PH-014 今度はカンブリア紀だって!
水素タービンエンジンの甲高い爆音を響かせて、ヤグートは無事にギルドの第二ゲート区に帰り着いたようだ。前方の車止めの手前にヤグートを止めて、エンジンを停止する。
俺達が時空間ゲートを出た場所は奥行20m横幅は10m程もある部屋だ。部屋の高さも10mはあるんじゃないか?
前方のシャッターは閉じているが、5m四方ほどの開口部を持っている。
「リンダからヤグート。無事な帰還を皆喜んでいる。その場で車体の1次洗浄を実施する。開口部が閉じていることを確認して報告せよ。以上」
「こちらヤグート。開口部の閉鎖を確認。以上」
確かリンダさんが俺達の責任者って事になるんだよな。レミ姉さんが慣れた口調で、車体の状況確認結果を報告している。
しばらくして部屋の上部から放水口が下りてきた。直ぐに放水が始まり、車体が綺麗になっていく。だいぶほこりにまみれたからな。車体下部も放水装置に付けられた複数の関節で器用に洗われているようだ。
「リンダよりヤグート。1次洗浄を終了。ヤグートを次の区画に移動せよ。以上」
「ヤグート、了解。以上」
前方のシャッターが開き。シャッター上部の緑ランプが点灯したことを確認して、ヤグートを次の区画へと走らせる。バッテリー駆動だから、ゆっくりと進んで行く。
前と同じように車止めの手前でエリーはヤグートを停めた。
「リンダよりヤグート。車体から出て左の部屋に移動せよ。以上」
「ヤグート、了解。以上。……さあ、出ましょう。あのドアよ」
レミ姉さんの言葉に促されて俺達はヤグートを出ると、車体の左側にあった扉を開けて次の部屋に移動する。
どうやら、更衣室になるようだ。装備品と戦闘服を区分してシュートに入れると次はシャワー室だな。
まったく、男女別々にしようとする動きは無かったのだろうか? エリーと違ってレミ姉さんは出るところは出てるし、引っ込むべきところは引っ込んでいる。ウエストは50あるんだろうか?
体が乾いたところで次の部屋にある戦闘服を着用する。後は、ミーティングが終われば解放されるってことだな。
扉を開いて会議室に入ると、今度はリンダさんだけじゃなくもう1人の女性が隣に座っている。俺達がテーブル越しに席に着くと、リンダさんが口を開いた。
「隣は、レブナン博士よ。植物学の権威者と覚えておけば良いでしょう。ところで、さすがレミネが同行しただけの事はあるわ。2種類が新種よ。その内の1つはミッシングリングの鎖を1つ繋ぐことになりそうよ」
リンダさんの言葉に俺達は顔を見合わせた。適当に採取した奴ばかりだぞ。
俺達が唖然としている中、飲み物が運ばれてきた。注文に答えられるとのことなので、マグカップに薄いコーヒーを注文する。ついでにタバコと言ったところで、装備品のシュートにタバコを入れたことを思い出した。
「これで我慢して頂戴。私も吸うから、この場で吸っても良いわ。空調は強力だから、煙が立ち込めることもないしね」
レブナン博士が白衣からタバコの箱とライターを取り出した。若い美人なんだけど、喫煙の習慣があるようだな。
小さく頭を下げて、箱から1本抜き出して火を点ける。ガラスの灰皿は飲み物を運んできてくれた女性が置いて行ってくれた。
「リンダには申し訳ないけど、あのサンプルを選んだのはバンダー君よなの。私はバンダー君達のサポート役に徹していたわ」
「新人がそれ程容易に新種を探せるのが不思議なの。ちょっと興味があって同席させて貰ったんだけど……、今度も新種を探してきたのね」
2人が不思議なものでも見るように俺を眺めている。俺はあくまで適当に入れてきただけだぞ。
「確率的にありえないわ。もし、次も新種を採取してくるようなら、私から圧力を掛けてみるけど良いかしら?」
「ギルドも注目しています。昨日緊急ミーティングを開き、マリアンヌ様からの助言も戴きました。それで分かった事なんですが、バンダー君は……、あの『ディストリビュート計画』の被験者だったようです」
ディストリビュート計画の言葉を聞くと、博士が絶句して俺を見つめる。
何なんだ? あの医療費をタダにした人体実験のことなんだろうか?
