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PH-101 壁の中の人物


 何気なく話したつもりだけど、3人がジッと俺を見ている。

 レブナン博士は、内緒にしときかったのかな? ちょっと怒っているようにも思える。


「冷めちゃったわね。もう一杯飲む?」

「お願いします」とレミ姉さんに頼むと、ポットのコーヒーを俺のカップに注いでくれたのだが、ショックで手が震えているぞ。

 

「私は協力できるのかしら?」

「でないと困ります。キリル博士には、あの壁画を元に装置を組み立てて貰いたいですね。時空間ゲートの使用回数を削減するとなれば、それを有効に使いたいですから」


 いずれ廃れる技術ならば、それを使える内に使うのはやぶさかではないだろう。だからと言って積極的に使うと言っているわけではない。

 この世界に係わるならば、各年代の地図作りはかなり進んでいる。大規模な造山運動前後の地図がしっかりしているなら、それを元に過去に戻ることも可能だ。戻る方法はこれからだけど、何時その技術が確立されても良いようにしておくことが大切だ。

 それに、リネア達の暮らす世界のように、干渉を受けた世界もある程度探してみるのもおもしろそうだ。

 俺の親父の手掛かりだって分かるかも知れない。

 シスターのただ一つの気掛かりだろうな。子供を失い、伴侶を失ったんだから。子供は死亡診断が出されていたようだから、万に一つの可能性は、見知らぬ世界に残した伴侶だけなのかもしれない。

 あまり笑うところは見なかったけど、シスターは二重の不幸に見舞われたって事になるな。


「さて、今夜の会議は荒れそうね。レミーネ、同席をお願いしたいわ。キリルはラボの状況を確認した方が良いわ。一応資材の優先使用を許可しておくけど、他になにかあるかしら?」

「十分です。独立ラボですから邪魔するものはいないでしょう」


 部屋を去る3人の表情は暗いものがある。まあ、あの提案を出したら、怒鳴り声がここまで聞こえてきそうだな。結果を楽しみに待ってるとするか。


「そろそろ顔を見せてくれませんか?」

 足元の壁に視線を移して呟いた。

 プラントハンターとしての経験が、俺の感を研ぎ澄ましたようだ。人の気配が壁に感じられる。レミ姉さんは、ショックが大きくて分からなかったのかな?


 白い壁の中からにじみ出すように何かが姿を現した。壁と同じ白い物体が段々と人の姿に変わってくる。色も少しずつ変化して、白から灰色に変わってきた。顔は……、やはり俺達とは異なるな。どちらかというと竜人族のゴランさんに似ている。

 緑色の鱗に覆われた皮膚は、発達した筋肉を隠しきれないようだ。武器は、何か棒状の物を携帯しているが、どんな働きをするかまでは想像出来ないな。


「……話は聞かせてもらった。場合によっては、あの3人がいるところで姿を現さざるを得なかったが、話の流れを聞いて俺が介入しなくともよいと判断し、このまま立ち去ろうとしたのだが、お前には俺の存在が分かったようだな」


 おもしろそうな表情をして話をしている。ゴランさん達との付き合いがなければ表情の変化は分からなかっただろうな。

 

「やはり、危惧してましたか。一応、その方向を示したつもりですが、結論がどう出るかはまだ分かりませんよ」

「1年程は待ってみるつもりだ。3ヶ月程で動きがなければ、半年後に先の3人の前に姿を現す。少しはやる気になるんじゃないか?」


 やはり、直ぐに結論が出るとは考えていないようだな。それなりの高度な文明を持っているのだろう。彼等の選択した方法も知りたいところだが、それは俺達で考えるべきだ。俺の前に姿を現したということは、彼等の文明では実用化されているということだろうし、あの世界にあった壁面の集積回路を解析できるんだから参考書を見せてもらっているようなものだろう。


「俺達の文化を試されそうですね」

「それで、滅んだ世界もあるのだ。安易な選択は俺達よりも高度な文明世界の干渉を受けることになるぞ」


 俺の正面の壁から移動して、先程レブナン博士が座っていた椅子に腰を下ろした。近くで改めて彼の姿をまじまじと見たが、ゴランさんより背丈があるな。バスケットの試合では勝てそうもないぞ。


「見ろ。いくつかの世界が辿った末路だ」

正面の壁に画像が映し出される。この辺りは俺達の文化とあまり変わりは無さそうだ。

だが、その画像が壁から突き出してくる。直径1.5m程の球体になり。俺の直ぐ傍まで接近してきた。

 

「中を覗いてみろ。その世界の終焉の数々だ」

 球体を覗くと、俺の視線に合わせて映像が拡大縮小するし、視野も左右に動く。映像文化の1つでもこれ程進んでいるのか……。

 

 いくつかの世界の終焉には3つのパターンがあった。

 1つ目は、文明の退行。1つは、知的生命体の滅亡。3つ目は、その世界そのものが破壊されていた。


「警告はしたのだが、この始末だ。1つ目ならばまだ救いがあるが……」

「何とか努力したいですね。これでは悲しくなります」


 悪あがきになるかも知れないな。場合によってはこの世界を去ることも選択しなければならないだろう。エミーと2人で、リネア達の世界で暮らせば良い。


「ギルドの会議がどうなるかは、まだ分かりません。俺の地位も低いものですし、影響を与えるであろう人物をギルドが排除しないとも限らないでしょう。何とか、妥協点を探りたいものです」

「時空間ゲート以外の時間対向手段を考えるという事であるなら、すでにいくつもの世界が完成させているぞ。教えることも出来るが、各世界ごとにそれぞれのシステムの課題がある」


 俺の目の前にあった球体は、彼と話を始めた時点で消えていた。 消えた空間を見つめながら、今の言葉を考えてみる。

 教えられるが、課題があるという事が大事だな。ある意味、完成された技術ではないという事なんだろうか?

