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PH-017 クラゲ?


 昼近い沼の水温は30℃を越えているだろう。ところどころから硫化水素の泡がポコリと浮かんでは消える。


「お兄ちゃん。これって、有用なの?」

「生命のスープと言えるだろうな。色んなバクテリアが含まれてるから、一番ドロドロしたところをシリンダーに入れておこう。済んだら、右手に移動しよう。あっちの水は澄んでいるようだ」


 レミ姉さんが何も言わないところを見ると、俺の意見を肯定してくれてるんだろう。

「バンター君。沼の水を入れる前に、左下に出てるツクシのような植物を採取してくれないかしら。どうやら新種よ」


 最初は何を言ってるのか分からなかったけど、目を凝らして座席の下の方を見ると、確かに小さなツクシが生えている。レミ姉さんに、了解を告げて、採取したが、地下茎は無いようだな。形がツクシに見えるだけだ。それに2cm程の全長だから、見落としてしまいそうだ。

 次のシリンダーに沼の水を採取して、エリーに移動するように告げる。


 3m進むたびに、マジックハンドで地面を叩いて、地盤の調査をしながらだから、100m進むのにも20分以上掛かる。沼を半周するのに2時間も掛かってしまったぞ。


「ここね。だいぶ澄んでるよ。底が見えるもの」

「海水に比べてミネラル濃度が2倍と言うところかしら。最初の場所は5倍を超えてたのにね」

「地下水が湧き出しているのでしょう。こちらが源流のようです」

 水底で、砂が躍っている。湧水がある証拠だな。

その近くに薄緑の水草が見える。マジックハンドで掴み取ると、ライブラリーとの30%程度の一致を見た。新種ではないが、原種に近い植物らしい。ミッシングリングを繋ぐ可能性がありそうだ。2株を採取してシリンダーに納めた。


「お兄ちゃん。あっちの沼って、ちょっとおかしいよ」

 エリーがずっと先に見える沼に腕を伸ばして俺達に教えてくれた。

 確かに、変わってる。他の沼は風で小波が見えるのだが、その沼にはまるでない。水の色も、空を映した蒼でも、植物色の緑でもない。溶け込んだ金属イオンの色でもない。どちらかと言うと、ピンク色に見えるのだ。


「ゆっくりと近づいてみよう。危険はないだろうが、あまりにも異質には違いない」

「鉱物を溶かしているのかも知れないわ。でも、この沼のphは中性なのよね」


 食料や燃料は十分にある。ゆっくりと調べるのも良いかもしれないな。

 数百m程先にある沼の近くにヤグートⅡがたどり着いたのは夕方近くだった。他の沼が夕焼けを映しているのに、この沼はそれはない。水面の反射率が極めて悪いようだ。

 

「膜に覆われているのかしら?」

「そんなにも見ますね。ちょっと試してみましょう」

 マジックハンドで握り拳位の小石を掴むと、沼に投げ込んでみた。

 小石は、水の飛沫を上げるわけでもなく、落ちた場所にそのまま乗っている。少し周囲がへこんでいるようにも見えるな。


「ビニルで覆われてるみたい!」

「あり得ないわ。バンター君、もっと大きな石を投げ込んでみて」


 今度は1kg以上はありそうな石を掴んで投げ込んでみた。

 やはり上面に乗って沈みそうもない。石に向かって膜のようなものがへこんでいるのがはっきりと分かるぞ。


「初めて面白そうなのに会いましたね。明日ゆっくり調べてみましょう。エリー、300m程バックだ。分からない奴に近づいて夜を迎えるのは止そう」


 ヤグートⅡがバックして動力を止める。今夜はここでキャンプだな。

 動体検知センサーに周囲の見張りをさせて、3人で横になる。この車体は最初に比べて大きいから、寝るのも楽だ。ゆっくりと俺達は眠りについた。


 深夜、動体検知センサーの警報音で、俺達は飛び起きる。

 エリーは直ぐにヤグートⅡの起動を行い、俺は前照灯と周囲の照明灯を点灯して周囲を確認する。レミ姉さんは原因となる物体の方向と距離を調べているようだ。


「バンター君、沼の方から真っ直ぐ2つ近づいてるわ距離は70mってところかしら」

「お兄ちゃん!」

「ああ、あれだな。蛇じゃなさそうだけどな」


 蛇じゃないとするなら、何なんだろう。うねるような動きで伸びてきている。触手か?


「姉さん。触手のように見えるな。それ程太くはない。直径20cmってところだろう。半透明に見える。このヤグートⅡの外壁は頑丈なんだろうね」

「軍の50mm対空砲の直撃に耐えられるわ。トリケラトプスが体当たりしたってへこまないと聞いてるわよ」


 そんな目にあった奴がいるんだろうか? だが、もしあったとすれば頑丈さは保障されてるようなものだ。すでに触手は30m程に接近している。さて、どうしようか?


