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PH-016 不思議な海


 出発して3時間が経過したが、まだ海には到達しない。再度無人機を飛ばして方向と距離を確認する。


「5km程ですね。方向はこのままで良いようです」

「かなり大きな湾のようだ。数km先にある岩礁で荒波も来ないようだな」


 かなり近い場所まで来ていたようだ。ついでに沿岸部の様子まで分かったから、無人機の飛行は無駄ではない。沖の岩礁は右の岬に続いているんだろうが、左側はそれ程岬は大きくないようだ。

 砂浜から海に入って、先ずは右側に向かう事で良いんじゃないかな。初日だから水深は20m以内で調査したいところだ。


「エリー、進路をこのまま維持して、海中散歩に行こう。水深20m以内の調査を始めるぞ」

「了解。いよいよだね!」


 ヤグートⅡが再び動き出す。直ぐに水中に入ると聞いてレミ姉さんが車体各部の点検を自動シーケンスで行わせ始めた。

 20分程すると、前方に海原が見えて来る。荒涼っとした赤い大地に砂浜の白い色と海の蒼が印象的な風景だな。海が穏やかなのは沖合にある岩場で波が砕けてるせいだろう。

 キャタピラはしっかりと砂地を噛んでいるようだ。もっと潜るんじゃないかと思っていたが、そんな心配は無用みたいだな。


「もうすぐ渚だよ。このまま入って良いんだよね!」

「各部の密閉確認はOKよ。内圧も少し高めたから、水深5m程で再度各部の状況を確認するわ」

「了解。エリー、真っ直ぐ海に向かってくれ」


 エリーの頷く姿を見て、俺はもう一つ仮想スクリーンを立ち上げる。ライブラリー検索用に準備しとかないとな。


「姉さん。水中に入ったら、アナライザーを起動してください。エリー、車体が水中に入ったら、速度を緩めてくれ。歩く速度で十分だ」


 ゆっくりとヤグートⅡは海に向かって進み、海中に入って行った。遠浅の砂浜は50m程進んでも、俺達のいる車体前部の防弾ガラス窓に達しなかったが、100mも進むと急角度で海底に向かって沈んでいった。


「どう? これがカンブリア紀の海よ」

 目の前には、不思議な世界が広がっている。海には魚のイメージが強いが、ここではそんなものはいない。平べったい三葉虫がウミユリの林の下を動いている。


「水深、5mってところかな。一旦止めて、車体の確認をするね」

「そうしてくれ。今日は、深い場所に行かずに、様子を見るだけだ」


 深い場所に行かずとも、採取は出来るだろう。レミ姉さんは既にアナライザーで周囲の調査を始めたようだ。

原初に近い海なんだろうが、生物で満ち溢れているな。キャタピラの振動に驚いて姿を隠してた連中が砂の中から顔を出している。その多くが管虫のような奴だけど、目を持ってたり、無数の棘を持ってたりする。


「ほとんどの生物はライブラリー化されているわ。砂地の調査は比較的進んでいるのよ」

「先ずは安全な場所からですか。それでも見落としはあるでしょう。生物映像とアナライザーの解析結果の比較調査は継続してください」


 防弾ガラス越しに見える海中には、数cmに満たない生物から50cm以上ありそうな三葉虫までたくさんの生物がいるようだ。それほど動きは早くないからアナライザーで片っ端から調査するのに都合が良い。


「お兄ちゃん。左前方から何かやって来るよ!」

 既に動体感知器の表示にそれは映っていた。赤い輝点がすごい速さでこちらに向かってきている。

 スクリーンから顔を上げてエリーの告げた方向を眺めると、黒い影が段々と鮮明な姿に変わってきた。


「アロマノカリスらしいな。ああやって泳ぐのか……」

 体長は1mを超えるだろう。数匹の群れでやってくると、10m程先をのろのろと歩いていた三葉虫を頭の触手で捕まえてバリバリ食べ始めた。

 砕かれた三葉虫の体に、他の生物が群がってくる。少し大きなパイプ状の生物が別なアロマノカリスに捕まった。あまりもがくことも無く食べられている。

 この世界の食物連鎖の頂点に立つ生物が、アロマノカリスなんだろうな。


「車内への浸水なし。全て正常だよ!」

「分かった。それじゃあ、ゆっくりと深場に行こう。水深10mで右に進路を変更。岩礁地帯の生物を調査する」


 エリーが復唱すると、ゆっくりとヤグートⅡが動き出した。周囲の生物は振動を感じたのか砂の中に潜り込んでしまった。


「現状で、ライブラリー未登録の生物はいないわ。場所が悪いのかしら?」

「最初から発見するような場所でもないと思いますよ。何組もこの時代にやってきてるはずです。その内現れますよ」


 姉さんにはそう答えたけど、果たしてそれだけが理由なんだろうか? 群体生物から多細胞生物に進化して、一斉に芽を出したのがカンブリア紀のはずだ。茎さえ持たない海草みたいなのが見えてるけど、動物なのか植物なのか怪しいな。

 地表は荒れた土地だったが、川やそれに繋がる沼沢地には地衣類位は生えていそうだ。何も収穫が無ければ、そんな淡水領域に向かっても良いんじゃないかな。


「止めて! バンター君。前方の砂地に苔のような群生があるわね。あれって、ライブラリーに無いわ」

「了解。採取します」


 マジックハンドで群生した端の苔のようなものを摘み取って、車体に内蔵された、密閉シリンダーに入れておく。採取場所や環境条件等の情報はレミ姉さんに任せておこう。


「終了だ。エリー、動かして良いぞ!」

 俺の指示でゆっくりとヤグートⅡが動き出す。目指すは水深10m。砂地の上を長い多脚を持った生物が優雅に歩いている。

 