 それよりも、教えて貰ってまで過去にこだわるのも、問題がありそうだな。

 ギルドの設立目的は、医薬品の発展にある筈だが、老化を遅らせ、寿命を大幅に伸ばし、病気の特効薬も次々と作られたと聞いたことがある。

 なら、今現在、目標としている特効薬は何を想定しているんだろう?

 すでに役割を終えたものの、組織が大きくなりすぎて廃止することが困難になってるんじゃないか?

 それが、レブナン博士の提案したディストリビュート計画を受け入れた要因でもありそうだな。新たな目標が出来たことでギルドの維持が可能になったという事かも知れない。

 まあ、とりあえずここで静観していれば良いだろう。

 危険性をあの3人は理解したはずだ。後はそれをどれだけの人間が共有できるかになるんだろうな。


「俺達なりに、何とかしてみるつもりです。少なくとも3つ目の未来は避けたいですが、それすら可能性として無くはありません」

「教えはいらぬという事か?」


 そう言った彼の顔はおもしろい話を聞いたように笑っている。

 教えは受けたいが、その代償もあるだろうし、無ければ無いで俺達が自信を失ってしまいそうだ。少なくともヒントは貰っている。それで十分じゃないのかな。


「ええ、あの遺跡で十分です。理論やそれに合わせたシステム開発はこれからですが、出来るという事は俺なりに確信しています」

「そうか……。パラドックスは覆せない。だが、そこに第3者が入れば別な話だ。これを記念にやろう」


 彼が服の中から何やら取り出して、ベッドのテーブルに手が伸びると、握っていた手を開いた。

 ころりと小さな結晶体がテーブルに転がる。


「お前が気にしていた記録がある。技術的に解析は可能だろう。それでは、これで去ることにする。とは言っても、この先しばらくは見守っていくつもりだ」


 彼の言葉が終わると同時に、竜人族によく似た男の姿は病室から姿を消した。先ほどの気配すらまるでない。瞬間的に時空間ゲートを使ったような感じだが、あれほど俺に警告した以上、時空間ゲートとは原理の異なるシステムなんだろう。

 

・・・ ◇ ・・・


 エリー達が帰ってきたのは、夜遅くなってからだった。

 おかげで、食事を抜くことになりかけたが、帰って来るなりエリーが王都での戦利品をテーブルの上に広げてくれたので、ちょっと甘目の品が多かったが空腹は何とか克服出来た感じだ。


「色んなお店に行ったんだけど、一緒に来てくれたギルドの人は全員女性だから、ブティックめぐりになってしまったの。最後に食料品売り場を封鎖して買い物したんだけど……」

エリーの話を聞いている限りでは、怪我を負っていなくても行きたくは無かったぞ。

要するに、リネア達を着せ替え人形にしてきたって事なんだろうな。店員達も次々と衣服を持ってきて映像記録を取っていたようだ。写真集が販売されるのは時間の問題だと思うな。

 リネア達を見ると、やはり気疲れでぐったりしてる。早く休ませた方が良いんじゃないか?


「明日もあるんだから、今夜は早めに休むと良い。あまり王都に行くのも警備の人達が大変だと思うぞ」

「それは、私も考えてるよ。明日はおとなしく公園に行こうと思ってるんだ」


 たぶん、警備の連中が2倍になりそうだな。王都の治安部隊が動員されるかもしれないぞ。少なくとも、いじめにあう事は無かったようだが、これほど話題になるとも思わなかったな。

 エリー達はたくさんのお菓子と飲み物を置いて引き上げて行った。

 リネア達は俺の部屋を使うようだが、それ位は構わない。出来ればシャワーでは無く風呂を使わせたかったぞ。


 あくる日の昼下がり、病室を訪ねて来たのはレミ姉さん1人だった。

 ベッドの傍に椅子を持ってきて、昼食を終えた俺にコーヒーを入れてくれる。無言で俺をジッと見ながら、姉さんもコーヒーを飲んでいた。

 熱いコーヒーは苦手だから、砂糖を入れてかき混ぜると冷めるのを待つ。タバコ1本分が頃合いだな。

 

「ギルド始まって以来の大紛糾だったでしょうね。今日は持ち帰りという事でしょうけど、姉さんはどちらに向かうと思っていますか?」

「2000時からの会議が終了したのは今朝よ。紛糾というレベルじゃ無いわね。ギルドの存在そのものが議論されているわ」


 それで良い。疑問を持つことは先に進むことになる。少なくとも現状維持が無かっただけ救いがある。

 問題はタイムスケジュールだな。レブナン博士がどんな手を使うのか楽しみだな。


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