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PH-001 気が付けば病院の白い天井

 目を開くと、白い部屋だった。体を動かそうとしたがあまり自由が効かない。

 わずかに動く頭を左右に振って、状況を確認する。どうやら、病室らしい。ベッドの直ぐ傍には点滴のチューブがあるようだし、それは俺の左腕の方に伸びている。規則正しいピッピッと言う音は俺の心臓の鼓動と一致している。何かのモニターには、数本の波形が色々と変化している。どうやら俺の生体モニターらしいな。


 だけど、俺はどうしてここにいるんだ? 俺は……、待て、俺は誰なんだ?

 懸命に過去を思い出そうとしているのだが、全く記憶が欠落している。途方に暮れていた俺の耳に、パタパタと通路を走るような音が近づいてきた。バタンと大きな音がして、誰かが部屋に入ってきて俺の顔を覗き込む。

 若いナースの驚いた顔が俺の目の前にある。柑橘系の香水の匂いが伝わってきた。

 俺の瞬きにびっくりした表情で、左腕の時計に向かって呼びかけた。


「ドクター! 4013の患者の意識が戻りました」

『なんだと! 直ぐ行く』


 そんな会話が聞こえてきた。それ程驚く事なんだろうか? 手足を少し動かしてみたが、ちゃんと付いているようだ。それに痛みもない。

 だいたい俺は何で入院しているんだろう?


「施設にも連絡を入れておいたわ。直ぐに来てくれるそうよ」

そんな事を言われても、俺には何のことか理解できない。

 

 スタスタと足早に歩く音が近づいてきて、今度は壮年の男が俺の顔を覗き込んだ。

 ライトを目に当てて反応を見ると、シーツをめくって俺に体を触診し始めた。


「探査器を出してくれ!」

ナースの手から何かを受け取って体の検査をしているようだが、頭を起こせないから良くわからないな。

 

「……治ってる。欠損部位までが修復されてるぞ」

「それに、傷痕が……」

 何か怪我でもしたんだろうか? それが治ってるなら良いことなんじゃないか。


「ポッドに入れて精密検査を再度行う。彼の出身は施設だったな。連絡は入れてあるのか?」

「直ぐに連絡しています」

「なら良い。随分と心配していたからな。彼女も喜ぶに違いない」


 施設? 彼女? 考えることが次々と増えてくる。そんな中、何かの薬液が点滴の中に混ぜられたようだ。けだるい眠気が襲ってくると、俺の意識は深い闇の中に再び入って行った。


              ・・・◇・・・


 胸に何かが乗っている。圧迫された胸での苦しい呼吸で、俺の意識は再び帰ってきた。

 新たな点滴が施されたようで、透明だった薬液が少しピンク色に見える。体の拘束感は左腕だけだ。頭や右腕、両足は先ほどよりも自由に動かすことができる。

 頭をもたげた時に、胸の圧迫原因が分かったぞ。長い髪の女性が俺の胸に突っ伏しているのだ。


 ごそごそと動き出した俺に気が付いて、俺の顔を見ると真っ赤に泣きはらした目に涙が溢れてくるのが分かった。


「良かった! このまま意識が戻らずに亡くなるんじゃないかとドクターが言ってたのよ。やはり女神は私の祈りを聞いてくれたのね……」

 そう言って俺を抱きしめてくれたんだけど、この綺麗なお姉さんはいったい誰なんだろう?


 奇跡的な回復と言う診断結果を貰い、レミネネリューと自己紹介をしてくれたきれいなお姉さんの運転する、小さな赤い車に乗って病院を離れた。

 高層建築の立ち並ぶ市街があるんだから、かなり規模が大きい都市なんだろうな。そんな思いを抱いた俺だったが、車はいつしか市街を抜けて、田園地帯へと向かっている。

 小さな森のような一角に、四角い建物と三角錐のような建物が見えてきた。


「あれが施設よ。バンター君のような身寄りのない少年少女が暮らす施設なの。施設の規定では義務教育の済んだ17歳以降は、自分で道を切り開かないといけないんだけど、バンター君の場合は事故に遭ったのが16歳だったから……、既に17歳になってるのよね。でも、一か月は施設で暮らして良いとシスターが言ってくれたわ。その間に自分の進路を決めなさい。私も力になってあげるからね」


 レミ姉さんは、そう言ってくれたけど、早めに進路を決めねばなるまい。特例は特例であってそれに甘んじることは、それだけ他の連中の重荷になりかねない。

 前に使っていた部屋に案内されたが、やはり実感が無い。

 机にあった教科書を開いても、内容は理解できるのだが、いつ習ったのかは思い出せないのだ。

 ぼんやりと椅子に座り、机の上の端末を使って仮想スクリーンを開く。

 自分のファイルを開いても、その文章や、画像が何のために必要とされたか分からなかった。

 将来の進路と言われても、これではどうしようもないな。

 職業種別を検索しても数万種類の職業があるし、更に上の勉学を目指そうと言う気もあまりない。

 食事は、レミ姉さんが食堂で取るのは辛かろうと運んできてくれる。

 なぜそんなに俺を構うのかと聞いたところ、小さなころからレミ姉さんに俺がまとわりついていたみたいだ。

 ある意味、弟のようなものだと言ってくれたんだが、俺が入院した原因については口をつぐんでいた。部屋のシャワー室で体全体に青あざのような傷跡があるのが分かったから、たぶん交通事故かなんかだろう。助かったのならそれでいい。


 そんなある日のこと。レミ姉さんと一緒に、女の子が1人付いてきた。


「お兄ちゃん、やっと治ったのね。エリー、心配してたんだから!」

 そう言って俺に抱き付いてきたけど、この子は誰なんだ?

