PH-010 調査機『ヤグート』
依頼書の中身は驚くべき内容だ。
「白亜紀中期って事かな? 恐竜が闊歩しているぞ。チラノやトリケラってこの辺りの年代じゃないのか?」
「中生代と違って恐竜の種類が減少し始めたころよ。レジネアは水辺のシダ植物だけど、直ぐに絶滅しているわ」
エリーが端末でレジネアを表示している。数十cmの茎に左右対称の葉が櫛のように広がっている。表面は緑だが裏は銀色に輝いているな。
「トレーニングの一環と考えられるな。となれば、このシダの辺りには危険な生物がいることになる」
「このシダを食べる恐竜ってたくさんいるよ。当然肉食獣もいるって事になるのよね」
エリーがライブラリーを検索しながら呟いた。全て危険種とみなすべきだろう。草食の恐竜だって、像よりも遥かに大きいからな。
「地上を歩くのは命がいくつあっても足りないわ。その為にプラントハンター専用の調査機が用意されてるの。この依頼は調査機を使った採取の訓練になるのよ」
レミ姉さんが端末に何やらコードを撃ちこむと、仮想スクリーンに変わった自動車?が現れた。
「ちょっと大げさに思えるかも知れないけど、これが調査機よ。水陸両用、水深50mまで潜航可能。地上走行時の最高速度は50km。片側3輪で、10分間の飛行まで出来るわ」
「それにしても大きいですね」
横幅2.5mで地上高も2m近い。車体の長さは6mはありそうだ。平べったい姿だが、車体前部は透明なグラスで覆われている。中間部に直径30cm程の丸窓が左右に3個ずつ設けられていた。
「最大5日間、車内で暮らせるように作ってあるのよ。古代の大気成分は私達にとってあまり快適とは言えないわ。それでも短時間なら、調査機をベースに数時間位の活動は出来るわよ」
見付けることが困難という訳ではなさそうだ。5日も調査をするとなると、依頼された品を探すのではなく、新たな草木を探すって事になるのか?
代表的な地質年代での採取でその時代の危険性を教えることが、ゲートのお姉さんの仕事になるんだろうな。
「お兄ちゃん。この依頼書、続きがあるよ。集合時間は0800だけど、集合場所がゲート区画ではなくて第二ゲート区画になってる!」
「第二ゲート区画にバンター君の調査機が運ばれてるはずよ。内部はこんな感じになってるから、必要な品を早く購入しないとね」
調査機の下部に駆動ユニットがあって、その上に車内空間が確保されている感じだな。
「何が必要なのお姉ちゃん?」
「そうね……。一緒に考えましょうか? 知り合いのハンターにリストを貰って来たわ。全て揃えるのは先になるでしょうけど、最初からあったほうが良いのは印を付けて貰ってあるのよ」
スクリーンにリストを展開して買い物品を調べ始めた2人は、そのままにしておこう。
俺は新たに1つスクリーンを展開して、先ほどの調査機をもっと調べることにした。
車体の前部は運転席とマジックハンドのコントロール席があるようだ。ハンドルが無いから、車よりも垂直離着陸機のコクピットに少し似ている。シートの左右に付いたアームレストにあるジョイスティックと2個のペダルで制御するようだ。左側のマジックハンドを操作するシートにもジョイスティックがあるから、そちらでも動かせるのだろう。後のシートも2つあるが、こちらは情報分析と採取した品を保管する装置を動かすものらしい。
左右のシートの間は50cm程の通路になっている。そのまま後ろにある部屋に繋がっているが、どうやらシャワールームのようだな。
後部座席の後ろにはあちこちに収納庫が付いている。たぶん食料や飲料水それに弾薬等が入るんだろう。ちょっとしたキャンピングカーに見えなくもない。
だが、車体を覆うガラスは特殊な積層グラスらしく、防弾ガラスとしても機能するようだ。機体の外壁は厚さ10mmのチタン鋼だし、6個の大型タイヤはパンクを防止するために内部は発泡性樹脂で満たされている。
ある意味、装甲車でもあるわけだ。武装はないが、マニピュレータにスタンロッドが付いているようだな。
「かなり大きいですけど、時空間ゲートを通り抜けられるんですか?」
「そのための第二ゲート区画なの。ゲート区画よりも数倍大きわよ。もっと大きな第三区画があるけど……、それは調査機の母艦を送り出す区画よ」
呆れてものも言えなくなる。
これだけでも大きいのに、母艦まであるのか。
「さて、これで発注できたから、明日には調査機に届くわよ。リーダーはバンター君だから、調査機のコードネームは『ヤグート』になるわ」
「俺がリーダーですか? てっきり、レミ姉さんがリーダーになってくれるものだと思っていました」
「私は、お手伝いに徹することにするわ。後ろの席で、あなた達の行動をバックアップさせて貰おうと思ってるの。でも、外での作業は当然手伝うわよ。私の銃は自動小銃だから少しは役立つと思うわ」
「制約が無ければ、エリーもその方が良さそうです。狼サイズには今の銃で十分でしょうが、恐竜相手に拳銃弾をばら撒くのも……」
「AK-60を使えば良いかも知れないわね。銃弾は自動小銃弾より少し小さめだけど、初速はあるし、連射性に優れているわ」
「銃の購入も共用区の売店で良いの?」
ちょっと心配そうな顔でエリーが訪ねているが、姉さんが頷いてるから購入できるようだな。MP-6は弾丸が拳銃弾を使うから、徹甲弾を使っても威力は低い。これで少しは恐竜に対抗できるかもしれないぞ。
レミ姉さんはエリーと同室になるようだ。俺達のパーティには1人増えたけど、見ず知らずの人でないことが安心できる。もっとも、俺には一か月の記憶しかないんだけどね。
・・・ ◇ ・・・
次の日。第二ゲート区画に出掛けて、俺達の調査機を確認した。すでに買い込んだ荷物は運び込まれているらしく、エリーとレミ姉さんが乗り込んで確認を始めている。
俺は、調査機の周囲を巡りながら眺めているんだが、やはり異様な機体ではあるな。
機体の周囲をまるで鳥カゴのように鋼材で補強してある。機体がチタン製であることを考えるとかなりな補強だ。ひっくり返らないように、重心は低くしてあるようだが、車輪の取り付け構造を見ると、ピストンで機体の高さを自由に変えられそうだ。場合によっては昆虫のように歩くことも出来るんじゃないか?