「エリー、触手を採取する。車体を掴ませてからバックするぞ。そうすれば千切れるに違いない」

「了解。車体重量が10tを越えてるからいくらなんでも動かせないと思うわ」

 一応、装備しておいたカッターが役に立ちそうだな。

 俺達は、触手の動きを注意深く見守ることにした。


 10分も経つと、2本の触手はヤグートⅡを1巻きすると沼に引きづり込もうとしている。触手が引き延ばされてピンと張るのが分かったが、さすがに重すぎる。どうにも動かせないようだ。


「エリー、バックだ!」

「了解!」返事と同時にガクンと車体が動き出し、キャタピラが地を噛んで後ろに動き出した。

 ますます触手が伸びて、今では直径が10cm程に細くなっている。更に細くなって、ブチン! と音を立てるようにして千切れてしまった。千切れた触手がするすると沼の方向に去っていく。

車体の周りに力なく落ちた触手の先端をカッターで切り取り、大型シリンダーに採取する。


「新種なのは分かるけど、いったい何だったのかしら?」

「たぶん、クラゲの一種ではないかと。あの沼に大きな1匹のクラゲがいたんですよ。石を投げ込んでも沈まなかったでしょう? あれがクラゲのカサって事なんでしょうね。明日はカサを切り取って採取しましょう」


 都市伝説みたいなやつだけど、この世界の生物に違いない。群体生物だから死んだら分解して化石にもならなかったんだろう。

 沼でこれなら、海にはもっと大きな奴がいるんだろうな。海中で遭遇したら、浮力もあるから容易に引きづり込まれそうだ。そのまま深海に移動したら、いくら調査機が頑丈でも水圧には耐えられない。そんなことで、殉職するプラントハンターだって何人かいたに違いない。

 一連の作業を終えたところで、再度俺達は眠りについた。


 あくる日。問題の沼に近づいて様子を見る。沼地に向かって蛇の這ったような、痕跡が続いているから、俺の推理が正しいと思えるな。

 沼から3m程の距離でヤグートⅡを停止させると、マジックハンドとカッターを使って沼をすっぽりと覆ったクラゲのカサを切り取ってシリンダーに納めた。


「残りのシリンダーは2本あるけど?」

「川の方に移動してみますか? 何かあるかも知れません」


 エリーが車体を大きく180度回転させて、沼沢地帯を迂回するようにして川の流れに向かった。


「ちょっとこの時代は変わりすぎてるよね。外の空気だって酸素が薄いし」

「そうだな。500万年前ぐらいが丁度良い感じだ。外には出られるし、大型恐竜もいないしな」

「でも、その辺りは低レベルのプラントハンターが派遣されるの。今回の採取が評価されれば、時代を自分達で決められるわ。でも、至急の依頼があればそっちが優先されるんだけどね」


 ある程度、自由裁量権が与えられるって事なんだろうか? それなら、恐竜絶滅後の最初の氷河期以降が良さそうだ。大型哺乳類はまだ登場しないだろうし、鳥と小型哺乳類に爬虫類ならそれ程危険が無いだろうな。

 

「見えてきたよ。川幅は100mもなさそうだけど」

 緩やかな下り坂になったところで、前方に川が流れている。やはり川の岸辺は緑色だ。草類の上陸は比較的早く始まってる気がする。もっとも、原始的な地衣類なんだろうけどね。


 川の流れは早いな。奥地で大雨が降れば直ぐに溢れそうだ。あの沼沢地帯もそんな感じで広がったのかも知れない。

 川傍の地衣類を適当に採取しながらライブラリーとの比較を行う。

 合致率が60%以下の物を見つけたところで、全てのシリンダーがいっぱいになった。

 後は、ギルドに帰るだけになる。

 川から離れて、帰還スイッチを押す。現れた鏡面にヤグートⅡはゆっくりと入って行った。


 鏡面から出た場所は、体育館ほどの部屋だった。車止めを利用してヤグートⅡの車体が停止する。

 天井から伸びてきたパイプが、天井に設けられたハッチの周囲を入念に洗い流すと、壁の一角が開いて、タラップが伸びて来る。

 

「リンダからヤグートⅡ。お疲れ様。タラップを渡って、会議室に来て頂戴。コーヒーを準備しておくわ」

「ヤグートⅡ、了解。直ぐに向かいます」


 レミ姉さんの「行きましょう!」の声で、俺達は天井のハッチから外に出ると、タラップを歩いてヤグートⅡを後にした。

 壁の中に入ると、小さなエアロックがあって、そこを抜けると会議室になっている。


会議室は6m四方の小さな部屋だ。中央にあるテーブルにリンダさんともう1人の女性が着いていた。俺達も反対側の席に着くと、直ぐにコーヒーが配られる。

やはり、インスタントじゃないコーヒーは香りが違うな。


「ご苦労さま。採取した品を早速調べているわ。何種類か新種が見つかったと聞いてるけど、例の話は本当なの?」

「確かに、カンブリアの海は危険ね。沼でそれの亜種を採取したわ。沼から数百m程触手を伸ばしてくるんだからすごい生物よ。海で出会わなくて良かったわ」


 リンダさんがポケットからタバコの箱を取り出すと1本を口に咥え、そのまま箱を俺達に向けてくれた。ありがたく1本頂戴して、リンダさんに火を点けて貰う。


「あの時代だと、タバコが吸えないのが残念ね。白亜紀以降なら問題ないんだけど、石炭紀辺りで吸おうとすれば酸素濃度が高いから気を付けるのよ」


 火事になりそうだな。まあ、数日なら禁煙できそうだからだいじょうぶだろう。

 20分ほど雑談をしていると、ラボから第一段階の調査結果が入って来る。


「22本のサンプシリンダーを調べた結果では、新種が6体。ライブラリーのミッシングリングの補完体が2体。70%一致が6体ってとこかしら。90%を超える合致率の個体は1つもないというのがすごいわね。調査機の改造が認められそうよ。考えておいた方が良いかもね。結果は明日にレミーネに知らせるわ。ゆっくり休んで頂戴」


 どうやら、解放されるようだ。

 だけど、改造ってこの間やったばかりじゃないのか? 更に追加することが可能なんだろうか? 部屋に帰ったら、その辺りの事を聞いてみよう。


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