 水深10mになったところで、進路を右に取り、岩礁地帯に進んで行く。あれから新種の発見は無いが、岩礁地帯にはまた変わったやつがいるに違いない。ウミユリの群生を踏み潰して進んで行く。

 前方に砂地から突き出た岩が見えてきた。まるで苔むした巨岩に見える。そのまま海上に突き出しているのだろう。頭上の海面が白く泡立っている。外洋は波が荒いんだろうな。


 「砂地と違って、いろんな海草が岩に張り付いてるわね。小さな生物もたくさんいるわ」

 「三葉虫に食われる心配がないからじゃないですか? それに岩の割れ目ならアロマノカリスだって入ってこれないでしょうし」


 5cm程の岩の切れ目には入りきれないほどの生物が密集している。やはり、本能で危険を避けるんだろうな。

 目が5つ以上飛び出した棘のついたナマコが岩場から零れ落ちてきた。砂地にたどり着く前に、アロマノカリスがそれを触手で掴んでどこかに泳ぎ去る。ほんのちょっとしたことが生と死を分けるらしい。


「岩場まで3m。ここで停めるね」

「ああ、ありがとう。姉さん、アナライザーで片っ端から調査してください」


エリーは、のんびりと周囲を眺めている。面白そうな風景では無いが、初めてきたからやはり新鮮に映るんだろうな。


「バンター君。画像を送るから、それを捕獲してくれない?」

姉さんの声と同時に、俺の目の前の仮想スクリーンに、2つの生物の画像が映し出された。1つは肉まんにウニのような棘を付けたやつだ。もう1つは、岩から突き出した小さな管上の生物だ。色が緑だから植物なんだろうけど、短いストローに見えるぞ。


 マジックハンドで慎重に掴むとシリンダーの中に入れた。

「ライブラリーとの比較では56%なの。ミッシングリングの可能性があるわ」

「ねぇねぇ、あれってどうかな?」

 エリーが6本の鞭のように長い緑の植物? を指さした。

 取っておこう。アナライザーで上手く狙いが定まらないようだからな。


 そんな事で、シリンダーの半分に獲物を入れることが出来た。夜の海はどんな奴が出るかも分からないから、ここらで一旦、陸に戻ることにする。

 陸上は海中と異なり、どこまでも荒涼とした大地が続いている。

 日の傾く中で、レミ姉さんが無人機を西に向かって飛ばす。上手く行けば川が見つかるかも知れない。この世界での植物の陸上への移動は、やはり淡水からだと思う。渚では波の力で簡単に根が掘られてしまうだろうし、砂地には養分すらない。


「これを見て! 西に150km程先に大きな川があるわ」

「沼沢地はありそうですか?」

「海岸線には無さそうだけど……。内陸部にはあるかも知れない」


 そんな事で、エリーは西に向かってヤグートⅡを動かす。西にある岩場を迂回することになるから数時間は掛かりそうだな。

 月も出ない夜は星がきれいだ。周囲には全く人工の光が無いからな。

 ヤグートⅡの前照灯で照らされた大地をキャタピラが音を立てて進んで行く。


 川から数kmの距離でヤグートⅡを停めると、俺達は休息に入った。陸上に危険な生物がいない事から、安心して眠れる。

 それに動体感知センサーで、周囲100m以内に何かがやってくれば、警報が鳴って俺達を起こしてくれるだろう。 

 

 何事も無く、次の朝がやってきた。

 簡単に朝食を済ませると、無人機を川の上流に向かって飛ばす。

 30km程上流に小さな沼地がいくつも広がっている。俺達はその沼沢地帯に向かってヤグートⅡを走らせていった。


「沼地は狙い目ってこと?」

「有望だと思います。海中は環境条件が比較的安定していますが、沼沢地帯は雨季と乾季で生育条件が変わるでしょうし、泥にはミネラルも豊富です。植物は微生物によって分解され、有機物もあるでしょう。葉ではなく根を発達させる条件が揃ってます」


「見えてきたよ。でも、お兄ちゃん。キャタピラが泥にはまらないかな?」

「マジックハンドで、泥の深さと柔らかさが分かるだろう。沼から30mの距離で一旦停止だ」


 慎重に越したことはない。この世界にいるのは俺達だけだからな。

「このプログラムが使えるわ。試してみて」

レミ姉さんが仮想スクリーンに起動シーケンスのファイルを伝送してくれた。ファイルの説明を読むと、マジックハンドをハンマー代わりに地面を打った時の振動を解析して地面の状況を知るプログラムのようだ。誤差が20%ほどあるようだが、十分に使えるぞ。


 やがて、目の前に沼沢地帯が見えてきた。水色は青だし、沼の周囲はドーナッツ状に数mの緑の絨毯が敷いてあるように見える。


「確かに植物ね。だけど種類は多いのかしら?」

「それは確かめないと分かりませんね。まだ2日目ですから、時間はたっぷりあります」

「お兄ちゃん。ここで停めるよ」


 沼から予定の距離に着いたようだ。今度は淡水域を調査することにした。



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