一歩前進
(1)
ラカンターの小さな舞台の上で、ランスロットとマリオンのギター演奏に合わせて、メリッサが声高らかに、楽しそうに歌っている。
舞台で歌い始めた当初は、緊張がゆえにただ歌を唄うことだけで精一杯、という体だったのが、二か月経った今では歌いながら笑顔を浮かべたり、曲に簡単な振りを付けたりして、どうすれば客が盛り上がってくれるかを考えられるまでに成長していた。
「いいぞ、メリッサ!もう一曲やってくれよ!!」
最後の曲が終わった途端、客達からアンコールの嵐が起こり、「ええぇぇーー、でも、もう私が歌える曲全部やっちゃったわよぉ??」と、メリッサは嬉しい悲鳴を上げつつ、困惑する。
「じゃあ、皆にもう一回聴きたい曲が何かを聞いてみて、それで曲を決めようぜ??」
ランスロットの提案により客達から意見を聞き出したメリッサは、レパートリーの中で一番明るくノリのいい曲をリズムに乗りながら、軽快に歌った。
「あぁ!!楽しかった!!」
ステージを終え、頬を上気させながら、メリッサはカウンター席に腰掛ける。
「メリッサ、今日も良かったぞ。ただ、お前は出だしの音をしゃくって歌う癖が有るから、気を付けろ。そこを直せば、もっと良くなるはずだ」
「はーい、今度練習する時には意識してみまーす」
メリッサは、ハルからの駄目出しにもしっかり耳を傾けて素直に返事を返すし、少しでも正そうと努力を怠らない。おかげで、彼女の歌唱力は日に日に上がっていく一方だ。
「でも、歌い始めた頃と比べたら、見違えるくらい上手くなったよなぁ」
「へへ、ランス、ありがとう。でも、ランスやマリオンのギターに比べればまだまだだから、もっと練習してもっと上手くなりたいわ」
「頑張って!練習する時は僕に言ってね。家業の合間になっちゃうけど、付き合うからさ」
「ありがとう、マリオン」
メリッサ、マリオン、ランスロットの三人で行うステージは最早ラカンターの名物と化していて、これを楽しみに店に訪れる人々も少なくない。
「本当は、マリオンとメリッサにも毎晩うちで働いて欲しいんだがなぁ……」と、ハルは嘆くものの、マリオンは家業の棺桶造り、メリッサはリバティーンの女給と、それぞれが本業の仕事を持っているため、そればかりは無理な話だった。
「まぁまぁ、ボス。俺がいるじゃないっすか!」
ランスロットがハルの肩をポンポンと叩いて慰めるが、「……お前にはマリオンやメリッサみたいに、小動物的な可愛らしさが微塵もないから」と、冷たく返されてしまった。
「ボス、何か俺にだけ冷たくねぇか!?差別だ!!」
ハルに激しく抗議するランスロットの姿が可笑しくて、マリオンとメリッサはお互いの顔を見合わせてケラケラと笑い合ったのだった。
(2)
そして、夜は更けて行き、閉店時間の深夜二時となった。
いつものように、マリオンがメリッサをアパートまで送り届ける道中、メリッサが急に立ち止まる。
「ねぇ、マリオン。あれを見て」
メリッサが指を差したその先にあったのは、クリスタル・パレスと移動遊園地だった。
閉演時間はとっくに過ぎ、暗闇の中に沈んだプレシャスガーデンは数時間前までの賑わいが嘘のように、しんと静まり返っている。
「奥の方にある、あの屋台、照明を消し忘れているみたい」
メリッサの言う通り、中央に設置されたクリスタル・パレスや観覧車より更に奥、よく目を凝らさないと気付けないくらい、二人が立っている場所からは遠く離れているにも関わらず、微かな光が確認できる。
だが、こんな深夜では園内は無人だし、もし人が居たとしても、きっと浮浪者か犯罪者等が潜んでいるだけだろう。
「メリッサ、行こう。この辺りは治安が決して良いとは言えない場所だ。こんな時間に長居しない方がいいよ」
「……うん……」
マリオンは帰路を急ごうと促し、二人は再び歩き出したが、メリッサは何度も何度も遊園地を振り返る。
「……マリオンは、移動遊園地に行ったことある??」
「うん。一度だけ、イアンさんに連れて行って貰ったことがあるよ」
「……そう……」
それっきり、メリッサは黙り込んでしまった。
気まずい沈黙が二人の間を流れる。
「ねぇ、メリッサ」
「…………」
マリオンは迷う心を振り切って、切り出した。
「今度、僕と一緒に移動遊園地に行こっか」
思いがけないマリオンからの誘いに吃驚して、メリッサは自分より少し背の高い彼の顔を見上げる。
「…………」
マリオンは夜目でもはっきり分かるくらい、顔を真っ赤に染め上げていた。顔だけではなく、耳や首筋まで赤くなっている。彼自身も嫌と言う程自覚しているのか、「……ご、ごめん……。恥ずかしいから、あんまり僕の顏見ないで……」と、メリッサの視線から逃げるように顔を背ける。
「……ふふふ……」
「……わ、笑わないで……」
「だって、マリオンてば、可愛いんだもの」
「……か、可愛いっ!?」
「うん、すっごく可愛い!」
好きな女性から可愛いと連呼されて、マリオンは複雑な気分に陥ってしまったが、そんな彼に構わず、メリッサは尚も可愛い、可愛いと言い続ける。
「私も、マリオンと一緒に移動遊園地に行きたいな」
「……本当!?」
「ええ、本当よ。嘘じゃないわ」
「……や、やったぁ!!やったよ!!」
メリッサの返事を耳にした途端、マリオンは両の拳を振り上げて、いつもなら決して出さないであろう大きな声を張り上げてしまった。
「シーっ!!駄目よ、マリオン!!夜中にそんな大声出しちゃ!!」
すかさず、唇に指を押し当てながら、メリッサは小声でマリオンを嗜めたのだった。