「やはり、思い出さないのね。何時もバンター君の後を付いていたエリーシャよ。あなたにとっては、妹のような存在だったのかな?」


 俺から離れて、ジッと俺を見てるぞ。そんな存在がいたのなら思い出しても良さそうだが、やはり何も思い出せない。


「記憶喪失って聞いてたけど、私を思い出せないなんて……」

「済まない。ダメだ……、頭が痛くなってくる」

「無理しちゃダメよ。まだ時間があるんだから、ゆっくりと進路を決めなさい。エリー、しばらくバンター君をお願いするわ。私は新しい姉弟を案内しなくちゃならないの」


 頷く女の子に微笑みを浮かべると、俺に「また来るわ」と言い残して部屋を出て行った。そういえばここは養護施設なんだよな。一人前になったら少しでも早くここを立ち去らねば、後から来る者達の部屋が無くなるかも知れない。


 女の子は俺のベッドに腰を下ろしているが、俺は再び仮想スクリーンの画像を眺め始めた。

 食事と、筋肉の電気刺激で体はかなり元に戻っているようだ。とここで気が付いた。何時の体だ。俺のかつての肉体の記憶があるのか?

 どうやら、漠然とした思いらしい。それでも『かつて』を感じたという事は、俺の過去を思い出すのも近いのかも知れないな。


 そんな事を考えながら、職業の種類をスクリーンで追っていると、野山での草木の採取という仕事が目についた。

 こんな仕事があるのか? そんな思いでファイルを開くと、なるほどと納得することが書かれている。

 この世界の各種の薬は、草木まれに動物や微生物もあるらしいが、その体で合成される化学成分をバイオテクノロジーで大量生産して作るらしい。過去にもいろいろの草木等から有効成分が見つけられて難病を直した実績を持つとの事だ。今まで誰も見つけたことが無い、見つけたが数が少ない……、そんな草木を探すのが仕事になるらしい。

 俺には人混みで仕事をすることや、技術的な仕事は無理だろう。だけど、野山を駆け回って草木を探すのは何となく気性に合っている気がするな。

 仕事の最低年齢は……、17歳だ。しかも、宿舎と最低保障金まで出るって事は、万が一希少種を探せなくとも生活が出来るって事じゃないのか?


「お兄ちゃん、これをやるの? なら、エリーも一緒だよ。昨日17になったし、私も来年にはこの施設を出ないといけないの」

 いつの間にか俺の後ろからスクリーンを覗いていた、女の子が話を始めた。

「ありがたい話だけど、俺と一緒で良いのか?」

「うん。お兄ちゃんと一緒なら問題なし!」


 そう言って、嬉しそうに俺の部屋を飛び出してったぞ。

 しかし、こんなうまい話が世の中にはあるんだな。そう思いながら、少しは役立つだろうと、薬草のファイルを開いて眺め始めた。


 夕方になって、嬉しそうな顔をしてレミ姉さんがエリーを連れて食事を運んできた。

「やっと決めたんですって? その仕事なら、この施設からたくさんの人が就職しているわ。エリーと一緒ならバンター君も安心ね。手続きは私がやってあげられるし、必要な最低限の準備もこの施設からの就職祝いとして出してあげられるわ。

 でもね、1つ条件が付くの。就職して5年間、報酬の1割をこの施設に寄付することになるんだけど……」

「その位は当然です。更に寄付出来るように頑張ります」

 

 この施設の維持管理費はそうやって賄われているのだろう。慈善事業としてはどうしても限界が出て来る。どこかの教会が運営しているようだが、それだけで多くの子供達を養えるはずもない。でも、1割って少なくないか? そんなんで良いのだろうか。


 数日が過ぎ、プラスチック製の頑丈そうなトランクを、引き手を伸ばしてレミ姉さんが引いてきた。


「手続きは完了よ。関係書類はエリーに預けてあるわ。この中に就職先で着る服を入れといたわ。道具も就職したあなたの先輩達に聞いて調達しといたから問題ないと思うけど、出掛ける前に確認してね。服は今のままで向こうに行けば良いらしいから、明日シスターにお別れを言ってから出掛けなさい。私が2人を案内してあげるからね」


そう言ってトランクを渡してくれたけど、かなり重いぞ。

レミ姉さんが部屋を出ると、トランクを早速開けてみる。

その中に入っていたものは……。あまりの驚きに声が出ない。


 これって、戦闘服じゃないのか? それにこっちはどう見ても片手剣にしか見えないナイフだし、拳銃だってあるぞ。かなりごついリボルバーだ。

 だいたい草木を集めるならスコップで良いんじゃないか? 更に中身を調べると、幅広のベルトの腰の部分に着いた大ぶりなバッグが目に入った。中には水筒や非常食それに簡単なレスキューセットが入っている。そんなごたごたした装備をトランクから取り去った後に、30cm程の少し刃先が内側に曲がったナイフが出てきた。どう見ても、戦闘には使い辛そうだ。どちらかと言うと、花壇に種を撒くときに……、これで採取するのか?

 

 しばらく途方に暮れていたが、草木の採取にどれほどの危険があると言うのだろう。エリーも同行すると言っていたな。だいじょうぶなんだろうか?



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