「そういう事……。次は、ジュラ紀になるんだけど、私の権限で彼の試験目的を変えて良いかしら。カンブリア紀の採取。採取品は指定しません。バンダー君の興味を引いたものを採取してきなさい」
今度はレミ姉さんが大きく口を開けてパクパクしているぞ。
「ちょっと待ってください。バンター君はまだプラントハンターになって3か月も経ってません。あまりにも無謀すぎます!」
「そうかしら? 今回の採取試験の合格率は20%の成功率よ。3割は失敗して2度と1億年を遡る事にはならないし、もう3割は、1年の経過措置を過ぎて再び試験を受けるわ。1割は生還すらしないと聞いたけど……。貴方達は見事2割の合格者の中に入っているし、その上、ミッシングリングの鍵を見つけたとなれば、最後の試験を受けさせても問題ないでしょう? 私は見事合格してくれると信じてるわ」
博士だけあって、口では勝てないな。
とはいえ、博士の出した課題はプラントハンターになる為の最終試験の一環みたいだ。目的が明示されないという事は、プラントハンターとしての技量そのものが試されるのかも知れない。だけど、未知の植物を採取するってことは、アナライザーがライブラリーに登録されていない植物を探すってことになるから、前の荒地での球根採取と同じじゃないのかな。
アナライザーでサーチしながら少しずつ前に進めば良いはずだ。出来るならアナライザーを2つ持てばもっと効率的に探せるぞ。
俺にはさほど難しい依頼には思えないんだが……。とは言え、レミ姉さんがあれほど反対する以上何かあるんだろうな。ここは黙って、レミ姉さんに任せよう。
「もし、バンター君がその依頼をやり遂げたら……」
「レベル10として認定推薦状を私の名で発行するわ。早くとも3年は掛かるレベルでしょうけど、十分その資格があるはずよ」
しぶしぶって事かな? だけど、そんなに早く貰えるなんてことで良いのだろうか?
「それは公式発言として記録されますがよろしいのですか?」
「もちろん。プラントハンターは実力社会よ。能力があれば優遇されてしかるべきだわ。それにあなたもいるんですもの。フォローは出来るでしょう?」
これで、カンブリア行は決定だな。後は出発をいつにするかだ。
俺達の装備が台車で運ばれてくる。これで、ミーティングは終わりになる筈なのだが……。
「それでは3日後の第二ゲート区で会いましょう。時間は0800時で良いわね」
「3日後の0800時ですね。了解です」
装備を身に着けて、軽く2人に頭を下げると足早に、居住区に戻って行った。
共用区域の売店で食料を買い込み、とりあえず俺の部屋で作戦会議が始まる。
先ずは端末を操作して俺達の前にスクリーンを展開してカンブリア紀の状況を確認する。
約5億年前の時代だと、水生生物ばかりだな。地上に上がった種はいないのだろうか? 植物もかなり原始的だが種類は多そうだぞ。
浅い海に数多くの種がいたようだが、この中のどの種が、進化を遂げたのだろうか。この時代以降、姿を消した生物もかなり多そうだな。
「海に入るの?」
「そうなるわね。ヤグートは水深50mまでは潜れるわ。一応、100mまでの水圧に耐えられるとスペックにはあるけど、安全を担保するなら50mまでにしておいてね」
「でも、水中では水素タービンエンジンは使えませんよ?」
「ワルター機関に換装することになるわ。地上でも水中でも活動できるわよ。問題は圧縮空気の量だけど、3日分の外部タンクを持つことになるわ。緊急用として別に2時間分が車内に搭載されるの」
採取物を補完するシリンダーは大型2個に小型を12個は変わらないようだ。水中の操縦もジョイスティックで地上走行と変わらない。唯一異なるのは、浮上と潜航をレバーで調整する必要があるらしい。半自動化されているから、水中の任意の深さで停まることも出来るらしい。水中の移動は2つのスクリューで行い、最大時速は15kmとのことだ。
「基本的に3日間はヤグートの中で生活することになると……」
「そうなるわ。陸地なら少しは外に出ても良いかも知れないけど、今とまったく大気成分が違ってるわ。私達はナノマシンを体に入れてるし、呼吸器系も肺も一部は強化しているけど、あまり長くは活動出来ないわよ。石炭紀なら少しは活動できるんだけどね」
まあ、3日間我慢すれば良いことだ。それにハッチを開けなければ俺達の体を洗浄する手間が省けるかもしれないな。
「危険な生物は、これぐらいかも……」
エリーがスクリーンに映し出したものはアノマロカリスだった。 ん? 何でこの名前を知ってるんだ?
「プラントハンターが遭遇した最大の大きさは約3mらしいよ。よく見掛けるのは1m位ってライブラリーに書かれてる」
「体当たりと、歯が強力だけど、ヤグートの外殻が破られることは無いわ。問題はライブラリーにある、『Xファイル』よ。ライブラリー登録に至らなかった生物がいるらしいの。断片情報もあるわね。騙されたと思って、Xファイルからカンブリア期を見てみなさい」
未確認情報ってことだな。都市伝説の類かもしれないぞ。
エリーが探り当てたファイルには画像がない。まあ、Xファイルだからそうなるのかもしれないな。
そこに、プラントハンターが遭遇した怪物が羅列されている。
多くが、形を持たない不定形生物で透明であると表現されている。中には透明な触手とまで書かれているぞ。
これから連想されるのは、クラゲってことになるんだろうな。巨大なクラゲがいるってことになるのだろうか?
「クラゲでしょうか?」
「断定はしないほうがいいわ。カンブリア爆発の話は習ったでしょう? どんな生物がいても不思議じゃないのよ。私達の常識では考えられないような生物が存在しても何ら不思議じゃないのよ」
まるで俺達の常識が当てはまらない時代。それがカンブリア期らしい。
そこにあえて俺達を派遣すると言うのは、バイオテクノロジーを専攻する学者達には宝の山に見えるのだろうか?