「バンター君! ちょっと席に着いてくれない?」
ドアには鋼材の枠が無いから、大きく開けられたドアからレミ姉さんが顔を出して俺に言った。
片手を上げて了解したことを伝えると、運転席の扉を開けて乗り込んだ。体にフィットする感じで、背中のシートは腰のの部分が空いている。ここに装備ベルトのバッグが入るようだな。背中の片手剣が邪魔になる。シートの横にあるストラップで固定しておく必要がありそうだ。
「シートは固めだけど、体を固定するにはその方が良いの。シートベルトは4点式だから、きちんと体に合わせるのよ。足はペダルに届くと同時に踏み込めるようにシートの前後を調整すれば良いわ」
車の運転と似ているな。フットレバーはアクセルとブレーキになるんだろう。左右のジョイスティックは構造が同じだ。仮想スクリーンを立ち上げてジョイスティックの調整を行っておく。左が機体の制御で、右が水素タービンエンジンのスロットルと、仮想スクリーンの制御になる。
左シートに座っているエリーもこの機体の操縦が出来るようだ。床から伸びたシャフトの先にあるノートパソコン程のコントロールパネルにどちらが機体のコントロールをするかの選択スイッチがある。
「ゆっくり、右に移動して行けば第二ゲート区域を出られるわ。少し操縦してこの機体に慣れることが必要よ」
「了解です。エリーも良いな。……では、出掛けるぞ!」
仮想スクリーンを全面ガラスに投影させることで、機体の状況がグラフや数値となって表示される。
計器がほとんどないのはこのシステムがあるからだろう。問題があれば警報も出るようだ。
右手でジョイスティックを前に倒すと『低速前進』と表示される。最大速度が10km/hになる。調査や施設内の移動に使われるのだろう。
左手のジョイスティックを前に倒す。ゆっくりと前進を始めたのが分かる。アクセルを踏むと少し速度が上がった。
ゲート区画にいる整備員が50cm程のライトロッドを持って、機体を誘導してくれる。ゆっくりと俺達を乗せた『ヤグート』は第二ゲート区域を抜けて建物から外に出る。
数tを超える機体重量だから、時速40kmを超えると結構土ぼこりが上がる。通常は真ん中と後の4つタイヤで駆動するが、前輪を加えた6輪走行も出来るようだ。
途中で機体操縦をエリーに替えてみたが、俺以上に運転が上手い。役割分担を変えて貰った方が良さそうだ。
2時間ほど、『ヤグート』の感触を楽しんで、第二ゲート区域に調査機を戻す。今日はここまでだ。明日はいよいよ調査に向かわねばならない。
夕食を取った後で、俺の部屋に集まり明日の最終確認を行う。
やはり、『ヤグート』の運転はエリーに変わってもらう事にした。俺は目視による周辺監視と依頼品の捜索が仕事になる。
レミ姉さんは、後部座席でアナライザーの解析結果を監視するらしい。
「今回も目標が明確だから、それほど困難な採取ではないわ。それでも、車体下部に収納された密閉コンテナは12個あるから、バンダ―君に期待してるわよ」
「単なる訓練ではないという事ですね?」
プラントハンターには、ある種の感も必要らしい。アナライザーの解析と膨大なライブラリーとの照合は採取した試料をプラントハンターギルドに持ち帰って再度照合される。一致率が95%を越えているなら、ほぼ確実らしいが、簡易型アナライザーが90%以上を示す事はあまりないとのことだ。
それだけ、俺達の依頼は当たり前すぎる、確実性に富んだ依頼という事になる。
プラントハンターはアナライザーが30%以下を告げた生物の持ち帰りが仕事になると教えてくれた。プラントハンターなり立てで、新種を複数採取してきたものは近頃珍しいことなのだそうだ。




