灯に照らされたソフトコーラルは鮮やかな赤や黄色に変わり俺達の目を楽しませてくれる。

 

 前方に崖が見えてきた。砂地の斜面が100m程先で切り取られたように無くなっている。

「海底移動から水中移動に切替えます。バラストタンク排水、トリム調整……。海底から50cm上昇。電磁推進ジェット起動。微速前進開始!」

 そのまま、崖を飛下りるってことはしないようだ。電磁推進で進むのか。海上での航跡は2条だったから、電磁推進ジェットは2式あるんだろう。

 ゆっくりと前進すると、突然砂地がなくなって崖に出た。下部に付いている照明灯でも切り立った断崖の壁が見えるだけで下はまるで見えない。断崖の傾斜は殆ど直角に近い。 

 数十m進んだところでゆっくりとヤグートⅡが回頭して、崖の面に進んで行く。10m程崖の面から離れたところで停止すると、今度は崖の面に沿ってゆっくりと潜行を始めた。


「現在、深度30m。1分間に2mの速度で潜行中」

「50mで一旦停止してくれ」


 10分程でヤグートⅡの活動領域を超える。かなり周囲が暗くなっているから、あまり深い場所での活動は俺達の世界ではないだろうな。

 それでも、安全深度は100mと言っているから、更に20mは潜ってみたい。何かの拍子にそんな事態が生じないとも限らないからな。


「水深50m。潜水停止。バランス調整に問題なし」

「だいぶ暗いな。照明灯がないと細かな様子はわからないぞ」

「生物は多様性を持っているから、こんな場所でもたくさんいるわ。でも、深場の生体を採取するのは、別のハンター達が専門に行っているわ」


 俺達は光のある場所で……か。都合よくはあるが、それだけ色んな生物がいるってことだろう。

 壁面に取り付いた珊瑚やソフトコーラル、小さな割れ目から顔を出す小魚や海老が俺達を楽しませてくれる。


「エリー、ゆっくり潜行してくれ。目標は70m。それ以上は俺達とは別のハンターの仕事らしい」

「了解。このまま壁面に沿って潜るね」


 更に辺りが暗くなる。確かにこれでは問題があるな。周囲を照らす照明は20m程先まで届いているが、それ以外は夕暮れの光景だ。

 潜るに連れて、あれ程いた子魚が少なくなってきた。海老やカニが目に付く。


 何かが、左舷下を横切った。かなり長い体長だ。ウツボなのか? だが、こんな深場で獲物を探してるんだろうか?

 キラキラと何かが波をうって泳いでいる。


「お兄ちゃん!」

「ああ、俺も気が付いた。もう少し潜ればよく見えるんじゃないか?」

 だが、かなり大きいな。数mはありそうだ。

 壁面の移動が止った。ヤグートⅡが深度70mに達したのだろう。直ぐに、エリーが深度70mを告げる。


 あれ程壁面に取り付いていたソフトコーラルの姿が探さないと分からない程に減っている。ごつごつした岩壁に砂の川が流れていた。

 先程見掛けたキラキラした細長い奴はもう少し下のほうにいるようだ。数匹がいるようだが、その内の1匹が近づいて来た。


「綺麗!」

「『竜宮の使い』? エリー、急いでヤグートⅡの向きを反対にして前部を下げてくれ!」

 ゆっくりとヤグートⅡが回頭を始めると、博士達が後部座席から前部の席に移動してきた。座る場所がないから、俺達の座席に体を預けて立っている。


「始めて聞く名前よ。あれは深海魚の一種じゃなくて?」

「危惧であれば良いんですが……」

 崖から離れて外洋に向くと、トリム調整が行われ、前部の防弾ガラスの窓が下に向けられた。かすかに届く光の中に沢山の魚が泳いでいる。


「エリー、照明弾を使ってみて。水中モードで使えば数百m先で3分は使えるわ。透明度の高い海だから、十分に観測できるわよ」

 博士の言葉を聞いて、エリーが仮想スクリーンの選択画面を操作している。

 やがて、小さな泡を引いて照明弾が打ち出されると、十数秒後に周囲が眩しく照らし出された。

 そこに映し出された光景は、おびただしい数の竜宮の使いだ。他にも何種類かの深海魚が混ざっている。


「エリー、急速浮上! 姉さん、周辺の島々に異変を知らせてくれ。とんでもないことが起きるぞ!」

 姉さん達が後部席に無かい、エリーが潜水用のタンクを全て排水し始めた。エレベーターに乗ったような感じで水面に向かって上昇していく。

「シートベルトを締めて。海面から飛び出すかも知れない!」

 大声でエリーが告げてくれたので、急いでベルトを確認する。後ろを振り返ると姉さん達もベルトはしているようだ。

 水面から飛び出すのは大げさだろうが、確かに頭ぐらいは天井に打ち付けそうな勢いだ。


「メール文作成終了。海上に出たら直ぐに発信するわ。でも、何でそんなに慌ててるの?」

「私も興味があるわね。深海魚だって餌を求めて上昇することだってある筈よ」

「とりあえず水上に出たところで説明します」

 

 俺の危惧が果たしてこの世界に当てはまるかどうか怪しくはあるが、万が一ってこともあるからな。

 突然、体が座席から放り出されるような衝撃を受けて、シートベルトがそれをホールドしてくれた。やはり、シートベルトがなければ頭を打ってたな。


「海上に出たよ。これからどうするの?」

「とりあえず、ソナーと動体センサを作動させておけばいい。通信回線を開いて、近くの放送局も見ていたほうがいいな。それと、この位置をキープさせて少し休もう。ひょっとするとこれから忙しくなるぞ」


 俺達が後部座席に座ると、直ぐに博士が俺を見詰める。早く話せって感じだな。

レミ姉さんが渡してくれたコーヒーのカップを持ちながら、話を始めた。

 深海魚の大量浮上は地震または海底火山の前触れではないか? その場合に巨大な津波が発生する可能性が極めて高い……、と危惧の内容を説明する。


「魚が地電流を検知出来るのはご存知でしょう。プレート崩壊により発生する地電流は広範囲にわたるでしょうし、大きければ必然的に発生する地電流も大きくなります。海底火山についても同じことが言えるでしょう」

 俺の話を聞きながら博士は周辺の海底地形図や断面図をスクリーンに映し出して俺の話との整合性を考えているようだ。

 エリーと姉さんは驚いたような表情で俺をずっと見ている。

 

「地震の方を疑うべきかもしれないわ。過去にもこの付近でバンター君の言葉に似た例があるみたい。浜辺で細長くて綺麗な魚を見たその日に大きな地震があって村は津波にあったと言う話よ。2例あるわね。ということは……」

「やはり地震でしょう。エリー、島までどれぐらいだ?」

「2kmってとこかな」

「10km離れよう。大洋なら津波は大きなウネリになるはずだ」

 俺達は急いで、この場所を後にした。周辺の主だった施設や機関にはレミ姉さんが地震発生の危険性を知らせている。一応知らせておけば心の準備ぐらいは出来るだろう。それは初動活動を進める上で十分に役に立つはずだ。



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